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雨、薄暗い路地で
●オープニング【0】
「ああいうのを……神隠しって言うんでしょうか?」
2月のある日、草間興信所を訪れた神聖都学園の制服に身を包んだ少女が、その困惑した表情を目の前に座る草間武彦へまっすぐに向けていた。
少女――松戸光が語ったのは次のような内容であった。
3日前の夕方、その日は午後の4時半を過ぎた頃から突然激しい雨に見舞われた。光は同級生2人とともに家路を急いでいたのだが、何しろ急な雨のこと、折り畳み傘を鞄に入れていた光はよかったものの、同級生2人は冷たい雨の餌食となってしまった。
そんな3人の帰り道の途中に、家と家のブロック塀に挟まれて、人が1人通れるほどの薄暗い路地があるという。建物などの位置関係で、光が差し込みにくくなっているので昼間でも薄暗いのだそうだ。
そんな路地なので、普段は通る者も少ない。だがしかし、実はその路地を通るとショートカットが出来て近道でもあったことから、その日は傘持たぬ2人の少女が大急ぎで路地へと飛び込んでいった。
それに少し遅れて路地の前へとやってきた光だったが、その時にはすでに2人の姿は見当たらなかったのだという。妙だなと思いつつも、傘を差したままではその路地を通れそうになかったので、光は路地の出口へ急いで行ってみた。だがしかし、10分待っても2人はそこへ現れなかったのであった……。
「携帯にも連絡したんですけれど、全然繋がらなくって……」
そう言ってうつむく光。結局、今日までまだその2人は見付かっていないという。
「その……2人が路地へと入った正確な時間は分かるかな?」
「……ええと、確か4時の……40分は過ぎてたと思います……でもそれ以上は……」
草間の質問に力なく頭を振り答える光。
「あの……どうかお願いします。オカルトなことなら、探偵さんがいいって聞いてきたんです……!」
深々と頭を下げる光。草間は苦笑しつつも、その依頼を引き受けたのであった。
さて、2人の少女は何処へ――?
●そこに歪みはなく【1B】
依頼者の松戸光が草間興信所を訪れてから2日後、すなわち2人の少女が忽然と姿を消してからすでに5日が経ったことになる。
「神隠し、とはよく言うが」
草間武彦が先頭を歩きながら、後に続く皆にも聞こえるような声でつぶやいた。
「……実際に隠すような輩は、神じゃないことも少なくないよな」
などと言う草間の顔には笑みはない。時刻は16時を過ぎた頃――空はどんよりと曇っており、いつ雨が降り出してきてもおかしくはなかった。
「さて……“どなた”に“どこ”に“何用”で呼ばれたのでしょうね。雨と雷の回廊を渡り――」
そう言ったのは、何故か全身をシーツのような物で覆った漆黒のごとき黒髪の少女、海原みそのである。
「雷は聞いてないがなー。まあ……相手が何者であれ、俺たちは2人を見付けて連れて帰るだけだ。と……」
草間はそう返すと一瞬足を止め、ちらとみそのの方を見てこう付け加えた。
「……ああ、ちゃんと覆ってるな」
「未だにこれで覆うよう言われた理由が分からないのですが……?」
草間の言葉に対し、みそのが少し首を傾げて不思議そうに言った。というのも、今みそのの全身を覆っているシーツ、その中身がどこのゲームに出てくるんですかと問いたくなるような黒のビキニアーマーな訳で……。
「とりあえず、移動中はそのままで頼む……」
小さくため息を吐き、再び歩き出す草間。その背中に向かって、メイド服姿の金髪女性――エリヴィア・クリュチコワが声をかける。
「事前に周囲で聞き込みを行いましたけれど、問題の日時前後に見かけたという目撃者は現れませんでした」
依頼者の光が提供してくれた件の少女たちの写真を借り、エリヴィアは昨日聞き込みを行っていた。仕えている主が留守中のため、そうする時間の都合がつけやすかったのである。しかし返ってくる答えはいずれも、2人は見なかったし怪しい人影も見てない、というものであった。
「そうなると誘拐という線はほとんどないな。じゃ、やっぱりあれか……」
「複数の条件が偶然にも揃ってしまったがゆえに発生した事象、ということになりますか」
草間の言葉に続けて静かにつぶやいたのは、白みがかった黒髪で眼鏡をかけた青年――白梅東薫である。
「光さんに昨日確認したんですが、消えた2人に変わったことはなかったそうですし、条件となったのはそれ以外の――」
「傘の有無、時間、人数、天候。……他、何かあるかしら」
東薫の言葉に割り込み、赤髪の女性ミネルバ・キャリントンが言う。
「都市伝説には、4時44分44秒に何かが起こる……というのがよく出てきますが。ただ16時と考えるなら話は違ってきますけれど、逢魔が時に近い時刻であるのは確かですし……うーん」
自分で言いながら思案顔になる東薫。似たような都市伝説なり何なりないか調べてみた所、あるといえばあるのだが当然そのまま今回のケースに当てはまるとは言えず。
「ともあれ、ある時刻にある行為を行ったがために異世界へ連れ込まれる、という話は少なくなかったですね。合わせ鏡をして、鏡の中に取り込まれるだとか」
「……ま、現場に鏡はないよなー」
「「ありません」」
溜息混じりの草間のつぶやきを聞いて、エリヴィアと東薫の言葉がはもった。そう断言した所からして、この2人は事前に現場を見てきたのだろう。
「合わせて言っておきますが、わたくしが確認した際には異常はありませんでした」
「同じく、当時何かがあったのかは……残念ながら『見えなかった』」
エリヴィアと東薫は口々にそう付け加える。エリヴィアは昨日訪れた際に路地にて霊視を行い、空間に歪みがないのか確認してきていたのだ。結果、空間の歪みや霊的な物をその時感じることはなかったのである。
「継続型の異常じゃないって分かっただけでも大きいさ」
「でも、それじゃあ……異常がまた起こらないと、2人を見付けられないってこと?」
と草間に尋ねたのは、あれこれ詰め込んでいる様子のスポーツバッグを肩から下げているポニーテールの少女――平城美弥子だ。
「そういうことになる、か。て、その鞄の中、何入れてきたんだ?」
「えっ? ええと、スポーツドリンクとチョコレート、それとタオルと……」
草間の質問に、美弥子は指折り数え答える。
「だってもう、行方不明になってから5日も経ってるんだよ? 食事とか色々、心配で……」
「そうね……普通の女の子2人だもの、心配だわ。酷い目に遭ってなければいいのだけど」
ミネルバが美弥子の言葉に大きく頷いて言った。確かに5日という時間は大きい。それだけ時間があれば何だって出来るのだから。
(“こちら”と“あちら”の時の流れが等しいとも限りませんし……ね)
そんな2人の会話を聞きながら、みそのが心の中で思う。浦島太郎みたく、異世界でたった数日過ごしている間に、元の世界では何10年も過ぎ去っているかもしれないのだから。
そうこうしているうちに一行は現場の近くにやってきた。件の路地のある前では、一足先にやってきていた光の姿があった――。
●救出!!【2A】
さて、光と合流してから少し話しているうちにパラパラと雨が降り始め、時刻も午後4時41分となっていた。
「え、かけるんですか?」
「はい。『けいたいでんわ』を、ぜひ」
戸惑った様子の光に重ねて頼むみその。全身を覆っていたシーツはここに着くと同時に取り外し、黒ビキニアーマーの状態で対峙しているのだから、光が戸惑うのもそりゃ当然である。が、もちろん原因はそればかりでなく、件の2人が姿を消してから幾度となく携帯電話を鳴らしていたからこその光の反応だった。
「それは構わないんですけど……今まで全然繋がらなくって……」
などと言いながらも、言われた通りに件の少女たちの1人に電話をかける光。しかし、聞こえてくるのはむなしく鳴り続けるコール音のみ。溜息を吐いて電話を切ろうとして、光はちらっとみそのを見た。
「……そのままでお願いいたします」
「えっ」
「『でんぱ』は届かぬとも、お二方への『想い』の“流れ”は繋がっている……かと」
「…………」
みそのの言葉に光は小さくこく……っと頷くと、そのまま携帯電話を鳴らし続ける。コール音だけがその場に聞こえる中、時間だけは刻々と過ぎてゆき――迎えるは午後4時44分。
コール音が不意に途切れ、光の携帯電話からは少女の切羽詰まったような声が聞こえてきた。
「光!? 光なのっ!? 助けてっ!! どこに居るのっ!! 助けてよーっ!!!」
その後ろからはもう1人の少女らしき泣き声も聞こえてくる。だが件の路地には誰の姿も見当たらない。
「居ないぞっ!?」
「いいえ……“流れ”は確認いたしました!」
草間には何も見えなかったが、みそのは“流れ”とやらが見えたらしい。
「同じく空間の歪みを確認しました!!」
みそのの言葉を追認するかのようにエリヴィアも言う。すなわち今この瞬間、件の路地の中は異世界と繋がったのであると思われる。
「歪みの中心は、路地の……中程かと」
慎重に判断するエリヴィアの言葉にみそのも頷く。けれども少女たちの姿はまだ見えない。
「……不味い。猶予はありませんよ」
東薫が草間のそばに寄り伝える。条件が揃った途端に異世界と繋がったのなら、その条件が1つでも外れた瞬間にその繋がりは断たれてしまう。そして、時間は否応なく過ぎてゆく訳で……。
「私……連れてきます!!」
美弥子はそう言うが否や、路地の中へと駆け込んでいった。しかし、美弥子の姿は路地を少し入った所でかき消されるように見えなくなってしまう。
「助けて!! 光どこっ!? どこなのーーーっ!!! 何かがずっと追いかけてくるのよーーーーーっ!!!!!」
携帯電話からは、まだ少女の助けを求める声が聞こえている。草間は光から携帯電話を引ったくるかのごとく奪うと、電話の向こうの少女たちに大きな声で言った。
「おい、聞こえるか! 今そっちにポニーテールの娘が行った! そいつを見付けたら、後に続いて死ぬ気でまっすぐ走れ!! いいな!!!」
「えっ…………ああーっ!!! 居たっ!! 居たぁぁぁぁぁぁっ!!!」
一瞬の戸惑いの声のすぐ後、少女の声は喜びの物に変わった。どうやらすぐに美弥子の姿を見付けることが出来たようだ。
「よーし、走れ!!!!!」
草間は最後にそう言うと、携帯電話を光へと返した。と、その時である……みそのが表情を僅かに歪ませてつぶやいたのは。
「これは……!」
「何だ、どうした?」
「……嫌な“流れ”がこちらに向かっています。恐らくは、お二方を追いかけている存在かと」
草間に問われ、みそのが表情を固くしたまま答える。
「それ……どこに居るか分かるかしら?」
ミネルバが路地の方へ歩み出しながらみそのに尋ねる。
「ええ。それはもちろん、“流れ”を辿れば」
「じゃあ……正確に位置を教えてもらえる?」
みそのの答えを聞き、ミネルバはまさかの時のために持参していた和式グルカナイフを取り出しつつ言った。
(このナイフを振るうような状況になっちゃったわね……)
路地の前で、ナイフを構えたまま待つミネルバ。時刻は午後4時44分、すでに50秒となっていた。
「連れてきましたーーーっ!!!」
次の瞬間、路地から美弥子が飛び出してきた。次いで少女2人の姿もそこにあった。3人は路地から出てきてその場に倒れ込む。
「少し右へ……一歩前へ……そこです!!」
そして、みそのが指示を出し――ミネルバが何もない前方の空間に向かって大きく踏み込みながらナイフを強く突き出した。
直後、一同は空気が震えるような感覚に襲われた。例えるなら、それは断末魔の悲鳴のような物だったのかもしれない……2人の少女を追いかけていた『何か』の。
時刻は午後4時45分になった。
「歪みが……消えました」
エリヴィアが静かにつぶやいた。
●蛇足ながら【3】
かくして消えた2人の少女は無事に異世界より助け出された。時間の進み方が異世界の方がゆっくりだったのか、肉体的な疲労はそれほど見られず、しばらく学校を休んで安静にすれば精神的にも落ち着くであろうということである。
草間興信所としても、助け出した2人の親から礼金を貰ったりしたので当初の予想よりは儲かっていたりする。
だがしかし、最後少女たちを追いかけてきた『何か』についてはよく分からないままであった……。
【雨、薄暗い路地で 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 1388 / 海原・みその(うなばら・みその)
/ 女 / 13 / 深淵の巫女 】
【 6495 / 白梅・東薫(しらうめ・とうくん)
/ 男 / 26 / 大学院生 】
【 7658 / エリヴィア・クリュチコワ(えりう゛ぃあ・くりゅちこわ)
/ 女 / 27 / メイド 】
【 7844 / ミネルバ・キャリントン(みねるば・きゃりんとん)
/ 女 / 27 / 作家/風俗嬢 】
【 8167 / 平城・美弥子(ひらき・みやこ)
/ 女 / 17 / 女子高生 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全6場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここにひょんな拍子に異世界と繋がってしまった事件のお話をお届けいたします。
・高原の近所に自転車1台が通れるくらいの幅のとある路地があるのですが、奥を見ると建物が見えて行き止まりのように見えるのですね。なので自然と、ここは使われてない道なんだな……などと思っていたのですが、ある夜にそこを通ると、路地の中から1台の自転車が飛び出してきて物凄く驚きました。そんな経験から、今回のこの話を思い付いた訳です。ほんと、あの時は異世界から現れたかと思いました。
・エリヴィア・クリュチコワさん、4度目のご参加ありがとうございます。今回の場合、やっぱり霊視が大きいかなあ……と。まあ、条件が揃った時にしか発生しない歪みではありましたが。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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