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<東京怪談・PCゲームノベル>


LOST・EDEN それは、カンタービレのように



 500円、ってのは。
(ありえねぇよなあ……。しかも退魔士ってことは、鬼だの妖魔だのが絡んでくるってことか)
 ………………。
(そういう手合いとは関わらないのが吉だな、うん)
 納得した神木九郎は軽く頷く。



 検索キーワード。ウ、ツ、ミ。
 オカルト絡みの方向で探している自分の行動に気づいて、九郎はハッと我に返る。
「……いや、うん、暇つぶし暇つぶし」
 ぶつぶつと言い訳のようなことを呟きながら、彼は違うページを表示させる。
 だがオカルト方面での収穫はなかった。
 普通に検索をかけてみるが、こちらは表示数が多すぎて、まったく当てにならない。
 頬杖をつく九郎は「うつみ」と声を出してみる。
(漢字なのか? いや、内海、じゃないと思うし……)
 手がかりはない。そもそも都古が手がかりを残していかなかったのだ。
 手伝うかどうかも、あの時は考えてはいなかった。
 


 扇都古と出会ったのは一ヶ月ほど前。恐ろしい美貌の持ち主の少女で、一度会えば忘れることは難しいだろう。
 セミロングの茶髪をしており、お揃いというよりはそれよりもまるで光の加減で変わる宝石のような茶色の瞳。
 ウツミという人物を探し回っていて騒動を起こした彼女に近づいたのは九郎のほうだ。
 絶世の美少女、というほど儚くはない。彼女は快活で、元気で、まるでひまわりのような少女だった。
 九郎の差し出した名刺に律儀に名刺を返した彼女は、退魔士、と名乗った。
 妖魔、悪鬼を退治する専門家のことである。
(明らかに……都会慣れしてなさそうだったな……危なっかしい感じで……)
 簡単に誰かに騙されるとは思えないが、それでも危うさは感じてしまう。そんな人物だった。
 そう……。
(ああそうか)
 頬杖をついた九郎は、面倒な授業の最中に思いついて頭を抱えそうになってしまった。気づかれれば世界史の教師は九郎を名指しで指名してくることだろう。
(綱渡りをしてる感じなんだ)
 職人ではない、素人の綱渡りを見ているような感覚が一番近い。
 長い棒を持って、ふ〜らりふ〜らりと笑顔で渡っている……しかも、底無しの谷を平然と歩いているような……。
 想像して九郎は青ざめてしまった。思わず片手で顔を覆う。
(こえぇ……ていうか、ありうる……)
 この想像が。
 パッと顔をあげて笑顔を見せた彼女を思い出し、九郎は「……」と無言になってしまう。
 一ヶ月に一度の自由。それを使ってまで探さなくてはならない相手が『ウツミ』。
(うつみ、か)
 ただ東京に出てきて、探して、1日を潰して帰るだけ。いま、それが何ヶ月目なのかまでかは知らないが。
 田舎から出てきて親戚探してます、じゃないんだぞ?
「…………」
 渋い表情になっていると、「神木!」と前から声が飛んできた。しまった。
「はい」
 立ち上がると、かんかんに怒った教師が教科書をばんばんと叩いた。
「ここから、ここまで読むこと」
 ……ゲっ。



(……今日は遅くなっちまったな……)
 のろのろと、気だるそうに学校帰りに歩いていたら、遠くで声が聞こえた。
「コウシキ、ショウライ!」
 ……?
(こーしき、しょうい?)
 夕方のオレンジ色の光の中、黒い影がサッと屋根の上を過ぎる。白い線のようなものが空中にヒュバッと広がり、そしてあっという間に消えた。それは刃の軌跡だった。
 疑問符を浮かべていた九郎は目の前にどさりと落ちてきた女子高生の姿にぎょっとしてしまう。彼女は助けを求めるようにこちらに手を伸ばし――――。
 上からさらに落ちてきたなにかに頭蓋骨を踏み潰されて、あっという間に砂塵になって消えた。
 一連の行動に、九郎は唖然とする。
 目を遣ると、腰のところに一つにシャツを括っている、ぼろぼろのジーンズ姿の少女が立っていた。上から降りてきて、先程の幽霊のようなものを退治した人物だ。
 扇、都古だった。
 両手にナイフを持っている彼女の髪も瞳も色が違っているので、別人かと思ってしまうほど雰囲気が変わっていた。
 重力を使ってのジャンプによる破壊。
 目の前でされれば凄まじいものがある。
 都古は俯いていた顔をあげ、こちらを見た。そして薄く笑う。
 ビッ、とナイフについた血を腕を振ることで払い、腰のホルスターに都古はおさめた。
 あっという間に髪と瞳の色が茶色に戻る。
 やや圧倒されていた九郎は、なんでもなかったように近づく。
「扇さんか。ひさしぶり」
「……ひさしぶり」
 硬質な声をして笑みを浮かべる都古は「ハァ」と小さく息をして頭を軽く振った。そしてにっこりと笑顔を浮かべた。
「神木くんだよね! 憶えてるよ!」
「……探し人、見つかった?」
「見つかってなーい!」
 楽しそうに言う都古はけらけらと笑う。
「東京って広くて困っちゃうなぁ。あはは」
「例の件についてだけど……いま時間平気か?」
「例の件?」
 なんだろうと都古が首を傾げる。
「ほら、人探しの」
「ああ、500円」
「やっぱ500円てのはちょっとな」
「べつに期待してないからいいってば」
 あっけらかんと言う都古は軽くそこで屈伸をし、首を左右に振る。なにかの準備運動のようにも見えた。
「……だから、こういう条件はどうだ?」
「は?」
「もし今後、俺が仕事で妖魔を相手にすることになった時、扇さんが俺を手伝うってのは」
「…………」
 無言でこちらを見つめてくる都古の瞳は真剣だ。
(これなら俺に損はない。我ながらうまい考えだ。……まぁ、今後、妖魔相手の仕事がくる可能性は不明だが)
 都古は身体全体で九郎のほうを向き直った。
「いいよ。それで」
「えっ、本当に?」
「提案してきたのは神木くんだもん」
 知らないよぉ、と都古が苦笑する。
「いいよいいよ。助けてあげる。でも私」
 すっ、と都古が目を細めた。
「すごく強いよ」
 そこにおごりなどはない。純粋な意見、だ。
 彼女はすぐに元の雰囲気に戻り、愛嬌のある笑みを浮かべる。
「でも神木くんには悪いけど、私本当に急いでるんだー。あちこち行かないといけないしね」
「無闇やたらに探していて、見つかるとも思えないが……」
 正当な理由を述べると、都古は「うーん」と唸り、それから小さく微笑む。
「それはそうなんだけどね」
「でも東京に居るってのは確かなんだろ」
「たぶんね」
 たぶんとか、おそらく、とか。
 都古には適当な理由しかないのだろうか?
 九郎が少々顔をしかめると、彼女は人差し指を立てた。
「なんとかなるって」
「そんな不確かな……」
 無茶苦茶だ、と九郎が思う。
 だが都古は気にしたふうもない。あれほど急いであちこちに移動していたというのに……。
「…………扇さん」
「ん?」
 薄く笑う都古の笑顔に曇りはない。
 けれども、不穏な陰を感じる。彼女はほっ、と息を吐いていきなり跳躍した。
「じゃあね〜。ちょっと今日はもう行かなくちゃ」
 腰のホルスターからナイフを両手で抜き取り、叫ぶ。
「コウシキ、ショウライ!」
 鮮やかに髪の色が変わったのが後ろ姿からでもわかる。
 いつの間にか夕暮れは闇へと変わっていて、まるで都古の姿を呑みこむ様だった。
 実際の彼女は闇に呑み込まれていった。……そう見える。
「…………」
 その光景は、退魔士にはよく見る。彼らは闇の中で生き、闇の中で死ぬのだ。
(まるで忍者だよなぁ)
 忍者よりも俊敏な退魔士はいるだろうが……。



「招、来!」
 叫んだ瞬間、肉体の内にびりびりと軽い電撃のようなものが走る。
 都古は後方を見た。九郎は気づいていなかったが、彼は狙われていたのだ。
(私のせいなんだけどねぇ)
 くすくすと笑う都古や跳躍を繰り返しながら、視線をズラす。
(かみきくろう)
 かぁ。
 身のこなしから、彼は弱くはないだろう。
【ころせるぞ】
「殺せるねぇ」
 誰にともなく心の中の声に応じて、都古は小さく笑う。
「ダメだよぉ。いい人だよ。手伝ってくれるんだって」
【ウツミを見つけられるか?】
「見つけられないだろうねえ」
 けっけっけっ、と笑う都古はそれでもたん、たーん、と跳躍して建物の上をこえていく。
【おまえは性格悪いなぁ】
「ええ? 悪くないよぉ」
【悪くはないかもしれないけど、あんまり好まれないと思うけどなァ】
「ははっ。だって、言えないことだもん」
 それに。
「手伝ってくれなんて、こっちは頼んでないよ」
 一度たりとも、だ。
 500円という提示も、絶対に引き受けない値段だと思っていたから言ったのだ。
 まあ実際に、支払える金額は500円しかなかったので嘘は言っていない。
 嘘は言わないが、真実も言わない。
 にっこりと都古は笑った。
「いい人そうで嬉しいな」
【お。珍しい。色恋に目覚めたか?】
「いろこい? 恋慕の感情なんて持ってないよ。ううん、いい人だなあって思っただけ」
 だって。
「500円に代わるもので、なんとか私を助けようとしてくれたわけだし。なにより」
【おまえを怒らせることをしなかったな】
 交換条件といううまいことを言って、都古の逆鱗に触れることをしなかった。
「頭いいんだよ、神木くんは」
【おまえは阿呆だけどな】
「そうだねぇ」
 目を細めながら、都古はナイフを抜いた。両手に持つそれが妖しく輝く。
「だって、退魔士ってのは考えながらやるものじゃないでしょ」
 すり抜けるような動きをした刹那、ソコに居たものを真っ二つに切り裂く。
「ほらね」
 小さく言う都古は顔をしかめる。
「術式の最中って、なんか顔が痛い」
【いっつも使わねえ筋肉使うからだろ】
「?」
【おまえ、笑顔ばっかりじゃないかよ】
 そう言われればそうかもしれない。
 足を止めた都古は屋根の上で空を見上げた。明かりのせいでまともに夜空も見えない。
「明るいなぁ……まぶしい」
 だが。
 明るいぶん、影が濃くなるのは常識だ。
 ウツミがここを拠点としているのは、それが理由に違いない。
 都古はナイフをおさめた。そして眼下を見下ろす。
「神木くんか。死なないといいけどなぁ」
 いいや。
「助けるって約束したから、それはないかな」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2895/神木・九郎(かみき・くろう)/男/17/高校生兼何でも屋】

NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神木様。ライターのともやいずみです。
 都古との距離は少しずつ縮まっているようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。