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<東京怪談ノベル(シングル)>


最後の婚活


ここに、もうすぐ燃え尽きようとする命の灯があった。
病床に伏し、痩せこけた頬。世界を操る黒幕として名をはせた男も、病には勝てなかった。
執事はそんな主の姿を、ただ見守っていた。
今まで色々な無理難題を言いつけられたが、それももうすぐ終わりなのか…。
もしかして自分は、内心ほっとしているのかもしれない。いささか不謹慎かと思ったが、そんな事を考えていた執事の方に、主がふっと目を向けた。
「聞け」
「は、はい。何でしょうか」
「最後の命令だ」
「はい」
「私の全財産を亡き妻に譲りたいと思うが、それは叶わぬ望みだ。せめて亡き妻に酷似した女を娶り、全財産を譲りたいと思っている。探して来てくれ」
「…は。奥様に酷似している女性ですか」
執事は亡き妻を知っていた。絶世の痩身の美女だ。酷似しているとなると手間取りそうだな、と思っていたのだが、主はさらに続けた。
「妻は、超弩級の大食漢であった」
それも条件に含むのか!執事は心の中で突っ込みを入れた。
「私はもう長くは無い。あと10日も生きられないだろう…急げ」
「はい」
執事は急いで部屋を出た。
まったく、最後になんて難題を押し付けてくれるんだ。死の間際の花嫁探し、最後の婚活というやつか。
「しかし、痩せの大食いとは良く言うけど、奥様のそれは異常なほどだったからな」
執事は自室で考えあぐねていた。
ふと目についたのは机の上の一冊の雑誌。月刊アトラス=B
オカルト雑誌は世に多々あるが、月刊アトラスは正確・丁寧に取材をしてあるであろう事がうかがえる内容に信頼感があった。ここならば…。

執事は早速工作員を呼び寄せ、事態を説明した。
「この月刊アトラスを発行している白王社に女を探させる事にする。いいか…」
執事は自室で考えた作戦を工作員に告げた。
「そして、それを月刊アトラス編集部に送りつけるんだ」
工作員は頷いて、さっそく作業にかかった。


白王社・月刊アトラス編集部。
「困ったなあ…」
編集者三下・忠雄(みのした・ただお)は、編集部に届いた郵便物を仕分けしながら呻いていた。今週中に何か企画を出さなければ、と焦っているのだが、良いアイデアが浮かばない。
「神様どうか、この僕にネタをお与え下さい!」
両手を天井に向けてみたけれど、何も思い浮かばなかった。
諦めて、仕分け作業を再開した。
ふと、筒状の郵便物が目に止まる。編集部宛てだが、編集部員の個人名は書かれていない。
開けてみると、筒の中に、くるくると巻かれた紙が入っていた。三下はそれを読み、そして、ぶる、と身震いをした。

それは予言書だった。その予言書によると、期日までに大食漢で絶世の痩身美女をとある人物の元へ嫁がせなければ、世界が滅ぶというものだった。
「編集長〜」
三下は予言書を手に、編集長の元へ走って行った。


三下が不吉な予言書を紐解いたという話題は、すぐに編集部中に広まった。
「でも予言で世界が滅んだ事は無いし、誰かの悪戯ですかね」
はは、と三下は笑って誤魔化そうとした。

しかしその後、床に落ちていたバナナの皮で滑って転ぶ、財布を忘れるなどの些細な不運が編集部内で相次いだ。
それは全くの偶然なのだが、予言書の事が頭にある編集者たちは怯えはじめた。もしや、あの予言書による世界滅亡の序章なのでは…と思うようになっていた。
予言書は本物だ。世界の滅亡を阻止しなければ。
「だからって、どうして僕なんですか!?」
「お前が紐解いた予言書なんだから、お前に執行義務があるんだよ!」
先輩編集者からなぜか叱責された。周りもうんうんと同意する空気…。
「予言によると世界が滅びるのは××年××月××日…って、あと一週間も無いんですけど…」
三下はカレンダーを見て、恐る恐る口にした。
この重大な任務を誰かに押しつけられるほど要領が良い性格ではない。かといって宛てもない…。
第一、世界が滅んだら自分も困る。
三下は困り果て、頭を抱えていた。

「じゃじゃーん!」
突然の声に、三下はびくりとして振り返った。
見ると、目の前に女子高生が立っている。
「事情はお聞きしました。お困りなんですね?」
黒髪ストレートヘアの女子高生は、三島・玲奈(みしま・れいな)と名乗った。三下は玲奈に、どことなく神秘的な雰囲気を感じた。
「どんな旅行でも案内する流離いの客船玲奈にお任せ下さい!」
玲奈は得意満面で、ばん、と自分の胸元に手を当てた。
「大船に乗ったつもりでご安心下さい!まあ実際、大船なんですけどね」
玲奈は、ぱちっとウインクをした。


玲奈の作戦は簡単に言うと以下のようなものあった。
大食漢の美女を探すのではなく、大食漢を美女に仕立て上げる。
切羽詰まった編集者たちの中には、その作戦に異議を唱える者は無かった。早速取材班を編成し、一行は玲奈号で山奥に連れて行かれた。
「ここは?」
時刻は深夜。不気味な山中で、三下は玲奈に不安げに訪ねた。
「長野県です」
「どうして長野なの…?」
「ここは薬缶蔓の生息地なんです」
「ヤカンヅルって…?」
「顔が口だけで底なしの胃を持つ妖怪ですよ。ふふ。文句無しの大食漢です」
玲奈はてきぱきと指示を出し、一行はイベント会場のようなものを作り上げた。
そして垂れ幕には、美女大食いコンテスト≠フ文字が。
捕獲した薬缶蔓を美女に仕立て上げるために、三下はコツコツと被り物の制作をしていた。
「こんな場所で大食い美女コンテストなんて、人が集まるのかなあ」
三下は不安げに呟いた。


しかし玲奈の思惑通り、大勢の参加者たちが集まった。参加者を見回して、玲奈は満足げに微笑んだ。
「…やはり、こんな非常識な場所での大食い美女大会に集まるなんて、人外の者ばかりです」
人に扮してはいるが、参加者は人外の者達ばかりであった…。
「それでは、予選スタート!」
玲奈がマイクを片手に合図をすると、参加者たちは恐ろしい勢いで料理を食べ始めた。
途中、何故か苦しみだす出場者たちが続出。化けの皮がはがれ、人ではない姿をあらわにしていった。そして予選後には、屍累々となった…。

薬缶蔓が逃げ出した場合に備え落とし穴を掘りに行っていた三下は、大食い会場に戻って来るなり、その光景に悲鳴を上げた。
「ひぃ。玲奈さん!何なんですかこの惨劇は!?」
「スベスベマンジュウガニを隠し味に使ったのが拙かったかな?」
玲奈は首を傾げた。
(注・スベスベマンジュウガニは有毒で食べられません。)

厳しい予選をくぐり抜けた精鋭たちの、白熱した決勝戦が始まった。
参加者たちは一応人の姿に化けていたが、徐々になりふり構わなくなり、本来の姿が現れ始めていた。
人外の者たちが大量の食糧を貪り食う姿。三下は、これは夢だと思いたくなってきた。
「三下さん、見て下さい!」
玲奈は参加者の1人を指差した。
そこには、ひと際目立つ大食漢の女がいた。胃袋が底なしなんじゃないかと疑いたくなるくらい、次々と料理を平らげていく。さらに食器まで丸呑みしている。
「薬缶蔓です!」
玲奈達は液体の入ったボンベを薬缶蔓の前に運んだ。
それでも貪り食う手を止めない薬缶蔓は、食料とともにボンベを飲み込んだ。少しして、ぼん、という破裂音。
体内でボンベが破裂したらしい。
「玲奈さん、あれって何が入ってるんですか?」
三下の問いに、
「液体窒素です」
玲奈が微笑んだ。
見る見るうちに薬缶蔓の体が凍りついた。
「捕獲、お願いします!」
玲奈が片手を挙げると、編集部メンバーたちが一斉に網やロープで薬缶蔓を拘束し始めた。
「成功です」
玲奈は満足げに頷いた。


花嫁の大食ぶりを目の当たりにして、執事も工作員も、呆気にとられていた。
アトラス編集部に嘘の予言書を送りつけて花嫁探しをさせるという、執事の目論見はまんまと成功した。彼らは、素晴らしく条件通りの花嫁を連れて来てくれた。

しかし、まさかこれほどまでとは…。

ただ一人、花嫁の夫だけが満足げにその様子を鑑賞している。亡き妻の姿を重ね、愛おしそうに愛を語っている。
「お前は本当に美しい…その華奢な体で、可憐な口で、信じられないくらいたくさん食べるのだからな…これぞ才色兼備の極みだ…」
「良く分からないけど、なんか泣けてきます」
三下はぐすりと鼻をすすった。その隣で、玲奈は全く感情移入できずにその光景を見つめていた。

その後、男は満足げに微笑んで、息を引き取った。
美しくも儚く、短い宴だった。

しかし夫の昇天後も嫁はガツガツ食べ続けていた…。
「菜食兼備ね…」
玲奈はぼそりと呟いた。