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気ままな午後。〜南の島と撮影と〜
明るく、さんさんと照りつける太陽の光。
その光の下で、輝かんばかりの笑顔を振りまいているのはシャルロット=パトリエールだ。現在、彼女はモデルの仕事中。
DVDの撮影でこの南の島まで来たシャルロットは、マリア=ローゼンベルクを付添い人として連れてきていた。
水着の撮影というのは、ほとんど羞恥心を捨てた末にあるものだ、とシャルロットは考えていた。
早着替えもしなければならないし、撮影者にうっかり裸身を見られてしまうこともままある。それもこれも、タイムスケジュールにそってやるべきことを素早くやらなければならないからだ。
勝手気ままにできるのは、趣味の時間だけである。
撮影場所をおさえておくのも時間は限られ、その間にスタッフは慌しく作業をこなす。
際どい水着姿での撮影をおこなうシャルロットを一瞥し、マリアのほうはスタッフと今後のスケジュールの話をしていた。
スタッフがふいに気づいたようにマリアにもモデルをやらないかと言ってきた。まあ、社交辞令かもしれないし、そうではないのかもしれない。
マリアとしてはどうでもよいことなので、丁寧に辞退した。シャルロットの付き人だけで、マリアは満足しているのだから。
撮影場所は様々なところになっている。
移動時間も限られているので、てきぱきこなすのがこの仕事として重要なところだ。
ロケバスに荷物を詰め込み、次の場所へと移動を開始する。
マリアはシャルロットの汗をふき、次の撮影場所でのポーズや、どういうコンセプトなのか説明していた。
通行人が入らないようにと、朝早くにおこなうことも多いモデルという仕事だが、今回もそうだ。
場所を効率よく回らなければ、時間内に撮影は終わらない。
最初は浜辺。人がごったがえす前に終わらせたかった。次は森の中での撮影だ。こちらも神経をつかう。
肌の露出が多いということは、それだけ太陽の光にさらされるということだ。
到着して、ロケバスを降りる。
太陽の光がまぶしい。
「じゃあ早速いこうか!」
スタッフの声に誘導されるように、シャルロットが撮影用にと用意された場所に赴く。
日傘をさっと差し出すマリアに「ありがと」と礼を述べて、簡易用の着替えルーム(のようなもの)へと慌てて駆ける。
モデルの仕事は、見た目や想像と違って優雅ではない。とにかく肉体のコンディションを保つことが第一だし、売れなくなったらあっという間に転落人生となる。
タレントとなって売り出すという手も、ないわけではないが、シャルロットはモデルはほとんど趣味でやっているようなものなので、関係ない。
貯蓄はたっぷりあるし、誰かに見られるという欲求を果たせる仕事だと思ったからモデルをしているだけだ。
あれこれとポーズの注文を受けながら、シャルロットは仕事をこなしている。
どこに移動しても紫外線の的になってしまうので、あとが大変だ。
一枚の写真で全身をくまなく写せるようなポーズをとったり、あえて男性目線のポーズをとったりと、シャルロットは大忙しだ。
「寝転がって、こっち向いて」
浜辺の砂は熱い。いくらまだ夜明けだといっても、温度差は激しい。
なるべくフレーム内に全身が入るようにとカメラマンが試行錯誤している。胸が大きすぎると、こういう時に困るのだ。
どうしても胸に目線がいくのはしょうがないが、全体のバランスというものが必要になってくる。
シャルロットは確かに申し分のない肉体美を持ってはいるが、バランスとして考えるとあまりいいほうではないのだ。
*
撮影を終えて、今日泊まるホテルへとやって来たシャルロットは荷物を部屋に運び入れるマリアを見て、言う。
「マリア、あとでいいからマッサージをお願いしてもいい?」
「もちろんです」
マリアは律儀に頷いた。
マリアのマッサージを受けながら、うつ伏せになっていたシャルロットはふいに口を開いた。
「そうそう、都古ちゃんの件だけど、どうなっているの?」
シャルロットの言葉にマリアの眉を吊り上がる。それは彼女の感情に素直に従っていた。
「あのようなことを言われても、まだ続けるつもりなのですか!?」
納得ができない。どうしてそこまであの娘に加担するのか。
シャルロットがせっかく焼いたケーキを返し、関わるなと遠回しに言ってきた。なにを好き好んで関わろうとするのかマリアには理解できない。
マリアとしてはあの場で都古とやり合ってもよかったくらいだ。勝てる自信はあった。
「続けるわよ。それにね、私たち、都古ちゃんの都合を全然考えてなかったじゃない?」
「シャルロット様……」
「私にも、思いあがっていたところがあったのかもしれない」
「……誰がそんなことを?」
「私の大事な可愛い妹よ」
ウィンクをして肩越しにマリアを見てくるシャルロットは、すぐにうつ伏せに戻る。
「私って、拒絶されたことがなかったじゃない? だから……なんだと思うの。誰でも、好意を向ければ好意を返してくれるって」
「…………」
シャルロットが静かに言うのを聞きながら、彼女の腰を押す。
マッサージを続けながら、マリアはあの時のことを思い出した。
敵意を向けていたことを一瞬で見破り、こちらを攻撃してきた扇都古。負けるとは思えない。むしろ勝てるとさえ思った。
だが本当に?
人間である彼女に負ける気はしないが……不気味なものも感じてしまう。
やたらと彼女は自信に満ちているのだ。負けるはずがないという自信なのか、それともべつのものかはわからないが。
(…………)
冷静になって考えてみると、自分にも悪いところがあった気がする。
(彼女のことはまだ好きにはなれませんが……)
この件については謝ったほうがいいだろう。
「シャルロット様」
「なあに?」
「考えてみたのですが、あの方は退魔の仕事をされています。もしかしたら『ウツミ』は人間ではない可能性もありますね」
「人外ということ?」
ならば都古はそのように言うはずだ。
怪訝そうにこちらを見てくるシャルロットに、マリアが「可能性の問題です」と付け加える。
「『ウツミ』が人間ではないとしたら……都古だったらすぐに見つけられるんじゃないかしら?」
「……それもそうですね」
わざわざ一般人を巻き込み、尋ねてまわるのは非効率的だ。
ウツミというのは一体何者なのだろう?
誰かに尋ねればすぐに答えが返ってくるような、奇妙な人物とでも?
(目立つ、のでしょうか……)
だが草間興信所からも色よい返事はもらえていない。
悩むマリアはマッサージを終えて手を離した。
「終了です。お疲れ様でした、シャルロット様」
「やっぱりマリアにマッサージをしてもらうと気持ちいいわね〜」
「あとはお肌のケアもしてください。紫外線対策をしたとはいえ、油断はできません」
「わかってるわよ」
笑顔でそう応えつつ起き上がりながら、マリアの顔をシャルロットが凝視した。
「そういえば、スタッフに何か言われていたわよね?」
「え? ええ、モデルにならないかと誘われましたが」
「やってみればいいのに」
どこか茶化すように言うシャルロットに、マリアが焦る。
「無理です、私には」
「どうして?」
「……恥ずかしいですから」
「そう? べつに恥ずかしくないわよ? むしろ見られて快感よ?」
「…………それはシャルロット様だけだと思うのですが」
普通の感覚では、少々遠慮したい。露出も少ししかない布地はマリアにとっては衣服でも衣装でもないのだ。
「明日の朝も早いのですから、今日はゆっくりとお休みください」
「早朝からの撮影も慣れると平気なものよね」
ひと気のない場所で撮影をするのも随分と慣れた。
シャルロットは軽い欠伸をした。
「さてと、明日のためにもお肌のケアをして睡眠睡眠、と」
出来立ての雑誌をもらったのを忘れていたシャルロットは、早速開いてみる。
自分は胸を強調したポーズが多い。
「…………」
数ページ捲ると、まったく趣旨の違う少女がコスプレをしてポーズをとっていた。全体バランスはこちらが良いように思える。
「マリアからすれば、どう思う?」
思わず尋ねてみると、マリアはシャルロットの着替えを用意しながら答えた。
「シャルロット様のほうが素晴らしいと思います」
「そ、そうじゃなくて……好みも千差万別というか、写真としての出来はこっちのほうがいいような気がするのよね」
「ならば、カメラマンの腕が悪いのです」
「そうでもなくて……」
らちがあかない。
趣味の一環としているわけだが、それでもなんだか喉に小骨が刺さったような気分になってしまう。つい先日の妹の言葉も効いているのかもしれなかった。
(なんでもできてしまうし、人から見られるのは快感だわ。でも)
でも。
自分にないものをたぶん、都古は持っている。シャルロットは今までの現状で満足していた。趣味のモデルでお金がもらえるし、気分も満たされる。誰からも優しくされるし、拒絶されたこともない。
どんな女性でも男性でも、誘えば乗ってきた。それを初めて拒んだのは都古だ。
満ち足りている。そのはずだ。
なのに……都古にだけはそれがうまくいかない。歯痒くはないけれど、なぜだろうとも思ってしまう。
グラビア記事を眺め、シャルロットはふいに考えてしまう。
自分は趣味でやっているけれど、この仕事に本気で取り組んでいる者からすれば……自分はどう見えるのだろうかと。
シャルロットとて、モデルとしての意識もプロとしての自覚もある。けれど……。
ぱたんと雑誌を閉じる。
(『本気』って……すごく、すごく……むずかしいことじゃないのかしら)
それこそ、奈落の底のように静かに深いものではないのだろうか?
そう考えると、なんだか急に怖くなってきた。ただ楽しいだけではない仕事だが、それだけじゃないと何かがどこかで知らせる……。
さて、一ヵ月後に無事に扇都古に会うことはできるのであろうか――――?
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