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<東京怪談ノベル(シングル)>


雪のヒミツ日記

2月.バンレンタインデー

「あ、これ可愛くない?」
 2月のとある平日のことでした。
 わらわ、ウオースパイト・白夜雪(びゃくやゆき)はデパートのチョコ売り場に佇んでおりました。
「しっかし、雪は相変わらずよねぇ。何で男子誘うかな?」
「おかしいです? 英国式では男女が交互に贈りあうのだけど…」
 17歳の少女。
 しかし、その中身は前世紀初頭に建造された戦艦の付喪神であるわらわ。
 頭の中は日本よりも英国で占領されています。
「おかしいよ。雪に誘われた男子の顔見たぁ? 超ウケるし〜」
 わらわをチョコ売り場へと誘ったクラスメイトはキャハハと笑いました。
 そして、ひとしきり笑うとショーケースの中を真剣な眼差しで覗き込むのです。
 色とりどりのハートのディスプレイと大量のチョコを飾ったショーケース、そして女性に埋め尽くされた『でぱあと』。
 ここは間近に迫るバレンタインデーのための『特設売り場』というものらしいです。
 入り口にそう書いてありました。
 英国式とはちょっと違う、日本のバレンタインデー。
 その正体を、わらわはまだ知らなかったのです…。

「雪は誰に上げるの?」
 なんとなくショーケースを眺めていたわらわに、クラスメイトが訊きました。
「えぇと。お小遣いをお母さまから5千円頂いたので、クラスメイトの皆さんと家族と…」
 あっ、と帰りがけのことを思い出した。
「このお手紙を下さった方にあげようかと」
 通学カバンの中から出した可愛らしい封筒。
 女の子の文字で『白夜雪さまぇ』と書いてあります。
「…なにこれ?」
「お手紙です。見ず知らずの方からでも貰うと嬉しいですね♪」
 クラスメイトがバッと手紙を奪い取り、わらわがキョトンとしている間に黙々と読んでいきます。

「…これ、1年生からのラブレターじゃない!」

「マジウケる〜! やるジャン、雪!」 
「…!?…」
 わらわ、ようやく事態を把握しました。

  女王陛下!
  わらわ、女性に告白されてしまったようです〜…

 頭がクラクラ、目の前真っ白の中、クラスメイトは囁きます。
「で、ホントにあげるの? その子に? チョコを」
「…困りました…」
 ニィとクラスメイトが笑いました。
「ホントに困るのはバレンタインデーだと思うよぉ? ここ読んでみな」
 ピラリとわらわの前に差し出されたラブレター。
 そこには…

『2月14日、放課後中庭で待ってます』

 本当に…頭の中まで真っ白になってしまいました…。
「…どうしたらよいのでしょう〜…」
 そうクラスメイトに泣きついてみたものの…
「雪次第よねぇ。ね?」
「そうね。後輩は大切にしないとねぇ?」
 
 結局、2月14日にとても素敵なチョコを頂きました。
 とても大きなハート型で大きく『雪先輩LOVE』と書いてありました。
 わらわ、嬉しいやら困ったやらです。
 しかし、駄目押しのようにクラスメイトは耳打ちしたのです。
「ホワイトデーはどうするの?」

 …『ほわいとでー』ってなんですかぁあああぁあ!?


3月・雛祭り

 『ほわいとでー』に困りつつ、わらわの家ではお母さまがお人形を出すこととなりました。
 『ひな人形』というのだそうです。
 女の子のお祭りという日本独特の風習・桃の節句。
 わらわ、なんというかドキドキします。
 『十二単』というなんとも煌びやかな衣装をまとったお人形達はとても素敵です。
「桃の節句のパーティーもしましょうね」
 お母さまがそういってくださったので、わらわ、一生懸命飾りました。
 日本の文化はとても新鮮です。
 パーティーには碇麗香編集長もお呼びしました。
 いつもお世話になっているので、是非とお母さまもおっしゃいました。
 麗香様も喜んでくださって、わらわ感激です。
 クラスメイトも招待して、とても賑やかになる予定です。

「こんにちは〜。あ、これお土産です」
 パーティーの日、少し遅れてきた麗香様。
 すらりとしたお姿はいつもの厳しさが抜けて一段と綺麗に見えました。
「甘酒頂いちゃった。…飲んでみる?」
 お母さまがそう言ったので、よくわかりませんでしたが頷きました。
「お母さん、話がわかる〜!」
 クラスメイト達がわいわいと嬉しそうです。
 でも、何で喜んでるですか?

 …わかりました。
 これ、アルコールです。
「んふふ。ちょっとキツイの持ってきちゃったみたい♪」
 麗香様が頬を赤く染めて、ニコニコとおっしゃりました。
 わらわもなんだか気分がとってもふわふわしてて、気持ちいいのです。
 あぁ、進水式で味わったワインの味を思い出します…。
「わらわ女王陛下の為に、まだまだ頑張りますよー!」
 思わずあのときの気分を思い出し、そう言ってハッとしました。
 麗香様やクラスメイトの皆がわらわを見ていました。
「雪そーいうの好きなんだ?」
「ち、違いますです! わらわは大英帝国の…」
「そーかそーか、雪は大英帝国の生まれ変わりなのら!」
 顔を真っ赤に酔っ払ったクラスメイトやら麗香様が口々にわらわをからかいます。
「大英帝国には大英帝国にふさわしい格好がある! そうは思わない? 諸君」
 麗香様が突然そう叫んで、クラスメイトがウンウンと頷きました。
 …勘違いです。
 麗香様、壮絶に勘違いです!
「者どもかかれぇ!」
 麗香様の号令の下、アルコールで動けないわらわにクラスメイト達がよってたかって…。
 あぁ、これ以上は…これ以上は言えないです!

「…まぁ! 雪! どうしたっていうの!?」
 お母さまが追加の料理を持ってきたとき、わらわは恥ずかしくなりました。
 編みタイツに黒い水着のような服、まあるい尻尾がついた服。(この衣装を『バニーガール』というのだと、後で知りました)
 顔は自分ではよく見えなかったのですが、どうやら『魔法少女』という者の仮面をさせられ、頭に白くて長いフワフワのうさぎの耳を付けられたです。
「…やりすぎました。私が止めるべきでしたのに…」
 麗香様がお母さまに謝っています。
「いくら甘酒だからって飲みすぎたらダメですよ? 碇さんもいい大人なんだから」
 お母さまに怒られて、わらわ涙が出ました。
 …でも、ホントは楽しかったのです。
 こんなに騒いだのは、こちらへ来て初めてな気がしますです。

 パーティも三々五々に解散となり、クラスメイトは帰っていきました。
「…ごめんね。お母さん怒らせちゃって」
 麗香様が帰りがけに、わらわにそう呟きました。
「いえ、とても楽しかったです。また機会があれば一緒してくれますか?」
 ふふっと笑った麗香様はまだ少し頬が赤く。
 月明かりに照らされたそのお姿はなんだか女王陛下の面影を思い起こさせました。
「あぁ、そうそう」
 麗香様が突然何かを思い出されました。
 悪魔の様に微笑みました。
 そうして、わらわの酔いはすっかりなくなったのです。

「ホワイトデー、どうするの?」

 …ほわいとでーまで、あと11日…。