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貴方のお伴に 〜郷愁〜
「どうしたの? ぼうっとして」
ある日のことでした。とても寒い日でした。
お母様が、そう言って私の顔を覗き込みました。
お母様、と言っても実の母ではありません。私は故あってこの家の娘としてお世話になっております。
私の名は、ウオースバイト。元々は英国の戦艦に宿った魂でした。紆余曲折を経て、今はホムンクルスの身体に宿っています。最初は途方に暮れたものですが、白夜雪と言う失踪した娘に似ているという事で、この地で住まいを得ることができました。
お母様は私の視線の先を追っていき、遊ぶ妹たちにたどり着いたようです。
妹達はここ最近、人形遊びに嵌っているようでした。
「昔のこと、思い出す? あなたもああやって遊んでいたのよ」
そのとき私は、砲弾と波濤が織り成す激しい環境で生きてきた自分とは全く違う穏やかな光景に癒されていただけでした。こういう世界もあるのだと。
しかし、私は記憶喪失を患っていると思われております。だから、お母様がそう思われたのも無理はありません。人間の娘を演じるのも難しいことですが、結果オーライと言えましょう。
「そうだ、あなたにも何か買ってあげましょう。どんな人形がいい?」
でも、そう言われて心が浮き立つ気分になったのは、とても不思議なことでした。
「男の子の人形じゃあ、不公平になっちゃうじゃない? それに、女の子なんだから、やっぱり女の子の人形じゃないと、ね」
たくさんの人々が行き交う大通りを歩きながら、お母様は語りました。まるで、言い聞かせるように。実際、そうだったのでしょう。
お人形と聞いて思い浮かべたのは、水兵でした。凛々しく海に立ち向かう水兵こそが、英国海軍の守護であった私には相応しいと思えたのです。
ただ、それを伝えたところ、お母様は難しい顔をされて、先ほどの言葉を仰られたのでした。残念ですが、仕方ありません。
百貨店を何店も巡り、水兵の女の子のお人形を探しました。ですが、なかなか見つかりません。あるのは、妹達が持っていたような、現代風のお洒落な洋服を着たお人形たちばかり。
お母様の顔にも疲労の色が見えて参りました。これ以上、困らせるわけにも参りません。今度までに自分の欲しいお人形を考えておきます、と告げ、二人で帰途に着くこととなりました。
季節は冬。木枯らしが正面から吹きつけてきます。日本の冬は、思ったよりも厳しいのであります。もっとも、寒さを感じるようになったのもこの身体を得てからのことなのですが。
繁華街を抜け、閑静な住宅街に入って。
しばらく歩いていると、大きな館が見えてきました。見覚えのない、けれどもなんだか懐かしい、故郷を思い出すような洋館です。思わずそちらばかり見ていると、お母様に呼びかけられました。
「ほら、見て。こんな所に人形屋さんがあるわよ。入ってみない?」
見ると、洋館の門と道路を挟んでちょうど真向かいに、小さなお店がありました。『アンティークドールショップ パンドラ』と看板が出ています。
ちょっと怪しげなお店でしたが、それよりも興味が勝りました。お母様を先頭にして、素っ気ないガラス戸を押し開け、店の中へと入ります。
広がった光景は、まさに、異世界と呼べるものでした。
妹達が持っていたお人形とはまた違った、欧風のきらびやかなドレスをその身にまとった少女の人形が所狭しと並んでいます。暗めの、ぼんやりとした淡い照明が彼女たちを浮かび上がらせていて、自分も宙に浮いているような、おかしな気分になってきます。
お母様もそれは同じようで、無言でただ立ち尽くすのみでした。
どれだけの間そうしていたでしょうか。
さすがにこれは違う、と店を出ようと思った時でした。
「いらっしゃいませ。何か、お探しですか?」
とても穏やかな、柔らかい声が耳を打ち、私たちは弾かれたように振り向きました。
そこには、背の高い女声が佇んでいました。軽くウェーブした金髪は上質の金糸のようで、その姿は、ギリシャ神話に語られる美の女神のようです。
「驚かせてしまって申し訳ございません。お探しのものはございますか?」
重ねるように言った彼女の言葉に、思わず私は反応してしまいました。
女の子の水兵さんの人形、なんて、ありますか?
そう問うたのです。
「……珍しいものを探しておいでですね――そうですね、確か、奥にあったかと思います。探してきますので、少々お待ち下さい」
答は、実にあっさりとしたものでした。
彼女はそう言い残して、店の奥に消えていきます。
私もお母様も、その突然の展開に、呆気に取られてしまいました。
どれだけ待ったでしょうか。数分だったような気もしますが、それなりに待たされたような気もします。
戻ってきた彼女がその手に持っていたのは、小さなお人形でした。私に向けて、それをゆっくりと差し出します。
木製の人形でした。簡素な、でも流し目が魅力的な可愛い顔がプリントされ、フェルト生地の服を着た女の子の人形。青と白のストライプが目立つ、水兵さんの格好です。
「少し汚れたりしているんだけど、ヴィンテージですから、それも良いところかと。50年くらい前の、ヨーロッパで作られたものなんです」
そう説明をしてくれました。けれど、そんなお話は必要なかったのです。
見て、そして、触った瞬間に、分かってしまったのです。
自分と同じ時代を生きたものだ、ということが。
懐かしい思いがしました。私は確かに戦いの中、荒れ狂う海の中に生きてきました。それは、このお人形さんがいた世界とは別の物です。でも、感じたのです。紛れもない、同じ時代の匂いとでも言うべきものを。思い出されるのは、故郷たる英国の港町の風景でした。その中を、このお人形さんも生きてきたのでしょう。
偶然の邂逅でした。でも同時にそれは、運命だったかもしれません。
「これが、欲しいです」
思わずつぶやいていました。お母様が、もっと綺麗な子のがいいんじゃない? と言いましたが、これだけは譲れませんでした。価格も、お母様が考えていた予算よりもずっと安く済むようです。問題はありませんでした。
精算もしてもらい、改めて、その子を受け取ります。
そっと、両手で包みこむようにして。箱に入れてくれるとのことでしたが、箱はお母様の鞄に入れてもらい、自分で抱いていくことにしました。
お礼を言って、お母様が店の扉をくぐっていきました。
慌てて、私も追いかけようとしました。
その時でした。お店の方が、足音も立てず、すっと近寄ってきました。
「大事にしてあげてくださいね。そうすれば、あなたのように、魂が生まれるかもしれませんよ」
思わず、その方の顔を見上げました。
先ほどまでとは打って変わって、悪戯っぽい笑みを浮かべていました。
私の腕の中で、お人形も笑ったように、そんな風に見えました。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【8126/ウオースパイト・白夜ー雪(うおーすぱいと・びゃくやゆき)/女性/60歳/英国海軍戦艦の霊】
【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/アンティークドールショップ経営】
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■ ライター通信 ■
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伊吹護と申します。
初めてのご依頼ありがとうございます。
ちょっと淡々とした展開になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。
またの機会がありましたら、よろしくお願い致します。
手に入れたお人形が何らかの力を持っているかどうか……それは、今のところ秘密です。
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