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<東京怪談・PCゲームノベル>


鳥籠茶房へようこそ

「実は、作品にするための素材が集まらなくて、困っておりますの」
 注文したカステラを上品に小さく切って口に運びつつ、石神・アリスはため息混じりに吐露した。
 お隣失礼致します、と彼女の隣に腰掛けたアトリが尋ねる。
「作品と仰いますと、石神様は何か芸術品を作っていらっしゃるのですか?」
「ええ、石像です」
「なるほど。素材ということは、良い石が集まらない、と?」
「いいえ」
 くすりと微笑し、アリスは秘密を打ち明ける決意をした。これを説明しないことには、悩みは解消されないだろう。
 ――どうやら、ここは普通の店ではないようだし、大して驚かれないだろうけれど。
 悩みに対して下手な回答をすれば、即座に石化させて作品にして売ろうとも企んだ。
「わたくしの瞳には、魔力が宿っているのです。対象を見つめることで、石化させることができますの。わたくしの意思次第で、石化を解くことも可能ですけれど」
「それはそれは、実に興味深いですね!」
 アトリの表情が華やぐ。予想外の反応に、アリスは瞬きを繰り返した。
 自分の能力を知った相手には、今までほぼ恐怖しか抱かれなかったのに。彼は財宝でも見つけたかのように好奇心を露にした。
「その能力で石像を作っていらっしゃるとは、非常に面白いです」
「ありがとうございます。光栄ですわ」
「では、素材は生物でも可能ということでしょうか」
「ええ、もちろん。わたくしのコレクションの素材は、生物――特に、人間がほとんどですわ」
 母の経営する美術館の展示品を脳裏に思い浮かべ、アリスはうっとりとする。
 石に変える直前の人間たちは、それぞれ多種多様な表情や動作を見せてくれる。その一瞬を石像というかたちで保存するのもまた『芸術』だ、とアリスは考えていた。
 今、隣で話を聞いている青年も、朝に吹く微風に似た爽涼な美貌だ。アリスの支配欲や所有欲がかき立てられる。まっすぐに見つめて微笑んだ。
「わたくし、美しいものが大好きですの。そういったものを永遠に自分のそばに置いておきたくて、作品を作り続けているのです」
「お気持ちはわかります。素材が集まらないようでは、確かに大変でしょう」
 素材が人間であると言っても、やはりアトリは動じない。そして、何か思いついたのか、店員のカナリアを呼びつけた。
 ――不思議な人ね。
 口許に笑みを湛え、アリスはカステラを味わった。現実世界でもこれほどの味にはなかなか出会えないと思うほどの、絶妙な甘味だった。余程優れた料理人がいるのだろう。
 やがて、カナリアが店の奥から顔を出した。
「なに? アトリ」
「カナ、ちょっと協力して欲しいんだ」
 彼女を手招きし、アトリはアリスに向き直ってにこやかに告げる。
「石神様。よろしければ、あなたの能力を、このカナリアでお試し頂けないでしょうか」
「あら、よろしいんですの?」
「え、何の話?」
 アトリの横できょとんとするカナリアを、アリスは頭から爪先まで舐めるように観察した。
 絹糸のような長い黄金色の髪と、同じ色の猫のような双眸。きめ細かいなめらかな肌。程よく潤ったやわらかそうな唇。しなやかながらも無駄な肉のない体つき。
 ――あぁ、なんて可愛らしい……わたくしのコレクションにしてしまいたい……!
 ただし、というアトリの前置きで妄想は中断される。
「あくまでもお試しですので、すぐに元に戻して頂きます。私が個人的興味で、あなたの能力を拝見したいだけですので」
「そういうことですのね。わかりましたわ」
 少し残念に思いつつも、アリスはカナリアの綺麗な右手を見つめる。

 ピシ、ピシピシピシッ。

 指先から手首の辺りまでが急速に石化した。ひゃっ、とカナリアが奇声を上げる。
「ちょ、なにこれ! びっくりしたぁ!」
「申し訳ありません、わたくしの能力なのです」
「これはすごい! 本当にその形のままに石化させられるのですね」
「アトリ、感心しないでよ! こういうことなら、ちゃんと前もって説明しといてー!」
「あはは、ごめんごめん。では石神様、解除をお願い致します」
 もったいない、と思わないではなかったけれど、アリスは再びカナリアの手を見つめた。徐々に石化が解けていき、彼女がほっと息をついてアリスに頭を下げた。
「こちらこそ、申し訳ございませんっ。店長代理は、自分が面白そうだと感じたことにはなんでも首を突っ込みたがりますので……」
「えー、カナだって面白いことは好きだろ?」
「あたしは怖い系のドッキリは嫌いなのっ!」
「はいはい、ごめんってば」
 むくれて店内に戻っていくカナリア。その後ろ姿を穏やかに見送ってから、アトリはアリスに提案した。
「石神様。もし、素材にお困りになりましたら、この山の生物をお使いになってみてはいかがでしょうか」
「え?」
 アリスは周囲の風景を徐に見渡す。蒼い空、風にそよぐ木々の葉、鳥や獣の鳴き声、土や花の香り――豊かな自然があふれてはいるけれど、人間の気配はこの店以外にはない。
 店員達が本当に『人間』であるかどうかは、定かではないけれど。
 アトリが丁寧に説明する。
「この山は、それ自体がひとつの世界のようなものなのです。たまに様々な異界への入口が開きまして、妖怪や魔物等が迷い込むこともあります。もちろん、人間も」
「まあ……。では、わたくしも迷い込んだひとりということなのですね」
「ええ、そうなります。たまには人間だけでなく、それ以外のものも素材になさってみれば、新たな作風が掴めるかもしれませんよ」
「……」
 そうかもしれない。現実世界では人間しか素材にできないけれど、ここにはもっと色々な生物がいるのだ。
 ――芸術の幅を広げるのも、悪くないわね。作品がもっと売れるかもしれないし。
 山の澄んだ空気を肺に取り入れる。深呼吸すると、なんだかスッキリした。アリスは立ち上がってアトリに一礼する。
「ありがとうございます、アトリさん。いい機会ですし、人間以外の素材も試してみますわ」
「こちらこそ、お力になれたようで幸いです」
「また、ここに伺った時には、人間をお持ち帰りしてしまうかもしれませんけれど」
「ええ、どうぞ、お気の済みますように」
 お会計はこちらです、と会計所に案内される。財布を取り出そうとすると、スッと差し出されたアトリの手にやわらかく制された。
「お代は頂きません。石神様のお悩みを拝聴しましたから」
「よろしいんですの……?」
「ええ。当店は、お客様のお悩みを随時大募集中ですので。また何かお困りでしたら」
 木製の棚をごそごそと探ったアトリは、小さな紐綴じの手帳を取り出し、アリスに手渡す。
「来店されたお客様にお渡しする粗品です。それをお持ちでしたら、いつでも当店にまっすぐお越しになれます」
「まあ、ありがとうございます。カステラも美味しかったですし、また伺いたいですわ」
「ええ、是非。大歓迎ですよ」
 手帳を開くと、最初に五十個ほどの升目が描かれた頁があった。アトリがその升目のひとつに、朱肉を付けた判子を押す。楕円の中に『鳥籠』と字の入った判子だ。
「ご来店一回につき、判子をひとつ押させて頂きます。何点か貯まりますと景品等ございますので、よろしければご利用ください」
 アトリから手帳を受け取った瞬間、茶房の景色が霧のようなものに包まれていく。
 あ、とアリスが声をかけようとした時には、美術館付近の道路に佇んでいた。
 ――帰ってきたのね。
 けれど、ずっと抱えていた雨雲じみた重い気持ちは、もうすっかり晴れていた。
 次はどんな素材で作品を作ろうかと胸を躍らせながら、アリスは美術館へ入っていった。艶やかな黒髪を、夜の帳に靡かせて。

 ▼

「彼女に石化させられるのも、悪くなかったんだけどなぁ」
「はぁ?」
 会計所の来店者名簿に、石神・アリスの名を筆で記しながら呟くアトリ。食器の片付けをするカナリアが、大げさに驚いた。
「じゃあ、さっき自分を実験台にすればよかったじゃない」
「それも考えたけど、女の子のほうが好きみたいだったからさ、彼女」
「……まーた心読んだでしょ」
「だって、多少は読まないとお悩み解消できないし。本人の口から聞くのが一番だけどね」
 ――下手な回答をしたら石像にして売る、か。容赦のないところもまた面白いな。
 静かに名簿を閉じ、アトリは密かに笑んだ。
 彼女と再会できる日を待ち望みながら。


 了


■登場人物■
7348/石神・アリス/女性/15歳/学生(裏社会の商人)
NPC/アトリ/男性/23歳/鳥籠茶房店長代理
NPC/カナリア/女性/20歳/鳥籠茶房店員

■鳥籠通信■
ご来店、誠にありがとうございました。
アトリからお渡ししたアイテムは、次回以降のシナリオ参加の際に必要となります。
なくさずに大切にお持ちくださいませ。
石神様のまたのお越しをお待ちしております。