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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


[ 哀しき雛人形 ]


「ちょっとさんしたくん、さんしたくんどこ!?」
 今日も月刊アトラス編集部、その室内に碇・麗香の声が大きく響く。
「はっ、はぁあい!」
 返事と同時パタパタと走りながら現れた三下・忠雄は、その手に何か持っていた。
 勿論すぐその色鮮やかな中身に気づいた麗香は、忠雄が手にしている雛あられに興味を持つ。
「あら……美味しそうなの食べてるじゃない?」
「あ、これさっき取材先で会ったおばさんに頂きました。美味しいですよ。まだあるので碇さんも食べますか?」
「そう、丁度良かったわ」
 のほほんと話した忠雄に対し、麗香は彼の手の中から雛あられを袋ごと奪い取ると、脚を組み替え数枚のプリントを渡した。
 その表紙タイトル――調査名とも言うべきなのか、その名前に忠雄は嫌な予感しか浮かばない。
「とあるお寺に奉納されている雛人形が、どうも最近怪現象を起こしているらしいのよ」
 その予感は案の定的中し、忠雄は麗香に奪われる前に摘んでいた雛あられを思わず落としてしまった。
 代わりに麗香が雛あられを一粒口へ運び、幸せそうな顔を見せたと思うと、忠雄を見上げ。
「さんしたくん、確かめてきてくれるわよね」
 既に問いですらない言葉を向けた。
 麗香の元に入り込んできた情報によれば、夜になると雛人形が動き出し騒ぎを起こすと言う。それも、人形の姿ではなく人の姿となって。
 雛人形は一般的なタイプに三歌人が加わった物で、特に怪現象を起こしているのは親王・五人囃子・随身。主立って人に直接危害を与えているのは随身と言うことだ。
「さんしたくん、お坊さんが怪我してるらしいから、ちゃんと闘えるか回復できる子連れて行きなさい?」
「……はっ、はいぃっ…」
 珍しくふざけた様子の無い真剣な麗香の表情と珍しくも心配する言葉に、忠雄はただならぬ予感を感じていた。


   □□□


「三下〜っ! 遊びに来たよ〜っ!」
 明るい声と同時、勢いよくドアを開けた彼女は、書類を片腕にあたふたとする忠雄を見て首を傾げる。
「――……って、なんかお仕事?」
 その言葉が聞き取れていたのか、それは定かではないものの、忠雄は彼女に今回の取材を掻い摘んで伝えた。
「雛祭りのお人形さんが暴れてる?」
「だからどうか……一緒に来て助けてくださいいいいっ」
 詳細を伝えながら震えが止まらないらしい忠雄は、近くの机に麗香から受け取ったらしき書類を一度置きわざわざ頭を下げる。
 その姿を見、彼女は考える間もなく頷くと「うん、もちろんいっしょに行くよっ」と笑顔を向けた。
「っ……ありがとう、ございます……っ」
 頭を上げた忠雄は、ずれ落ちそうな眼鏡を押し上げると再び書類を抱え会議室へと誘導する。その後ろを、彼女はニコニコとついていった。

 数分後、月刊アトラス編集部の一室に集まったのは海原・みあおと雪森・スイ(ゆきもり・すい)。そんな見た目は勿論、おそらく内面も対照的な二人だった。
「んと、デジカメと……レコーダーは必須だよね」
 みあおはそう言いながら鞄の中からボイスレコーダーと、自らの霊羽を付与し霊視仕様となっているデジタルカメラを取り出す。調査の面では準備万端のようだ。
「そ、それは勿論。僕も持って行きます。ええっと…では準備が大丈夫そうなら、明るい内に行きま――」
「待ったー! その前に、お雛様チェックっ」
 早々に椅子を立ちかけた忠雄に、みあおは身を乗り出し彼を制止した。そして驚き固まった彼に一つ問う。
「三下ってお雛様の基本知識は持ってる?」
 忠雄がキョトンとしたまま首を左右に振ると、みあおは「うん、うん」と頷きながら椅子に座りなおした。
「みあおもそんなに知らないから、ネットで下調べしてから行こうよ。記事、書くんでしょ?」
「――――雛人形」
 そこで今まで二人の様子をジッと見ていたスイがようやく口を開き、思わず忠雄とみあおは彼女へと顔を向ける。
「来る前、家主に色々と尋ねてきたのだが。主立って危害を加えている随身とやらは、どうやら親王のお付きのようだな」
 それまで目の前に出されたお茶に手を付けないまま。ただ立ち上る湯気を黙って眺めていたスイは、ふと顔を上げると少し考えるような素振りを見せる。
「とすると、親王が何らかの目的のため怪現象を起こしていて、随身は親王を守るため――……ん、どうした?」
 一度言葉を止めると、スイは黙ったまま自分を見る二人の顔に思わず疑問の言葉を投げかけた。
「ううん、もうそこまで考えてるなんてすごいなって!」
「これなら調べる必要もないでしょうか?」
「いや、ねっとで下調べするにこしたことはないだろう。私も多少聞いてきた程度で、おそらく全て把握しきれてはいないだろうからな」
 そうしてノートパソコンを立ち上げた後、忠雄がようやく見つけた雛人形の簡単で分かりやすい解説サイト。
 そこによるとまず雛人形には親王と呼ばれる男雛・女雛が居ることや三人官女の特徴……そんな基本的なことから始まり、太鼓・大鼓・小鼓・笛・謡を奏でる楽人、二人一組の舎人――護衛や雑用に従事した下級官人――を表す随身のことや、従者を表す三人一組の仕丁。物によっては、有名な歌人が三人居るものなど。調べてみれば人形の数は案外多い。
「ふむ。彼らと意思疎通を図れれば良いのだが」
「だよね〜。参戦してないぽい三人官女とかにも事情調査っと、三下聞いてる? でないと記事、まとまらないよ」
 意見を出し合う二人に対し、忠雄は雛人形に関する情報を次々とプリントアウトし続け、彼の手元の書類は更に増え続けていった。
 そうして雛人形に関する情報はいつでも見れるよう付箋まで付け纏めると、忠雄はノートパソコンを閉じる。その姿は少しだけ仕事が出来る男のようにも見えたが、みあおもスイも気づいていないのか、あるいは考えてもいないのか。
「それじゃ、レッツゴー!」
「行くか」
「はいいいいっ……」
 二人はそれぞれのペースで席を立つと会議室を出て行き、少し遅れて寺までの地図を持った忠雄が慌しくドアを閉めた。


 まだ陽が高い時間だというのにその寺の周辺が薄暗く、そして寒く思えるのは、周囲を木々で囲まれているせいなのか。それともここ連日続くという怪奇事件のせいなのか。
 先頭を歩くみあおのすぐ後を不安そうな表情で忠雄が歩き、その数歩後をスイが歩く。そして長い石段を登りきると、ようやくその寺が姿を現した。
 三人にとっては始めて見る寺院であるものの、所々傷ついた柱や数枚落ちた瓦は、此処で確かに何かが起きていることを示している。
 辺りを見渡すと丁度庭を掃除する僧侶の姿を見つけ、取材の話をすると住職の所へと案内された。穏やかな面持ちの住職の顔には何箇所か絆創膏が見られ、そのすぐ傍には怪我を負ったらしき僧侶も数名控えている。幸い皆酷い怪我ではないようで絆創膏や湿布、一部に包帯やガーゼの処置がされていた。
 住職はこの怪現象を解決することを条件に取材の許可を出していると前置きをした上で、寺院内を自由に歩くことや僧侶への聞き込みも自由に行って欲しいと三人に告げる。
「では、まずは人形を見せてもらおうか」
「うんうん、動かない時間帯に写真も撮っておきたいしね」
 そうして最初に被害を受け軽症を負ったという僧侶に案内されたのは、雛人形が置かれた二部屋だった。隣接したどちらの部屋にも多くの雛人形が丁寧に置かれている。
「ん、もしかしてどのお雛様が暴れてるのか分からないの?」
「はい。もしかしたら皆が皆かもしれませんし、この中の一部なのかもしれませんが。如何せん突然のことでよく覚えておりません。以降も毎度取り乱してしまい、その間に嵐のように始まった騒ぎは突如鎮まってしまうのです」
 苦笑いを浮かべた僧侶はそのまま部屋をぐるりと見渡し、それにつられるよう三人も辺りを見渡した。
 今いる部屋には比較的綺麗な雛人形が多い気がする。けれど、年季の入り方はそれぞれ異なり、作りもバラバラだ。これより前、隣の狭い部屋で見た雛人形は何度か修理された後が見受けられたり、比較的綺麗なものが多かった。
「人形を供養する風習もあるそうだが、こうして二部屋に分かれているのには何か意味が?」
 スイがそう言うと、僧侶は「説明を忘れていました」と頭を下げながら言葉を続ける。
「こちらの広い部屋には江戸時代から現代までの様々な雛人形を展示し、後に一般解放する筈だった物になります。これらは特に問題のあるものではなく、地域の方の善意により長い歳月を掛け集められたものです」
 しかし今年は準備の途中で怪奇現象が起こり始め、最初こそ経を唱えながら作業していたものの、結局終了間際の所で中断したと僧侶は部屋の隅に積み重なったダンボールを見た。そこにまだ出し切れていない残りの人形が居るのだろう。
「狭い部屋のものは、お察しの通り人形供養に持ち込まれたもので、現在読経供養中の物です。あちらはいずれ火葬されます」
「その中で特に悪意が憑いてしまっていた物はないだろうか」
 可能性としては、供養として持ちこまれた人形が起こしているという考えに辿り着く。しかし僧侶はどれも大切にされてきたようで、供養は滞りなく進んでいたと告げた。
「ならば展示用で、最近新たに献上された人形などは?」
「昨今新たな人形はお受けしていないかと。勿論、今までこのようなことが起こった事例もございません」
「ん〜、そうなるとどうして急にそんなことになっちゃったんだろう?」
「必ず何かしらのきっかけや原因があるはずなのだが……これでは直接確かめるしか術が無いか」
 原因に辿り着けず首を傾げたみあおとお手上げ気味のスイは、一度雛人形から目を離すとそれぞれが今出来る事を行動に移し始めた。
「とりあえず今の内に人形本体を一体一体見ていくしかないか」
「みあおは写真撮っていくよ〜。何か写るかもしれないし、何か起きた後の変化もよく分かるもんね」
 そうしてみあおはデジタルカメラを片手に、展示用と供養中の人形を次々と写していく。念のため部屋全体の写真もあらゆる角度から撮ると、ザッとプレビュー画面を確認した。
「う〜ん……?」
 見る限り場所柄なのか、特に関係も害もなさそうな霊がちらほら紛れ込んでいる。
「……あっ!」
 しかし、ある場所を堺に写真の中の様子が一変した。それはあまりにも鮮明に写りこんだ負の念の数々。それを確認すると、みあおは再びその辺りを重点的に写真を撮り続ける。
 そしてみあおにスイ、忠雄はひとしきりの調査を終えると一度住職の居る場所へと戻った。
「そうですか……まだ原因は分からぬと」
「ああ、だが少し気になる点は幾つかあった」
「みあおも! とは言え、やっぱり直接聞かないと分かんないんだよね」 
 肩を落とす住職に対し、スイは先程忠雄がプリントアウトしてきた資料を見ながら呟く。するとみあおもデジタルカメラの画面を見ながら勢いよく手を挙げた。
「やはり展示用の雛人形の幾つかに、不足している飾りや、幾つか破損している箇所が見られた。破損といってもごく小さなもので、以前からのものなのか、ごく最近のものなのか定かではないのだが」
「ま、さか…そんな筈は……っ!」
「?」
 スイの言葉に対し横から大きく口を挟んできた僧侶に、彼女は思わず無言のまま彼を見つめ眉を顰める。カメラを見ていたみあおも、思わず声に顔を上げていて、それに気づくと僧侶は小さく咳払いをした。
「いえ……あれらは長い間大切に保管してきております。おそらく怪現象の後のものでは」
「でもね、みあおが撮って来た展示用のお雛様の写真、そのほとんどが、泣いてたり困ってたり怒ってるよ。供養中のお雛様はそんなことないのに」
 そうして霊写出来た数枚のデータを次々に選別していく。後程ノートパソコンに取り込むためだ。それを見ないようにしながらも、うっかり目の片隅で捉えてしまった忠雄は咄嗟に口を押さえつけた。声を出さないためだろう。
「それでは、展示用の雛人形に何か問題でも……しかし、昨年までこのようなこと――」
「後は夜を待つしかないだろう。人形が行動を起こしたところで掴むしかない。それまでの間、怪我をした輩の回復をしてやるから全員ここに集めて来い」
 不安そうな住職の言葉を遮りそう言うと、スイは何食わぬ顔で手元に生命の精霊を召喚した。怪我人は多そうだが、誰も軽症に見えたのを考えれば、この治療も数分から十数分程度で終わってしまうだろうが……。
「ど、どうしたらいいんでしょう、これから……まま、まさか…このまま泊り込むということですか?」
「でないと突き止められないでしょ! みあおもこれから画像解析するから、三下は臨機応変にレコーダーも回しながら、上手く記事まとめられるようにしておいてよ?」
 そうして、みあおは忠雄の鞄からノートパソコンを抜き取ると、手早くデータの転送を始めた。
 夜の訪れまではまだ長く、けれど時間は驚くほど早く過ぎていく。


   □□□


 連日の話によれば、その現象は日付が変わる前後に始まるらしい。
 出来るだけ僧侶をこれまで被害の少ない離れへと退避させ、雛人形が飾られた部屋を遠巻きに見つめる三人は、手元の時計でやがて日付が変わったことを確認する。
「あ、現れませんね……本当なんでしょうか。それとも今日は出てこな――」
「静かに。今何かが、動いたようだ」
「なんだろ、この感じ……どんどん悪い力が増えてるみたいな?」
「!!!?」
 何かを感じ取っている二人に反し、忠雄は部屋から確かに伸びだした複数の影と、それまで部屋に居なかったはずの人の姿に肩を震わせては腰を抜かし、その場に座り込んでしまった。声を上げなかったのが唯一の救いである。
 その後すぐ、展示用の雛人形が飾られていた部屋から出てきた人は最初こそまばらであったが、やがて数を増し数十人の大所帯になっていた。中には十二単を纏った女性の姿や、刀や弓矢を携える者、楽器を手にする者も居る。その集団の先頭には束帯姿で笏を手に持つ男の姿。それらが言葉にはなっていない声を上げ、あるいは音色を奏でながら本堂を目指し飛び去って行く。
「あれじゃまるでお雛様版の百鬼夜行……先頭はお殿様かな?」
「想像していたものよりも随分数がまばらな様子だが。全部が全部動いているわけではないのか」
「部屋の中入ってみよ? もしかしたら人の姿をしていても、大人しくしてるだけのも居るかもしれないし。聞き込み聞き込み、っと!」
 逃げ出そうとする忠雄の腕を引きながらみあおが部屋に駆け寄り入り口に立つと同時、一斉に幾つもの視線が三人へと注がれた。それら全ては勿論人のもの。
「雛人形が実体を持つとこのようになるのか……」
 昼間は多くの雛人形が飾られ、それでも広いと思った部屋は今、多くの人で埋め尽くされている。よく見れば中には人形の姿のままのものあるようだが、人の姿となったその多くは人形の時と同じ姿格好でそこに立つ。
 黙ったままの人形達と三人の間に風が吹き、雪洞に灯った火がゆらりと揺れる。それと同時、一人の若い男がわずかに歩み、三人の前に出た。
「――此処に僧侶以外が現れるとは……何者だ」
 腰には刀を携え、弓矢をも持つその姿は雛人形の随身に思える。刀に備えられた手と表情、声色から警戒されているのは明らかで。
「月刊アトラスから取材に来ました〜っ!」
「何か困っていることがあるのならば、解決のため私達が力になろう」
 みあおは明るく、スイは静かにそう言うと随身の表情に困惑の色が混じった。
「取材? 力に?」
 それは後ろに控える者達も同じよ。けれど此処に残っている人形はおそらく先程飛び出していった血気盛んな者と違い、話をする余地がありそうに見える。故に二人は、雛人形達の話を聞きこの事件を解決したいという思いも告げた。
 すると人形達はざわめき、口々に何かを言い合っている。そこには殺気立った様子など無く、時折三人を見ては目を逸らす。
「……少なくとも貴方がたは、こちらの言い分も聞かぬまま念仏を唱えてくる僧侶とは違うようですね」
 話はまとまったのか、随身はそう言った。どうやらこの場で人形のままの者は、念仏により力を失い、もう人の姿にはなれないらしい。
「貴方がたの全てを信じるわけにはいきませんが、私達が困っているのも事実。助けて下さるなら、どうぞお力添えをお願いします」
「実は私たちの中の幾人かが、別の雛壇の者と入れ替わってしまっているようなのです。気づけば怪我をしている者、所持品を失った者もおります……」
「昨年飾られた時はこんな姿ではなかった筈なのに」
 すると今度は三人の女性が歩み出ては口々にそう言った。
「やはり……どうも比較的新しい人形と、年季の入った物が同じ雛壇の中に混ざっていると思ったんだ」
 人形を調べていった際の違和感、それがスイの中でようやくはっきりとし思わず声に出す。
 話を聞く限り入れ替わりや破損、そして欠落は昨年の展示終了からこの準備期間の間だろう。
「つまり入れ替わりや怪我を治せば良いのかな? でも入れ替わりって……みんなに分からないなら、みあおたちには尚更判別しようがないよね?」
「そこは人形の姿に戻った時どうにかして戻すしかなかろう。ただ、怪我は今の内に治しておこう」
 人形の姿で怪我を負いそれが今もあるのなら、人の姿として怪我を癒せば、元に戻った時その怪我も治っていると予測してのこと。
「で、結局それがこうして騒ぎを起こしている原因なの?」
「いえ、我々は途方に暮れ、ある者は悲しんでいるだけ。早く誰か助けてくれまいかと、日々己の無力さに涙を流していただけ」
 みあおが首を傾げつつ言った言葉は随身により否定され、その言葉に官女の一人が言葉を続けた。
「貴方がたが言う騒ぎというのは、殿や姫達が出歩いていることでしょう。まるで人が変わったかのように夜な夜な近衛を引き連れては飛び出して行ってしまう始末。それに感化でもされたのか、他の者達も次々と……」
「先程出て行ったのを見かけたが、親王達が起こす騒ぎの原因は、ここに居る者達とは違うのか?」
 そう言えばあの集団は一体何処で何をしているのか。ふと部屋の外に目を向けスイは言う。彼らが戻ってくる気配はいまだ無いが、だからと言って今どこかで騒いでいる様子も感じられない。
「同じ筈、です。最初こそ殿や姫もただ静かに嘆いておりました」
「とりあえずここにいるお雛様たちは、本来の場所に戻して、持ち物を返せば大丈夫?」
 指折り確認するよう言うと、一同は頷くと同時口々に親王を鎮めて欲しいと口にした。
「分かった、約束しよう。ひとまず確かめたいことも出来たことだ、今夜は一度戻るとしよう」
「お殿様とお姫様も原因を突き止めてあげないとね」
「そ、それにしても、中には協力的な随身もいて良かったですね。全員が全員襲ってきたらもうどうしようかと……」
 最後、背後に隠れたまま発された忠雄の声に二人はゆっくりと振り返る。この間彼が何をしていたのかというと、ひとまずボイスレコーダーは回していたようで。今まさにレコーダーを止めると、キョトンとした顔で二人を見た。
 そしてその晩飛び出て行った親王たちはといえば、最終的には離れに集まる住職や僧侶達の部屋の前まで訪れていたらしい。もっとも、彼らが念のため厳重に張り巡らせていた結界の札と唱え続けた経が効を成したのか、特別被害はなかったようだが。三人が戻るまで彼らは怒鳴り散らし、ある者は啜り泣き続け、またある者は狂ったように楽器を奏でやがて消えて行ったという。


「――――申し訳っ、御座いません!」
 翌朝早朝。深々と頭を下げたのは、最初に怪我をしたという、そして雛人形の破損などを真っ先に否定した僧侶だった。近くには他の僧侶や、勿論住職も居る。こうして集まっているのは勿論昨晩の報告のためだ。
「実は拙僧…昨年の片付け途中にダンボールを崩し、挙句雛壇の幾つかも倒してしまい……それをすっかり忘れており、何体かの雛人形は先日、急ぎ腕利きの人形師へと修理に出しており。おそらく、今日明日には届けら――」
「明日じゃもうお雛祭りだよ!」
「出来れば早急に取り戻すのが最良だろう。どうにかならないか?」
 僧侶の言葉を途中で遮った二人の言葉と表情に、彼は慌てて立ち上がるとすぐに取りに行ってくると部屋を出ようとした。その動きをスイが止めると、雛壇を倒した場所や今修理に出している人形の数と種類を出来る限り聞き、改めて展示用雛人形が飾られている場所と、今度は人形が保管されていた隣の小部屋にも入る。
 展示用雛人形は昨日の昼に見たのと同じままそこにあるものの、一つ違うのは破損箇所が直っているということだ。
「傷はきちんと癒えたようだな」
「後は無くなった小物探しと、混ざっちゃったお雛様の入れ替え……だよね?」
「でも、お坊さんの記憶を元に戻したら混ざってしまったのを一体どうすれば……」
 ひとまず小物を探し出せば良いのだろうかと、みあおは薄暗い小部屋を覗き込む。
「人の記憶は曖昧すぎる。……ふむ」
 一つ息を吐き、スイはある精霊を召喚した。するとその場に存在する雛人形が次々と雛壇を移動し始める。
「わっ!? どうして??」
「時の精霊に、ここに居る人形達の位置情報を巻き戻してもらった。これで入れ替えは終わっただろうから、後は小物を探そう」
 無くなっているのは扇や笏、銚子や太鼓に笛、刀や弓、傘や沓台と、ほぼ全ての雛人形に必要な物だ。加えて中には雪洞のなくなっている雛壇もある。
 三人は僧侶がダンボールを崩した場所と、雛壇を倒したという場所を重点的に、行方不明の小物を探し出した。
 スイは精霊の協力を得て、みあおは写真を撮り物に宿った残留思念を拾い出しては、見つけにくい場所に飛んで行ってしまったり隠れてしまっていた物を探し出す。その多くは薄暗い個室の隅や、まだ開封していないダンボールの中に零れ落ちていたり。酷いものだと部屋の外、縁側の下で見つけるものもあった。
「これで全部……か?」
「壊れちゃってるのは接着剤とかで上手く直るかな?」
 そうして見つけた小物は失っている雛人形に戻し、壊れてしまっている物は応急処置を施し、ようやく息を吐いたのは夕方も近い頃。
「――――あっ、昨日のお雛様たちは満足して喜んでるかも」
 再び写真を撮ったみあおは昨日のデータと比較し、思わず自身も喜びの声を上げた。写った写真の多くに負の思いがなかったからだ。
「けど、特にお殿様とお姫様はまだ……怒ってるような、泣いてるような」
「親王の大半は修理に出されているようだからな」
 人形が戻ってくれば状況は変わるだろうが、朝方寺を出たはずのあの僧侶はまだ戻らない。そうして結局二度目の夜が訪れた。


   □□□


 日付が変わる少し前、ギイィンと鈍い音が辺りに響き渡る。
「――っ…もう、問答無用って感じ?」
 少し余裕の無い声は、ハーピー形態となったみあおの言葉。音が発されたのは、彼女の爪により弾かれた随身が持つ刀から。
「全く……昨日の者達とは打って変わった攻撃性だな。話をする余地がどこにもないなど、これなら坊さんが怪我をするわけだ」
「関心してる場合じゃ…ひゃぁあ!?」
 スイは忠雄を庇いながらも、精霊の力を駆使してはみあおの補助に回り、更には防御や行動の妨害に専念する。
 人形が現れたのは、三人が準備を始めた二十一時過ぎの頃。打って出てきた不意打ちと、未だ修理中の人形が戻らない中、話をすることも出来ないまま人形から一方的な攻撃が始まった。
「それに、すっごい憎悪の固まり……これって、お雛様の感情だけじゃなくて、もしかして他にも原因があるのかな? ね、そうなのお殿様?」
 室内に居たままでは寺院が崩壊してしまうと判断し、みあおは素早く部屋の外に出る。
「今この場に居ない者も時期には戻る。それまで待ってはもらえないか?」
 しかし、どれだけ語りかけても人形達から発される言葉は限られている。
「我の姫はどこだ!!」
「私の殿は一体何処に――…‥」
「同胞を連れ去り、殿や姫までも悲しませる者、許さぬ!」
 そうして弓矢があちらこちらから放たれた。
 みあおはそれを飛行することで避けながら、霊羽を飛ばし攻撃と言うより手や足を射抜き、次々と相手の攻撃手段を抑えていく。
「雛人形は厄除けとも言うが――これでは厄そのものになってしまっているな」
 スイは呆れながらも、自分に突進してくる複数の男雛が振りかざした笏を次々と避け、家の精霊であるブラウニーを召喚すると再び突進してくるその足を繋ぎ止め、一旦寺院から少しばかり距離を置いた。すると今度は自分に弓矢を向ける随身に対し、闇の精霊の力を借り視野を阻害。当てを外し暴走した弓矢が女雛に向いているのを見つけると、風の精霊により弓矢の軌道をずらし大きく息を吐いた。
「もうそろそろ、弓矢も尽きた感じ?」
 月を背に、空を縦横無尽に飛び交っていたみあおは寺院全体を上空から観察する。
 突然押し寄せた何十もの雛人形。その大半を占めていた男雛はたった今スイが室内にほぼ全員繋ぎ止めた。十数人の随身のほとんどはみあおに向かい攻撃を仕掛け弓矢を使い果たし、今は刀を手にその殺気を鎮めやしない。そして数人の女雛と言えば、近づいてきた忠雄の胸倉を掴み、泣きながら殿は何処だと訴え続けていた。
「人形が戻ってこなければ、鎮まってはくれないのか?」
 ふと後ろを見れば、男雛の何人かがブラウニーの足止めをすり抜け、再びスイに歩み寄っている。
「力は強くないものの、数が多すぎてキリがない」
 フゥッと浅く息を吐くと、スイは何かに気づきふと顔を上げた。それにはみあおもすぐ気づき、二人の視線は同時に境内入り口へと向けられる。
「……おっ、お待たせいたしました!!」
 声と共に現れたのは、大きな風呂敷を背負った僧侶。長い階段を駆け上がってきたのか、その場に膝を突くものの、風呂敷を下ろすとそれを解きだした。
「全員至急修理してもらい、確かに戻ってまいりました」
「もうっ、遅いよ!」
「取り出してこの騒ぎが治まるか、雛壇に戻して治まるのか――とにかく、至急ここで出すぞ」
 みあおにスイ、忠雄もすぐさま僧侶に駆け寄ると人形の一つ一つを丁寧に、けれど手早く出し始める。
「おおっ、行方不明だった姫様達か!?」
「一体誰の姫だ!?」
「私の殿は!?」
 四人の様子と次々と出てくる雛人形に男雛や女雛、そして随身がざわめきだした。
「ここのお雛様たちは、自分のパートナーが分かるのかな?」
「しかしこちらは人形のまま……果たして判別できるかどうか」
 みあおの疑問とスイの考えどおり、人形を出す四人の近くに群がってきた雛人形達は、しばらくその様子を見ていたものの、あっという間に痺れを切らし声を上げる。
「くそっ、こんなに居ては分からぬではないか! 今すぐそれぞれ何方の姫か答えよ!!」
「そ、そんな無茶ですよおお」
 刀の切っ先を突きつけられ、忠雄は泣きそうになりながら取り出した人形を自分の傍に置いた。
 戻ってきた人形が人の姿に戻れば判別がつく可能性もあるものの、目の前の人形は微動だにしない。その状況で雛人形達は四人を取り囲み、今にも再び襲い掛かろうとしていた。
 このまま攻撃を受けるならば、少し手荒な手段でいくしかない。互いにそう考え、分かるか分からない程度の苦笑いを浮かべると、迫る雛人形に対し再び臨戦態勢へと移行――しようとした時だ。
「これでっ、全部です!」
 忠雄の泣きそうな言葉と同時、戻ってきた雛人形の全てが外へと出され、月明かりに晒される。
 その瞬間闇が弾け、辺りは月明かり以上の光に包まれた。一瞬の出来事。けれど、四人が目を開けた時、そこにそれ以上人の姿は無く、ふと地に目を向ければ人形の数が確かに増えていた。
「戻っ、た……か?」
「――――っ……三下、早く全部のお雛様回収して雛壇に戻すよ!」
 それからは一度取り出した人形を風呂敷に包みなおし、更に今人形の姿に戻った雛人形達を掻き集めては、壊さぬように持ち運ぶ。
 少し汚れた人形もいたものの、雛壇と人形の数は一致し、飾りは戻り怪我も無いことを確認した。同時に、もう写真にも何も写らないことまで確認すると、薄っすらと汗をかいた忠雄がへなへなと腰を落とし項垂れる。
「はぁ……こ、これでようやく解決ですね」
 そんな彼を見下ろした後、いつの間にか僧侶が居なくなっていることに気づいた。きっと今回の事件が解決したことを住職に報告に行ったのだろう。その証拠、遠くからいくつかの足音がバタバタと近づいてくる。
「それにしても――お雛様、綺麗だねぇ」
「あぁ…月明かりに照らされ、またいっそう美しい。けれど、また昼間にも見たいものだな」
 そうして日付が変わる少し前、雛壇には全ての人形があるべき姿で戻った。
 本来はひな祭りの数日前から公開されるものであり、今回は中止の予定でいた展示は、一日限りではあるが翌朝から開放の運びとなる。
 住職は三人に礼を告げ、良い記事を書いてくれと念を押してきた。来年の集客のためだろう……。
「ところで、雛あられとか菱餅とか、こんなに貰っちゃっていいの?」
「あぁ、凄い量で…(しかも美味くない)」
 二人が口にしたのは、今朝目覚めた時枕元に置かれていた菓子の数々のこと。それは別室で寝ていた忠雄の枕元にも置かれていて、てっきり住職か僧侶が置いていったものだと、そう思っての言葉。しかし、その場に居た者は皆首を傾げたり、不可解な顔をして見せた。
「…………えっと…そうなると、これらは誰、が?」
 答えに予測はつくものの、それを言葉には出せず。忠雄は手に持った雛あられにゆっくりと目を落とした。


 数日後発売された月刊アトラスには、あの事件が見開きで載っている。
 実は忠雄があの晩スイに庇われながらも死に物狂いで撮っていた写真のほとんどはぶれていて、結局そこにはみあおが撮った哀しげな雛人形が写った写真や、日中の調査の写真、そして全てが終わった後の無難な写真が使われていた。
 記事の内容は至って無難――なのか。愛すべき者や信頼する者と引き裂かれ傷ついた人形達が、怒り・悲しみ月夜を走る。そんな内容だった。
「……よーくこんな記事で没にならなかったね〜?」
 雑誌を置き出されたお茶に手を付けたみあおは、横目で麗香を見てはそう言う。すると忠雄の肩が確かにビクリと反応し、それに追い討ちをかけるよう麗香の声が届く。
「さんしたく〜ん? まだあの美味しい雛あられ残ってるでしょ、早く出しなさい」
「はっ、はぁああい!」
 席を立った忠雄は、あの時枕元に置かれていた雛あられを手に麗香の元へと走る。
「まぁ、そういうことだろうが、逃げずに頑張ってはいたからな。それが評価されたのだろう」
 微かに口の端を上げて見せた気がするスイに、みあおは「かもね?」と笑い、机の上に山盛りとなっている雛あられを頬張った。
 雛人形の展示終了後、僧侶と住職が総出で片付けにあたり、幸い何事も無く終わったらしい。
 ただし、ひな祭りが終わってから数日後の間、まるで祝杯を挙げるよう……寺院のどこかでは太鼓や笛の音が鳴り止まなかったと言う。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [1415/海原・みあお/女性/13歳/小学生]
 [3304/ 雪森・スイ/女性/128歳/シャーマン/シーフ]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターの李月です。お届けがひな祭りより大分遅くなってしまい申し訳ありません。
 今回の事件は僧侶のミスによる雛人形の破損等が原因となっています。また本来雛人形は厄除けとされていますが、長い歳月を経て力を持ってしまったそれ自体が、災いを引き起こす形となっていました。五人囃子は親王のそういった邪念のようなものにもっとも感化されていた者でありますが、楽器を戻してあげたことで簡単に鎮まった者でもあります。
 お二人とも事情を聞く・あるいは出来る限り実力行使ではなく、けれど一応戦闘(攻撃・防御)もいける――という方向性でしたので、最良の形で解決となったと思いますし、それぞれの能力も様々な面で役立ちました。
 何か問題などありましたら、ご連絡いただければと思います。

【海原みあおさま】
 初めまして、この度はありがとうございました。見かけによらず(?)元気な女の子で、大変楽しく書かせていただきました!
 忠雄をぐいぐい引っ張っていく形となりましたが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 ハーピー形態は主にかく乱目的や守備、攻撃を防ぐための最低限の攻撃を手段とし、最終的に僧侶が戻ってくるまで持ち堪えるのが目的――というものになっています。お疲れ様でした。

 それでは、又のご縁がありましたら……。