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<東京怪談・PCゲームノベル>


call?

 …どうしたものか、と思う。

 纏めてしまえばたった一つの単純な事。
 助けてくれ、と、自分が所持している携帯に電話が掛かって来ただけなのだが。
 液晶表示には発信番号通知無し。気まぐれで通話に出てみれば、そんな感じの切羽詰まった、女と思しき声が聞こえてくる。
 女でない可能性も否定はしないが、聴こえる限りではまぁ、普通にそう聴こえはする。

 …何だか、色々と腑に落ちない。

  やっと繋がった。
  切らないで下さい。
  外と連絡取れる手段がこれしか無くて。
  気が付いたら閉じ込められていて。
  駄目元で何度も掛けてみて、十回目で繋がった。

 …それが偶然俺だったと言う。

 腑に落ちないと言うか何と言うか、色々と読めない状況、だとも言える。
 まず、部屋に閉じ込められたと言うなら、駄目元であちこちに何度も電話するよりまず警察に届けるのが確実だろう。幾らメモリやリダイヤルに無かろうとたった三つの数字を打ち込むのが然程の手間だとも思えない。…と言うよりそもそもそれ以前に、閉じ込めた側に連絡手段を取り上げられなかっただけでも不思議だと言えるが。…閉じ込めた側も閉じ込められた側も混乱していた…と言う事なのだろうか。…だとすると随分と間抜けだが。まぁ、これもこれでそういう事が有り得ない、とは言い切れないかもしれない。
 譲歩して、そんな非常事態に置かれた人間、としてはある意味仕方無い理由での間抜けでお粗末な状況だったと仮定する。…だったらこれから俺の方で警察に連絡を付けてやれば良い。それでまず解決だろう。…通話相手が渦中にいる事件自体が解決しないにしろ、俺にしてみればそれで解決だ。
 そうでない場合。…まぁ、実質そちらの可能性の方が余程高いだろうが、何かしらの企みが隠れている可能性。

 …例えば俺を狙った何らかの罠。

 けれどそう考えると少し単純過ぎる。電話を掛けて来た初めの時点で怪しんでくれと言わんばかりの行動の上、この内容では俺が自ら動く可能性は著しく低い。それこそ、先程の仮定同様やはり警察に連絡を付けて任せる可能性がかなり高いだろう。…何故ならそれが真っ当な市民の役割になる。そう出来る下地が今俺の居るこの『社会』では出来ている。…主に超常的な意味合いで余程の事と判断、それでは間に合わない…と見たなら勿論その限りでは無いが、俺としてはこの俗界の常識は出来る限りは尊重しておくつもりでいる。
 だからこそ、F1レーサーをしている異父妹のマネージャー、と言う職業にも就いている訳で。
 …まぁ、そんな事情をわざわざ持ち出すまでも無く、単に俺が、妙な話に関わり合いになるのは御免だと言うだけ――だとも言えるが。

 だが。
 今の場合は――気まぐれでだが、通話に出てみてしまった、と言う事情はある。
 今更助けを求めるその声を、話を聞かなかった事には出来ない。
 …いや、別にそうしても構いはしないのだが。けれどどうもそんな気にもなれない。あまりにあからさま過ぎて、信じられもしないし…だからと言って本気で疑うにも疑い切れない奇妙な話。いっそ子供の考えついた悪戯だとでも思った方が得心する。
 総じて、どうにも読めない、と言うのがやっぱり一番的確な表現のような気がする。

(あの、あのッ、聞こえてますかッ、切れてませんかッ)

 …潜められていながらも叫ぶような声が受話口を通して耳に届く。
 その声質と口調だけを聞くならば、特に含み無く切羽詰まっているように聞こえはする。感情面から推し量る分には悪戯のようでは無い。…単にその言い分――その事と次第がどうにも支離滅裂なだけで。
 一頻り相手のその喋りを聞いてから、相手の呼吸――喋りが止まった隙間を見計らい、送話口に話し掛ける。…それを実際に実行するまでにも結構掛かった。ずっと喋り続けていてこちらが口を挟む余地がなかなか出来ない。…それもまた混乱し慌てているが故、と言う事か。それともこれもまた演技の可能性はあるか。…取り敢えず考え難い、とは思うが。

「聞こえている。切れてはいない。切りもしない。…それより話を聞かせてくれ」

 もう少し詳しく。

「まず、君の名前は。…俺は蒼王海浬と言う」



 俺の方から名乗った事で、返って来た名前は、古森媛子。
 それが彼女の名前だと言う事らしい。

 続けて訊く。
 気が付いたら閉じ込められていたと言っていたが、『気が付いた』のはいつなのか。
 今居る場所に心当たりは。…窓は無いか。少しでも外は見えないか。部屋の内装、物、何でも良い。何かしらの見覚えは。聴いた事のある音は聴こえないか。
 そこで『気が付く』以前。自分が何をしていたか。
 …とにかく、今の状況に繋がる事で、何でも良いから何か覚えている情報は無いか。

 そう、訊いてみる。
 この相手。この恐慌状態も良いところな喋りようでは、物事を順序立てて話せる可能性は著しく低い。例え本人は真剣に丁寧に一所懸命説明しているつもりでも、聞いている方では訳がわからなくなってしまう可能性が高かろう。それは俺の方で『全てを見通す力』でも使えば相手の話が嘘か本当か果たして何が起きているのか――その辺の事情は一発でわかるだろうが、それ程気軽に使うべき能力でも無い――少なくともこんな場合のこんな事程度で使う気はまず無い。わざわざそこまでの『能力』を使わずとも解決出来る事はそうすべき。
 …そして今回のこれも、それで充分間に合う事だと自分の直感は囁いている。まぁ、その直感の囁きも、突き詰めれば俺の能力の一端、と言う事にはなるのだが。そこまで気にする事も無い。…いちいち気にしていたらむしろ何も出来なくなる。そんな事で自縄自縛になるのも莫迦らしかろう。
 相手の反応を根気強く待つ中、心なしか、相手の感情が落ち着いてくるのが息遣いや声から読み取れた。俺と言う「頼って良さそう」な話相手が出来た事実に漸く心の方が付いて来たか。…それとも単に意識せぬ内に俺の声に『絶望を追い払い希望を与える力』が籠ってしまっていたか。はたまた向こうが勝手にそう聴いただけか。…この俗界で客観的に聴いて、俺の声も美声に分類出来はするらしい。となると、ひょっとすると聴き惚れていてもおかしくないかもしれない。…まぁ、今の状況で役に立つのならこの中のどれであっても構わない事だが。特にわざわざ『力』を振るった訳でも無い。
 とにかく、そろそろやっとまともに聞く事が可能な話が――耳に当てた受話口から流れて来るようになって来た気はする。

 曰く、媛子が『気が付いた』のは、ほんの少し前の事。…体感ではそう感じたらしい。もっと確実なところとして、何かしらの形で時計を見てはいないかも確認をする――例えば今掛けている電話の時刻表示等。掛けているのが向こうもまた携帯であるならば表示されているのが普通にすぐ見えるものだろう――案の定、そうしたら具体的な時刻が返っては来た。
 …その時間から今に至るまでは、ちょうど十五分くらいになる。その間に十回掛けた…多いか少ないか。俺と話し始めてからの時間も含めると、少ない方になるか? 確かめたら、電波自体が悪い感じで呼び出しすら叶わなかったものが何回かあるらしい。…そもそも、今通話しているこの携帯電話自体が自分のものでは無く、近くに転がっていたものだ、と来た。そうなると、連絡手段を取り上げるどころかわざわざ置かれていた可能性も否定出来ない。ならばそこに何かしらの仕掛けがある、と言う事も有り得る。
 媛子が閉じ込められていると言う場所。見たところでは、壁も床も打ちっぱなしのコンクリートの壁、との事。聞く限りでは、人の行き来が絶えて久しいと思われる朽ち方をした廃工場か倉庫か何からしい…と判断出来た。何処か埃っぽくて冷たい室内。窓はあるが、小さい上に位置が高過ぎて外を見る事は出来ない。…明かりは入って来る。時間帯と明かりの入射角度も確かめる。それから音は。外からの音で気になるものは無いか。
 そう確かめたら――さっき電車が走るような音がしたかもしれない、と返って来た。…その音の感じも出来る限り詳しく聞いてみる。

 …その時点で、俺は念話を使う事にした。

 媛子と通話中のこの電話は取り敢えず切れない。かと言って今ここで使える他の――有り触れた『普通』の連絡手段は手許に無い。だからこその選択。そう簡単にわざわざ『能力』を使う事も無い…のは確かだが、使って悪いと言うものでも無い。…どうせ元を辿れば気まぐれの結果。わざわざ能書きを垂れて己に言い訳する程の事でも無いだろうと少々自嘲も混じる。
 ともあれ、媛子との通話を切らず、その通話と同時進行で草間興信所の所長へと念話で話し掛けてみる。
 …まず、所長――草間武彦からはぎょっとした反応が返って来る。まぁこんなやり方ではそれも仕方が無いかとは思う。けれどすぐさま適応してくる辺りが草間武彦が草間武彦たる所以と言えそうか。口の上では常々怪奇の類は禁止だとか頑張っていようと、結局受け入れてしまう人の好さがある。
 そこに付け込んでしまっているとも言えるが、ここは巻き込んでしまった方が楽に済みそうだ、と俺は俺で思う訳で。…そもそも今しようとしている依頼自体は、草間武彦お待ちかねの、怪奇絡みの事件では無い事件の可能性も考えられる。ならば文句を言われる筋合いも無いだろう。
 …人を一人捜して欲しい、と依頼する。
 何者かに攫われて閉じ込められているようなんだが、と媛子に聞いた情報をそのままそちらにも伝えてみる。窓の位置、そこから入る明かり――太陽光の入射角度や強さ、建物の内装の状況、聞こえた電車の音の種類や、聞こえた時刻――その近くを通ったと思しき時間帯…等からある程度絞れないかと思った訳で。

 頼むなり、はぁ? と草間武彦は不得要領な声を出すが――それでも一応俺が伝えた情報をメモするだけはメモしているようだった。その最中、漸く探偵の頭もまともに働き始めたようで、わかった、少し調べてみよう――と望んだ通りの返答が来る。

「…宜しく頼む」
(え、あの、何が…ですか…?)
「いや、こちらで知人に助力を頼んでみただけだ。君を助ける為の手配をね」
(…! 今ので…何とかなりそうなんですかッ!?)
「ある程度の位置関係は絞り込めるだろう」
 但し、もっと絞り込む為には媛子の協力がまだ必要だ。
 例えば、まだ聞いていない情報。
 …媛子が『そこ』で気が付く前の事。これは結構重要だ。この『事件』のそもそもの始まりにも関わる。そこがわかれば、そもそも彼女が閉じ込められているのが『何故』かもわかるかもしれない。
 媛子に訊きながら、同時進行でその内容を草間武彦の方にも念話で伝える。
 草間武彦の方から、おいちょっと待て、と軽い抗議の声が聞こえた気はしたが、伝えるのを止めはしない。軽く受け流して続ける。…草間武彦ならこのくらい普通に聞き取り、考えに含める能力はある。それでも抗議が来るのは念話で情報を次々送り込んで来る、と言う俺の勝手を素直に通すのが気に食わないから一応、と言うところだろう。…ある意味いつもの事。だがわざわざそんな『いつもの遣り取り』と言う煩雑な手続きを律儀に行うより、どうせ調べるのだから肝心の情報がとっとと集まった方がより良いだろうが、と思うのだが。
 草間武彦は基本的にそこまで素直にならない。
 まぁ、それもまた彼が彼たる所以になるか。

 …媛子がそこで『気が付く』前に何をしていたか。
 確かめた時点で、少し認識を改める必要が出て来た。それは彼女が今俺と話すのに使っている『携帯』そのものの話。近くに転がっていた、とは先程既に聞いていたが、それは彼女が『今居る場所』の近くに転がっていた、のでは無く『気が付く前』の時点で近くに転がっていた――拾ったものになるのだと言う。
 彼女が通っているのは都内某所の高校だと言う。その学校をサボっての帰り道。近道をする為に公園を通り抜けようとしたところで――近くの植え込みに転がっていたのがその携帯。呼び出し音が鳴っていたタイミングに偶然居合わせ、ひょっとして持ち主が掛けてみてるのかもと拾って通話に出てみたところで――暗転。その後の記憶がもう今居る場所で気が付いた――と言う事になるらしい。ちなみにその時呼び出していた相手が何者かは結局不明との事。媛子は通話には出た筈なのだが、相手の声は聴けていない。
 …と、なると。
 その通話相手もしくは携帯の持ち主――媛子が当初考えた通り同一人物かもしれないが――が怪しいか、と思う。が、それにしては――彼女を既に閉じ込めておいてある今もなおその携帯を彼女の手許に置いておくとはどういう事なのか。念の為彼女自身の所持している連絡手段――携帯についても改めて確かめてみるが、そちらは所持していた筈なのだが今現在は確り見当たらなくなっているらしい。それどころか気が付く前に持っていた筈の荷物は丸ごと無くなっているのだとか。…ならば初めに疑念を抱いた通り、彼女を閉じ込めた側もやはりそこまでは間抜けでお粗末な奴では無かった、と言う事か。
 引っ掛かるのは、わざわざ意図的に残されていたとしか思えない『その携帯』。
 …いったいそこに、何がある。
 気が付く前、『その携帯』の呼び出しに応じてみた時の事をよく思い出させる。その時の液晶表示はどうだったか。非通知。何故その直後に意識が暗転したのか、はっきりわからなくとも何かしらの見当は付かないか。…薬を嗅がされたとか殴られたとか。
 取り敢えず衝撃は無かったらしい。薬を嗅がされたとも思えないようだ。…と言うか、彼女にしてみると誰かに何かをされた、と言う気はしないらしい。
 ならば、何が起きたのか。閉じ込める側にして見れば都合良くその時彼女が勝手に気絶したとでも言う訳か。…それはさすがに信じ難い。どんな手段かは不明だが、その時点で閉じ込める側に何かしらの事をされている筈になる。

 …『その携帯』の呼び出しに応じた事自体が、暗転の原因か?

 受話口から流れて来た声を聞いた事自体が。応じる操作をした事自体が。『その携帯』を拾った事自体が。…暗転したのが正確にどの段階か、も重要になるか。『その携帯』自体が問題なのかその時の通話相手が問題なのか、はたまたその場所が問題だったのか…でも話は変わって来るか。
 その辺で異能が絡んで来る可能性もあるか。
 怪奇探偵も巻き込んだ事だし。
 と、思った時点で――当の怪奇探偵からまた抗議が来た。…どうやらこの事もつい念話で送ってしまっていたらしい。けれどある意味では事実だ。彼が絡むと異能も絡む、と言うのは彼を知る者誰も否めないだろう。そうでもなければそもそも彼に怪奇探偵などと言う二つ名は付くまい。
 まぁ、そこまではわざわざ当人に伝えるつもりも無いが。今は遊んでいる場合でも無い。
 …いや、この『事件』に真面目に向き合っている時点で俺にしてみれば遊んでいるようなものでもあるか。

 携帯そのものに何か変わったところは無いかどうかも訊いて確かめてみる。暫しの間、受話口から声が遠退く。…受話口から耳を外して見ているのだろう。が、程無く戻って来る。
 普通の有名メーカーの携帯。…少し旧式。型番まで伝えられる。通話中なのでそれ以外の操作までは特にしていない――と言うか、何かの拍子に通話が切れてしまうのが怖くて出来ないらしい。今、受話口から暫し耳を離した事すら本当はとても怖かったのだとか。
 ぱっと見では取り敢えず変わり映えしない普通の携帯。…携帯本体から履歴やリダイヤルに契約者の個人情報でも取れればまた違うだろうが、これだけではどうとも言い切れないか。思いながらも一応その情報も草間武彦に伝える。
 と、殆ど同じタイミングで、幾つか場所の候補を見付けた、と草間武彦から返答が返って来た。媛子が閉じ込められている可能性がある場所。『気が付く前』の情報――主に時間的な面で――から更に範囲もある程度絞り込めたらしい。…とは言ってもまだまだその候補の場所、数がある。
 …だがまぁ、ここは足を使うとしようか、と思う。



 思った時点で、草間武彦のデスクの前に移動する。…『空間転移』。要するに、それまで携帯で電話を受けていた場所――自室で寛いでいたところから草間興信所まで直接飛んだ事になる訳で、草間武彦がまたぎょっとしていた…らしい。そんな顔になっている。…直接来る前に念話で先に伝えておくべきだったか。思った時点で取り敢えず軽く謝罪はしておく。
 草間武彦が立ち直ったのは先程の念話を受けた時同様、すぐの事。絞り込めたと言うその場所を地図上で直接示して貰う。俺は媛子と通話をしながらそれらの情報を頭に入れる。
 …少し、引っ掛かる事が出来た。
 もっと根本的な事。草間武彦が絞り込んだ場所についてでは無く、自分の行動とそれに伴う事実について。…いやそもそも、この状況で特に疑いも無く『空間転移』を使ってしまった自分もどうかと思うのだが――今現在、媛子との通話は普通に繋がったままでいる。…通話をしている最中であるその状況で、『空間転移』をしたのに、だ。俺はこの俗界に於いては尋常ならざる力を持っているが、この携帯の方にそんな力は付いていない。勿論会話を伝えている電波にもその電波を乗せる中継基地にもそんな力は無い筈だ。

 ――物凄く単純に、『空間転移』などと言うこんな真似をすればその時点で携帯の通話は切れていて当然である。

 なのに俺は今、簡単にこうする事を選んでしまっていた。考えが及ばず油断した、のだろうか。いや、こうなる事を何処かで察していたのかもしれない。だから、こうした。これで通話が切れる訳が無いと何処かで思っていた。思うからには何かしらの根拠がある。気付いていなくとも俺の中に。

 …俺を『選んだ』のだろうこの通話、だからか。

 選んだ。
 単純な罠。
 子供の悪戯。

 否。

 …そうか。

 思い付く。



 …草間武彦が絞り込んだ場所を、一つ一つ潰す事を試みる。
 あまり余計な時間が掛かっても何なので、また『空間転移』を利用して。
 それで当の候補になる場所の近くに出、実際に通話で媛子当人に確認しながら直接調べ、捜してみる。…その最中に携帯を通してでは無い媛子の直接の声でも聴こえればしめたものだと思い。

 そんな調子で、幾つかの候補を回り。
 程無く、古森媛子は見付かった。



 所在さえ知れれば問題は何も無い。
 …そもそも、物理的に閉じ込められてはいなかったのだから。
 閉じ込められていたのは、精神面――思い込みで。
 要は、媛子が居たその部屋の扉が、開かない、と媛子には思い込まされていた――状況からして思い込んでしまっていた、だけになる。
 だから外から俺がその部屋の扉を開けた時点で、媛子からの依頼は解決と言えば解決した事になる。そしてその時点で、先程まだ草間興信所に居た時に『思い付いた』事が然程見当違いでも無いようだと判断出来た。

 媛子が携帯を手放さないのだ。
 …と言うより、事ここに至っている今もなお、何故か通話を切るのを怖がっている節がある。…通話相手の俺は目の前に居るのに、だ。
 そして本人もその事を変だと自覚しているようなのだが。
「…あれ、私…なんで…」
「そのままでいい。その『携帯』自体が君の声を借りて話したかったんだろう」
「え?」
「君も引き寄せられた。そして俺も引き寄せられた…ってところなんだろうな。…いや、逆か。この『携帯』が君や俺に引き寄せられた」
 …直接見て、良くわかった。
 この携帯にはとても幼い『何か』が憑いている。付喪神と言うべきか妖精と言うべきか魔と言うべきか、とにかくこの俗界の常識、と取り敢えず認識されている世界からは外れた『力』から生まれたばかりのその手のモノ。まだ存在としての分類すら出来ないような段階の。
 そして、この媛子の持つ気と言うかオーラと言うか、そういった生体波動は――ただの人間にしては、中々に目立つ。異能を扱えるかどうかまでは知らないが――いや、この感じでは到底扱えそうに無いか――、ただ存在しているだけで『光』の力を強く放っているとすぐに見て取れた。
 この携帯に憑いているモノは、その『光』に引き寄せられただけだったのだろう。それで、媛子に自らを拾わせた。そして媛子の手に取られた事で、媛子に通話させ更なる『光』を探すと言う手段を得た。その中で――俺と言う次の『光』が見付かった。それも、異世界の太陽神と言う段違いに目映い『光』が。
 それで、必死で俺を繋ぎ止め、引き寄せよう――近付こうとした。

 それ以上の意図は無い。
 ただ、『光』の側に居たかっただけ。

 媛子の意識の暗転の理由。…これも特に悪意は無いと見た。けれど『何か』の方は『光』の側に、と言うたった一つの望みを叶える事しか考えていない――幼過ぎてそれ以外考えられない為に、無垢ではあっても加減を知らない。その上に、媛子の方でも急に己の元に来たこの『何か』に対して、意識せず抵抗力のようなものが働いた、と言う事だろう。その反発力により、媛子の意識の暗転等が起きた、と言うところか。
 取り敢えず媛子に上着を貸して羽織らせ、宥めつつ周辺の様子も自分の目と感覚で確かめる。…媛子が居たのが『ここ』になった理由もわかった気がした。この場所もまた『光』の力がそれなりに強い。少なくともこれまで当たってみた候補の場所より。…恐らくは土地の問題か。ひょっとすると建物の建て方も良かったのかもしれない。だが、そうなると今この場所が使われていない――打ち棄てられた場所らしい様子でもあるのが引っ掛かりはするが。まぁ、その辺の細かい理由は今はわざわざ辿るまでも無いか。
 …今は、彼女をその『何か』から解放してやれさえすればいいのだから。
 宥めているそのまま、恭しく媛子に手を差し出す。見返して来る媛子。頷いて見せる。媛子もまた僅かに頷いて来た。意図は通じたか。媛子は携帯をおずおずと耳から離す。俺はまだ通話状態にしたままだった媛子の持つその携帯を、絡めている指を一本一本優しく外すようにして取り上げた。
 それで、通話を切る。
 途端、かくんと媛子の身体から力が抜けるが、すぐに持ち直し、ちょっとびっくりしたような顔で俺を見上げてくる。…問題無い。思い、微笑みかけたところで――唐突に媛子が顔を赤らめていた。…つまりはやっとそのくらい気持ちの余裕が出て来たと言う事らしい。俺を見てこういう反応をされればわかる。
 取り上げた俺の手許の携帯の方。
 …さて、どうするか。
 この携帯に憑いた『何か』。これは、今回の件で俺の気まぐれが向いた理由でもあるのだろう。どうやら俺は、ここまで無邪気にじゃれ付かれれば無碍にも出来ない、といつの間にか思ってしまっていたらしい。
 …甘いな、とは思うが、まぁそれも俺か。
 内心で自嘲しながら、その『何か』を携帯から引き剥がす。剥がれたそれは、きらきらと光る雲のような煙のような姿をしていて。剥がされるなりそれが意志を持つように動き――小動物のようにするするとこちらの手から腕を伝って来た。それで、肩の辺りに落ち着く。
 …どうもやっぱり懐かれてしまっているらしい。

 なら、躾ければ俺の話は聞くか。
 それで済むなら、これで落着と出来るのだが。



 古森媛子を家にまで送り、草間武彦と合流する。
 媛子の家の前――探偵は彼女が元々持っていた筈の荷物を持参し、返却した。それらは彼女が気を失った――携帯を拾ったと言う場所から見付かった、との事。…媛子当人が見付かった時点で俺の方から連絡を入れ、そちらの状況を確認するよう申し入れた結果になる。
 携帯を拾った場所についての事も聞いた。特に不審な様子は無かったと言う。表情に声質や呼吸の調子などからもその事に疑いは無い――やはりこの『何か』以上の他が介在している可能性は取り敢えず低いか、と思う。もし不穏な何かが他にもあるのなら草間武彦なら気が付いて良い筈だ。…それは能力面では俗界の普通の人間。けれど常識ならざる世界を垣間見る機会が図抜けて多い人物。そしてそれなりに長年探偵と言う人を観る職業にも就いている。ならば単なる勘働きの領域であっても、その判断は信頼に足る。
 媛子から取り上げた『この携帯』は――媛子と別れるに当たり、取り敢えず俺の方で預かる事にしていた。…とはいえ、肝心の『元凶』はそこから剥がされて今現在俺の肩に乗っている。満足でもしたのか、取り敢えず大人しくしている…ならばこのまま暫く放っておいてもいいか。

 …が、そうなると、この携帯の処分に困る。

 改めて履歴やリダイヤルにプロフィールを簡単に確かめる。…これまた今はもう特に不審な点は見当たらない。メモリ内に会社と言うカテゴリが多い以上は取り敢えず社会人の持ち物か。落とし物か忘れ物か、そんなところだろう。…媛子の言っていた当の公園、時間帯によっては結構人が多いらしい。媛子が近道として使ったのと同様の使い方をする者もまた多いとの事で。
 記憶されている個人情報を一通り見るだけ見て――同時に妙な『力』が残っていない事もそれと無く確かめて、その携帯を草間武彦に手渡す。
 探偵は手渡されるまま素直に受け取る――が、一拍置いて、おい? と抗議の声を上げて来た。
 気付くのが少し遅い。
「…今のこれはもうただの拾得物になる。後は頼んだ」
「は? ってこの携帯はお前が引き受けたんだろうが…っ」
「いや、これはもう『抜け殻』だからな。俺がどうこうするまでもない。普通の方法で処分してくれていい」
 警察に届けるなり、本当の持ち主を探すなり、捨てるなり、売るなり。
「ここまで依頼だと思ってくれて良い。勿論依頼料は払う」

 もう、後は怪奇探偵に任せて差し支えあるまい。

【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■4345/蒼王・海浬(そうおう・かいり)
 男/25歳/マネージャー 来訪者

■NPC
 ■古森・媛子(こもり・ひめこ)/通話相手

 □草間・武彦/探偵

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております。
 今回は発注有難う御座いました。お待たせしました。

 内容ですが。
 プレイングにあった子供の考え付いた悪戯、との事から何故かこんな風に転がりました。
 結果として、あまり剣呑な話にはならずに済んでおります。
 むしろ妙にほのぼのな結果になってしまったか、と言うか…。折角なので草間武彦を巻き込んではみましたが、方向的にそこまでする必要もあったのかどうか…。何だか少々蒼王様の御人が悪い感じになってしまったような気もしております(汗)

 …如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、また機会を頂ける時がありましたら、その時は。

 深海残月 拝