コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


鶴亀縁起 〜大団円〜

 それは天を焦がすような炎だった。村を焼き尽くす炎。その向こうに、もがき苦しむ巨大な火龍と、今まさに力尽きんとする大きな鳥の姿が見えた。
「クレア…」
 全て、分かっていた事だった。自らの命と引き替えに、彼女は自分の民を守ったのだ。だが、涙は止まらない。どうしても自らの目で確かめたかったのは、一縷の望みを持っていたが故であったと今更知った。がっくりと膝をついた玲奈の肩に、ほっそりとした手が置かれた。
「行こう。…明日は、俺たちの式だろう?」
 頬を伝う涙を拭いながら、彼は言った。美しい女性の声で。友、クレアクレイン・クレメンタインが救ったのは、彼女の領民だけではなかったのだ。
―話はその年の始めまで遡る。

「飼育許可?!そんなもの要るなんて聞いてない!」
 玲奈は思わず声をあらげたが、電話口の研究員はすまなそうな、だがどこか他人事な調子で、更に絶望的な言葉を口にした。
「っていうか、個人ではまず許可されないんじゃないかと。一応、天然記念物ですから」
「いやよ、今更!ねえ、研究所にいる鶴たちのところに…」
「無理です。姿見られてしまってますし。それに今、みんな雷雲発生機の最終実験で忙しいんですよ」
「そんなのどーでもいいからっ!とにかく誰か」
「無理です!」
「そんなああああっ!」
 玲奈の悲鳴に、台所にいた『彼』がくいっと振り返る。彼の名は鶴田亀造。去年の暮れに知り合ったカメラマンだ。逞しくて明るくて頼りがいがあって、可愛げもある。辛い恋ばかりだった年の暮れにこんな出会いがあったなんてと喜んでいたのも束の間、とある事件に巻き込まれ、今の姿はどこからどう見ても『鶴』なのだ。姿を戻す研究が進むのを共に待とうと誓った直後、ぶち当たったのがこの現実である。日本の法律。丹頂鶴と人間は、一緒に暮らしてはいけないのである。…まあ、そりゃそうだ、と言われそうな話だが。玲奈は本気で知らなかった。否、油断していた。愛しの彼が、まさか鶴の姿で勝手に外をうろつくとは思っていなかったのだ。更に悪い事に、開いた窓からこっそり抜け出す姿を何度も近所の人に目撃されていたのだ。最初にやってきたのはマスコミ。ちょっとした騒ぎになりかなり閉口したものの、本当の災厄はその後に訪れた。警察が来たのだ。最初は警告のみだった。もちろん愛する亀造を手放すつもりなどさらさらない玲奈は、それこそ東奔西走して許可をとるべく手を尽くした。裏から手を回してみたり脅したりなだめたりと、奮闘したのだ。だが、結果は変わらなかった。
「そんな…私、今さら貴方を釧路湿原に放すなんて、できないっ」
 彼を見つめて涙した玲奈に同意するように、彼がゆっくりともたれかかり…。抱きしめようとした玲奈の手をすり抜けて、くったりと床に倒れ込んだ。
「えっ…?!」
 気づいた時には虫の息。鳥なのに。すぐに研究所で調べさせると最悪の結果が告げられた。鳥インフルエンザ。野鳥を媒介して広まり養鶏場に甚大な被害を及ぼす、鳥にとってはまさしく死の病である。しかも亀造が侵されているウイルスはその中でも強毒性と分類されるものだったのだ。治療法は現時点ではない。進行は早く、研究も間に合うとは思えない。彼が鳥でいる限り。玲奈は時空間通信の回線を開いた。
「お願いクレア、他に方法がないの。貴女なら何とかできるんじゃないかと思って…」
 旧友クレアクレイン・クレメンタインは妖精王国で科学相を務める科学者だ。その才能と知識は玲奈も厚い信頼を置いている。だが折悪しく、その時王国には重大な危機が迫っていた。龍の襲来だ。
「悪いが、そんな話を聞いてる暇はない。何?鳥インフル?やれやれ、こちらはそれどころでは…!」
「貴女しかいないの。ねえ、助けて!」
 モニタを介して二人の美女は延々と押し問答を繰り返した。
「そう言われても、こっちは国の存亡がかかっておる!」
「こっちだって恋の存亡がかかってるんだからっ!私がこのまま行かず後家になったらどうしてくれるの!」
「そうなったら男運変える薬でもくれてやるわ!」
「欲しいのは鳥インフルの特効薬!!って、ちょっと、男運変えるって、そんな薬…」
「だから鳥インフルどころでは!ん…鳥?という事は…」
 モニタを介して二人の美女が別の事を考えながら顔を見合わせた。
「玲奈。…もしや、いや、これなら行けるかも知れぬぞ!」
「え?男運が?」
「何の話じゃ。…そなたの恋人を救い、私の国も救う策の話に決まっておろうに」
 クレアの提案は、玲奈にとってにわかには受け入れがたいものではあった。だが、現状で考えうる最善の策であると認めざるを得なかった。玲奈はクレアの提案を容れると、横たわる亀造に最後の力を振り絞る為のカンフル剤を点滴した。
「お願いよ、亀造。私の言うことを聞いて」
 折しも警察が玲奈と亀造を引き離すべく、最後の訪問をしようとしていた。何がどう伝わったのか、警官隊が玲奈のマンションを包囲していている。
「三島さーん。そろそろ出てきてくれませんかあ?とにかく鶴を渡していただければこちらとしては…」
 拡声器で間延びした声が響いたその瞬間だった。開け放たれた窓から
大きな鳥が飛び立つ。ばさっ、ばさっ、ばさっ…。広い翼を広げて飛び立つその姿を見上げていた人々の目の前で、彼…亀造は青い空に飲み込まれるかのように、消えた。
「…後は、お願いクレア。そして…ごめんなさい」
 玲奈の頬を一筋の涙が伝った。

 風が、熱い。どこからともなく漂ってくる嫌な臭いは、龍の炎で村が焼かれた臭いだ。
「よく来たな。ええと…亀造、だったか」
 クレアはぐったりとした鶴の頭をなでると、ふっと微笑んだ。
「私はな。そなたの身体が欲しい。その強毒性のウイルスに侵された身体が」
 くう、と鶴が鳴く。クレアは窓の外を見た。遠くに龍の姿が見える。だんだんと都に近づき、やがて王城をも焼くだろう。だが、そうはさせない。その前に…。クレアは控えていた部下たちに目配せすると、鶴の前に膝をついた。
「知っておるか?あの龍は鳥と同じ祖先を持っていると言われている。だから、そなたの持つそのウイルスを少し変えてやれば、あいつを倒す武器になる。だから…」
 クレアは鶴の横に屈むようにすると、囁いた。
「その身体を、私と取り替えてやろう」
 魂魄置換。そう提案した時の玲奈の表情が思い出された。何とも言えない複雑な表情。助けられるのかという希望と、そんなことを望んだのではないという絶望とがない交ぜになった、涙顔。少し会わないうちに、あんな顔をするようになったのかと思うと、何だかおかしい。いつまでも子供っぽさの抜けない子だと思っていたのに。
「私の魂とお前の身体は失われるが、お前の魂は救える。私の身体と共にな。あの子を頼む。私の分まで幸せにしてやってくれ」
 それがクレアがその身体から発した最後の声になった。


「ちゃんと元に戻るから」
「いつ?どうやって?」
「いっ…いつか、必ず?」
「だからそのいつかがいつなんだかが問題なんだああああっ!!」
 ぐわあっと雄叫びをあげる『彼』を前に、玲奈は深いため息をついた。
「いい加減この会話、疲れたわ」
 クレアの元から『彼』が戻ったのは、警察官たちに包囲されたマンションから鶴の姿で飛び立ったその翌日のことだった。只今!と意気揚々と玲奈の部屋に戻ってきた後、声が変、あれ?うわ、女になってる!なんで!と我が身に起きた事実に気づいてから数時間、こうして嘆きっぱなしなのだ。何とか服装だけでも元の通りに戻したが、それでも抜群なプロポーションは隠せない。
「…まさか女になってるなんて」
「他に方法がなかったのよ。大体、クレアが居なかったら鶴のまま死んでたのよ?」
「それは困る!困るけどこれも困る!あーもう、髪長いのって慣れてねーなーっていうか、切ろうかな。切ってもいい?っていうかいいよな」
「だめよ!!!」
 長い髪を束ねてくるくると指に巻く亀造クレアに、玲奈があわてて首を振った。
「そのままで居てあげて。せめてもの手向けに」
 見上げた玲奈の表情にただならぬものを感じたか、それとも妖精王国での記憶が少しは残っているのか、クレアの亀造はわかったよ、と小さく呟き、深い深いため息をついた。
「俺そーいうの、苦手なんだけどなあ…」
「慣れて。結婚したら女の子が生まれるかもしれないじゃない」
「生まれるって、この姿でか?どーやって」
「全ては時間が解決してくれるわよ。なんたって不老不死の妖精族の身体なのよ?」
 じゃあ、のんびり待ちますか、と諦めの態のクレア亀造に、玲奈はほっと安堵の息をついた。そう。全ては時が解決するはず。三島の科学力をもってすれば。だからきっと大丈夫。

そして数ヶ月の後―

 南国の海。点在する島々の間に浮かぶクルーザーの上に、二人の女性の姿があった。一人はビキニにパーカー、もう一人は白いサマードレスをなびかせて、甲板で風に吹かれている。もちろん、玲奈とクレアである。
「ふううっ、やっぱ風がいいなあーっ!」
 すぐに上着を脱ごうとするクレアに、玲奈が慌てて日傘を差し出す
「もう、日焼けには注意してよ。女の肌は繊細なんだから」
「神経質だなーもう。せっかくの海なんだからいーじゃん。ちょっとくらい。ほら、この脚線美!」
 オレンジのビキニからすんなりと延びた足は、なるほど誇示したくなるのもわかる美しさだ。
「このプロポーション、保つのにはえっらい努力だったんだぜ?なかなかのもんだろう?なあ、クレア…」
 水面に映る自分の姿に呼びかけるクレアの肩に、玲奈はそっと手を置いた。
「大事にしてあげて。貴方が生きて居てくれれば大団円なのよ。だって…」
 言葉を詰まらせた玲奈の背に、クレアが腕を回す。
「もうすぐ、クレアの出撃だったな」
 抱き寄せられたまま、うなずいた。
「ねえ。…見届けてあげたいの。いい?」
「…そうだな。俺たちに出来る事と言えば、それくらいだ。でもさ、玲奈。その前に確かめときたいんだけど」
 クレアの言わんとするところを察して、玲奈がさっと顔を赤らめる。この旅に出る前にクレアから言われた言葉を思い出す。
「それは…もちろん、イエスだけど。でも…」
 ずっと一緒に。待っていた言葉だけど、素直にうなずけなかったのは今の状況故だ。
「クレア、貴女…ううん、貴方は本当にいいの?私で…。だって」
「別に、俺の秘密を知ってるのがお前だけで、しかも元に戻るにはお前の力が必要だからってだけで言ってる訳じゃねーよ」
「『だけ』じゃないわけね」
 率直なのも時と場合によるものだという事を、玲奈は密かに痛感した。だがクレアは気にした様子もない。
「だから、まあそういう事だから気にすんな。な?クレアの国、見届けたら式、あげよーぜ?花嫁二人っつーのもなかなか面白いじゃん?」
「…うん。クレアがそういうなら、いいよ」
 よっしゃ!と南国の空に楽しげな声が響き、クルーザーは一路日本へと向かった。

 そして挙式前夜、話は冒頭に戻るのである―。
「行こう、玲奈」
 燃え盛る炎の中、二人はクレアの最後を見届けた。クレアは鶴の身体を出撃までに巨大化させ、ウイルスの毒性を最大限に強めたらしい。ウイルスは瞬く間に火龍の身体を冒し、壮絶な最後を迎えようとしていた。
「さすがだわ、クレア。これで史実の通り、龍は…」
「いや、そうも行かねーみてーだぞ?」
「え?」
 ほれ、とクレアの指さす方を見て、玲奈は思わず目を疑った。倒れゆく火龍の向こうに、いくつもの影がのたうっている。だが、奇妙なことに生命は感じられない。
「あれは…機械龍?」
「そう見えるな。どうすんだ?このままじゃ、クレアの犠牲は無駄になっちまうぞ?って今は俺がクレアなんだけど」
「どうするもこうするも無いわ!龍族はここで滅ぼさないとならないの!どうにかしなきゃ…」
 玲奈は城の方を見た。機械龍に気づいた城も攻撃を開始してはいたが、火龍との戦いで既に力つきていたのだろう。大したダメージを与えられているようには見えない。
「考えてよ、クレア!今は貴方がクレアなんだからっ!!何とかするの!!」
「ええええええっ?!」
「大丈夫!貴女ならできるわっ!クレアなんだからっ」
「でも…うーん。この数を一掃しなきゃなんねーんだろ?…一度にカタをつけるには…そうだ!」
 クレアがぽん、と手を叩く。
「雷!」
「雷?」
 確かに機械龍たちは見事なまでのメタリックボディだ。だからと言って電撃に必ずしも弱いわけではないだろうが、やってみる価値はある。
「それなら、ちょうどいいモノがあるわ」
 数ヶ月前、最終実験を終えたにもかかわらずクライアントの都合でお蔵入りになったモノが。玲奈は異空間通信回線を開くと研究所を呼び出した。
「バリバリくん1号、こっちに送ってちょうだい!!」
「何それ」
 眉をひそめるクレアに、玲奈はにんまりと微笑んだ。
「雷雲発生機。どんなところでもたちどころに超強力な雷雲を作っちゃうの。落雷率100%の優れモノよ。でもあまりに性能が良すぎて肝心の発電機が持たなかったの」
 かくしてお蔵入りしていたバリバリくん1号は見事なまでの働きをし、機械龍を一掃した。ついでに教会の塔だののあれやこれやも破壊したらしいが、細かいところは気にしないのが玲奈の流儀でもありクレア(亀造)の信条でもある。ちなみに妖精王国の記録にはこう記されている。

―炎の龍倒れし時、鉄の龍現れ村々を飲み込まんとす。そこへ雷雲伴いて来る二人の乙女、いかづちをもって彼らを祓いしとぞ。

どうやら妖精たちも細かなところは気にしなかったらしい。王国に平穏が戻ったことを確かめて、二人は元の世界に戻った。

そして更に時は流れて遥か未来。妖精王国、三島王朝―。
今日も王宮からは賑やかな夫婦喧嘩ならぬ家族喧嘩が聞こえてくる。王宮の庭まで響くその声に、庭師たちが手を止めた。
「あーれ、まーたやっとるか。女王様」
「今度はなーにが原因かの」
「さあなあ。たぶんちーっとしたもんじゃろ。殿下も大変じゃ」
 はじめの内こそ話題にもなった夫婦喧嘩だったが、今は誰も気にはしない。中身も展開も庶民と同じだからだ。
「あなたっ!!今度という今度はちゃんと説明していただきますっ!」
「パパぁ、ママがあ…」
「娘と私、どっちが大事なのっ!?」
 王宮の窓辺に見える影は三つ。二つは妙齢の女性、そしてもう一人は…。
「だから、それは誤解だって。俺、研究所戻るからっ」
 妻の詰問にたじたじとしているのは、美しい男性だった。だが、口調はかつてと変わらない。
「お待ちなさいっ、いっつもそうなんだから!」
 捕んだ腕を逆に引かれてバランスを崩した女性を、男性が抱き止める。
「ごまかされないわよ?」
「そんなつもり無いって」
「パパわたしもー」
「あっ、こら、危ないってば」
 喧嘩はいつの間にか収まって、怒鳴り声の代わりに家族の笑い声が聞こえてくる。いつもと同じく、収まるところに収まって、庭師たちは顔を見合わせにっかり笑った。家族円満、国も平穏。他に何をか望まんや。

<大団円>