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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


魔法習得の駆け引き

 窓を叩く風が強く、甲高い風笛が聞こえてくる。外の木々は枯れ、葉っぱもまた茶色く変色して風に吹き飛ばされまいと揺れ動いている。
 あまりの肌寒さに家を出ることもなく、暖かな暖炉の前で暖かなお茶の入ったカップを手に座っているシリューナ・リュクテイアがいた。
「…ほんとに、最近寒くなってきたわね」
 誰に言うでもなくそう漏らし、カップに口を付けふぅっと溜息を漏らす。
 その時、玄関のドアが小さな軋みを上げて開かれ、外出していた少女、ファルス・ティレイラが戻ってきた。
「寒ぅ〜い! 凍えちゃいそう!」
 そう言いながら、羽織っていたケープを脱ぎ手足を擦り合わせている。
「あら、ティレ。いらっしゃい。寒い中良く来たわね」
 そう言いながらシリューナは新たにカップにお茶を注ぎいれ、それをティレイラに差し出すと「ありがとう!」と言いながらカップを手に取り一口飲み込んだ。
「はぁ〜…。生き返るぅ〜…」
 ほっと一息つき、体に染み入るじんわりとした暖かさに自然と笑みが零れた。
やはり寒い日には暖かい飲み物に限る。そう言わんばかりに暖かなお茶を飲みながらティレイラはシリューナを振り返ると、彼女は暖炉に薪を足していた。
「少し火が弱くなってきたわね…」
 そう言いながら薪をくべていると、ティレイラはカップをテーブルに置きそんな彼女の隣に近づいてくる。
「火なら私に任せて!」
 そう言いながらニッコリ笑うと、目を閉じて火が小さくなってきた暖炉に向かって手を翳すと魔法を唱えた。すると小さくなり始めていた炎が息を吹き返したようにボッと大きく燃え上がり始める。
「はい、出来た」
「………」
 その姿を見ていたシリューナはふと、思いついた事があった。
 季節も冬になり、肌寒くなってきた。ティレイラの持つ炎の魔法。これは彼女が一番得意としている魔法だが、それ以外は覚えていない。
 シリューナは炎を見ていた視線を滑らせるように戸棚の中に移すと、戸棚の中にある先日作ったばかりのケーキを確認した。
「…ねぇ、ティレ…」
「うん? なぁに?」
 再びカップを手にしていたティレイラがシリューナを振り返ると、彼女は満面の笑みをその顔に湛え近づいてくる。
「そろそろあなたの苦手な水や氷の魔法を覚えてみる気はない?」
「え?」
「だいぶ寒い季節になったし、この寒さを利用すればあなたの魔法の練習にも差し支えはないと思うのよ。なにより、扱いやすくなるんじゃないかと思ってね」
「………」
 突然の申し出に、ティレイラはその場に固まってしまった。
 寒い思いをしてやっとここまできて、ようやく体も暖かくなったというのに…。
 あからさまに後ろ向きな事を思っていると、シリューナはくすっと笑った。
「もちろんタダとは言わないわ。教えるのは初歩的な魔法だし、それにもし成功すればあの戸棚にあるケーキを全部あげる」
「ほ、本当!?」
「でも、失敗したら…」
「………っ」
 クスクスと笑いながらそう言うシリューナの言葉に、ティレイラの顔が強張った。だが、自分の大好きなものを目の前に、このままやらないと言うのもイヤだ。
 失敗しなければいいんだ。失敗さえしなければ…。
「うん。じゃあ、やってみる」
「そう? ティレならそう言うと思ったわ」
 満足そうにニッコリ微笑みながら、シリューナは頷いた。

                  *****

 厚着をして外に出た二人は、今にも雪が降り出しそうな分厚い灰色の雲の下立っていた。
 シリューナは地面に生える一本の枯れ木を指差し、ティレイラを振り返る。
「ティレ。手順はさっき教えた通りよ。あの枝を氷らせてごらんなさい」
「う、うん」
 緊張した面持ちでティレイラはゆっくりと手を翳した。
「緊張してると上手く行くものもいかなくなるわよ」
「だ、だって、水とか氷とかって、苦手なんだもん…」
「大丈夫よ。今はこの寒さも手助けしてくれるし、何より一番初歩的で失敗の少ない魔法なんだから」
 シリューナはそう言いながらティレイラの背を押した。
 ティレイラはそんなシリューナの言葉にぎこちなく頷くと、目の前の枯れ木に目を向けた。
 集中して、落ち着いてやれば失敗なんてまずしないはず…。
 そう思いながらそっと目を閉じ、手を翳す。大きく深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出しながら意識を集中していく。
 意識を集中していると、掌に力が集まってくるのが分かる。
 いい感じだ、と油断した瞬間、隣にいたシリューナがピシャリと叱責の言葉をかけてくる。
「油断しない。失敗するわよ」
「は、はい!」
 失敗するわよ、と言う言葉に笑みが含んでいるのを感じるとティレイラは身を固くして意識を集中し直し始める。
 ただ瞳を閉じて深呼吸を繰り返しながら意識を集中させ、大きな気のうねりと掌に集まってきた感触にティレイラはカッと目を見開いた。
「はぁああぁっ!」
 意識を集中したまま、思い切り集まった魔法の気を解き放つ。
 大きく風が揺らめき、いつの間にか振り出した雪が吹き出した風に大きく揺らめき散っていく。
 ティレイラの発動した魔法は、まるで光の矢のごとく枯れ木目指して突き進む。そしてパァンッ! と派手な音を立て、枯れ木に魔法が当たると枯れ木は根元からピキピキ…と凍りつき始めた。
「や、やったっ!」
「………」
 思わずティレイラがそう叫ぶ横で、シリューナは冷静な眼差しを向けて枯れ木を見つめていた。
 確かに根元から薄い氷の膜が張っている。が、それもしばらくすると先ほどまでのは何だったのかと疑いたくもなるほどにあっけなくパァン! と二度目の微かな破裂音を立て氷の膜が砕け散った。
 それを見たティレイラはその場に凍りつき、枯れ木を唖然とした顔で見つめている。
「あ…あれ…?」
「……駄目ね。失敗よ」
 困惑しているティレイラを他所に、シリューナは極めて冷静にそう呟いた。その言葉に、ティレイラは泣き出しそうな顔でシリューナを振り返る。
「え、えぇ〜! そんなぁ…。それじゃ…」
「えぇ、そうよ。ケーキは無し。これだけ自然が味方してくれているのに残念だわ」
 ニーッコリ笑いながらそう言ったシリューナの言葉に、ティレイラはただがっくりと肩を落とすしかなかった。

                *****

「うん。やっぱりこれが最高よね」
 暖かな暖炉にあたりながら、シリューナは手にしたカップを口に運んだ。
 満足そうに微笑むそのシリューナの前にあるのは、大きな彫像…。
「ここまで精巧で可愛らしい彫像は、世界中探したってそうそう見つからないと思うわよ」
『ひぇええぇん! もう勘弁して下さぁい!』
 彫像にされているのは、ティレイラ本人だった。シリューナの指示でポーズを取らされ、その形のまま彫像にさせられてしまったのである。
「分かってるでしょうけれど、そのうちその呪術は解けるわよ。それまで私の目を十分に楽しませて頂戴ね」
『えぇええぇん!』
 泣き叫ぶティレイラの声がこだまするも、それからしばらくティレイラはそのままの姿でシリューナを楽しませるのであった。