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「寒中魔法修行!」
とある日の夕方、市街地からやや離れた街外れの土手の上。
長い黒髪をストレートロングにおろした紅眼の美女と、やはり長い黒髪に紅い瞳の少女の2人連れが、眼下を流れる河を見下ろしていた。
「うぅ〜……やっぱり冷えますね、この季節は」
年下の少女、ファルス・ティレイラ(3733)は両腕で己の肩を抱き、ブルっと身震いした。
外見上の年齢は女子高生くらいといったところか。
「寒いからいいのよ」
同行の女性、シリューナ・リュクティア(3785)が大人の女らしい落ち着いた微笑を浮かべて答える。
「ティレは火系統の魔法は得意だけど、水系統は苦手だったわよね?」
「それはそうですけど……」
「この季節、特に水場の近くは『水の気』が強いのよ。水系の魔法を修行するにはうってつけだわ。そうでしょ?」
見かけは歳の離れた姉妹のような2人だが、その正体は異世界から転移してきた竜族。
本来は紫の翼を持つドラゴンだが、この世界で暮らすため人間の女性に化身している。
故郷とは時空を隔てた人間の街で魔法薬屋を営むシリューナにとって、同族でまだ幼いファルスは妹のような存在。時折、暇を見ては彼女に魔法のコーチを施してやっているのだ。
「でもお姉さま、この世界って私たちの故郷みたいに戦争してるわけじゃないですよ? 今使える魔法だけでも、充分じゃないかと思うんですけど……」
ただでさえ寒い季節、苦手な水系統の魔法修行と聞いて、ファルスは見るからに乗り気薄だ。
「そんな心がけじゃダメよ。いつどんな理由で水の魔法が必要になるか分らないし……だいいち、食わず嫌いじゃいつまでたっても竜族として一人前になれないじゃないの」
人差し指を一本立て、やや厳しい口調で諭すシリューナ。
「はーい」
しおらしく返事はするものの、やはりファルスのやる気はいまひとつ。
シリューナは僅かに思案したが、すぐ両手をポンと叩いてにっこり笑った。
「頑張ってね。今日の修行で合格したら、ご褒美にティレの好きなスイーツをご馳走するわよ」
「わぁ、本当ですか?」
ファルスの瞳が喜びでキラキラ輝く。
スイーツと聞いて一気にやる気が湧いたらしい。
……何やら現金という気がしなくもないが。
「でも、どうしましょうか? 水の魔法っていっても色々ありますけど」
「そうね……じゃあ最初は基本中の基本。水の物理的操作から行くわよ?」
そういうと、シリューナは河に向けてすっと片手を差し出した。
端正な顔の中で紅い瞳が少し細まる。
間もなくゆったりと流れていた川面の一角が渦巻き始め、たちまち竜巻のごとく巻き上がると太い水の円柱と化して回転を続けた。
「……」
シリューナが白く細い人差し指を軽く振ると、水柱を構成する大量の水が宙に舞い上がったかと見るや、翼長5mほどのワイバーンの形状に変わった。
そのまま優雅に羽ばたいて2人の頭上を悠然と飛び回る。
「すごーい! まるで生きてるみたい!」
「このまま使い魔として使役することもできるけど、それにはかなりの呪力を消費するからね。今回はとりあえず形だけよ」
いいながら、パチンと指を鳴らすシリューナ。
同時に黄昏の空を舞っていたワイバーンが瞬時に凍結し、そのまま2人の頭上へ落下してきた。
「……きゃっ!?」
思わずたじろぐファルスだが、氷の塊が彼女を押し潰すことはなかった。
氷塊は地上から3mほどの高さで粉々に砕け、その破片の1つ1つが透明な「氷の蝶」となって土手の周囲を乱舞する。
「わあ、綺麗!」
オレンジ色の夕陽をキラキラと反射し、さながら氷の妖精のごとく宙を舞う蝶たちの姿に、思わず歓声を上げて見とれるファルス。
やがて蝶の群れは河の上へと移動すると、再び元の水に還ってパラパラと川面に降り注いだ。
「さすがです、お姉さま!」
ファルスは両手を胸の辺りで組み、尊敬と憧れの眼差しで魔法の師匠を見つめた。
「さあ、次はあなたの番よ。同じようにやってみて」
「は、はい!」
シリューナに促され、こくんと頷いたファルスは河に向かって一歩踏み出すと、大きく深呼吸して片手をかざした。
念を込めること数秒。
最初のシリューナに比べるとやや遅れて、再び水面が渦巻き始める。
やはり渦巻きの中心から、太い水柱が回転しながら起ち上がった。
「うーん……」
先程の師匠と同じくワイバーンを思い描くが、もうひとつイメージがまとまらない様子だ。
「もっと精神を集中して! 水の気に魔法を同調させて、水を自分の体の延長と思うのよ!」
少しきつい口調でシリューナのアドバイスが飛ぶ。
普段は実の姉のように優しいシリューナだが、こと魔法修行となれば竜族の大先輩として厳しい指導者と化すのだ。
「火の系統の魔法は瞬間的に魔法力を消費して炎や高熱を具現化させる術が多いけど、水系統の魔法は現実世界に存在する液体や水分を利用して持続的に操作するものが多いわね。だから同じ魔法でも『力』の使い方が自ずと変わってくる。でもこれをマスターできれば、防御にせよ攻撃にせよ、ぐんとヴァリエーションが広がるわよ」
「確かに……火の魔法とは勝手が違いますね」
ファルスの場合、まだ竜族としては若いこと、また性格的なものから見た目にも派手な炎の術が好みなのだが、こうして実際に水系統の魔法を使ってみると、魔法力を持続的に消費しながら水を操作する微妙なバランス感覚が必要とされるのが分かる。
火の魔法に比べると使用する魔法力は少ないが、少し気を抜くと元の水に戻ってしまうので、慎重なコントロールが必要とされるのだ。
(ちょっとめんどくさいかなあ? 炎の術ならあんまり難しく考えなくても、その場のノリでうまくいくんだけど)
「たとえばあなたは空間断裂の魔法で身を守ることができるけど、あれは効果が高い分、魔法力の消費も大きいわよね? 相手によっては空気中の水分を操作して水の障壁を張れば充分防御になるし、魔法力の節約にもなるでしょ?」
ファルスの心を読んだかのように、シリューナがアドバイスした。
「そ、そうですね――えい!」
あどけない顔をやや緊張させ、ファルスは小声で気合を入れた。
水の円柱が川面を離れて空中に浮き上がると、そこでファルスのイメージ通り幻獣の姿を形作った。
「……あれ?」
少女が小首を傾げる。
確かにそこに出現したのはワイバーンだったが、さっきシリューナが実体化させたものに比べると妙に頭が大きく、そのくせ左右の翼がやけに小さい。
「うーん……なんか不格好だな」
「まあ最初はこんなものでしょ。とりあえず具現化して、自分の意志通りにコントロールできればOKよ」
「はい! それじゃ、さっそく」
デフォルメされたヌイグルミのように愛嬌のあるワイバーンは、しばしの間ファルスの意志に従い、上空を旋回したり宙返りを繰り返したりした。
「その辺でいいわ。次はさっき見せたように、細かく分散させて操ってみて」
「あ、はい!」
ファルスが改めて念を込めると、水の翼竜は空中で静止したと見るや凍結して細かく分裂し、先刻同様、氷の蝶の群れに変容した。
シリューナのお手本に比べるとややぎこちないが、それでも概ねファルスが思い描いたように黄昏の空を美しく舞い踊る。
(こんな感じかな?)
だんだんとコツがつかめてきたファルスが人差し指を振ると、蝶の群れは2人の頭上に集まると、少女の思いのままに飛び交いながら、空中で花や星の輪郭を描いたりした。
「上出来よ。この調子なら今日の修行は合格――家に帰ったらスイーツでお茶にしましょうか?」
「えへへ……」
師匠からお褒めの言葉に預かり、ちょっと得意げに笑うファルス。
(何がいいかな? プリン、チーズケーキ、マカロン……それとも)
その瞬間、彼女の精神集中が僅かに緩んだ。
ザーッ!
魔法力が途切れた一瞬に氷の蝶は全て元の河水に戻り、そのまま夕立のごとくファルスたちの頭上に降り注いだ。
「……」
「……」
頭から爪先までずぶ濡れになったシリューナとファルスが、しばし無言で見つめ合う。
何とも気まずい数秒間。
「ティレ……あなた今、何か別のことを考えたでしょ? まだまだ未熟ね」
「えと、あの……ご、ごめんなさい!」
顔を赤らめ、すまなそうにペコペコ頭を下げる少女を見つめ、シリューナがにっこり微笑む。
ただしその口許は、ちょっぴり引きつっていたが。
「――というわけで、スイーツは次回までお預け。今夜はその姿でしばらく反省なさい」
帰宅後、衣服を着替えて居間のソファーに腰掛けたシリューナが、熱い紅茶で体を温めながら言い渡す。
「でも……その姿、なかなか可愛いわよティレ。まるで氷の妖精みたい。ふふっ」
(お姉さま……さ、寒いです……)
修行失敗の「お仕置き」として氷の彫像へと変えられたファルスは、身動きすることもできず、心の中でうるうる落涙するのだった。
<完>
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3785/シリューナ・リュクティア/女性/212歳/魔法薬屋
3733/ファルス・ティレイラ/女性/15歳/配達屋さん(何でも屋さん)
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしました。PCお二人の魔法修行エピソードです。
修行の結果については「成功」「失敗」の2パターンどちらにしようか迷ったのですが、シリューナがファルスを「呪術で彫像にして観賞の餌食」というのがなかなか面白い設定と思いましたので、ノベル中で使用させて頂きました。
どうぞお楽しみ頂ければ幸いです。
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