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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


古代魚の見る夢は…

1.
「これが我が校の卒業生から贈られた『シーラカンス』の剥製だ」

「はぁ…」と曖昧に返事をしたのは神聖都学園教師・響カスミ(ひびき・かすみ)である。
 正直どうでもよかったし、むしろ気持ち悪ささえ感じられるその魚の剥製から一刻も早く離れたい気分だった。
「こんな素晴らしいものを贈って貰えるなんて我が校はよい卒業生を輩出したものだ。はっはっは」
 校長はそういうと誇らしげに胸を張った。

 −それから、事は始まった。

 学園で怪奇現象が頻発するようになった。
 それも魚関係である。
 朝登校すると上靴が水浸しになっていたり、魚の泳ぐ影を廊下で見たり。
 ピチピチと跳ねる魚の音が聞こえたり。

「またなの!? あーーーもう! 今夜夜回りなのに…誰か助けて!!」

 響カスミの心の叫びは誰かに届くのだろうか?


2.
 響カスミの願いは叶った。
 午後9時。日が落ちて真っ暗になった校舎に明かりがひとつ。
「はあ、まったくしょうがねぇな…」
 と悪態をつきながらも当直室に現れたのは不城鋼(ふじょう・はがね)だった。
「夜回り付き合うから、元気出してよ」
 がっくりと落ち込むカスミに鋼はコーヒーを渡した。
「生徒に頼っちゃうなんて、私教師失格よね…。でも、怖いの嫌なのよ、ホントに!」
「わかってますって」
 ポンポンッとカスミをなだめ、鋼は自分のコーヒーを一口飲んだ。
「怪奇現象っていつから起こるのかな。噂だと完全に夜中って話だけど…」
「…そうね。宿直の先生が数名と、あと朝練の子たちが見たみたいよ。私もよく知らないんだけど…」
 怖くて聴きたくなかったの…とカスミはぼそりと付け加えた。
「夜回りは午後10時、午前3時の2回か。どっちも遭遇できそうな確率だな」
「…あんまり遭いたくないわ」
「遭わないに越したことはないけど、心の準備が出来るならその方がいいじゃないですか」
 鋼がにこりと笑うと、カスミははぁとため息をついた。
「不城君見てると、私の方が子供みたいね。もうちょっと不城君みたいな落ち着きを持たないとダメね、私」
「…いやいや、先生がそういう人だから反面教師になっていいんですよ」
 にこやかに鋼がそう言うと、カスミはぶうっとふくれっ面をした。

「…やっぱり子ども扱いしてるわ」
 そんなカスミの顔は本当に子供っぽくて可愛らしかった。


3.
 午後10時。
 ゴールデン番組も一通り終わり、カスミはため息と共に重い腰を上げた。
「ちゃんと俺もついて行きますから」
 大丈夫、大丈夫と笑って懐中電灯を用意し、カスミの前に立って歩き出した。
「いつ見ても夜の校舎って不気味だわ…」
 大きめな鋼の学ランの袖をしっかりちゃっかりと掴み、カスミは鋼の後ろを恐る恐る歩く。
 教室の扉や窓の異常がないかをカスミの代わりに確認しながら校舎を回る。
 いつも見慣れている風景も、昼間とは全然違って見える。

 …と、不意に遠くから何かの気配がこちらに向かってくるのを鋼は感じ取った。

「な、なに!?」
 カスミを後ろ手にかばいつつ、鋼は廊下の奥に向かって聞き耳を立て、懐中電灯の明かりを向けた。
 かすかに見えてくるのは…人の足…?
 そして、人の話し声。
「お、おば…おばけ…」
 カスミがぱたりと気絶し、倒れた。
「ちょ、カスミ先生!?」
 鋼は慌ててカスミを揺り動かすが、白い顔して倒れたカスミはそうそう簡単には起きない。

「なになに!? どうしたの??」
 パタパタと走りよってきた気配は、明らかに人間のものだった。
「お前らにビビってカスミ先生が倒れたんだよ」
 ホッとしたのと同時に気が抜けて鋼はぶっきらぼうにそう言った。
「す、すいません…」
 見覚えのある顔、月夢優名(つきゆめ・ゆうな)が申し訳なさそうにか細い声でそう言った。
「あちゃー。それはごめんなさい」
 そばかす顔の柔和な顔した少年が頭を深々と下げた。
「聞いていたよりもさらに臆病なのね…」
 セーラー服の少女はそういうと、ごめんと無表情に呟いた。
「月夢さん、そっちの2人…うちの生徒じゃないよね?」
 カスミを抱きかかえつつ、鋼は優名に問った。
 神聖都学園の生徒の顔なら見覚えがあるはずだったが、この2人には覚えがなかった。
「あ、あのこちらは柊眠稀(ひいらぎ・みんき)さんです。で、こちらは…」
 優名がしどろもどろに紹介をするが、なかなか少年の名前が出てこない。
 と、少年は自己紹介を始めた。
「初めまして、ボク三春風太(みはる・ふうた)。ちょっとシーラカンスの噂を聞いたもんだから来ちゃいました♪」
「僕様もその噂聞いた。だから忍び込んだ」
 その2人の言葉を聞いた優名が「あぁ…」と頭を抱えている。
 どうやら二人を庇うつもりでいたようだ。
「…カスミ先生もこんな状態だし、今日は歓迎するよ」
 鋼はため息とともにカスミと彼らを見比べ、そう結論を出した。


4.
「…カスミ先生起きねぇな」
 時計は既に午後11時を指そうとしている。
 しかし、一向にカスミが起きる気配はない。
「まいっねぇ。どうする? 夜回りもしないといけないんだよね?」
「そちらだけでも、あたしたちでやりましょうか?」
 優名と風太がそう言ったので、鋼は少し考えて「いや」と答えた。
「先生をここに置き去りにもできないからな。せめて宿直室まで運ぼう」
 そういった鋼に眠稀が少し間をおいて言った。
「…僕様持てない」
「こういうのは男の仕事でしょ。任せて!」
 風太が鋼にそう促したので、鋼はカスミの頭のほうを持つことにした。
「落とさないように気をつけてくださいね」
 ハラハラした気持ちが伝わってくるかのように優名は2人を見守っている。

 その時、どこからか水の音が聞こえた気がした。

『今水の音が…』
 重なった四つの声に、鋼は耳をそばだてた。
 幻聴では済まされない。
 最初は静かだった廊下が、段々と水の音に溢れ出す。
 そして、乾いていたはずの床が瞬く間に水で濡れていく。
「水!? どこから!?」
 だが、それはどこからか流れてくるものではなく、まるで床から湧き出るかのようにじわじわとその水位を上げていく。
 腰の辺りまで水位が来て、鋼は慌ててカスミを肩に担いだ。
 このままではカスミが溺れると思ったのだ。
 だが、そんな鋼の思いとはよそに水の勢いはとどまることを知らず、やがて水は鋼たちを飲み込んだ。
「…!?」
 思い切り息を吸ってそれに対応した鋼だが、いくらも息が続くわけではない。
(水神の護符、こういうときに効果が出るんじゃないのか!?)
 助けてくれそうで助けてくれない護符に少々苛立つ。
 そんな中、優雅に水の中を泳ぐ巨大魚の群れや化石で有名な三葉虫のような生き物が目の前を横切っていく。

  これが、噂の怪異現象というわけか…。

 そんな風景に見とれていると、風太がこちらを見て変顔を作っていた。
「ぶふぅっ!?」
 思いも寄らぬ変顔に鋼は思わず空気を全部吐き出してしまった。
「何考えてるんだ!」
 と思わず怒りをぶつけた鋼はハッとした。
「うん。この水、幻みたいだね。普通に息はできるよ。でも何故か泳げちゃう不思議〜」
 そう言うと風太はふわーっと空中遊泳をするように水の中を泳ぎだした。
 よくよく見れば既に優名と眠稀もふわふわと泳ぎ回っている。
 これが水神の護符の効果なのか、それとも怪奇現象の一部なのかは鋼にもわからなかった。
「これ、やっぱりシーラカンスのせいなんでしょうか?」
 優名が困惑したようにそう呟いた。
「泳いでる魚の中に古代魚が混じってる。シーラカンスの夢なのかも」
 眠稀はそう言うと、何かをポツリと呟いた。
 だがその呟きは鋼には聞こえなかった。
「カスミ先生も連れてシーラカンスの剥製のところに行ってみよう」
「えー。もうちょっと泳いでたいなぁ、ボク」
「泳いで来ればいいだろ」
 つっけんどんに風太を嗜めて、鋼たちはいまだ目覚めぬカスミを連れて剥製を目指し泳ぎだした。


5.
 シーラカンスの剥製は、ガラスケースに入れられて展示されていた。
 鋼もまじまじと見るのは初めてだった。
 しっかりとした鱗にヒレの多さとその巨体が見事だった。
 しかも夜に見るといっそうその巨体は恐ろしげに写る。
 だが、不思議と邪悪さは感じないのだ。
 怪奇現象がシーラカンスの仕業だとしても、悪いものではないのだろうと鋼の勘はそう示した。
「これが噂のシーラカンスか、ふむ」
 興味深げに眠稀がガラスケースを覗き込む。
「どうせならこんな幻じゃなくてプールのほうが泳ぐのには適しているのにね」
 切なげな表情で優名は口にした。
「水に帰したらいいのかなぁ? 水を得た魚ってやつ? あ、いっそ海に連れて行っちゃおうか?」
 へへっと笑った風太はお茶目でそう呟いたに違いなかった。
 しかし…

『海 ニ カエリタイ…』

 誰の声とも違うその声は、悲しげに言った。
 とても悪さをしそうな声には聞こえない。
「…今のは…シーラカンスの声?」
 だが、剥製をどれだけ見つめても動く気配はない。
『我 ヲ コノ 小サキ 箱ヨリ 解放 セヨ』
 再び声は告げた。
 それは、どう考えてもシーラカンスのものでしかなかった。
「小さき箱…? …ガラスケース?」
 コンコンッとガラスケースを叩く鋼。
 しかし、そうちょっとやそっとで割れるようなものではない。
 まして、割っていいものでもない。
「どうしようか? これ、割っちゃまずいよね?」
 風太も同じことを考えていたようで困り顔で鋼を見た。
「…浮力を使ってみたらどうか? 人間が泳げるのだからあるいは…」
 それまで考え込んでいた眠稀はそう言った。
 ガラスケースが台座に固定されていなければ可能かもしれない。
「やろう!」
 鋼はガラスケースの上方へと向かうと、それを思い切り上へと持ち上げようとした。
 しかし、やはり一人では無理がある。
「手伝うよ。こういうときは1人より2人より4人だよ」
「そうですよ、不城さん。微力ながら手伝います」
「役に立つかな…?」
 それぞれが四面を持ち、一気に上へと引き上げる。
『せーの!』
 ふわりとガラスケースが浮き上がった。
 瞬間、大きな波とともにシーラカンスの影が校舎の中へと飛び出た。
 そして、鋼は目を疑った。

 一瞬にして広がったのは広大な海。
 そして、その海の中へとシーラカンスは消えていった。
『コノ 恩ハ 返ソウ 陸ニ 上ガッタ 者達ヨ』


6.
「本当なんです! これ全部あのシーラカンスが!!」
 翌日、神聖都学園の廊下は魚に埋め尽くされていた。

 しかしカスミが主張するシーラカンスは、ガラスケースに鎮座したまま黙して語らない。

「カスミ先生…少しお休みになったほうが…」
「うぅ…そうかもしれません…」
 うな垂れたカスミの姿を遠目に見ながら、鋼は廊下から窓の外を見ていた。
 確かにあの時、鋼は海を見た。
 そして、シーラカンスがガラスケースから飛び出す姿も。
 でも、シーラカンスの剥製はそこにある。
 …シーラカンスは、今あの海を泳いでいるのだろうか?
 それともあれもシーラカンスの夢だったんだろうか?
 それなら足元でビチビチとしている魚たちはシーラカンスの恩返しなのかもしれない。

 そんなことを考えていたら、授業の鐘が鳴った。
「この魚、生徒全員に強制配布だってさ」
 魚の片づけをしていた生徒の誰かが言った。

 今日の夕食はこの魚は持って帰って煮付けにでもしよう…。


−−−−−−

■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2803 / 月夢・優名 / 女性 / 17歳 / 神聖都学園高等部2年生

2239 / 不城・鋼 / 男性 / 17歳 / 元総番(現在普通の高校生)

2164 / 三春・風太 / 男性 / 17歳 / 高校生

8445 / 柊・眠稀 / 女性 / 15歳 / 高校生


■□     ライター通信      □■
 不城鋼 様

 こんにちは。三咲都李と申します。
 この度は「古代魚の見る夢は…」へご参加いただきましてありがとうございます。
 カスミ先生を守るナイト役、素敵ですね。
 そして、リーダーシップも発揮できる魅力的な方です。
 さすがは元総番…あわわ、コレは禁句ですかね。w
 古代の海の幻を少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
 それでは、またお会いできることを楽しみにしております。