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<東京怪談・PCゲームノベル>


鳥籠茶房へようこそ

 気が付くと、白夜・雪は見知らぬ山の中にいた。
「あう〜。船頭多くして船山に、と申しますが、山道は苦手なのでありま――はにゃあっ☆」
 小石に躓いて派手に転んでしまう。涙目になり、打ちつけた膝を屈んでさする。
「痛い〜。また転んだのであります。オカの生活は大変なのであります。っと、そうそう、早く帰港もといお家に戻って宿題なのであります」
 目的を思い出したは良いものの、現在地がどこなのか全く見当がつかない。
「それにしても、ここは何処……羅針盤がないし、泣くであります〜。誇り高き大英帝国の戦艦がお山で難破とは世も末であります、ぶお〜♪」
 とりあえずあてもなく歩いていると、不意にどこからか甘い匂いが漂ってきた。
「いい匂いがするでありますね」
「いらっしゃいませ!」
 目の前には、翡翠色の着物を纏った可憐な少女と、茅葺き屋根の茶屋が在った。
 彼女に勧められるまま、雪は紅い野点傘の下の縁台に腰を下ろす。
 少女は黄金色の長い髪をさらさらと靡かせ、少々お待ちください、と笑顔で言い残して店内に入っていった。入れ替わるようにして、青い髪の青年が現れた。少女と同じ翡翠色の着物ということは、彼も店員なのだろう。
 いらっしゃいませ、と彼も物腰やわらかに一礼した。
「ようこそ、鳥籠茶房へ。店長代理のアトリと申します。先程ご案内しましたのは、店員のカナリアです。どうぞお見知りおきを」
「これはどうもご丁寧にであります。わらわは白夜・雪と申すであります。またの名をウオースパイトであります」
 雪も敬礼して挨拶を返す。爽やかに微笑むアトリは、続けて説明をしてくれた。
「当店にいらっしゃるお客様には、『条件』があるのですよ。あなたも、何かお悩み事がおありなのでしょう?」
 どうしてわかるのだろう、と瞬きを繰り返す。アトリはやはり微笑して告げた。
「お客様のお悩みを解消するのも、当店の売りのひとつなのです。よろしければ、ご相談ください。お茶菓子はいかがなさいますか?」
「はにゃっ。歩いていたらすっかり空腹であります……。せっかくなのでおすすめのものを頂きたいであります」
「ありがとうございます。では、当店一押しの『鳥籠饅頭』はいかがでしょうか」
「是非それをお願いするでありますっ」
「かしこまりました。――カナ、鳥籠饅頭ひとつ頼むね」
「はーい!」
 アトリの指示を受け、カナリアが店の奥へと駆けていく。雪は周囲の景色を眺めた。蒼い空、風にそよぐ木々の葉、鳥や獣の鳴き声、土や花の香り――豊かな自然に満ちている。
 ――なんだか不可思議な所でありますねぇ。気分が落ち着くであります。
 お隣失礼致します、とアトリが隣に腰を下ろした。
「白夜様。先程も申しましたが、当店ではお客様のお悩みの解消に努めております。よろしければ、お話しください」
「恐縮であります。誰かに相談したかったのでありますが、気付けば未踏の地で迷走しておりまして……」
 照れ笑いをするうちに、カナリアが饅頭を運んできた。
「鳥籠饅頭おひとつ、お待たせしました!」
「ありがと、カナ。さあ、白夜様、どうぞ」
「はにゃ〜、いただくであります!」
 受け取った漆塗りの小皿には、てのひら大の焼饅頭が鎮座していた。焼き目の模様が確かに鳥籠風だ。小鳥が羽ばたいている様子も、その中心に描かれている。一口頬張ると、こしあんの程よい甘さが口腔に広がった。思わず目を瞠る。
「美味であります☆」
「ありがとうございます。お口に合って幸いです」
「これは日本のお菓子! 存じておりますよ。我が同胞、ああ古の日英同盟♪ 助け舟渡りに船〜」
「たくさんございますから、遠慮なさらずお召し上がりください」
 充分に味わって飲み込んでから、雪は本題を切り出した。
「というわけでぇ、わらわは先生閣下に宿題を仰せつかったであります。師曰く、自らを誌に表せと」
「お言葉から察するに、白夜様は軍事関係のお仕事をなさっているのでしょうか」
「ええ、わらわは海軍の船であります」
 ウオースパイトという名は、英国海軍戦艦のものだ。雪はそれに憑依している。
 正体を告げても、アトリは動揺することもなく、変わらずにこやかな笑みを湛えていた。
「ゆけゆけ〜大英海軍、女王陛下の為に〜♪ と唄ったら叩かれたであります。軍歌は却下とか。女の子らしくないとか」
「それはまた、手厳しい先生なのですね。戦艦といえば軍歌でしょうし」
「ふぅ〜。『イチゼロ年代の女の子っぽく自分を謳う!』でありますか? えーん、宿題ムズイですぅ〜」
 嘆いていると、盆を戻しに行ったはずのカナリアが駆け寄ってきた。
「お客様、今『軍歌』って仰いましたかっ?」
「はにゃ? え、ええ」
「あぁ、カナはそっち方面得意だったね」
 アトリは微笑して立ち上がり、カナリアの肩をぽんと叩く。
「白夜様。カナリアは歌に関しては凄い熱意を持っておりますから、きっとお役に立てると思いますよ」
「本当でありますか?」
「はい、どーんとお任せくださいっ」
 拳で胸を叩いてみせた彼女は、アトリと入れ替わるように雪の隣に腰掛けた。その頼もしさに、雪の胸中で希望が膨らんでくる。
「わらわはイチゼロ年代の女の子のことはよくわからないのであります。女の子らしい歌とはどのような感じなのでありましょう……」
「そうですねぇ。最近当店にいらっしゃるお客様によりますと、『萌え系』の歌詞の音楽が流行っているそうですよ」
「萌え、でありますか」
「主にかわいい女の子に対して使う言葉らしいです」
 世間の流行にはかなり疎い。雪は耳慣れない単語にも小首を傾げる。
 カナリアは深呼吸をひとつしてからにっこりと微笑んだ。
「白夜さまの印象を萌え系になぞらえた歌を思いつきましたので、即興で唄わせていただいてもよろしいですか?」
「ほ、本当でありますか! 是非お願いするでありますっ!」
「ありがとうございます。それでは」
 小さく息を吸い込んだカナリアの唇から、透きとおるような歌声が紡がれる。
「甘く見ないでよ、まだまだ戦えるわ〜♪ よそ見してるうちに、あなたのハートに魚雷をズドン♪」
「はにゃ〜! すごいであります!」
 旋律もさることながら、歌詞も可愛く少女らしさを窺わせる内容だ。感動しつつ雪は確信した。
 ――これなら宿題もバッチリでありますね!
 一通り唄い終えたカナリアも嬉しげに笑って一礼した。
「ありがとうございます。あ、楽譜を書いて参りますので、少々お待ちくださいねっ」
「お手数おかけするであります〜」
 彼女を待つ間に饅頭を食べていると、アトリがやわらかく切り出した。
「カナリアはお役に立てましたか?」
「ええ、バッチリでありますっ。ところで、このお山は何処の国に属するのでありますか?」
 素朴な疑問を口にすると、アトリの視線が前方の森に投げられて、雪も目でそれを追う。高く伸びた木の枝には、見たこともない不思議な色や形をした果実が、いくつもぶら下がっていた。
「この山は、それ自体がひとつの世界のようなものなのです。たまに様々な異界への入口が開きまして、妖怪や魔物等が迷い込むこともあります。もちろん、人間も」
「では、わらわも迷い込んだひとりということでありますか?」
「ええ、そうなります。白夜様は、十代の女の子のことはよくわからないと仰いましたが、当店には様々なお客様がいらっしゃいますし、お若い方とも交流できる良い機会かと思いますよ」
 そうかもしれない。軍は女所帯だけれど、もっと視野を広げてほかの女性のことも知るべきだろう。
 山の澄んだ空気を肺に取り入れる。深呼吸すると、なんだかスッキリした。
 そこに、カナリアが紙を何枚か持って戻ってきた。
「白夜さま、こちらが先ほどの歌の楽譜になります。是非練習なさってみてください!」
「はにゃっ、ご丁寧にどうもであります!」
 雪は立ち上がってアトリとカナリアに敬礼する。
「アトリ殿、カナリア殿も、ありがとうであります! これで先生閣下にも顔向けできるでありますっ」
「こちらこそ、お力になれたようで幸いです」
 彼らの優しさに癒されつつ、雪は饅頭の最後の一口を噛みしめた。

 ▼

 お会計はこちらです、と会計所に案内される。財布を取り出そうとすると、スッと差し出されたアトリの手にやわらかく制された。
「お代は頂きません。白夜様のお悩みを拝聴しましたから」
「よろしいのでありますか?」
「ええ。当店は、お客様のお悩みを随時大募集中ですので。また何かお困りでしたら」
 木製の棚をごそごそと探ったアトリは、小さな紐綴じの手帳を取り出し、雪に手渡す。
「来店されたお客様にお渡しする粗品です。それをお持ちでしたら、いつでも当店にまっすぐお越しになれます」
「なるほど。また美味なお茶菓子を頂きに参るであります!」
「ええ、是非。大歓迎ですよ」
 手帳を開くと、最初に五十個ほどの升目が描かれた頁があった。アトリがその升目のひとつに、朱肉を付けた判子を押す。楕円の中に『鳥籠』と字の入った判子だ。
「ご来店一回につき、判子をひとつ押させて頂きます。何点か貯めますと景品等ございますので、よろしければご利用ください」
 アトリから手帳を受け取った瞬間、茶房の景色が霧のようなものに包まれていく。
 あ、と雪が声をかけようとした時には、IO2本部前に佇んでいた。
 ――帰ってきたのでありますね。
 ずっと抱えていた雨雲じみた重い気持ちは、もうすっかり晴れていた。
 ――さて、早速歌の練習をするであります!
 軽やかな足取りで、雪は本部内の自室へと歩んでいった。

 ▼

「カナ、よかったね。久々に歌の仕事ができて」
「うん、楽しかった! お客様にも喜んでもらえたし」
 会計所の来店者名簿に、白夜・雪の名を筆で記しながらカナリアに声をかけるアトリ。食器の片付けをする彼女も嬉しげに頷いた。
「やっぱり歌はいいねぇ。音楽は世界の共通語っていうし」
「軍歌もときめくよね、かっこいいし!」
「そうだね、唄う機会は少ないけど」
 ――あの戦艦が海を渡るところをこの目で見てみたいな。
 静かに名簿を閉じ、アトリは密かに笑んだ。
 彼女と再会できる日を待ち望みながら。


 了


■登場人物■
8326/ウオースパイト・白夜ー雪/女性/60歳/英国海軍戦艦の霊
NPC/アトリ/男性/23歳/鳥籠茶房店長代理
NPC/カナリア/女性/20歳/鳥籠茶房店員

■鳥籠通信■
ご来店、誠にありがとうございました。
アトリからお渡ししたアイテムは、次回以降のシナリオ参加の際に必要となります。
なくさずに大切にお持ちくださいませ。
白夜様のまたのお越しをお待ちしております。