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第1夜 時計塔にて舞い降りる怪盗
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午後10時52分。
「いたか!?」
「いや、まだ見つからない」
自警団が時計塔の周りを見回りしている。
ったく。騒がしい。だから見つからねえんだ。
時計塔の近くの茂みで、時計塔の辺りの様子を伺っている神木九郎は毒付く。
今晩は怪盗が出るからとかで、一般生徒はおろか、部活や学科の練習すらもいつもより門限が早く通達されていたが、そんな事は九郎には関係ない。
「まさかこの騒動のせいで追い出されてないといいけどな」
時計塔に住んでいる猫に、九郎は思いを馳せる。
別に心配している訳ではない。ただ、怪盗騒動が原因で棲み家を奪われていたら目覚めが悪いと思ったのだ。
それを人が聞いたら「それって心配しているんじゃ」と言われるだろうが、九郎はそんな事を認める人間でもない。
しかし、時計塔の辺りは本当に自警団がうろうろしている。
いつも猫が生活している時計塔の盤面裏に行きたいが、入口まで行く事も困難そうだ。
確か、昼間聞いた話だと、あと数分で時計塔から自警団も撤収するとか何とかだけど……。
どうしたもんか。
そう思って時計盤を睨んだ所で、時計盤の様子がおかしい事に気がついた。
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午後1時。
「猫―」
昼休みになると、人が込むのは食堂、中庭、図書館と言う順番である。もちろん、九郎はそんな人の多い場所に好んで行く訳がない。
彼は昼休みになると、いつも時計塔に向かっていた。
この辺りは人が引き、誰もいないので、人付き合いの煩わしい九郎にとっては格好の食事の場である。
たまたま時計塔の盤面裏に部屋がある事に気付き、油の匂いを気にする事なく食事を取っていた所、猫が住んでいるのに気がついた。気まぐれで弁当の残りを与えてみたら、それから時計塔に行く度にすり寄られるようになってしまったので、ずっと餌を与えている。
「勘違いするなよ。餌をやらないと離れないから、こっちが食事取れないんだから」
そう口では言っているが、餌に満足してすやすや眠る猫の顔を見るのは、嫌いではなかった。
しかし。
「んー?」
猫は九郎の顔を見るたびに寄ってくるのに、今日は姿を現さないのだ。
おかしいな。こんな所誰も来ないから逃げるなんて事ないのに。棲み家を変えた、とかか? ならあんまり心配しなくてもいいが。
九郎は少し首を傾げていたら、カンカンと階段から足音が響くのに気が付いた。
「君、そんな所で何をしている? 学生証を見せなさい」
「……何で見せなくちゃいけない訳だ?」
「……! 貴様、怪盗か?」
「はあ……?」
話しかけて来たのは、腕章からして生徒会の人間だろうが、何だって「カイトウ」とか訳の分からない因縁をつけられないといけないのか。
でも、何で猫がいなくなったのかは理解できた。
猫は、縄張りを荒らされたと判断されたら場所を変えてしまう。自分みたいに猫に敵意がないと判断されない限りは。
九郎は舌打ちすると、ポケットから床に叩き落した。生徒手帳だ。
「高等部普通科2年の神木だ。後は適当に手帳でも見てくれ」
「おい、貴様、本当に怪盗の事は……」
「はあ? 知らねえよ。カイトウなんて」
そのまま九郎は生徒会役員を無視して、そのまま立ち去っていった。
どうせ後で生徒手帳は説教と共に戻ってくるだろうと思って、置いていく事にした。
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午後1時20分。
弁当を食べる機会が奪われたので、仕方なく図書館裏の芝生で食べていた。
しかし。カイトウって何だ?
九郎は少し首を捻る。カイトウとかのせいで、何だって生徒会が時計塔をうろうろしているのか。
そう考えていたら、急に突風が吹いてきた。
弁当がひっくり返るのが嫌で、咄嗟に弁当包みで弁当箱を包み込む。
と、バサリと自分の顔も何かに包み込まれた。インクの匂いが文字通り鼻につき、不愉快だ。
「たくっ、何だってんだ……あ」
顔を包み込んだものを取り払うと、それは今日の学園新聞だった。それに目を通し、ようやく九郎はカイトウと時計塔の関係を知った。
時計塔に怪盗が何かを盗みに来る……何て抽象的だ。何を盗むかも、何時に盗むに来るかも書いてない予告状なんてありなのかよ。
でも。
「こいつのせいで、猫が棲み家を追われたんじゃ、後味悪いしな……」
猫を探さないと。
そう九郎は心に決めると、早速生徒会の事について聞き込みを始めた。
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午後11時。
になる。そのはずだった。
九郎は目を疑った。時計盤に、あるはずもない、13の字が浮かび上がっていたのだ。
はっとして辺りを伺う。
時計塔の下で警備をしていた自警団は時計盤に目が釘付けなのだ。今の内に時計塔に入れれば。
九郎は、急いで茂みから飛び出した。幸い、今なら月も見えない夜だ。足音さえ立てなければ時計盤に目が行っている内は気付かれる事はない。
足音を殺して全力疾走すると言うのは、なかなかに骨が折れるが、どうにか時計塔の中に忍び込む事ができた。
「おい、いるか?」
猫を呼ぶように、声をかける。
ナーウ
間延びした、猫の鳴き声が響いた。
九郎は少しだけ、ほっとした後、気を取り直した。
「おい、お前どこに行ってたんだ?」
「ナーウ」
「……まっ、無事でよかった」
「ナーウ」
「ちゃんと飯食ったか?」
「ナーウ」
九郎の足元に寄ってきてすりすりしてくる猫を、ひょいと抱き上げて、少し驚く。
腹が少し膨れているし、だらしなく口元に食べカスを付けている。明らかに餌を食べた後だったのだ。
時計塔から食堂までは距離があるし、それ以外は誰かから餌をもらわないと食べるものなんてないはずなのに。でもこいつは滅多に人に懐かない。そもそも生徒会の連中がこの辺りをうろうろしていたのが原因でどこかに行っていたはずなのに。
少し考え込んでいたら、突然時計塔全体は揺れた。
いや、揺れているのとは違う。
時計塔の鐘が、鳴っているのだ。塔全体を震わせながら。
「はあ? 今何時だと思ってるんだ?」
夜に鐘が鳴る訳がない。
時計盤に13の文字が浮かび上がる細工と言い、こんな時間に鐘が鳴る事と言い、細工のし過ぎだ。
そして、外がやけに騒がしい事にも気付いた。
「怪盗だ!!」
どうも、この裏(確か時計塔の機関部以外にもどっかの部が使っている部屋があるとか聞いた事があるが)で怪盗が見つかったらしい。
九郎は、抱き上げた猫を見る。
まさか、とは思うが。
「なあ、お前。もしかして、お前に餌をあげたのって」
「ナーウ」
猫は黙ってすりすりと甘えるばかりだった。
<第1夜・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2895/神木九郎/男/17歳/高校生兼何でも屋】
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■ ライター通信 ■
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神木九郎様へ。
こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第1夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は怪盗とニアミスでしたが、猫さんに餌をあげたのは誰かを探れば会う事ができるかもしれません。
第2夜も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。
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