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<東京怪談・PCゲームノベル>


LOST・EDEN 聞け、盛大なカンパネラの音を



 シャルロット・パトリエールに命じられた「ウツミ」という人物の調査は難航していた。名前かどうかもわからないものだけが手がかりとは……。
 この件に関しては草間探偵事務所にも依頼をしておくことにしたのだが……。
 シャルロットと共に街中を歩くマリア・ローゼンベルクは、いつものメイド服のまま歩幅を合わせて距離が開かないように調節して歩いていた。従者たるもの、彼女からつかず離れずの距離を保つのは当然のことだ。
(ウツミも気になりますが……扇都古のほうも気になります)
 シャルロットには内密に、扇都古についても調査を草間興信所に依頼しておいたのが、いい収穫が得られるといいのだが。
 ウツミもだが、扇都古にも不穏なものを感じる。だからシャルロットほど甘く身構えられない。
(シャルロット様に害を成す存在ならば……その時は、排除するしかありませんね)
 そんなことをぼんやりと思いながら、少し前を歩いていたシャルロットを少しうかがった。



 シャルロットのほうはといえば、マリアのように深刻には考えていなかった。
 そろそろ一ヶ月が経とうとしている。ということは、そろそろ都古と出会うかもしれないということだ。
「マリア、ウツミの情報はどうなっているかしら?」
「……あまりよい収穫は得られておりません」
「そうね……そうよね」
 雲をつかむような話だもの……当然か。
 なにかいい情報でもあれば、都古に連絡してあげられるのに……。
 不思議な不思議な退魔士の少女。一体、普段はどういう暮らしをしているのか……。一ヶ月に1日しか外へ出られないなんて、考えてみれば随分とひどい話だ。
 気になることはたくさんある。今度会ったら訊こうと思っていたことばかりだ。
 息抜きへと街にやって来たシャルロットは、人込みの中を歩きながら……少し背後の気配をうかがう。
 マリアはいつでもメイド服のままだ。たまには自分のような衣服にすればいいのに……。
(そういえば、あ!)
 ウィンドウガラス越しに、飾ってある衣服に足が止まる。都古に似合うそうだ。
「可愛い……」
「…………あまりシャルロット様には合わないかと」
「私じゃなくて、都古によ! 着せてあげたいわね、こういう服」
「…………」
「プレゼントしてあげましょうか」
「この間、ケーキも焼いたではないですか」
「あ、そうだったわ。でも、いくらあげても足りない気がして」
 照れ笑いをするシャルロットに、マリアがムッとする。
 その時だ。
 キキィ! と激しいブレーキ音が聞こえた。
 なにごとかしら? と、シャルロットとマリアは顔を見合わせた。



 車に轢かれそうになった子供を助けた勇敢な少女がいたという。ただ、見ていた者たちは彼女がどうやって助けたか視認できなかったそうだ。
「ありがとうございます」
「いえいえ〜」
 例を言って子供を受け取る母親に、のん気にそう返している人物を人垣を押し退けながら見ると、なんというか……。
 思わず口元がにやける。
(都古!)
 シャルロットはそちらに駆け寄る。集まっていた人たちは興味をすぐに失ったように散らばっていった。
「都古、久しぶりね」
「あれ。パトリエールさんだ」
「奇遇ね」
「そうだね」
 にっこり笑う彼女は、シャルロットの背後に立つメイドを見て小さく笑った。
「すごいね。お金持ちさんなのかな、シャルロットさんは。それとも、後ろの人はそういう格好をするのが趣味の人?
 よろしく、私は扇都古。退魔士」
 笑顔で挨拶をする都古を、マリアは凝視して観察する。
「マリアったら……。
 ああそうだ。ウツミに関しての情報はまだなくて……」
「いいのいいの。まだ探し始めたばっかりだし。他人をあてにはしてないもん」
 ひらひらと手を振る都古はあっさりとその場を立ち去ろうとした。
「それじゃあね」
 相変わらずあっさりしている。もうこちらに用がないようだ。
 シャルロットは急いで、この間作ったケーキをインビジブル・ホールディングバッグから取り出す。
 美味しそうなガトー・オ・ショコラを出してきて、シャルロットは都古に渡した。
「どうぞ。チョコレート、苦手じゃなかったかしら?」
「大好きだよ。ケーキありがとう、パトリエールさん」
 受け取った都古は箱を両手で持ってぺこっと頭をさげる。
 微笑してシャルロットは首を軽く振った。
「いいのよ、気にしないで。その代わりというか……立ち話もなんだから、近くのカフェで話をしない?」
 聞いてみたいことがたくさんあるのでそう提案するが、都古はいい顔をしなかった。
 渋面を浮かべ、「あー」と低く唸る。そして彼女はケーキの入った箱をシャルロットに返した。
「悪いけど、これ返す。せっかく作って、持って来てくれたのに悪いとは思うんだけど」
「え?」
「一ヶ月前も言ったけど、そんなことしてる時間ないんだよねー。ごめんね?」
「たまには息抜きも必要よ、都古」
「いや、そういうのべつに心配してもらわなくても自分でできてるから」
 困ったように笑う都古は、強く干渉されて困惑しているようだ。
 彼女は首を左右に傾けてから「んー」と大きく両腕を伸ばす。
「じゃ、移動するか」
 再びあっさりと去ろうとするのでシャルロットは慌てた。これでは先月の二の舞である。
「カフェでお茶する時間くらいないの?」
「ないよ」
 にこっと笑いながら言ってくる都古は人差し指を立てる。
「先月も言ったけど、私はひとを探してるんだよね。時間がないのだ」
「でも。あなたに合うような可愛い服も探しておいたから……着て欲しいのだけど」
「いやいや、ご厚意は嬉しいけどね。うん。でも、悪いけどパトリエールさんに付き合ってる暇はないんだー」
「そうなの?」
「扇都古様」
 割り込んだのはマリアだ。
 彼女は都古のほうを見て、剣呑な色を瞳に浮かべている。明らかに敵視していた。
 都古の笑顔が、消える。
 ビシッ、と奇妙な音が聞こえたと思ったら、マリアの髪が数本舞っていた。
 都古が軽く首を傾げた。瞳の色が変わったように見えた刹那。
「敵意とか向けてんじゃねーよ。殺すぞ」
 都古が発したとは思えない鋭い声音で忠告された。
「…………」
 見えない攻撃に驚愕するシャルロットだったが、マリアは怯まない。
「シャルロット様の誘いを無視するのは許せません」
「…………」
 無言で応じる都古は瞬きをし、それからいつもの表情に戻る。
「だったらローゼンベルクさんが付き合ってあげてよ。私は無理だから」
 んじゃ! と、片手を挙げる都古をマリアがさらに引き止める。
「シャルロット様が誘っているのは貴女なのです」
「…………だーかーらー」
 面倒そうに都古が溜息混じりに口を開いた。後頭部を軽く掻いている彼女は心底困っているようだ。
「お茶とか、そういうことしてる時間はないんだってば。
 私に許されたのは一ヶ月でたった1日。その24時間しかないわけ。
 ローゼンベルクさんは、24時間しかないのに、ただの知り合いにお茶に誘われてほいほい頷くの?」
 マリアはそこで目を見開く。シャルロットに24時間以内で済ませろと言われた用事があったとするならば、なにを置いても優先すべきことを成さなければならない。
 だがシャルロットの誘いを断るのは見ていて許し難い。
 都古はシャルロットの誘いに乗る気は一切ないようだ。
「私忙しいんだよね。パトリエールさんのお誘いは嬉しいけど、遠慮させていただきたいかな。
 できれば……人探しをしている間は」
 遠回しに「邪魔をするな」と言ってきている。言い方はやんわりと優しいものだったが、強引な誘いは逆効果にしかなからなかったようだ。
 そう……都古は完全に「引いて」しまっていた。
 シャルロットは自分の作ったケーキの入っている箱を見下ろし、小さく言う。
「怒らせたのなら、謝るわ」
「え、えーっと……。怒ったとかじゃなくて、なんだろ。うまく表現できないなぁ…………鬱陶しい?」
 が、近いかな。と呟き、都古はハッとした。
「うわぁ! 今のは言い過ぎだね。ごめん! あ、でもね。パトリエールさんて私より大人なんだよね?」
「? え、えぇ、そうね」
「だったらさ、やっぱり相手の都合とか、ちゃんと考えてあげて欲しいな。自分のことばっかりじゃなくて」
 正しいことを年下の少女から指摘されて、シャルロットは「そうね」と呟く。
 都古は人を探していて、限られた時間の中で動いている。シャルロットの自由時間は彼女より多く、それゆえに、自分の都合を相手に押し付けてしまった。
「シャルロット様は気になさる必要はございません」
 そう言ってくるマリアを一瞥し、首を緩く振った。
 マリアのほうにも都古は言ってくる。
「ローゼンベルクさんも、そうやって甘やかしてばっかりだとよくないよ」
「貴女には関係ありません!」
 ぴしゃりと否定するマリアだった。大きなお世話だった。
 都古は頬を掻き、それから苦笑した。
「まぁ、それでいいならいいけど。それじゃ、互いによくないと思うけど……余計なお節介か」
「貴女はシャルロット様を侮辱するのですか」
「侮辱ぅ? そ、そういう風にとるってことは、なんていうか……すごいね」
 呆れたように笑う都古はこちらに向き直る。
 彼女は年齢よりも大人びた表情をしていた。
「ほんとにごめんね? でも私、本当に時間ないから。じゃあね」
 そう言うなり、今度こそ都古は行ってしまった。
 残されたシャルロットは苦笑をマリアに向ける。
「叱られてしまったわね」
「お気になさらず」
「いえ、都古の言っていることは正しいわ。私がいくらあの子に興味があっても、あの子の邪魔をしてはいけないのよ」
 恥ずかしいわ。と言ってからシャルロットは歩き出す。都古が去った方向とは、違う方向へ。
「……シャルロット様」
「帰るわ。頭を冷やさなくっちゃ」
 マリアは憎々しげに都古が去った方角を見遣る。そして、振り切るように歩き出した。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7947/シャルロット・パトリエール(しゃるろっと・ぱとりえーる)/女/23/魔術師・グラビアモデル】
【7977/マリア・ローゼンベルク(まりあ・ろーぜんべるく)/女/20/メイド】

NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、シャルロット様。ライターのともやいずみです。
 今回は少々都古から距離を開かれました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。