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<東京怪談・PCゲームノベル>


鳥籠茶房へようこそ

 天波・慎霰は、見慣れない景色の中でも動じず、思い切り伸びをして周囲を見回した。蒼い空、風にそよぐ木々の葉、鳥や獣の鳴き声、土や花の香り――豊かな自然に満ちている。
「ふーん。おまえら、どんぐらい前からこういうことやってるんだ?」
 尋ねれば、そうですねぇ、とアトリが和やかに笑む。慎霰の態度に気を害した様子もない。
「永い間、としか申し上げられませんが、少なくとも開店から二百年以上は経過しております」
「ってことは、店員のおまえらも人間じゃないってわけだ」
「ご想像にお任せします。ところで、お茶菓子はいかがなさいますか?」
「んー、ここのおすすめのでいいや」
「ありがとうございます。では、当店一押しの『鳥籠饅頭』はいかがでしょうか」
「じゃあ、それ頼む」
「かしこまりました。――カナ、鳥籠饅頭ひとつ頼むね」
「はーい!」
 アトリの指示を受け、カナリアが店の奥へと駆けていく。慎霰は密かにほっと息をついた。女と話すのは苦手だし、近寄られるとどうしたらいいかわからなくなる。
 お隣失礼致します、とアトリが隣に腰を下ろした。
「天波様。先程も申しましたが、当店ではお客様のお悩みの解消に努めております。よろしければ、お話しください」
「いやァ、そりゃ人間の基準だろ? 悩みなんて女々しい。天狗の俺にあるわけないだろ」
 ズキリ、と痛んだ胸をごまかすように虚勢を張る。昔から、悩みを誰にも相談できずに抱え込み、いざ訊かれると突っぱねてしまうのだ。
「そうですか? 常連の方でしたら別ですが、初めていらっしゃるお客様は必ずお悩みを抱えていらっしゃるのです。天波様も、お話しになればきっとお気持ちも軽くなりますよ」
「しつこいな、ないもんはないっての」
 眉を顰めてそっぽを向く。けれど、アトリの爽涼な声は糸のように鼓膜に絡まって離れない。
「これは私の推測ですが、天波様は周りの方々にも黙っておられるのではありませんか? それも、今回だけではなく常時」
「……ッ」
 見透かされて息を呑む。にこやかな微笑みを崩さない彼の雰囲気に流される。
 足元に映る野点傘の影を見つめ、慎霰はぽつりと口を開いた。
「ああ、長老から頼まれた妖器がまだ見つかんなくてな……」
「なるほど、それがお悩みなのですね」
「って、違うぞ! 今のはただのひとりごとで――」
「どうぞ、そのままお続けください」
 慌てて否定しても、時既に遅し。なんだか無性に喋りたい気分になってきて、小さく舌打ちをしつつも言葉を紡いだ。
「なんで人間の奴らは親子だの将来だのと遊んでばっかいるのに、俺は修行だのいろいろしなきゃいけねえんだ。ほかの連中は仏法だのに従いやがって、天狗としての根性が足りねえんだよッ。俺には俺のやり方があるし、それで充分なんだ!」
 興奮しながら愚痴をこぼすうちに、カナリアが饅頭を運んできた。
「鳥籠饅頭おひとつ、お待たせしました!」
「ありがと、カナ。さあ、天波様、どうぞ」
「お、おう」
 受け取ってハッと我に返る。
 ――しまった、結局しゃべっちまった!
 うまいこと乗せられた気がする、と内心悔しがる。カナリアにもにこっと微笑まれて、耳まで赤く染まった。彼女がきょとんと目を瞬かせる。
「どうかされました? お顔が真っ赤ですよ?」
「な、なんでもねえよッ」
 ばつが悪くて俯くと、アトリが微笑をこぼす。
「カナ、暫く席を外してくれる?」
「はーい。お客様、ごゆっくりどうぞー」
 カナリアの足音が遠ざかり、バクバクと自己主張していた心音も治まってきた。
 漆塗りの小皿には、てのひら大の焼饅頭が鎮座していた。焼き目の模様が確かに鳥籠風だ。小鳥が羽ばたいている様子も、その中心に描かれている。一口頬張ると、こしあんの程よい甘さが口腔に広がった。思わず目を瞠る。
「うまッ!」
「ありがとうございます。お口に合って幸いです」
「ま、まあこれなら腹を壊すことはないだろうな」
「たくさんありますから、遠慮なさらずお召し上がりください」
 他人を褒めることにも慣れていない。最初の一口を充分に味わって飲み込んでから、慎霰は話を強引に締め括った。これ以上、恥をかくのは御免だ。
「と、とにかく、そういうことなんだよッ。満足したか?」
「ええ、ありがとうございます。天狗の世界もなかなか厳しいのですね。妖器とやらをお探しになるのも、修行の一環でしょうか」
「ああ。俺は俺自身の力だけでやっていけるのに、周りの連中がいちいちああしろこうしろってうるせえんだ」
 自分の能力が未熟だとは思わない。一定以上の実力があれば修行する必要なんてないのに。
 黙々と饅頭を食べていると、アトリがやわらかく切り出した。
「確かに、修行は大変で面倒なものですよね。ですが、その中には少しでも自分の役に立つ要素が含まれているはずです」
 アトリの視線が前方の森に投げられて、慎霰も目でそれを追う。高く伸びた木の枝には、見たこともない不思議な色や形をした果実が、いくつもぶら下がっていた。
「この山は、それ自体がひとつの世界のようなものなのです。たまに様々な異界への入口が開きまして、妖怪や魔物等が迷い込むこともあります。もちろん、人間も」
「じゃあ、俺も迷い込んだひとりってことか」
「ええ、そうなります。天波様は、人間は遊んでばかりいると仰いましたが、彼らの中にも、あなたと似たようなお悩みを抱えておられる方がたくさんいらっしゃるのですよ」
「そうなのか?」
 意外だ。天狗の修行に比べたら、人間達の仕事のほうが遥かに気楽に見える。
「人間世界にも修行のような過程がありますし、それを通過しなければ一人前にはなれません。我流を貫くのももちろん素晴らしいことですが、必ず何かしら他から影響を受けて成長していくものです。ですから、天波様の修行も決して無駄ではありませんよ。むしろ、ご自身のお力をいっそう鍛えられる良い機会です」
「……」
 そうかもしれない。そもそも、幼い頃から地道に修行を積んだからこそ、今の自分がある。かったるくて面倒で、こっそり抜け出す時もあるけれど、自分に必要なものはまだ残っているのだろうか。
 山の澄んだ空気を肺に取り入れる。深呼吸すると、なんだかスッキリした。照れ隠しに仏頂面でアトリに告げる。
「……たまには、誰かに話してみるのも悪くないな」
「こちらこそ、お力になれたようで幸いです」
 彼の穏やかな声に癒されつつ、慎霰は饅頭の最後の一口を噛みしめた。

 ▼

 お会計はこちらです、と会計所に案内される。小銭入れを取り出そうとすると、スッと差し出されたアトリの手にやわらかく制された。
「お代は頂きません。天波様のお悩みを拝聴しましたから」
「いいのか?」
「ええ。当店は、お客様のお悩みを随時大募集中ですので。また何かお困りでしたら」
 木製の棚をごそごそと探ったアトリは、小さな紐綴じの手帳を取り出し、慎霰に手渡す。
「来店されたお客様にお渡しする粗品です。それをお持ちでしたら、いつでも当店にまっすぐお越しになれます」
「ふーん。ま、気が向いたら来てやってもいいぜ」
「ええ、是非。大歓迎ですよ」
 手帳を開くと、最初に五十個ほどの升目が描かれた頁があった。アトリがその升目のひとつに、朱肉を付けた判子を押す。楕円の中に『鳥籠』と字の入った判子だ。
「ご来店一回につき、判子をひとつ押させて頂きます。何点か貯めますと景品等ございますので、よろしければご利用ください」
 アトリから手帳を受け取った瞬間、茶房の景色が霧のようなものに包まれていく。
 あ、と慎霰が声をかけようとした時には、天狗の里へ続く山道に佇んでいた。
 ――帰ってきたのか。
 ずっと抱えていた雨雲じみた重い気持ちは、もうすっかり晴れていた。
 ――とりあえず、長老に言われた妖器をさっさと見つけてくるか。
 今度はためらわずに、慎霰は黒い翼で空へ飛び立った。

 ▼

「いやぁ、あんなに物怖じしない子は久々に見たね」
「うんうん。ちょっと生意気なとこがかわいいっ」
 会計所の来店者名簿に、天波・慎霰の名を筆で記しながら呟くアトリ。食器の片付けをするカナリアも頷いた。
「へぇ、カナはああいう子が好みなんだ」
「んー、見た目があたしと同い年くらいだったらバッチリ」
「彼が天狗として一人前になる頃には、そのくらいの歳になるんじゃないかな」
「じゃあ正座で待つ!」
「そこまで?」
 ――それにしても、女の子が苦手だなんてうぶで面白いな。カナとふたりきりにさせても良かったかも。
 静かに名簿を閉じ、アトリは密かに笑んだ。
 彼と再会できる日を待ち望みながら。


 了


■登場人物■
1928/天波・慎霰/男性/15歳/天狗・高校生
NPC/アトリ/男性/23歳/鳥籠茶房店長代理
NPC/カナリア/女性/20歳/鳥籠茶房店員

■鳥籠通信■
ご来店、誠にありがとうございました。
アトリからお渡ししたアイテムは、次回以降のシナリオ参加の際に必要となります。
なくさずに大切にお持ちくださいませ。
天波様のまたのお越しをお待ちしております。