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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


肝心なのはタイミング。

 その日の昼下がり。
 シリューナ・リュクテイアは、魔法の弟子であり可愛い妹でもあるファルス・ティレイラと一緒に、シリューナの「知り合い」が営む菓子類の専門店に訪れていた。
 店に訪れた理由は、当然、菓子の補充。シリューナ当人がいつも楽しみにしている、お気に入りの美味しい紅茶と共に食べる菓子をちょうど切らしてしまっていたから、になる。
 いつもティレイラを連れて来店する訳では無いのだが、その日のシリューナはティレイラを連れて、そこに来店していた。

 そして、今日の場合。

 …そんな『目的の物』の入手だけでは無く。
 ちょっと面白そうな『魔法的効能のある菓子』も手に入れた。

 …それも、シリューナの方から是非にと求めたのではなく、他ならぬティレイラの希望で購入したもの。
 ついでに言えば、ティレイラは『それらの菓子』にどんな魔法的効能があるのかには全く気付いていない。
 気付いていないまま、ただ、試食で出されて美味しかったから、とそれは素直に無邪気に…自分から。

 欲しいのだと、シリューナに強請った訳で。

 …その事実がまた、シリューナにとっての『後の楽しみ』を膨らませる。



 菓子の購入後。
 無事、魔法薬屋に帰り着いたシリューナとティレイラの二人は、今は店の片付けものをし始めている。今日はそろそろ店仕舞い。…本来もう少し開けておいても良い時間かもしれないとシリューナも自覚はあるが…今日はもうティレイラに、仕入れて来た『このお菓子』を食べさせてしまいたいという欲求が先に来る。
 それでシリューナは、今日は約束のあるお客さんの来る予定も無いし、もうお店は閉めましょうかとティレイラに告げてみる。…ちょっとした気まぐれでたった今思い付いたように。
 するとやっぱり無邪気に喜ぶティレイラ。魔法の師であり店の主でもあるシリューナの手前か多少の憚りはある態度だが、それでも隠し切れてはいない。…ティレイラのその頭にあるのは先程入手したケーキの事だろう。隠そうとしても素直に欲求が顔に出てしまうその様も愛おしい。…ぱぁっと花開くように顔を輝かせるわかりやすいその様。シリューナにしてみればティレイラらしくて可愛らしくて堪らない。
 ともあれ、それで――早めの店仕舞いの為の点検やお掃除等の片付けものを二人で手分けして行う事にする。
 …と言っても、シリューナが行うのはまだまだティレイラには任せられない『特に取り扱いが難しい魔法薬』に絡むところくらい。…それ以外の――店内の殆どの事はもうティレイラに任せている。…その方が勉強にもなるし、それで何とかなるくらいの知識はティレイラにも付いて来た。
 信用、されている訳である。つまりは。

 ティレイラは長い黒髪を軽やかに靡かせ、くるくると店内を動き回っている。心なしか、うきうきとしているようで足の運びが軽い。今している事と言えばいつも通りの片付けもの――具体的には単にモップ掛けをしているところなのだが、それでもやっぱり表情のみならず態度にまですぐに出る。早めに店仕舞いする理由と先程買って来たケーキの事が頭の中で確りと結び付いている。…勿論、それで間違いは無い。シリューナも元々その気でいる。

 …けれど、シリューナにしてみれば『そのタイミング』を『いつにするか』は、実は決め兼ねている。

 さて。
 いつ、ティレイラにこの魔法菓子を食べさせてあげようか。
 簡単に思い付くところで――今からで一番無難なのは『食後のデザート』だろう。
 でも、そこまで待てるだろうか、とシリューナにしてみれば自分の自制心が少々頼りない。
 考えてみる。



 ………………食後のデザートに、魔法菓子を出されて喜ぶティレ。

 向かい合って座った私の目の前で、ティレのきらきら輝く瞳が魔法菓子を見ていて。
 フォークを使い、大喜びで口に運んでぱくり。
 満足そうに――美味しそうに食べている内に、ティレは自分の身体が不思議な色に染まっている事と動けなくなって来ている事に――どうなっているかに漸く気付き始めて。彫像と化して来ていると自覚して。そうなってから、このお菓子は貴方が欲しがったのよと私はにっこり笑ってティレに告げて。ティレはそれはそうですけどと慌てて言い訳しながらも徐々に変わっていく自分の身体に焦って、涙目で助けて下さいと私に縋ってくるに違いない。
 だけどそう簡単には解放してあげる訳には行かなくて。
 その事を言ったら、きっとまたティレは素敵な反応をしてくれる。
 …最後のひと匙、隠し味。
 こういう時、私がすぐに助けてあげない事なんていつもの事なのに、ティレの反応はいつも期待を裏切らない。
 その様もまた、とてもいじらしくて。



 …悪くない。
 シリューナは内心で頷き、ぱたぱたとお掃除中のティレイラを改めて見直す。今はお掃除中。…となるとこの後はまずお風呂と言うコースになる訳で。なら、汗や埃の汚れを洗い流した後。御苦労様の意味を込めて、そのタイミングで早速、とか。
 そう、『お風呂上がりのデザート』に、はどうだろう。
 …これなら、すぐ、でもある。
 待たなくて済む。
 私の自制心も、保つだろうし、とシリューナは思う。
 勿論ティレイラは普段も綺麗だけど…食後のデザートのタイミングにしたって可愛らしい事に変わりは無いけれど。でも、お風呂上がりならより綺麗そうかな、とも思う。
 肌も少し火照ってほんのり赤くなっていて。
 お湯に清められてつやつやした肌やその髪は、ケーキの効能でどう色付いてどんな質感になるのだろう。
 …ああいや、それ以前に――三つあるケーキのどれにしようかでも迷いそう。
 ううん、ここは――私が選ぶんじゃなくて、ティレイラに選んで貰った方が良いかもしれない。



 ………………お風呂上がりのほんわか気分の時に、御褒美とばかりに魔法菓子を出す事を聞かれて喜ぶティレ。

 恐らくティレは初めに私が思い付いた通りに食後のデザートになるだろうと思っているだろうから、それより早い時点でちょっとしたサプライズにもなるかもしれない。
 それも素敵なスパイスになるかも。
 どちらにしろ、ティレの喜びようは想像が付く。
 ううん、今私が想像するより、本当のティレはもっとずっと可愛らしい筈。
 それで、ティレは、はい、と元気に私に頷いて。…どのケーキを出すかを聞いたら、どんな答えが返ってくるだろう。銀色のケーキか、青色のケーキか、偏光色のケーキか。…あの子はきっと迷いそう。でも、一遍に全部とは行かない。…いえ? それも可能なのかもしれないわね。聞いている注意事項には触れない以上、出来るのかも。そうだとしたら、店での試供品とはまた違った色合いを作る事も出来そう。この三種類、ちょうどどれも他の良さを殺さない色合いになると思うし。
 比率次第で、唯一無二のティレの像が作り出せるのかもしれない。

 絶妙な偏光で煌めくガラス質の深い青とか。
 ガラス質の深い青の奥に、深みのある上品な銀色が、とか。

 その比率もまた、ティレ次第に…と言うのもいいかもしれない。
 それこそ、ティレの感性で。ティレの心の赴くままに、好きなように三種類のケーキを食べて。

 …『ティレだけの色と質感』になったらそれもまた素敵。



 …ティレがお風呂に入っている内に、お店の人に改めて確かめてみても良いかもしれない。
 合わせて食べた場合…の効能。注意事項に触れない以上は可能な筈。…あのお店はその辺の事は抜け目無いのだから、多分、可能。
 でも、合わせて一度で、ではなく、今日は一つどれかを選んで、また後に一つ、と三回機会を作ってみるのも捨て難い。
 一度目は驚きと焦りと困惑と。その時に私はコレを欲しがったのはティレなのよと再確認させてあげるから、二度目と三度目はきっと自分で覚悟して私の前で食べてくれる筈。…ティレイラは嫌がりはしない。そもそも美味しい物は大好きな訳で。このケーキが美味しいと知っている時点でティレイラには食べない選択肢は無い。彫像のようになるのが恥ずかしくて我慢するかもしれないけれどあくまでそれは一時の事。このまま自分が食べなければこのケーキが悪くなってしまう無駄になってしまうと思ったら、それは駄目だとティレイラは自分から譲歩する。
 それにティレイラはシリューナの――『お姉さま』の事も大好きな訳で。
 最後の最後には、おもちゃにされるのがわかっていても、シリューナの言うがまま、断れない――断らない、と言うのもある。

 ここは、敢えてその過程を――反応を楽しむ、と言う手もある。
 シリューナにしてみれば、この方法だと、より長く楽しめるとも思えるし。

 考えれば考える程、出てくる案がどれも良い案の気がして困る。
 今日はこれからどうしようか、本当に悩ましくなってくる。

 …思っていたら、ティレイラがぱたぱたとシリューナの前まで駆けて来た。
 で。

「――…お姉さまー! 確認お願いしまーす!」

 清掃終了。
 …いつの間にかそんなに時間が経ってしまっていたらしい。
 報告に来て、どきどきそわそわと見るからに『これからの事』を楽しみにしているようなティレイラのその姿。…やっぱり頭の中での想像よりも実物の方が格別。ティレイラの全て、目の前にあるその一瞬一瞬が素晴らしい。
 ティレイラからの清掃終了の報告を受け、シリューナは軽く頷いてみせる。
 それから、いつも通りに最後の店内点検へ。

 シリューナとしては結局、これからどうしようか、まだ、決めかねているのだけれど。

 ………………そう、だってティレはどうしたって最高に可愛らしいに決まってるのだもの。

【了】