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【D・A・N 〜Fourth〜】
(……潮時、って、)
不吉な予感に襲われて、黒蝙蝠スザクは唇を引き結んだ。
目の前に居る静月が――どこか遠くへ行ってしまうのではないか、と、そんな不安が湧き起こる。
何が『潮時』なのか、スザクには分からない。分からないけれど、ただ。
己の抱いた不安から眼を逸らしてはいけないことは、分かっていた。
(手を取るって、決めたんだから)
密かに拳を握り締めて、真っ直ぐに静月を見た。そして問う。
「潮時って、何が…?」
けれど、静月はただ笑みを――儚げな笑みを浮かべて、答えることはしなかった。
「…先程、私と珂月が元々は別の人間として存在していたのではないか、と訊いたな」
「訊いた、けど……」
そういうことをしそうにない静月が、スザクの問いを無視する形で言葉を向けてきたことに戸惑う。そのスザクの戸惑いに気付いていないはずはないだろうに、静月は更に続けた。
「先程答えたように、その考えは正しい。私と珂月は、元々は別の身体を持って存在していた。血の繋がりは多少あったが、属する一族も違った。――このような形で存在することになるような要素は、私達の間には無かった」
静月が笑みを深める。――悔恨と、自嘲に満ちた笑みだった。
「この身体――『存在』は、元々は私のものだった。それを『禁呪』によって、私と珂月のものに変えたのだ。『対』の繋がりを利用して珂月の魂を取り込み、無理矢理に『存在』を変化させた。……一人分の『存在』の枠に、二人分の魂を押し込めたようなものだ。当然だが、この在り方は不自然なもので、理に外れている。――だから、私と珂月は『はじかれた』」
『禁呪』、『対』――『魂』。静月の告げた言葉の欠片がスザクの頭の中を回る。一気に告げられたそれを、即座には理解できない。けれど、どうしてか。
「『はじかれた』…?」
その言葉が、更なる『何か』を示唆していると、直感した。
殆ど無意識に近く呟いたスザクに、静月は目を伏せた。何かを振り切るように息を吐いて、口を開く。
「時の流れから――というか、『世界』に、だろう。……『禁呪』を為した次の瞬間、私と珂月は見知らぬ場所に居た。人里に出てみれば、自分達の居たはずの時からは隔たっていた。一族の隠れ里があった場所へ行ってみたが、何処にも辿り着けなかった。――それが『禁呪』によって里を守る結界を通り抜ける資格を失ったからなのか、それとも里自体が無いからなのかも、分からなかった。分からないまま、また、『はじかれた』。……とばされた、と言った方が分かりやすいかもしれないな」
静月の目が、遠くを見る。過ぎ去った時を思い返すように。
「歪な存在、だからだろう。ふとした拍子に、私達はとばされた。何度も何度もそれを繰り返すうちに、少しずつ、自分達がどうなったのか――どういう『存在』になったのかも理解した。私達がこの状態でいる限り、『世界』に確固たる『存在』としては在ることはできない。『変化』を持たない在り方が、また、『世界』にはじかれる要因になり、些細なことでバランスが崩れ、不安定さは加速する」
ふ、と。静月の視線がスザクに戻る。その瞳に映る感情が何なのか――それが、どうしてもスザクには分からなかった。
分かりたい、と思うのに。知りたいと、言葉の一つ一つを、浮かぶ感情を、余すことなく受け止めたいと願うのに。
「……私達にとっての『縁』は、『世界』と繋がる糸だ。『縁』があれば、その『世界』――『時』に長く留まることができる。その代わり、バランスを保つことは酷く難しくなる。……だから、そう、」
困ったように、静月が笑った。今まで見た中で、一番感情に溢れた笑みで――それが、胸を騒がせる。
「本当なら、こうまで関わるつもりは無かった。……関わっては、ならなかったと…」
静かに紡がれていた言葉が、不自然に途切れる。
その瞳にスザクを映した静月は、苦笑を深めた。
「……泣かないでくれ。私には、貴女の涙を拭うことはできないから」
柔らかい声だった。優しい言葉だった。
それがこんなにも、辛く感じるだなんて、知らなかった。
苦しげだったなら、突き放すようだったなら、きっとここまで辛いと感じなかっただろう。
珂月と静月、二人の間にあったことを知りたいと、教えてほしいと願っていた。
辛くても一緒に向き合いたいと思っていた。
自分にできることがきっとあると、だから出会ったのだと、そう、思っていた。
だから、静月がそれらのことを、全てではないだろうが話してくれたのは、進歩なのだと思いたかった。
――けれど。
(……違う。せーちゃんは、――もしかしたら、かっちゃんも、)
向けられる、視線が。声が。感情が。
どんなに否定したくとも、雄弁に伝えてくるのは。
(『お別れ』を、するつもりなんだ…)
――…『別離』だった。
どうして、と思う。自分はそんなの望んでいないのに、静月はきっと、既にそれを決定事項として見ている。『最後』にするつもりだから、こんなにも饒舌で、こんなにも優しいんだろう。
「……っ、スザクは!」
色々な感情がごちゃごちゃになって、悔しいのか、悲しいのか、それ以外の感情なのか分からない。
ただ、衝動のままに、叩きつけるように叫ぶ。
「慰めてほしいんじゃなくて、ただ、おいてかれたくないの! 一人でおいてかないでっ! 何ができるかなんて分からないけど、もしかしたらせーちゃん達からすれば迷惑なのかもしれないけど、でも、絶対諦めないから! せーちゃん達が諦めても、スザクは諦めないからっ…! どんな状況だって、絶対負けないんだから!」
涙は止まらなくて、感情そのものみたいに溢れ続けて、視界が歪む。目の前の静月の姿さえぼやけてしまう。
だからその時、静月がどんな顔をしていたのかは、――スザクには、分からなかった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【7919/黒蝙蝠・スザク(くろこうもり・すざく)/女性/16歳/無職】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、黒蝙蝠様。ライターの遊月です。
「D・A・N 〜Fourth〜」にご参加くださりありがとうございました。
『秘密』に踏み込む回、だったんですが、更にその先まで一足飛びで行ってしまった感じです…。
『秘密』については、もう少し分かり易く喋らせたかったんですが、この件については静月の方が色々思うところがあるので、いまいち曖昧な言い方に。
本来明かされるはずだった『目的』についてなど、あえて静月が触れなかった部分もあったりなかったり。
ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
リテイクその他はご遠慮なく。
それでは、本当にありがとうございました。
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