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<東京怪談ノベル(シングル)>


◆ 共に在る ◆



時計の針は既に午前0時を告げて久しい。雲が脈々と繋がれ、月はその姿を見え隠れさせている。ビル群の合間を縫う様に這っている道路には客を探し迷走するタクシーがちらほらいる限りで、人気も車も少ない。そこを黒塗りの軽自動車が矢のように走り抜けていった。

「朧車はまだ現れないようね」

「その内来るよ、慌てないでそのまま走って」

車には2人の少女が乗車していた。運転席の少女は金の髪をかすかに揺らせて頷き車を走らせる。2人が出会ったのは遡る事、約8時間前になる。


夕刻を過ぎ、金の髪の少女…仲嶋 望萌は山の様になって、道ばたに手足を投げ出した少女達を見つめていた。腫れ上がった顔を歪める事なく無心に息を吐いては吸っているだけだ。多くの少女達の手足は非ぬ方向に曲がり、赤い血を噴き出す腹を押さえてうずくまったまま動かない者もいる。

「酷い有様」

そう呟いた望萌の前には更に別の少女達が群れ成していた。

「そう、だからあんたに頼んでんの。朧車を退治して」

どうやらリーダー格らしい黒髪の少女は、キツい視線を望萌に向けたまま投げ捨てるように言い放った。

「運転出来るかどうかも分からないのに?」

「経験してから言いなよ、勝てるかも」

勝てれば、それなりの報酬を出す。
と、少女は続けた。後ろに控える無数の少女は少し嗤う。馬鹿にした様な態度が、望萌が眉をしかめて青の双眸を控える少女達へ向ければすぐに黙る程度の者ばかりだった。

「勝とうが負けようが、あたしにはどうでも良いけど、面白いから引き受けようじゃない」

「こうなっちゃうのに?期待できそう」

息をするしか能が無くなってしまった少女達を嘲笑うように指を指した黒髪の少女に、望萌は決意を示すように、一度金の髪を振るって青い双眸で黒髪の少女を睨み据えた。

「まあ、頑張ってよ」




赤いテールランプが弧を描く。

黒い軽自動車は速さがあるが緩やかに道路を滑走していた。助手席の少女がヒソリとささやくように望萌へと声を掛けた。その視線は少し伏せられ、憂いているように見える。

「ねえ、私…このグループ抜けたいの」

少女が言ったグループとは、先刻の依頼者、黒髪の少女が束ねる暴走族のグループだ。少女は望萌の付添人として選ばれ、そこで今まで積もり積もった疑念が膨張し望萌へとこの言葉を投げかけるに至ったと言う。

「もう嫌なの、最初は楽しかったけれど、すぐに嫌になった。あそこにはもう戻りたくない」

切々と語る少女の双眸は濡れてはいなかったが、明らかな嫌悪の表情が浮かんでいた。ハンドルを握り、横目でその顔をのぞき見た望萌はもう一度フロントガラスへと視線を戻すと同時に軽く頷いた。

「分かった、あなたを助けるわ、あたしだって嫌よ、あんなとこ」

そう言い終われば、少しの間を空けて2人で笑った。


ぐるぐると揺動する為の工事現場の周辺を周回しながら朧車の登場を待つ。ぐっとアクセルを踏み込み、更に加速させた。車の横に黒い影が着く、もの凄いスピードだが車ではない事が一目で分かった。醜く大きな人面が赤い舌を長く伸ばして嗤っているようだ。
望萌はその様子にも臆せず、アクセルをふかしスピードを上げた。

「後ろ!なんで?!」

助手席の少女が悲鳴に似た声を上げる、望萌がバックミラーで背後を見れば横に着いた化け物とよく似た顔がすぐ後ろにまで迫ってきていた。
ハンドルを素早く切り、朧車を引きはがしながら工事現場へと急ぐ。

「車の運転なんて、こんなもんか」

望萌の運転技術は長年培ってきた物のように感じるほどの素晴らしい物だった。だが、いつの間にか横についていたはずの朧車は前方へと抜け、急な方向転換をしてこちらへ向かってくる。ハンドルを切っても間に合わない、だがやらなければどうなるかも分からない。望萌は思い切りハンドルを切った、その瞬間黒の軽自動車は宙を浮き派手な音と衝撃を共に連れて望萌と少女を襲った。何とか横転した車から這い出て、割れたフロントガラスの破片の上に降りた。二台の朧車に挟まれ車もない、だが望萌の双眸はぎらぎら光って交互に見据えている。

どう言う事?

朧車は動かず、赤い舌を伸ばしたり引っ込めたりとせわしない。暫くして焦らすようにゆっくりと朧車の背後から、細い人影が現れた。黒髪の、あの依頼主、暴走族グループのリーダーだ。

「あんた、やっぱりやるねえ」

「?朧車、どうしてあなたが?」

望萌の問いかけには答えるつもりがないのか、少し乱れた髪を手櫛で梳きながら詰まらなさそうに伏せていた目をちらりと上げた。その先にあるのは助手席の少女だ。

「裏切りは許さないよ」

少女の考えなど既に分かっていた様で、リーダーはそれを見据えた上で助手席へと彼女を乗せたのだ。リーダーはくすりと小さく嗤って、羽織っていたジャケットから何かを取り出した。ぎらりとそれが垣間見えた月の光で輝く。

「その命で償いなよ」

リーダーは大股で踏み込み刃渡りはどれほどあるか分からないナイフを振りかざして、少女に襲いかかる。少女とリーダーの間合いはすぐにつめられ、望萌は目を見開いて素早く間合いをつめたが、ぎらぎらと光る刃を胸元へと向けて一直線に向けられた。

リーダーが少女の懐から腕を引き抜けば、また違う光り方を見せるナイフと、崩れ落ちる少女。がくりと膝をついたかと思えば、すぐにうつぶせにして倒れた。リーダーはもう一度腕を振り上げ、無防備になっていた望萌の胸元を一突きにした。思ったよりも弱い衝撃だったが、じわりと胸を濡らす感触とすぐに追いついてきた痛みに望萌は呻き、前のめりになった。それが仇となって、ナイフの刃は更に深くへと突き進み望萌の器官から血を溢れ出させる。白いシャツを赤く濡らし、リーダーは手首をひねって肉をえぐり切るようにしてナイフを抜いた。

「ざまあ見ろ」

捨て台詞を吐いて、朧車へと目配せをしゆっくりと去るその背後では、朧車が餌に群がる腹を減らした野良犬のように2人の体を貪り食おうと赤い舌を伸ばしていた。












「…っ」

目を細め、眉をしかめながら手の甲で目をこすった。そして、がばりと何かに気づいたように体を起こしたのは、胸を深く抉られた望萌だった。起き上がった派いい物の吐血は収まらない胸の痛みも消えていない、大きく咳き込めば血の霧が口から吐き出された。そして、成す術もなく再びうつ伏せに倒れてしまう。
記憶は眼前に醜い朧車の顔が広がった所で途切れている、ここはどこだ。
見回せば、到底ここは新宿とは思えない、がらくた置き場か?いや違う。朧車が幾台も一カ所に群がり何かをごそごそと貪っている。ちらりと見えたのは紺色のスカート、助手席の、少女も同じ色のスカートをはいていた。

「っ、はな、れ」

望萌が必死に絞り出した声はのどの奥からこみ上げる血のりに邪魔をされて上手く紡げない。朧車の口からは柔らかそうにてらてらと光る赤黒い物が見えた。血反吐を吐きながら両の手で拳を作った。ぎりりと音がするほどに力を入れた手に更に力を入れて、渾身の力を込めてもう一度起き上がる。

「はなれ、なさ…い」

口から溢れ出る血のりを何度も飲み込み押さえながら、ふらりと立ち上がった。あまりにも痛いと体が感じている所為か、意識は朦朧としてその代わりに頭で感じる痛みは薄れた。少しづつ、少しづつ近づいていく。だが、すぐにやはり倒れ込んでしまった。

「っ?」

その体が地面に叩き付けられる前に、望萌の体はその傾きを止めた。支えているのは制服の様な服を来た女性だった。出血が酷く、中々頭を持ち上げられないが、手だけはあの少女の方へとうろうろと彷徨わせて、支えながらも阻む腕を何とか抜けられない物かと模索しているようにも見える。

「た、すけな、きゃ」

彼女と交わした約束が望萌の体を動かしていた。けれども女性の阻んだ手はそれを許す事はない。

「使命に目覚めよ」

女性が凛とした声で望萌へと告げた。望萌の青い瞳の奥の瞳孔がぐっと広がる。

「エクリプス号に乗務なさい、妖精皇女よ」

かけられた言葉の意味が分からない、望萌はただ必死で女性の手をすり抜けて少女の元へと駆けようとするが、やはり離してくれない。

「はなし、て、嫌だ、あたしは、あの子を―――…」

ゆるく頭を横に振り、女性の手を拒もうとした望萌。だが、刺された胸元が急に熱く大きく脈打ちだしたせいでふらつきが酷くなる。血が体中を暴れ回っているとしか思えないほど熱い。吐血は急に止まり胸の痛みも引いてきたが、不思議な違和感が訪れてきた。望萌の耳は長く尖り、人のそれではない。ふらつく足下を見れば、きらきらと光る錦糸のような金の糸の束が落ちている。それは望萌の髪の毛であった物。

「どういう、事、なんで?あたしの、髪…!!」

慌てて両手で己の頭をまさぐる。肌はむき出しになっていない、だが、ふわふわとした、明らかに髪ではない感触が指先から伝わる。手をおろし、両手を見れば小さな羽毛が一枚付いていた。

「命令には逆らえない、さあ早く」

「待ってよ、訳を教えてよ、こんな事すぐに飲込めるはずないじゃない!」

目を見開いて叫ぶ望萌に淡々と女性は続ける。

「エクリプス号に乗務するのがあなたの使命、そして、あなたが助けようとしている少女はもう死んでいる」

目を見開いたまま、唇をわなわなと震わせ怒りと悲しみが綯い交ぜになっている所為か、青い双眸を潤ませ、大声で叫んだ。とても大きな声だったが、望萌の胸中にある物は全く吐き出される事なく大きく渦を巻いている。

「助けてあげるって、約束したのに!約束したのに!」

潤んだ瞳から涙はこぼれなかったが、青い双眸は怒りで揺れている。

「絶対に、許さない」

決意の声は遠く、だが確実に望萌の心に染み付いた。つい先ほど笑い合ったはずの少女を貪る朧車へとそっと近づいたが、朧車は少女の肢体に夢中でこちらには関心がないようだった。

「いい加減にして」

小さく呟き、朧車の牛車部分へと火を放つ。面白いように燃え広がる火は、その場にいた朧車全てに燃え移り、醜い顔面は爛れて更に見るも耐えない物となった。苦しみ走り回りながら燃え盛る朧車達は外へと飛び出していく。どうせ長くは持たないだろう。

「…ごめんね」

少女はだらしなく開かれた口から赤黒い液体を吐き、虚ろな目は瞳孔も開き切ってもうこの体に生命がない事を教えてくれた。開かれた肚から這い出る柔らかい内蔵はまだ熱を持っていた。



豪勢な飾り付けがされた車内、美しい金の飾りが揺れてしゃらしゃらと耳に心地いい。
花形装飾を一杯に描かれた壁を背にして望萌は床に横たわる黒塗りの棺を眺めていた。望萌は少女を助けようとする己の手を阻んだ女性と同じ制服を着用し、表情は落ち着きを取り戻したのか一切の感情が伺えない。

そっと棺のふちを撫で、小さく「ごめんね」ともう一度呟いた。

望萌の胸中には、少女と少女の約束が共に在る。