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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜総力戦富嶽・煉獄臥薪嘗胆〜


 三島玲奈(みしま・れいな)が所属する新体操部は、冬場はスケート部になる。
 よく「なぜ」と問われるが、特に意味はないようだ。
 顧問は顧問で、元旦に書き初めと水行で心機一転すると、張り切って言い出した。
 無論、賛同者は少ないのだが、顧問に逆らえる者も残念ながらいない。
 元旦の寒風の中、全員が全員、ため息とともに、会場となる埼玉の龍Q館なる地下神殿風のホールに向かった。
 広々とした空間に、荘厳な石柱が並び、映画やテレビドラマのロケ地としてもよく使われるということを聞きつけて、超常現象、怪奇現象には誰よりも興味津々の瀬名雫が、部員でもないのに同行を申し出た。
 部員一同が、神棚に向かって三顧一礼を施した後、床に正座し、各々の半紙へと向き合う。
 濃くたゆたう墨のにおいと、筆の舞うダイナミックな腕の動きが相まって、会場は一気に書き初め大会と化した。
 玲奈もまた何を書こうかと真っ白な半紙を見つめながら考えていたが、不意に隣りに座っていた雫が大声を上げ、神速で半紙に大量の文字を書き始め、驚いてそちらに目をやった。
 どうやら何かに憑かれたかのように自動書記を始めている。
 半紙に踊る草書体の流れが一向に止まらない。
「閉所恐怖症の発作かなんかだろう。玲奈、看てやれ」
 顧問が勝手に雫に診断を下し、玲奈はあきらめて雫に近寄り、その手を取って力づくでその場を退出する。
「離せーーーーー!! 紙を…紙をよこせーーーーーー!!」
 髪を振り乱し、通常の彼女らしからぬ奇声を上げ続ける雫の前に、玲奈は仕方なく正座した。
「背中に書いていいわよ」
 体操服の白がまぶしい。
 雫は歓喜に打ち震えながら、墨汁をたっぷり浸した筆を取り上げ、喜々として玲奈の背中に文字を書き始めた。
「汚れると思ってお古を着て来て正解だったわ…」
 体操着の背中を草書体が埋め尽くしたところで、雫の手がいったん止まった。
「あれ? あたし、今までに何を…」
 我に返った彼女をつれて、玲奈は顧問のところに戻った。
 ふたりは草書体が読めない。
 先ほどの半紙の続きがこの背中に書かれているようだったので、顧問をつかまえ、半紙と背中の文字を解読してくれるよう依頼した。
「古文の担当で助かったわー」
 徐々に文章を読んでいくにつれて、顧問の顔色が変わっていく。
 半紙の色と同じくらいにまで蒼白になった頃、顧問は雫に怖い顔で詰め寄った。
「続きを! 続きを書くんだ!」
「ちょっと! 続きって言われたってどこに…」
 顧問がどこからか競泳用の水着を持って来る。
 しかも、その色は純白だった。
「競泳用に白なんてあるんだ…」
 妙なことに感心していた玲奈だったが、雫はまた自動書記状態に戻り、玲奈の水着にどんどんと文字を書いていく。
 それを片端から顧問が読み続け、震える声でこう言った。
「これは…恐ろしい警告文だ…」
 続きを見るために、書かれた文字を消すため、玲奈は何度も何度もプールの中に飛び込み、25mを泳いで白に戻しては雫の前に座った。
 墨を洗い流したきれいな水着に、また新たな文字がよみがえる。
 その文字を伝言として送ってきた主は、多摩川の水神だった。
 近いうちにこの帝都を大火が襲うと言っている。
『人間が勝手に治水の名目で地下に疎水を掘り水脈を乱し、その力で興した雷で人心を乱した報いだ。特に雫、汝が心酔しネットを棄てよ』
 どうやら水龍は「電気」について述べている。
 ついでにネットを絶てと言われた雫は怒り心頭だ。
「あたしがネットを捨てることなんて絶対にあり得ないんだから!!」
 すると、その声に呼応するかのように、戸外で爆音が轟いた。
 はっとして振り返る彼女たちの目に、巨大な火柱が映る。
「あの方角は東京…?」
 つぶやいた瞬間、玲奈の腕が引っぱられ、また自動書記を始めた。
 助言をしてくれた水龍からの、次の御言葉だった。
『愚かな汝らは享楽を選んだ。そも自然の摂理、我は火消し役に徹するのみ。電網に沸きし悪龍に備えよ。助言は我の慈悲なり』
 雫ははっとして口元をおさえる。
 享楽を選んだのは、彼女の意思だった。
 だが、水龍は青い巨躯をくねらせて、帝都を焼き尽くす業火の許へと向かう。
 それを見送っていた玲奈は、背後で顧問と雫がしていることに気がつかなかった。
「あっ、それは…!」
 止めた手が空を切る。
 顧問と雫は携帯メールで通報していた。
 電波を使った通信は、怒れるモノをさらに激怒させるだろう。
『愚かな生き物め!!』
 電柱がうねり電線から蛇が現れた。
「きゃあああ!」
 吠えるような声をたたきつけて来る蛇から、頭をかばいながら雫が悲鳴を上げてしゃがみこむ。
 玲奈は瞬時に鳥に姿を変えると、そのまま電線へと飛んだ。
 感電を避けつつ、蛇の頭を啄む。
 あらがうように身をくねらせ、反撃を試みる蛇に、玲奈は素早く飛んで場所を入れ替えると、一気にその首を鋭いくちばしで切断した。
『…愚かな…我はこの現実を救おうとしただけだ…流言渦巻くネットの乱用で虚実の境界が脆くなっている。この現実は間もなく滅ぶのだぞ…』
 震える声でそう言い、蛇は宙に煙となって溶けて行った。
 へたり込みながらも、雫は気丈に消えた蛇に向かってどなった。
「デマよ!! そんなの出鱈目よ!!」
 鳥の姿のまま、もう一度電線に降り立ち、かわいらしい首をかしげながら、玲奈は心の中でつぶやいた。
(もう何が真実かわからないわ…)


〜END〜