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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


古代魚の見る夢は…

1.
「これが我が校の卒業生から贈られた『シーラカンス』の剥製だ」

「はぁ…」と曖昧に返事をしたのは神聖都学園教師・響カスミ(ひびき・かすみ)である。
 正直どうでもよかったし、むしろ気持ち悪ささえ感じられるその魚の剥製から一刻も早く離れたい気分だった。
「こんな素晴らしいものを贈って貰えるなんて我が校はよい卒業生を輩出したものだ。はっはっは」
 校長はそういうと誇らしげに胸を張った。

 −それから、事は始まった。

 学園で怪奇現象が頻発するようになった。
 それも魚関係である。
 朝登校すると上靴が水浸しになっていたり、魚の泳ぐ影を廊下で見たり。
 ピチピチと跳ねる魚の音が聞こえたり。

「またなの!? あーーーもう! 今夜夜回りなのに…誰か助けて!!」

 響カスミの心の叫びは誰かに届くのだろうか?


2.
 響カスミの願いは風に乗った。
 午後10時頃。
『怖がりの夜回り先生が動き回るシーラカンスに怯えている』
 そんな情報を聞きつけた柊眠稀(ひいらぎ・みんき)は神聖都学園の校舎の外をうろうろとしていた。
 動き回るシーラカンス…それが魅力的なキーワードだった。
「どこから入ろうか…」
 前に一度神聖都学園には入ったことがあったが、その時はお腹が空いていたこともありどうやって入ったのか記憶にない。
 と、突然後ろに気配が感じられ、眠稀は声をかけられた。
「…ここの生徒さん?」
 見ると、私服姿に金髪のそばかす少年が柔和な笑顔で立っていた。
「違う。僕様、ここでシーラカンスが動くというので来てみただけ…入る方法がないけど…」
 眠稀はため息をついた。
 神聖都学園の人間だったら何かしらの侵入手段が得られたかもしれないのに…。
 少年は少し考えて、「一緒に行こうか」と誘ってきた。
「あ、ボク三春風太(みはる・ふうた)。怪しいものじゃないからね」
 夜の学校に忍び込もうとしている人間が怪しくないといっても信憑性は低い。
 …だが、忍び込もうとしているのは眠稀も一緒なので黙っておいた。
「僕様、柊眠稀(ひいらぎ・みんき)」
「よろしく、おねーさん」
 風太はにこっと笑うと、窓に手をかけた。
(なぜ僕様の名前をおねーさんと呼ぶ?)
 そんな疑問が頭の中をよぎったが、今は開いた窓から中へ入るのが先だった。
「あー…懐中電灯忘れたなぁ。ま、いっか」
「僕様、夜目利くから平気」
 …会話が続かない。
 静かに2人で校舎を徘徊する。
 といっても、眠稀は校舎内をなんとなく知っていそうな風太の後をついて行っているだけだが。
 それに風太は何か目的があって歩き回っているように見えた。
 そんなことを考えていると、ふと前方に動く影を見つけた。
 セーラー服を着ているのが見てとれた。
 どうやら生徒のようだ。
 驚かせないように歩いて近づき声をかけた。
「もしもし? なにしてるの?」

「ひゃあ!」

 驚きの声とともに尻餅をついたセーラー服の少女が振り返った。
(見覚えのある顔…誰だったかな…月夢…という名だった気がするけど…)
「ごめんごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど…」
 風太がぽりぽりと頭をかいた。
「ボク、ここの生徒じゃないんだけど、ちょっと神聖都学園に気になる噂があるんで来てみたんだよね」
 風太はそこで言葉を切って声を低くした。
「知ってるかな? なんかシーラカンスが動くとかって噂が…」
 少女が「あぁ」と言うと立ち上がった。
「今日夜回りをする先生がいるの。あたし、その先生と合流しようと思って…一緒にどうですか? 他校の生徒だけでは怪しまれちゃうし」
「別に怪しまれてもどうということはないけど…その方がいいかもしれない」
 眠稀がボソッとそう言うと、風太もなるほどと頷いた。
「あたし、月夢優名(つきゆめ・ゆうな)です。よろしくお願いしますね」
(そうそう。そんな名前だった…覚えておこう)
 そうして、眠稀は風太と優名とともに行動することとなった。


3.
 午後10時半。
 曲がりくねった廊下にポツリと明かりが動く気配を見つけた。
「あれがたぶんカスミ先生だと思うわ」
 ゆらゆらと揺らめく明かりは確かに懐中電灯のものだ。
「じゃ、あそこに行けばいいんだね」
「…遠いね」
 確かに、コの字型のちょうど対角線上にある光は遠く感じる。
「でも、行かないと」
 ふふっと笑った優名とともに眠稀たちは歩き出した。

 少し小走りに走ると、明かりは段々と近づいてきた。
 どうやら2人いるようだ。
「よかった。追いつきましたね」
「思ったほど距離はなかった」
 …と、突然ひとつの影が床に倒れこんだ。
「カスミ先生!?」
 それを助け起こそうとしたもうひとつの影。
「なになに!? どうしたの??」
 パタパタと走りよった優名たちに声は言った。
「お前らにビビってカスミ先生が倒れたんだよ」
 うっすらと見えた影がどうやらここの男子生徒であることがわかった。
 とすると、倒れているのは今日の当直の先生である響カスミであろう。
「す、すいません…」
 優名が思わずか細い声でそう言った。
「あちゃー。それはごめんなさい」
 風太も申し訳なさそうにそう言った。
「聞いていたよりもさらに臆病なのね…」
 眠稀はそう言うと興味深げにカスミを見つめた。
「月夢さん、そっちの2人…うちの生徒じゃないよね?」
 カスミを抱きかかえつつ、少年が優名に問った。
「あ、あのこちらは柊眠稀さんです。で、こちらは…」
 優名はしどろもどろに紹介をする。
 こういう時の為に一緒に来たのだが、風太の名前がなかなか出てこない。
 と、助け舟を出すかのように風太は自己紹介を始めた。
「初めまして、ボク三春風太。ちょっとシーラカンスの噂を聞いたもんだから来ちゃいました♪」
「僕様もその噂聞いた。だから忍び込んだ」
 その2人の言葉を聞いた優名が「あぁ…」と声を漏らした。
 助け舟を出した自分が助け舟を出された…といったところだろう。
「…カスミ先生もこんな状態だし、今日は歓迎するよ。俺は不城鋼(ふじょう・はがね)」
 どうやら鋼も見逃してくれるようで結果オーライのようだった。


4.
「…カスミ先生起きねぇな」
 時計は既に午後11時を指そうとしている。
 しかし、一向にカスミが起きる気配はない。
「まいっねぇ。どうする? 夜回りもしないといけないんだよね?」
「そちらだけでも、あたしたちでやりましょうか?」
 風太と優名がそう言った。
 眠稀もできればこんな所で留まっているより、早くシーラカンスを見てみてかった。
 だが、鋼は少し考えて首を横に振った。
「先生をここに置き去りにもできないからな。せめて宿直室まで運ぼう」
 そういった鋼に眠稀は少し考えて言った。
「…僕様持てない」
 そんな力は眠稀にはない。
「こういうのは男の仕事でしょ。任せて!」
 風太が鋼にそう促したので、鋼はカスミの頭の方を持った。
「落とさないように気をつけてくださいね」
 優名は2人を見守った。

 その時、どこからか水の音が聞こえた気がした。

『今水の音が…』
 重なった四つの声に、眠稀は目を輝かせた。
 やっと目当てのものがきたのだ。
 最初は静かだった廊下が、段々と水の音に溢れ出す。
 そして、乾いていたはずの床が瞬く間に水で濡れていく。
「水!?」
 だが、それはどこからか流れてくるものではなく、まるで床から湧き出るかのようにじわじわとその水位を上げていく。
 腰の辺りまで水位が来て、スカートがふわりと浮き上がったので思わず押さえた。
 コレは想定していなかった。
 水の勢いはとどまることを知らず、やがて水は校舎を丸ごと飲み込んだ。
「…これは幻覚」
 眠稀はふぅっと息を吐いた。
 呼吸は普通にできた。
 でも、水の中で優雅に泳ぐ見たことのない魚の群れに眠稀は興味を引かれた。
(きっとシーラカンスが生きた時代の魚なのね)
 こんな綺麗な夢を見るものが、悪い子だとは思えなかった。

 辺りを見回すと優名が苦しげに息を止めていた。
 眠稀はトントンと優名の肩を叩いた。
「普通に息できるよ」
 眠稀がそう言うと「…ホントだ」と目から鱗が落ちるように優名も息をした。
 とても不思議な光景だった。
 眠稀はそんな喋れる水の中でふわふわと漂っている。
 水中で泳ぐというより、まるで宇宙遊泳のようだ。
「これ、やっぱりシーラカンスのせいなんでしょうか?」
 優名はそう呟いた。
「泳いでる魚の中に古代魚が混じってる。シーラカンスの夢なのかも」
 眠稀はそう言うと、「そういえば…お腹空いた」とポツリと呟いた。
「カスミ先生も連れてシーラカンスの剥製のところに行ってみよう」
「えー。もうちょっと泳いでたいなぁ、ボク」
「泳いで来ればいいだろ」
 つっけんどんに風太は鋼に嗜められ、眠稀たちはいまだ目覚めぬカスミを連れて剥製を目指し泳ぎだした。


5.
 シーラカンスの剥製は、ガラスケースに入れられて展示されていた。
 眠稀はシーラカンスを見るのが初めてだった。
 しっかりとした鱗にヒレの多さとその巨体が見事だった。
 しかも夜に見るといっそうその巨体は恐ろしげに写る。
「これが噂のシーラカンスか、ふむ」
 興味深げに眠稀はガラスケースを覗き込む。
 だが、シーラカンスが動いている気配はない。
 いったい何がしたいのだろう?
(行く当てがないのなら、僕様が保護してあげたい…)
 シーラカンスの顔は強面ではあったが悪そうには見えなかった。
「どうせならこんな幻じゃなくてプールのほうが泳ぐのには適しているのにね」
「水に帰したらいいのかなぁ? 水を得た魚ってやつ? あ、いっそ海に連れて行っちゃおうか?」
 へへっと笑った風太はお茶目でそう呟いたに違いなかった。
 しかし…

『海 ニ カエリタイ…』

 誰の声とも違うその声は、悲しげに言った。
「…今のは…シーラカンスの声?」
 だが、剥製をどれだけ見つめても動く気配はない。
『我 ヲ コノ 小サキ 箱ヨリ 解放 セヨ』
 再び声は告げた。
 それは、どう考えてもシーラカンスのものでしかなかった。
「小さき箱…? …ガラスケース?」
 コンコンッとガラスケースを叩いた鋼。
 しかし、そうちょっとやそっとで割れるようなものではない。
「どうしようか? これ、割っちゃまずいよね?」
 風太も同じことを考えていたようで困り顔で鋼を見た。
「…浮力を使ってみたらどうか? 人間が泳げるのだからあるいは…」
 シーラカンスの声で考え込んでいた眠稀はそう言った。
 ガラスケースが台座に固定されていなければ可能かもしれない…と。
「やろう!」
 鋼がガラスケースの上方へと向かうと、それを思い切り上へと持ち上げようとした。
 しかし、やはり一人では持ち上がらない。
「手伝うよ。こういうときは1人より2人より4人だよ」
「そうですよ、不城さん。微力ながら手伝います」
 力は人並みの女の子と変わらない眠稀はちょっと不安だった。
「役に立つかな…?」
 それぞれが四面を持ち、一気に上へと引き上げる。
『せーの!』
 ふわりとガラスケースが浮き上がった。
 瞬間、大きな波とともにシーラカンスの影が校舎の中へと飛び出た。
 そして、眠稀はこれ以上ない好奇心そそられる風景を見た。

 一瞬にして広がったのは広大な海。
 そして、その海の中へとシーラカンスは消えていった。
『コノ 恩ハ 返ソウ 陸ニ 上ガッタ 者達ヨ』


6.
「怠い…眠い…お腹空いたかも…」

 昨夜の件は夢だったのかもしれない…と思いつつも、翌日神聖都学園へと足を向けた眠稀。
 そこで眠稀は思いもよらぬ光景を見た。
 
 ビチビチと跳ね回る魚が廊下中にあふれかえっている神聖都学園の姿を。

「なにが…あった?」
 1人そう呟くと、遠くに見知った顔を発見した。
 優名だ。
「これ、なにがあったの?」
「あ、眠稀さん。…昨夜のシーラカンスのお礼みたいですよ、このお魚」
 ちょっと声を潜めて優名は囁いた。
「…恩を返すって言ってたね、そう言えば…」
「ちょっと多すぎる気もしますけどね」
 ふふっと優名が笑った。
「眠稀さん、もしよかったら食べていきますか? あたし、料理しますから」
「…うん。お腹空いた。そうする。ありがとう」
 眠稀は優名の後を歩き出した。
 が、ふと立ち止まり、後ろを振り向いた。

 もう一度振り向いたらあの海が広がっているのではないかと思って。

 でもそんなとははある筈はなく、眠稀は再び優名の後を追った。
 変に処分されるよりもこの方が幸せだったのかもしれないと、眠稀は思ったのだった…。


−−−−−−

■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2803 / 月夢・優名 / 女性 / 17歳 / 神聖都学園高等部2年生

2239 / 不城・鋼 / 男性 / 17歳 / 元総番(現在普通の高校生)

2164 / 三春・風太 / 男性 / 17歳 / 高校生

8445 / 柊・眠稀 / 女性 / 15歳 / 高校生


■□     ライター通信      □■
 柊眠稀 様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度は『古代魚の見る夢は…』へのご参加ありがとうございました。
 眠い・怠い・お腹すいた…なんだか自分と共通してて共感しました。w
 口調スローテンポと書いてあったのですが、ちょっとぶっきらぼうな感じになってしまったかもしれません。
 古代魚の見た夢の世界、楽しんでいただければ幸いです。
 それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。