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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆玄冬流転 〜心想〜◆




 父と母が寄り添い歩くその先を、妹が軽快な足取りで駆けていく。
 曲がり角で足を止めてくるりと振り返った妹は、息を弾ませながら自分に向けて急かす声をあげた。
 自分はそれに笑って、両親を見上げて、笑みを返されて――。


 そんな他愛ない、そして懐かしい夢を見て、八重咲悠は目を覚ました。
(……随分と懐かしい夢、でしたね)
 今まで繰り返し繰り返し何度も見た、あの『壊れた』光景ではなく。
 家族――父と母と妹と、四人で出かける夢。ただ日々を安穏と楽しんでいた頃の夢。
 あの日、あの瞬間に、永久に失われた、情景。
 何故今になってそんな夢を見たのか――それはきっと。
 彼女の存在によるものなのだろう、と、誰に言われずともわかっていた。
 微かに耳に届くのは、『彼女』が自分の眠りを妨げずに朝食を作ろうとしているだろう音。
 久しく聞くことのなかった、自分以外の人間による生活音。
 ――そして、『懐かしい』という感情もまた、久しく覚えることのなかったもの。
 それに知らず笑みを滲ませながら、悠は夢に見なかった光景を静かに思い返した。

◆ ◆ ◆

 遡ること五年ほど前、悠は父と妹と三人で暮らしていた。
 母が交通事故で還らぬ人となり、民俗学の教授の父と、まだ小学生の妹と暮らす日々。
 母を亡くした悲しみは全員が背負っていたが、それは時が僅かずつでも癒していくもののはずだった。完全に癒されることなどなくとも、三人寄り添い合って、先に進んでいけるはずだった。
 ――しかし、続いていくはずだった未来は、一冊の本によって狂った。
 父が自分の研究の資料として収集した中に、それは在った。
 『黙示録』。存在しないはずの十二巻目。
 ありとあらゆる『魔術』が記され、所有者にそれらを行使する力を与える書物。
 反面、冒涜的且つ背徳的なその内容に、狂気の淵へと堕とされた者は数知れず。それを免れたとしても、力を揮えば代償として術者の精神は蝕まれる。
 ……それらの逸話を、父がどれだけ知っていたのかは、永遠に闇の中だ。
 ともあれ、初めこそ嫌悪感を覚えた父も、探究者としてか、単にヒトとしてか――好奇心に負け、黙示録の力を行使した。
 『黙示録』に触れた時点で狂ってしまっていたのか、力を行使したことで狂ったのか。
 それもまた、永遠に答えなど出ないだろう。けれど、『理性』という名の箍が外れ、二度と戻らなかった――その事実には変わりない。
 完全に癒えることのない悲しみと痛みが、父に『死者を甦らせる』という禁忌を犯させた。
 『黙示録』の与える力のみで、それを為すことは出来ない。そして、父が選んだのは――肉親を贄とする方法だった。
 妹は未だ幼く、『死』とそれを覆す禁忌を正確には理解できていなかったのだろう。だから、――母を慕うその一心で、血塗られた儀式に足を踏み入れてしまった。
 妹がどれだけのことを理解できていたのかなど、今となっては知りようもないことだ。己の死と母の蘇生を、きちんと秤に掛けた上での選択だったのかすら分からない。
 そうして悠は、日常を密やかに侵食していた殆どのことを知らぬまま――あの日、あの瞬間を迎えた。
 濃密な闇の気配。現世にあって幽世の如き『異質』に包まれた部屋。
 ただただ純粋な『歓喜』だけをその稚い顔に表して事切れていた妹も、そのすぐ傍で狂ったような――否、狂い切った笑い声をあげ続けていた父も、肉親の血肉と『黙示録』の力で生み出された『母』の顔をしたナニカも――全て、今もなお鮮明に悠の記憶に焼き付いている。
 ただ、その時――己が何を思ったのかだけが、綺麗に抜け落ちたまま。
 何かを思ったはずだった。何かを感じたはずだった。浮かんだ感情は確かに在ったはずだった。けれどもそれは、『推測』の形でしか語ることはできない。
 何故なら、その全ては『好奇』へと塗り替えられてしまったからだ。己の心を守るために――自分が壊れてしまわないように。
 それは無意識下の自己防衛というべきものだったのだろう。己の心を壊すほどの感情の奔流が、その時の自分を襲った故の。――やはりこれも『推測』でしかないけれど。
 それによって『ヒト』としてあるべき感情を抱けなくなったとしても、心を壊すよりは、と……そう、己の本能が判断した結果なのだろう。
 在ったはずの感情。抱いていたはずの感情。それらは、自分の中から失われた訳ではなかったのだと――自己分析という名の推測で理解していた事柄は、一人の少女との関わりによって実感を伴う事実へと緩やかに変化し続けている。
 ……そう、朝食の支度をしているだろう『彼女』――クロの姿を思い描いて、『微笑ましく』思うこの心の動きもまた、彼女との出会いに喚起されたもの。
 お世話になってばかりだから、と、包丁の握りも覚束なかった状態から、一人で食事の支度ができるまでに成長した――彼女のそんな変化を『喜ばしく』思うのも。
 それぞれの『感情』は、泡沫が水面に波紋を広げるような、未だささやかな揺らぎでしかないけれど。
(『悪くない』――と思える事自体、変化の顕れなのでしょうね)
 何に対しても『好奇』以外を抱くことのない自分に思うところなど在りはしなかったし、不満など持ちようはずも無かった。他の感情を取り戻したいと願うことも、当然無かった。
 それが変化したのは、クロとの関わりの中でだった。『好奇』からの接触。偶然を必然に変え、続いた邂逅の果て。
 変化し続ける己の心の在り様もまた、『興味深い』ものとして自身の『好奇』の対象と為り得る。その事こそが、己の変化を顕著に表しているのだろう……。


 回想を経ての考察に区切りをつけて、悠は静かに身体を起こした。
せっかく手ずから作られた朝食を冷ましてしまわないよう、そろそろ身支度を整えるべき頃合だろう。
 通常よりも幾分遅くなった悠の起床に、様子を窺うか否か真剣に思い悩むだろうクロが容易に予測できて、また一つ、笑みを零した。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2703/八重咲・悠(やえざき・はるか)/男性/18歳/魔術師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、八重咲さま。ライターの遊月です。
 「玄冬流転」へのご参加有難うございます。

 今回は八重咲さまの過去に触れる内容ということでしたが、如何だったでしょうか。
 過去についても、八重咲さまの変化に関しても、大分想像で書かせていただいたのでドキドキものです。あまりイメージから外れていないといいのですが…。
 せっかくなのでクロと八重咲さんの同居生活の様子もちらりと。

 ご満足いただける作品になっていましたら幸いです。
 書かせていただき、本当に有難うございました。