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行方不明のコール・パンク
黒電話が悲鳴をあげた。それを書き消すように男は電話を取る。
「うちの子がいまだに帰ってこないんですよ。そこで草間さんに」
「草間さん、捜索願を出しているのに、まだ彼女がみつからなくて」
ここ、「草間興信所」にはこのような内容の相談が相次いでいた。ウェイトレスさながらのかわいい少女、草間零は電話に出た眼鏡をかけた知的な男――草間武彦にコーヒーを差し出した。
「ありがとう」
武彦はカップに口をつける。
「最近そういう事件が多くて、警察もお手上げのようですね」
零はため息まじりに言った。
「だからって、うちに来ることはないだろ」
「だから来るんじゃないですか」
と続きはじめた会話を区切って、
「あ、わたし買出しに行ってきますね」
と彼女は言いだし、準備をして興信所のドアをあけた途端、
「きゃあ!」
この声に武彦はすぐ反応し、駆けつけた。
「どうした!」
そこには零の姿はもうなくなった。
しかし空気中には明らかに黒い円が小さくなっていくのが見える。
「必ず零を助ける」。そう誓うのだった。
まずは空間に詳しい人間はいないかとスマートフォンで調べる。すると打ってつけの人物がみつかった。そして連絡を取る。
「久しぶりじゃないか」
「元気にしてたか、夜神」
武彦が電話した相手は「夜神・潤(やがみ・じゅん)」。吸血鬼の突然変異であり、イケメンの空間能力者だ。アポを取って、興信所の中で話し合うことにした。
部屋はすっかり散らかっており、話し合いをするような部屋ではない。香りもないインスタントコーヒーが夜神の前に置かれた。
「本当に零ちゃんいなくなったんだな」
喪失感のあるこの部屋に二人は向かい合うように座り、会議がはじまった。
「どこかの空間が不安定になっている可能性があるね」
「どこか?」
武彦は眉をひそめた。
「そう。亜空間は一つではなく、いくつかあるという話。もっとも普通の能力者が使う空間は安定しているんだけど、それが原因ではないとなると、別の空間……異世界に連れ込まれた可能性がある」
武彦は頭を抱え、重い空気の中、煙草を出したら、
「悪いけど禁煙にしてくれないかい?」
という夜神の一言で煙草をひっこめた。もやもやしたものが武彦に残る。
それから二人は興信所での情報整理から始め、いくつかの失踪事件について聞き取り調査をしてみた。そこである共通点がみつかる。全員何かしらの能力者であることだ。しかし帰還者は……残念ながら一人もいなかった。
「てことは、誰かが能力者を必要とし、味方に引き込んでいるか、抹殺しようとしていると考えられるね」
「抹殺!?」
夜神の話を聞いた武彦は背中から逆立つような気持ちになり、夜神の首元をつかむ。
「決まったことじゃない。落ちつけ武彦。まずはリーディングで零ちゃんを探そう」
夜神は人気のない住宅街の壁に手を置き、しばらくそのまま立っていた。目をつぶり、しばらくしたころ。
「いた。零ちゃんは生きている」
それだけでも星がきらりと光る希望になった。
「さっそく案内してくれ」
そこで夜神は言いにくいそぶりをしながら口を開いた。
「その場所なんだが……どうも負のエネルギーを感じるんだよ。すごい能力者がたくさんいる」
「何?」
もしかしたら……と武彦はある人物たちを思い出した。虚無の境界という人類を滅亡させる機関だ。現在はIO2という機関がそれを阻止すべく対立している。おじけづきそうになったが、零をいち早く助けたいという思いが武彦の背中を押す。
「わかった」
武彦はごくりと唾を飲んで、真っ黒な空間へと足を運び、二人は吸い込まれるように消えた。
空間移動は激しく、服がちぎれんばかりの向かい風が襲ってきた。それが終わると同時に、荒れ果てた大地へと放り出された。周りを見たが、古びた建物が一つあるだけだった。
「ここに零がいるのか?」
夜神はうなずいた。
「ちょっと。そこからは勝手に入っちゃだめよ」
一つにくくられたブロンドの髪をなびかせた美女が、建物の上からじっと夜神らを見ている。空中回転しながら無事着地し、余裕の表情でこちらを見た。
「そこの眼鏡のお兄さんは特に能力はないようだけど……もう一人の恰好いいお兄さんからはすごい能力が感じられるわ。どう? 仲間にならない?」
「仲間になる気なんかないね。それより零ちゃんを返してくれないか?」
女性はくすりと笑いながら、
「それはできない計算ね。でも帰ることができないあなたたちには教えてもいいかしら?」
「一体何だ!?」
武彦は凄みをきかせて会話に割って入る。
「まずね、能力者が欲しいってのもあるけどね、わたしたちと敵対する前に味方につける、うんと言わなくても洗脳する。駄目なら抹殺。まぁいまのところ全員生きてるけどね」
「冥土の土産ってやつか? そこまでわかれば十分だ」
そう言い、夜神は女性の前に立ち、
「武彦は零ちゃんを助けてくれ。俺はこいつを倒す」
「じゃあ俺は零を助けに行く」
武彦は了承し、建物の中に入ろうとした。しかし入口の前には戦闘服を着、武器を持ち、筋肉質で、いかにも傭兵とも言える男が立っていた。
「こいつとは戦えないな……」
気配を消して立ち往生をするはめになった。
一方、夜神のところでは激しい戦闘が繰り広げられていた。お互いが自ら作りだした剣を持ち、傷一つつかぬまま激しい競り合いが続いている。剣と剣をぶつけたとき、
「なかなかやるじゃないか。ならこれはどうだ!」
夜神は一歩退き、手から火炎放射をした。その炎は彼女の姿を覆い隠すような激しいもので、間違いなく敵を焼き尽した。
「終わったか?」
しかし。真っ黒になった身体は立ったまま。少しずつ元通りに再生していく。そして敵は不敵にほほえみ、
「残念ね。私には死ぬという概念はないの」
「おあいにくさま。俺もそういうタイプでね。だけどこれならどうだ!」
夜神の右手にエネルギーが集まっていく。
「お前のように死なない者でも、これさえ使えば存在は消える!」
その言葉と同時に夜神は敵に向かっていった。
「そうはさせないわ!」
と彼女は今度は怨霊を呼び出し、夜神へと放った。
「そんなもの効くか!」
右手で怨霊に追い払うようにしながら、女の元へ突き進む。怨霊は夜神の手にふれた途端、姿を消してゆく。
「何!?」
と隙を見せた女に、夜神の攻撃が放たれた。手の平は彼女の首元に押さえつけられ、エネルギー波動を放った。
「な……ぜ……」
彼女はその瞬間から動けなくなり、そのまま前へ倒れこんだ。
「闇に生きるもので倒せない奴なんて、俺にはいないんだよ」
彼女かすかに大地の砂をにぎり、
「あな……みたいな……こそ、こちら側……欲し……わね」
というその言葉を言い残したまま、こと切れた。
「夜神の方は上手くいってるのか?」
武彦は傭兵から隠れながら様子をうかがっていたのだが、
「そこにいる人間。姿を見せたらどうだ」
なんとその男にみつかってしまった。
「やばいな。逃げても戦っても死にそうだぜ……」
そこでエネルギー波が二人の顔をかすめるように飛んできた。
「我々はIO2の使いなり。ここに閉じ込められている者をすべて解放するためにやってきた」
そこにはまだ幾つもいかない少女が立っていた。
「あなたはわたしと行きましょう」
その子は武彦の腕を引っぱって中へ向かおうとした。
「させるか」
傭兵は攻撃をしようとしたら、波動砲のようなものが彼の顔をかすめた。
「あんたの相手は俺だ」
夜神だった。
「ありがとうございます」
と少女がお礼を言った後、
「いまのうちですよ。さぁ早く」
少女は武彦と一緒に建物の中に入っていった。
「さてと、どう戦うかな」
と策を練っていると、後ろから強面の男があらわれた。
「IO2の者だ。ご苦労だった。あとは俺がこいつを始末する」
「すまないね」
武彦に続いて夜神も建物の中に入っていった。
中は牢獄のようだ。実にたくさんの人が幽閉されている。
「マスターキー。これを作るまで動けなかったのです」
少女は一つ、一つの牢から能力者を救出していった。そしてその中に零もいた。
「お兄さん!」
武彦、零、久しぶりの対面であった。そんな彼らをそっと夜神はみていた。
「よかったな。武彦。零ちゃん」
その後、行方不明者もといすべての者は帰還を果たした。
「コーヒーくれないか?」
「はい、お兄さん」
武彦は片付いた事務所で、豆の香りただようコーヒーが差し出された。
「ありがとう、零」
「めずらしい。お兄さんに『ありがとう』って言われるなんて。いつも返事もしないのに」
当たり前ではない当たり前の生活が再開したのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7038 / 夜神・潤 / 男性 / 200歳 / 禁忌の存在】
【NPC / 草間・武彦 / 男性 / 31歳 / 草間興信所所長、探偵】
【NPC / 草間・零 / 女性 / 年齢不明 / 草間興信所の探偵見習い】
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