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古代魚の見る夢は…
1.
「これが我が校の卒業生から贈られた『シーラカンス』の剥製だ」
「はぁ…」と曖昧に返事をしたのは神聖都学園教師・響カスミ(ひびき・かすみ)である。
正直どうでもよかったし、むしろ気持ち悪ささえ感じられるその魚の剥製から一刻も早く離れたい気分だった。
「こんな素晴らしいものを贈って貰えるなんて我が校はよい卒業生を輩出したものだ。はっはっは」
校長はそういうと誇らしげに胸を張った。
−それから、事は始まった。
学園で怪奇現象が頻発するようになった。
それも魚関係である。
朝登校すると上靴が水浸しになっていたり、魚の泳ぐ影を廊下で見たり。
ピチピチと跳ねる魚の音が聞こえたり。
「またなの!? あーーーもう! 今夜夜回りなのに…誰か助けて!!」
響カスミの心の叫びは誰かに届くのだろうか?
2.
響カスミの願いは叶った。
午後10時。教室の教壇に隠れてひっそりと隠れる少女がいた。
月夢優名(つきゆめ・ゆうな)だ。
優名は購買で買っておいたクリームパンを食べて時間を潰していた。
夜回りは確か10時ごろ。
それに合わせて隠れていたというわけだ。
怪奇現象…しかも魚関係で関係がありそうなのはあのシーラカンスの剥製なのではないだろうか?
悠久の時を超えて今を生きる古代の魚、シーラカンス。
そんなシーラカンスの何かに優名は心惹かれて今ここにいた。
夜の学校は少し不気味ではあったけれど、準備万端だ。
いつ水が襲ってこようとスクール水着を着込んだ優名には敵ではない。
「そろそろ大丈夫かしら?」
こそっと教室を出て、廊下を見渡す。
誰もいない廊下は昼間の喧騒を微塵も感じさせない。
自分の足音ですらうるさく感じるほどの静けさに、優名も思わず足音を立てずに歩いてしまう。
…こつん…こつん…
優名はハッとした。
自分以外の足音が聞こえたからだ。
まさか、これも怪奇現象の一つなのだろうか?
後ろから段々と近づいてくる足音に優名は足がすくんだ。
「もしもし? なにしてるの?」
「ひゃあ!」と思わず声が出て、優名は尻餅をついた。
振り返るとそこには2人の人影があった。
1人はいつかお餅を一緒に食べた柊眠稀(ひいらぎ・みんき)で、見覚えがあった。
もう1人は…
「ごめんごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど…」
そばかすに柔和な笑顔が印象的な少年だった。
「あ、ボク三春風太(みはる・ふうた)。ここの生徒じゃないんだけど、ちょっと神聖都学園に気になる噂があるんで来てみたんだよね」
風太はそこで言葉を切って声を低くした。
「知ってるかな? なんかシーラカンスが動くとかって噂が…」
ずいぶん噂が広がっているのね…。
優名はそう思ってとりあえず立ち上がった。
「今日夜回りをする先生がいるの。あたし、その先生と合流しようと思って…一緒にどうですか? 他校の生徒だけでは怪しまれちゃうし」
「別に怪しまれてもどうということはないけど…その方がいいかもしれない」
眠稀がそう言うと、風太もなるほどと頷いた。
そうして、優名は眠稀と風太とともに行動することとなった。
3.
午後10時半。
曲がりくねった廊下にポツリと明かりが動く気配を見つけた。
「あれがたぶんカスミ先生だと思うわ」
ゆらゆらと揺らめく明かりは確かに懐中電灯のものだ。
「じゃ、あそこに行けばいいんだね」
「…遠いね」
確かに、コの字型のちょうど対角線上にある光は遠く感じる。
「でも、行かないと」
ふふっと笑って優名たちは歩き出した。
少し小走りに走ると、明かりは段々と近づいてきた。
どうやら2人いるようだ。
「よかった。追いつきましたね」
「思ったほど距離はなかった」
…と、突然ひとつの影が床に倒れこんだ。
「カスミ先生!?」
それを助け起こそうとしたもうひとつの影の声に優名は聞き覚えがあった。
「なになに!? どうしたの??」
パタパタと走りよった優名たちに声は言った。
「お前らにビビってカスミ先生が倒れたんだよ」
うっすらと見えた影がどうやら不城鋼(ふじょう・はがね)であることがわかった。
とすると、倒れているのは響カスミであろう。
「す、すいません…」
優名は思わずか細い声でそう言った。
「あちゃー。それはごめんなさい」
風太も申し訳なさそうにそう言った。
「聞いていたよりもさらに臆病なのね…」
眠稀はそう言うと興味深げにカスミを見つめた。
「月夢さん、そっちの2人…うちの生徒じゃないよね?」
カスミを抱きかかえつつ、鋼が優名に問った。
「あ、あのこちらは柊眠稀さんです。で、こちらは…」
優名はしどろもどろに紹介をする。
こういう時の為に一緒に来たのだが、風太の名前がなかなか出てこない。
と、助け舟を出すかのように風太は自己紹介を始めた。
「初めまして、ボク三春風太。ちょっとシーラカンスの噂を聞いたもんだから来ちゃいました♪」
「僕様もその噂聞いた。だから忍び込んだ」
その2人の言葉を聞いた優名が「あぁ…」と自責の念に囚われた。
風太の名前を今度こそ忘れないようにしておこうと思った。
「…カスミ先生もこんな状態だし、今日は歓迎するよ」
どうやら鋼も見逃してくれるようで結果オーライのようだった。
4.
「…カスミ先生起きねぇな」
時計は既に午後11時を指そうとしている。
しかし、一向にカスミが起きる気配はない。
「まいっねぇ。どうする? 夜回りもしないといけないんだよね?」
「そちらだけでも、あたしたちでやりましょうか?」
風太がそう言ったので、優名もそう提言した。
だが、鋼は少し考えて首を横に振った。
「先生をここに置き去りにもできないからな。せめて宿直室まで運ぼう」
そういった鋼に眠稀が少し間をおいて言った。
「…僕様持てない」
「こういうのは男の仕事でしょ。任せて!」
風太が鋼にそう促したので、鋼はカスミの頭の方を持った。
「落とさないように気をつけてくださいね」
優名は2人を見守った。
その時、どこからか水の音が聞こえた気がした。
『今水の音が…』
重なった四つの声に、優名は息を呑んだ。
幻聴…ではなかった。
最初は静かだった廊下が、段々と水の音に溢れ出す。
そして、乾いていたはずの床が瞬く間に水で濡れていく。
「水!?」 だが、それはどこからか流れてくるものではなく、まるで床から湧き出るかのようにじわじわとその水位を上げていく。
腰の辺りまで水位が来て、スカートがふわりと浮き上がったので思わず押さえた。
水着を着てきてよかった。
…などと思っている暇もあればこそ。
水の勢いはとどまることを知らず、やがて水は校舎を丸ごと飲み込んだ。
「…」
思い切り息を溜め込んで、目をぱちぱちさせる。
水の中で優雅におよぐオウム貝や見たこともないような鎧を着たような魚。
綺麗…こんなに間近で魚の群れを見れるなんて…。
そんなことを考えていると段々と息が苦しくなってきた。
止めていた息の限界がそろそろ来たようだ。
トントンと誰かが優名の肩を叩いた。
「普通に息できるよ」
眠稀がごく平然と話しかけてきた。
「…ホントだ」
優名はこれまた普通に息をして喋った。
とても不思議な光景だった。
眠稀はそんな喋れる水の中でふわふわと漂っている。
優名もゆらりと泳いでみると、本当に水の中にいるようだった。
「これ、やっぱりシーラカンスのせいなんでしょうか?」
優名はそう呟いた。
魚に関係する怪奇現象。
これがきっとそれなのだ。
「泳いでる魚の中に古代魚が混じってる。シーラカンスの夢なのかも」
眠稀はそう言うと、何かをポツリと呟いた。
「お腹すいた」と聞こえたような気もしたが、優名は聞こえなかったことにした。
「カスミ先生も連れてシーラカンスの剥製のところに行ってみよう」
「えー。もうちょっと泳いでたいなぁ、ボク」
「泳いで来ればいいだろ」
つっけんどんに風太は鋼に嗜められ、優名たちはいまだ目覚めぬカスミを連れて剥製を目指し泳ぎだした。
5.
シーラカンスの剥製は、ガラスケースに入れられて展示されていた。
いつも人だかりができていたから、優名もその姿を見るのは初めてだった。
しっかりとした鱗にヒレの多さとその巨体が見事だった。
しかも夜に見るといっそうその巨体は恐ろしげに写る。
「これが噂のシーラカンスか、ふむ」
興味深げに眠稀がガラスケースを覗き込む。
「どうせならこんな幻じゃなくてプールのほうが泳ぐのには適しているのにね」
本物の水の方がどんなに幸せだろうか。
そう思うと剥製にされたその姿は哀れにも見えた。
「水に帰したらいいのかなぁ? 水を得た魚ってやつ? あ、いっそ海に連れて行っちゃおうか?」
へへっと笑った風太はお茶目でそう呟いたに違いなかった。
しかし…
『海 ニ カエリタイ…』
誰の声とも違うその声は、悲しげに言った。
「…今のは…シーラカンスの声?」
だが、剥製をどれだけ見つめても動く気配はない。
『我 ヲ コノ 小サキ 箱ヨリ 解放 セヨ』
再び声は告げた。
それは、どう考えてもシーラカンスのものでしかなかった。
「小さき箱…? …ガラスケース?」
コンコンッとガラスケースを叩いた鋼。
しかし、そうちょっとやそっとで割れるようなものではない。
まして、割っていいものでもないと優名は思う。
「どうしようか? これ、割っちゃまずいよね?」
風太も同じことを考えていたようで困り顔で鋼を見た。
「…浮力を使ってみたらどうか? 人間が泳げるのだからあるいは…」
それまで考え込んでいた眠稀はそう言った。
ガラスケースが台座に固定されていなければ可能かもしれない。
「やろう!」
鋼がガラスケースの上方へと向かうと、それを思い切り上へと持ち上げようとした。
しかし、やはり一人では持ち上がらない。
「手伝うよ。こういうときは1人より2人より4人だよ」
優名も意を決して言った。
「そうですよ、不城さん。微力ながら手伝います」
「役に立つかな…?」
それぞれが四面を持ち、一気に上へと引き上げる。
『せーの!』
ふわりとガラスケースが浮き上がった。
瞬間、大きな波とともにシーラカンスの影が校舎の中へと飛び出た。
そして、優名は信じられない光景を見た。
一瞬にして広がったのは広大な海。
そして、その海の中へとシーラカンスは消えていった。
『コノ 恩ハ 返ソウ 陸ニ 上ガッタ 者達ヨ』
6.
「本当なんです! これ全部あのシーラカンスが!!」
翌日、神聖都学園の廊下は魚に埋め尽くされていた。
しかしカスミが主張するシーラカンスは、ガラスケースに鎮座したまま黙して語らない。
「カスミ先生…少しお休みになったほうが…」
「うぅ…そうかもしれません…」
カスミが背中を丸めているころ、優名は廊下に散らばった魚たちを集めていた。
今頃、あの海でシーラカンスは泳いでいるだろうか?
時を駆けて生きてきた魚は、幸せだろうか…?
(きっと、幸せよね…。故郷に戻れたんだもの)
「それにしてもこの魚、きっと恩返しよね…美味しくいただいちゃお」
3枚おろしでお刺身にしてもいいし、たたきにしても美味しそうだ。
少しウキウキとした気分で優名は魚たちをバケツに入れていくのだった…。
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■□ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2803 / 月夢・優名 / 女性 / 17歳 / 神聖都学園高等部2年生
2239 / 不城・鋼 / 男性 / 17歳 / 元総番(現在普通の高校生)
2164 / 三春・風太 / 男性 / 17歳 / 高校生
8445 / 柊・眠稀 / 女性 / 15歳 / 高校生
■□ ライター通信 □■
月夢優名様
こんにちは。三咲都李です。
この度は『古代魚の見る夢は…』へのご参加ありがとうございます。
水着着てくるとはなかなか用意がいいですね。感服しました。
柊眠稀様とは以前他のライター様のシナリオでご一緒されているようでしたので、顔見知り設定にさせていただきました。
幻とはいえ、少しでも古代のロマンを楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。
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