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<東京怪談・PCゲームノベル>


Infinite Gate ―family―



 白い帽子を被った赤髪の娘に天波慎霰は無愛想に視線を向ける。
「でさァ、アンタも俺が見てる過去が見れるワケ?」
「…………」
 彼女は眉宇をひそめて小さく苦笑した。
「なるほど……今回の迷子はやたらと生命力が強いらしい。望むものを客観的に見ようというのかな?」
「質問に答えろよ」
 ぶすっとして問うと、彼女は薄く笑う。
「普通の魂は、己の望むものへと成って経験するものだが……。まあそれもいいだろう」
「だからァ! 質問に答えろって!」
「アタシもあんたの過去は見れる」
 さらりと彼女は言った。今までの問答はなんだったのか……。
「じゃあここはホントに、望むモノを見せてくれるってことなのか?」
「分岐したいくつかの『可能性』を、だな。普通は『見る』のではなく、『体験』するのだよ、少年」
 ニッと笑う赤毛の娘を、半ば睨むように慎霰は見た。
「見たことは、忘れるって?」
「ああ」
「俺はホントに忘れるンだよな?」
「忘れるとも、少年。あるはずのない可能性の先にいるアンタに、ないはずの可能性の記憶は残らない」
「少年少年って……同い年くらいじゃねェの?」
「見た目からひとを判断するのはよくないよ、少年。
 ほら、見えてきた」
 指差す方向には、漂う雲の群れ。
 慎霰は目を凝らす。
 その先には、彼の望む…………あるはずのない過去の光景があった。



 天狗に誘われない、普通の人間の、普通の暮らし――――。
 それが慎霰の望んだ『過去』だった。あるはずのない、けれどもあったかもしれない過去。
 小さな一軒家が見える。見える。見える……。
 慎霰は目をさらに凝らした。一気に光景との距離が縮まった感じがする。
 彼らは家の前に立っていた。
「……え?」
 呆然と呟くと、白い帽子の赤毛の娘は小さく笑う。
「この過去にはアタシたちは存在しない。だから、亡霊のようなもの。壁もすり抜けられる」
「ホントかよ?」
 訝しげに訊き返しながら、慎霰は家の玄関のほうを見遣った。そこがいきなりバン! と勢いよく開いたのだ。
 驚愕する慎霰の前で、慎霰そっくりの少年が学生服を着て慌てて出てきた。
「行ってきまーす!」
 奥にいる誰かに向けての言葉だとは、すぐにわかる。
 慎霰の胸がどくんと大きく鳴り、ぎゅう、と痛くなった。
「待ちなさいよ!」
 慎霰そっくりの少年の背後から、ブレザー姿の少女が現れる。年齢からして、彼の姉ということだろう。
 慎霰に似ているところもあれば、似ていない部分もある。彼女は少年に向けてお説教じみた口調で「こら!」と怒った。
「同じ方向なんだから、一緒に行けばいいでしょ」
「なんで姉貴と一緒に行くンだよ!」
 照れ隠しもあるが、本気で嫌がる少年に、姉のほうはこめかみに青筋を浮かべて、持っていた学生鞄で思い切り少年の頭を殴っていた。
「ってー! なにしやがンだ!」
「うるさい! あんたが悪いっ!」
「二人とも、玄関で喧嘩しないのっ」
 奥から出てきたのはエプロンをつけた女性だった。ごしごしと手をエプロンで拭っていることから、洗い物の途中だったのかもしれないと予想された。
「お父さんも新聞読んでないで、二人を止めてくださいな」
 背後のほうを振り返って女性が夫を呼ぶ。夫のほうはのんびりと出てきて「ん?」と呟いただけだった。女性が嘆息して顔をしかめた。
 少年は姉を睨んでいたが、姉が腕時計を確認して「きゃあ!」と悲鳴をあげた。
「早くしないとバスが来ちゃう! ほら、あんたも行くよ!」
「いてっ! だから首とか……いててっ!」
 無理に襟首を掴まれて引っ張って連れて行かれてしまう少年を、慎霰は呆然と見ていた。
 女性がドアを閉める。けたたましい遣り取りは一気に静まり返り、少年が去った方向を慎霰は一度見てから、今度はドアのほうを向く。
「…………」
 無言で眺めていた彼は、は、と息を吐き出した。
「すげェ! 今のが俺の家族だったのか!?」
 父もいた。母もいた。そして姉も。
 横に立つ赤毛の娘は小さく吐息をつく。
「そうだろうな」
「アンタに聞いてねェっての!」
「だったらなぜ疑問系で喋る? アタシにお喋りの相手を望んでいるんじゃないのか?」
「そんなわけねェだろ!」
「…………」
 彼女は視線だけでこちらを見遣り、小さく笑んだ。
「ではアタシはここから去ろう。あとは一人で楽しむといい、流浪の魂よ」
 まるでインクの染みが広がるように、彼女はじわり、と周囲に溶け込んで姿を消した。
 いきなりのことで慎霰は驚愕し、周囲を見回す。
 残された慎霰はとりあえずということで、自分そっくりの……あったかもしれない過去の『自分』を追いかけることにした。



 途中で姉と別れた少年は真っ直ぐ学校に向かうが、向かう通学路の途中で友達に声をかけられ、談笑しながら歩いていた。
 この世界での慎霰は幽霊と同じようなものらしく、空も飛べるようだ。便利なことである。
 どこにでもいる少年、だ。あれが自分?
 不思議な感覚に慎霰は慣れず、それでも成り行きを見守るしかない。
「はよー」
「うっす」
 などと挨拶をして、また誰かと話し始める。
 友達が……多いようだ。
 少年はそのまま学校へと行き、自分の教室へと向かう。自分の席について、鞄を置くと今日の授業のことを想像したのか「めんどくせー」と愚痴をこぼした。
 真面目に、というわけではないが、彼は授業を適度に聞き、適度にうとうとしてやり過ごしていた。
 放課後になると、クラスメートの友人らしき者たちが寄ってきてカラオケに誘う。
 少年は笑顔になって「いいぜ!」と承諾していた。
(お、おいおい。どっかに行くのか?)
 カラオケ?
 まさか帰りに寄り道をするとは思っていなかったので少々驚いた。
 少年は何人かの友達と連れたって、カラオケに向かう。慣れた様子で、おそらくいつも使っているカラオケ店なのだろう、そこへ入っていった。
 べつに自分の過去の歌声を聴きたいわけじゃない。
 慎霰は店の前で迷い、それから中に入った。

 カラオケを堪能し、すっかり暗くなった道を帰る少年のあとを、慎霰はついて行く。
 バス停から降りて少年は一直線に家へと向かった。
(家……)
 あの一軒家に決まっているのだが……。
 住宅街の中を突っ切って歩く少年の足取りに迷いはない。カラオケでストレスを発散できたのだろう。
 慎霰はあの家へと近づくのを感じ、思わずそちらを見遣った。
 ……灯りが、ついている。
 それは中に『誰か』がいる、ということだ。
(家族)
 自分の……家族だったかもしれない、人、たち。
 足が止まってしまう慎霰だったが、少年が先へ先へと行ってしまうので止まるわけにはいかない。
「ただいまー」
 玄関のドアを無遠慮に開けて、少年は中に入っていく。慎霰もそれに続いた。
 使い込まれた靴を乱暴に脱いであがる少年に、母親が「もう!」とその仕草を怒った。
 ……名前を、呼ばれた。あれが人間だった頃の名前?
(あれ? なんだ? なんか聞き取れなかったンだが……)
 不思議に思いながらも、慎霰は玄関先での遣り取りを眺める。二階へ続く階段から、私服姿の姉が姿を現した。
「ったく、あんたまた寄り道して! そんなんだから数学の成績落ちるのよ!」
「うっせー! 姉貴には関係ねェだろ!」
「関係あるわよ! あんたの家庭教師でもあるんだからね!」
 腰に両手を当てて階段を降りてくる姉に、少年は渋い顔をしてみせる。どうやら姉には頭があがらないようだ。
 母親がパンパンと掌を叩いた。
「ほらほら、そこまで。もう夕食の用意はできてるから、二人ともさっさと準備なさい」
「はーい!」
 姉のほうはぷいっと顔を背けてリビングへと通じるドアへと素早く入っていった。
 少年のほうも「へいへい」と言いながら二階へとあがる。トントンと音をたててあがる少年は、自室らしき部屋のドアを開けて中に入った。
 興味があった慎霰は中を覗き、驚いた。これが自分の部屋!?
 かなり裕福な家ではないのだろうが、それでも少年の部屋はその年代の若者の部屋にしては優遇されているとわかる。
 制服の上着だけ脱いで、鞄を少年は放り投げた。そして部屋をあとにしてリズムよく階段を降りていった。
 部屋を眺めていた慎霰は慌てて彼のあとを追う。

 食事は開始されていた。少年は自分の席につくと「いただきまーす」と言って、食べ始める。
「四人揃ってってのは、久しぶりね」
 母親が最後に食卓につき、食事を始めた。
 家族の様子を眺めていた慎霰は、ぶっきらぼうにも姉や母と話し、父と趣味の話をする少年の雰囲気に戸惑う。
 なんだろう……胸の奥がもやもやする……。
 気分が悪くなってきて視線を逸らすが、また見てしまう。
 しばらくして、唇を噛んで慎霰は叫んだ。
「ったく、アウトだアウト! こんな軟派な人生送ってられっかよ」
 誰にでもなく、そう言い放ってしまう。
「こんなヤワな育てられ方されっから、人間ってのは駄目なんだ」
 そう、駄目、だ。
 俯かせた表情をあげると、そこに白い帽子の、あの赤毛の娘が立っていた。
 腕組みした彼女は小さく笑んでいる。
「否定するかい、この『過去』を」
「…………」
「……アンタが傷ついたような顔をしているのは、それが『答え』と思ったほうがいいのかな?」
「傷ついてねェ!」
「じゃあショックだった?」
 言い当てられ、慎霰は押し黙ってしまう。
 何がショックなのか自分自身で理解できない。家族の団欒はまだすぐ横で続いている。
「ここはアンタの望んだ世界に一番近いのに。劣悪な環境でもないし、むしろ良いほうだろう?」
「……うるせェ」
「ならば、劣悪な環境で育った人間なら、満足するのかい?」
 からかうような口調で喋る女に苛立つ。
 慎霰はハッとする。そこはもう、家の中ではなかった。
 雲の中だ。
 思わず背後を見遣るが、どこにも先程見た光景は広がっていない。まるで幻だったかのように。
 赤毛の娘は慎霰を指差した。
「では迷子の魂よ、肉体へと戻るがいい。この泡沫の夢から醒める『時』だ」



 ――おちた。
 ハッとして目覚めた慎霰は寝覚めの悪さに奇妙な顔をする。
 なんの夢を見ていたのか……彼はまったく覚えていなかった。
「なんだ……? 変な気分だな」
 起き上がって、彼は1日の始まりを感じていた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1928/天波・慎霰(あまは・しんざん)/男/15/天狗・高校生】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、天波様。初めまして、ライターのともやいずみです。
 あったかもしれない過去、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。