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<東京怪談ノベル(シングル)>


おかしな夢 お菓子の夢
「夢の中に入れる本かぁ」
 ファルス・ティレイラはいつもの配達の仕事でお代の代わりに貰った、魔法の本を眺める。
 それは、寝る時に枕元においておくと、一晩本の中の世界に潜り込める、という魔法の本だった。
「どんな世界だろう〜」
 楽しみだなぁ、と呟きつつ、枕元に本を置く。
 時計を見ると22時を回っている。
「そろそろ大丈夫かな?」
 言ってティレイラは布団に潜り込んだ。

 甘い香りが漂ってきた。
 ティレイラはお菓子の世界の空に浮かんでいた。
「あは☆ お菓子食べほ〜だい♪」
 すべてがお菓子で出来ている世界。
 クッキーとチョコレートの屋根。マフィンの椅子。ゼリーで出来た信号。
 楽しそうに飛び回っているティレイラを、じーっと見ている1人の少女がいた。
「あの子、見たことない子ね…外の世界の住人かしら? …なら、使っても大丈夫よね☆ お菓子展示会の素材にしちゃおうっと♪」
 嬉しそうににっこりと笑い、魔法のホウキを一振りすると、巨大なお菓子蜂が出てきた。
 そのお菓子蜂の針には、何でもお菓子に変えてしまうお菓子化の魔法液が含まれている。
「…あの子を、お菓子にしちゃって☆」
 もう一度ホウキを振ると、お菓子蜂は一斉にティレイラへと羽音を響かせ飛んでいく。
「あれも食べたいなぁ…こっちもおいしそう…」
 ときょろきょろ眺めていたティレイラの耳に、不快な羽音が聞こえていた。
「え!?」
 びっくりして見下ろすと、眼下に大きな蜂の姿が。外見はふんわりとお菓子生地で出来ていて、かわいらしい感じだが、迫ってくる様子は、現実の蜂となんら代わりはない。
「え、え、えー!?」
 魔法少女の意図するところはティレイラにはわからない。
 しかし自分がピンチな事は十分にわかった。
 慌てて逃げるティレイラを蜂が追いかけてくる。
 逃げている途中で、ハタと自分が魔法を使える事を思い出した。
 ティレイラは振り返り、体勢を整えると、迎え撃つように火の魔法を放つ。
「やった☆」
 砂糖の焦げたような臭いがあたりに漂い、蜂の姿が消えた、と思った瞬間、また羽音が聞こえる。
「ええええええええええ!?」
 数度撃退しているうちに、さすがのティレイラの疲れてきた。
「このままじゃ埒があかないよね」
 眼下を見下ろすと、ティレイラを見つめる魔法少女と目があった。
「あの子の仕業かな…よぉーし☆」
 次の蜂が見えたところで、ティレイラは持ち前の機動力を活かして、つかず離れずで蜂たちを誘導する。
 しかし魔法少女に気付かれてはいけない。
 必死に逃げているように見せつつ、魔法少女へと段々近づいていく。
(今かな☆)
 魔法少女の手前まで逃げ、垂直に上へと飛ぶ。
「☆◎△□×!!!???」
 魔法蜂は魔法少女に激突。
 魔法少女をお菓子へと変えると、蜂の姿は霧散して消えた。
「……た、助かったぁ〜」
 地上に降り立つと、ティレイラは魔法少女に近づいた。
「うわぁ〜、見事にお菓子になっちゃった。もし私が刺されてたら、こうなってたんだぁ〜」
 言いつつ、興味津々にお菓子の魔法少女をつついてしまう。
「あ」
 べた、という感覚にびっくりして指先を見ると、魔法液が残っていたらしく、見事に付着していた。
「あああああああ、やっちゃった! 折角うまくやったと思ったのにー」
 あたふたと右往左往しているうちに、見事なティレイラ菓子ができあがってしまった。
 びっくりした顔の魔法少女のお菓子と、あたふたと慌てたままの姿でお菓子になったティレイラのお菓子。
 二人の少女のお菓子像が、道ばたにポツンとおかれていた。

「あらあらあらまぁまぁまぁまぁまぁ」
 通りがかった一人の魔女。
 お菓子の二人を見て、瞳をきらきらと輝かせた。
「なんて素敵なお菓子の少女像なのかしら!! わたくしの作品に相応しいですわっ」
 道においてある時点で、誰のものか、と気にしないものなのか。魔女は嬉しそうにホウキを一振りすると、二人のお菓子が浮き上がる。
「もうちょっと飾りつけしないと駄目かしらねぇ〜♪」
 嬉しそうに歩く魔女の後ろを、二人のお菓子がふわふわと飛んでいった。

 それから数日、魔法少女が出したかったお菓子展示会に、自分がお菓子になり、ティレイラと一緒に飾られていた。
 魔法がとけるのは、それからまた数日後の事である。
 逃げ切ったのに結局お菓子になってティレイラ。
 油断大敵。後悔先に立たず。後の祭り。最後の詰めの甘さを自分で感じつつ、心の中で泣いていた。

(ふぇ〜ん、誰か助けて〜)

 本の中、夢の中。
 おかしなお菓子な本の中。