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<東京怪談・PCゲームノベル>


【江戸艇】京太郎ときつね小僧・夢のつづき

 ■Opening■

 時間と空間の狭間をうつろう謎の時空艇−江戸。
 彼らの行く先はわからない。
 彼らの目的もわからない。
 彼らの存在理由どころか存在価値さえわからない。
 だけど彼らは時間も空間も越えて放浪する。





 ◆◆◆ ◆◆ ◆





 西の空が白み始めていた。
 殆ど眠ることも出来ず胸の高鳴りを覚えながら夜明けを待つ。
 苦しくて、切なくて、ほろ苦くて、それでいて甘酸っぱい。その気持ちが何であるのか、自覚するにはまだ勇気が足りなくて、こういう感情は初めてで持て余す。けれどどこか心地よくもあった。妙な高揚感とそわそわと浮き足立つ体に京太郎はまだ薄暗い神社の境内を散策しはじめた。
 桜との約束は巳の刻。今は明け六前だからまだ、随分と時間がある。
 雑木林を宛もなく歩いていると祠の前に少年が立っているのが見えた。確か、平太という少年だ。町木戸も開かないこんな早朝に何をしているのだろう。
 平太がこちらを振り返った。
 京太郎はとっさに昨日の礼を言いかけて、あれ? と首を傾げる。何かを忘れているような気がするのだ。案の定。
「お前!! その着物!! きつね面をどこにやった!?」
「あ……」
 平太に言われて京太郎は思い出した。桜のことで頭がいっぱいで、綺麗さっぱり忘れていたのだ。
 彼は京太郎の着物を見て、昨日のきつね小僧が偽物とわかったのだろう。平太はきつね小僧の仲間のようだったから、その正体を知っていてもおかしくない。
 まずいなと後退りつつ京太郎は昨夜のことを反芻した。
 桜を助けるために突入した屋敷。二本差しの男との激闘。くだんの連判状は、夜陰に紛れて日本橋の袂にある立て札に貼っておいたから、木戸が開けば公になるだろう。そして二つに割れたきつね面はといえば、屋敷の蔵にそのまま置いてきてしまった。
「ごめん…」
「ごめんじゃない! どこにやった!?」
 威嚇するように睨み付ける平太に、京太郎は視線をさまよわせる。
「あの……その……昨日、教えてもらった屋敷の蔵に……忘れてきた……」
 その上、綺麗に真っ二つ。
「なんだってぇ!?」
 平太は目を丸くした。それはまずいと蒼褪める平太にさすがに京太郎も慌て始める。桜の話によればきつね小僧は町人の味方らしいが、だったとしても煙たがっている連中もいないわけではないだろう。それ以前に、きつね小僧をねずみ小僧と同じくくりで考えていた京太郎にとっては、きつね小僧は町奉行に追われる身と思いこんでいたところもある。
 確かに、まずい。
 たとえここが江戸時代だといっても、きつね面から、それを作った人間が割り出され、正体にたどり着かれないとも限らない。このままでは文字通り面が割れてお縄となってしまう。
「柊に知らせなきゃ」
 駆け出す平太を慌てて京太郎も追いかけた。
「取りに行くなら俺も……俺のせいだし」
「……お前、誰だ?」
 平太が改めて尋ねる。
「京太郎」


 》》》


 平太の後を追って、柊とやらのいる長屋に着いた。柊とは、昨日、屋敷の見取り図を用意してくれた男である。
「忘れてきた?」
 事情を聞いた柊は声をあげて、それから土間の前に神妙に佇む京太郎をしげしげと見やった。それからふっと相好を緩める。
「まぁ、やっちまったもんは、しょうがねぇ。他の連中に見つかる前に回収に行かねぇとな」
 やれやれといった調子で立ち上がり支度を始める。
「俺が行くよ」
 京太郎の申し出にだが柊は首を振った。
「いや、俺が行くさ」
「でも……」
「素面で行くつもりか?」
「…………」
 別段、顔が知られて困ることもないような気がしたが、脳裏に桜の顔がよぎった。彼女との約束に俯く。今日一日は平穏に過ごしたい。
「まぁ、気にすんな」
「すまない」
 京太郎は更に頭を下げた。
 それから顔をあげる。柊の長屋は土間と部屋の間に障子戸一つない六畳一間の貧乏長屋だった。彼の座っていた奥に何やら並んでいるのが目に止まる。
「キーホルダー?」
 思わず呟くそこには木彫りで作られたねずみなどの動物から、朱雀などの想像上の生き物までが並んでいた。どれもちょうど手のひらに乗るくらいの大きさだ。
「そりゃ、根付けだ」
 柊が答える。それから。
「そういえば、あいつもそんなようなこと言ってたか。きーほるだーとか」
 記憶をたどるように明後日の方を見やりながら柊が続ける。
「あいつ……?」
「きつね小僧だ」
 柊が笑った。
 そういえば、本物のきつね小僧とはどういった人物なのだろう。今は、どこにいるのだろう。総髪に短い髪の少年で、面を被った京太郎を平太が間違えたくらいだから、たぶん背格好も自分と同じくらいで、それから、根付けのことをキーホルダーと呼ぶ。自分と同じく、東京から呼ばれた者なのだろうか。
 京太郎は根付けの一つを手にとった。きつねとねずみがあしらわれた根付だ。商品だろうのに、柊は何も言わなかった。
 そういえば、これと同じものを、どこかで見たことがあるような気がする。
 それからふと、京太郎は柊を振り返った。
「あ、そうだ。簪ってどこに売ってるかわかるか?」





 ◆◆◆ ◆◆ ◆





 巳の刻は東京の言葉で言うなら午前10時。それを少し回って、陽は程なくして中天へと差し掛かる。
 浅草の辺りに並ぶのは見世物小屋の幟だろうか。
「ざわ……る…かり……?」
 京太郎が掲げられた看板を読むと、傍らで桜がぷっと吹き出した。
「普通は右から読むでしょ?」
 言われて右から読んでみれば『大坂下りかるわざ』と書かれてある。今更ながらに、ああ、そうかと思った。
 真面目な顔をして読んでいたのがよほどおかしかったようで、桜はくすくすとお腹を抱えて笑っていた。
「…………」
 京太郎は気恥ずかしくなって顔を赤らめつつ、そっぽを向く。常なら失敗を笑われなどしたら頭にカッと血が昇って、相手を睨みつけけたり、場合によっては手が出たりするところだったが、何故だかそういう衝動は一向に沸き起こらない。相手が女の子だからなのか、桜だからなのか、それとも別の理由があるのかは、謎だった。
 ただ、桜には悪意がないことがはっきりとわかるからかもしれない。
「京太郎さんって、面白い人」
 そう言って桜はようやく笑いを収めた。逆さに読んだのは別にわざとだったわけでもないが、桜が楽しそうだったので、京太郎は『ま、いッか』と思う。結果オーライというやつだ。
 人々が行き交う通りをのんびり歩く。どいたどいたと駆けて行く飛脚。田舎から出てきたらしい侍が「なんだ、こんなものか」と呟く先には日本橋。袂の立て札に貼っておいたくだんの連判状は既になかったが、代わりに瓦版屋が「事件だ! 事件だ! 昨夜、またまたきつね小僧が現れた!!」などと瓦版を売っていた。
 そんな周りの喧噪とは裏腹に、京太郎と桜の間には沈黙が落ちていた。元々多弁ではない京太郎は落ち着かなげに辺りを見回す。こういう時、どんな話をしたらいいのだろう。
 えぇっと、えぇっと……と考える耳に、瓦版屋の声が届く。
「きつね小僧」
「え?」
 唐突な京太郎の言葉に桜が振り返る。
「あ、いや……きつね小僧ってなんだろう、って」
 なんだろうも何もないのだが。話題が何も思いつかなかったのだ。もう少し、江戸の勉強をしておけばよかった、と少しばかり反省しないでもない。桜にいろいろ教えてもらえばいいのかもしれないが、いかんせん、何を聞けばいいのかもわからないといった体たらくなのだ。唯一がそれだった。
「京太郎さんじゃないの?」
 桜が首を傾げて京太郎を見上げる。
「ああ…俺はたまたま面を見つけて……って、ごめん。なんか、きつね小僧のイメージ壊しちゃったかも……」
 困ったように言い淀み、京太郎は頭を掻いた。
「いめーじ?」
 桜は更に怪訝な顔をする。
「あ、いや、その……何てんだっけ」
 イメージはイメージだ。とっさに適当な日本語訳も出てこない。
「……想像?」
 慌てた風の京太郎に、桜がまた、くすりと笑った。
「京太郎さんって、変なの」
「変……」
 最近は、そんな言葉も平気なように感じていたけれど、桜に言われると、どうしようもなく胸に突き刺さった。ムカつくとか、そういうのではなく、ただ凹む。
 沈んだ気分で俯く京太郎の顔を桜が覗き込んだ。
「私のきつね小僧は、京太郎さんだよ」
 正体なんて関係ない。たぶん、きつね小僧は現代の言葉にたとえるならヒーロー。
 ―――俺は桜のヒーロー。
「…………」
 沈んでいた気持ちが一気に浮上してくる。現金なほど、桜の言葉にあっさりと。浮き立つ胸中と共に、頭に血も昇って京太郎の顔を赤らめた。火照る頬を見られたくなくて、横を向くのが精一杯で。
 胸がドキドキした。
「うん……」
 軽やかな足取りで桜が歩く。その後を追いかけながら、京太郎は袖に入れていた紙切れをそっと取り出した。柊に教えてもらった店の地図を盗み見る。
「どこがいいかな……」
 案内する場所を定めあぐねたように四つ角に足を止めた桜の手を京太郎はそっと掴んで、こっち、と促した。
「え?」
 慌てる桜の歩調を少しだけ気にしながら歩く。
「京太郎さん?」
 訝しむ桜に大丈夫と笑みを返して。
 ちょうど昼時の鐘が鳴る。
 柊に教えてもらったそば屋に入ると、見知った顔が「――らっしゃい!」と奥から出てきた。しわくちゃの梅干みたいな老女――梅だ。京太郎が初めてこの江戸艇に訪れた時、右も左もわからない京太郎を拾ってくれた老婆である。鬼、化け物、人でなし、そんな言葉がコンプレックスだった京太郎に、人でなし上等と笑い飛ばした老婆だった。
 確かあの時は賭場を仕切っていたはずだが。面食らう京太郎に梅は大して気にした風もない。
 いただきますとかけそばを啜り始めると、梅はお茶を淹れながら京太郎に声をかけてきた。
「目つきが柔らかくなったな」
「え?」
 面食らう京太郎に「彼女のおかげかの?」と揶揄するように言われて京太郎は咳き込みそうになる。
「な…何を!!」
 といきり立つ京太郎に梅は「邪魔しちゃ悪いの」などと言いながら店の奥に逃げていった。
「…………」
 頬を染めている桜と目が合う。咄嗟に二人で視線をそらせて、それから顔を赤らめたまま黙々と二人でそばを食べた。
 勘定では「俺が出す」と言った京太郎に、最初はダメよと言っていた桜も梅に何事か囁かれ頬を赤らめつつ「ごちそうさま」と言った。
「…………」
 梅も桜も結局最後まで何を言ったのか聞いても教えてくれなかったが、想像も出来なかったので、二人の会話の真相は謎のまま、勘定を済ませ京太郎は桜と共に再び江戸の町に出た。
 桜が湯屋の看板を見つけて京太郎の腕を引く。暖簾が男・女と別れていないことに、京太郎が恐る恐る聞いてみるとここの湯屋は入れ込み湯だという。要するに混浴だった。男女別でも、湯上りの桜をいろいろ想像して腰の引けた京太郎は、混浴と知って丁寧に辞退した。
 しかし、湯屋とは風呂に浸かるだけの場所ではないらしい。東京でも、大浴場に併設して飯処や、リラックス・マッサージなどがあるものだ。湯冷ましを兼ねた社交場に京太郎は、桜にせがまれ弓で的を射る射的に挑戦した。緊張し過ぎてあまりいいところを見せられなかったが、桜が楽しそうだったのでそれはそれでよしとする。
 湯屋を出ると、見世物小屋の立ち並ぶ浅草寺の人混みを避けるように、裏手を抜けて京太郎は桜の手を引き、もう一つの目的地を目指した。
 割れたきつね面のことはすっかり忘れていたが、こちらはずっと気になっていたのだ。
「ここだ…」
 と言って京太郎がその店の前で足を止めた時、桜は看板を見上げて、少し驚いたように目を見開いた。
 京太郎が暖簾をくぐると、桜も慌てて追ってくる。
「あの……」
 と、京太郎が店主に声をかけると、店の主は京太郎を一目見ただけでそれとわかったらしく「聞いていますよ」と言って、数本の簪を並べて見せてくれた。柊が事前に話を付けておいてくれたらしい。
「どれが……いいかな……」
 呟きつつも、京太郎は迷わず一つをとっていた。若草に螺鈿細工で桜の花を象った可愛い簪だ。それを桜の髪に当ててみせる。
「京太郎さん……」
 頬を赤らめつつはにかむように笑った桜に、京太郎の方が照れくさくなって、ごめんと横を向いた。
「…………」
 視線のやり場に困ったようにお互い顔を俯けて。
「勝手に……ごめん」
「……い…いい…いいの」
「簪、落としちゃったろ? だから…その……」
 プレゼントしたかった。このまま東京に戻ってしまう前に。いつか、彼女は自分を忘れてしまうかもしれない。だけど、自分と桜を繋ぐもの。
 言い淀む京太郎に桜が顔をあげた。
「京太郎さん」
 呼ばれて京太郎も桜の顔を見下ろす。
「これで…いいかな?」
「はい」
 笑みを返す桜に、京太郎は店主を振り返る。
「これを……」
「はいはい」
 商売人らしく揉み手などしている主に、京太郎は勘定を支払った。お包みましょうかという主に「いや、いい」と断って二人で簪屋を後にする。 
 何故だか歩き出す先は二人とも示し合わせたわけではなかったが同じ方へ。
 きつね小僧のおわす神社。
 いつの間にか西の空が茜色に染まり始めていた。
 京太郎を見上げる桜の髪に、買ったばかりの簪をそっとさしてやる。
 桜は頬を朱に染めた。それは夕日のせいばかりではないだろう。京太郎も頬を朱に染めて、閉じられた桜の目に誘われるように目を閉じた。
 掠めるようにそっと触れる
「ありがとう、京太郎さん」
 小さな小さな桜の声が聞こえた気がした。





 ◆◆◆ ◆◆ ◆





「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 野太い男の悲鳴に京太郎は驚いて目を開けた。間近にクラスメイトの顔がある。
「何する気だ、和田!」
 というクラスメイトに京太郎の方が面食らって飛び退った。
「なッ……!!」
 顔がカッと熱くなる。自分は何をしようとしていたのか。桜に接吻を、いやこの場合クラスメートに接吻か。
 虚脱感が一気に全身を襲った。何ともいえない脱力感に京太郎はがっくりと座り込む。とうとう帰ってきてしまった。その上、余韻に浸ることも許さぬかのような現実が怒濤のように押し寄せてくる。
「おまえ、そういう趣味だっけ?」
 クラスメイトの一人が恐る恐る聞いてきた。そういう、ってどういうだよ。
「っていうか、いつの間に着替えたんだよ!」
 別のクラスメイトが突っ込んだ。自分だって知りたい。
 だけど、今着物を着ているということは、桜とのことは夢ではなかったということだ。
 他の連中が京太郎の和服姿に好機の視線を投げていた。
 京太郎はゆっくり立ち上がる。いつもなら、茶化されたり笑われたりしたら、すぐに頭に血が昇るのに、意外と冷静な自分がいた。
 睨み返す目に殺気がこもらない。
「いやぁ、和田って実は面白い奴だったのな」
 クラスメイトが気楽な調子で肩を叩いた。
「……面白くねェ」
 不機嫌に返してみせたが、我ながらそれほど不機嫌でない事に少しだけ驚く。それどころか、口元が緩んできた。
 案の定、クラスメイトも普段の京太郎の反応と違うことに気づいたようで。
「お前、なんか雰囲気変わったか?」
 と、京太郎の顔を覗き込んでくる。
 何故だろう。
 笑ってしまう。笑顔のクラスメイトたちに悪意がないのがわかるから、自分もつられて笑ってしまう。
 それはずっと不器用なものだったけれど、いつか―――。







 時間と空間の狭間をうつろう謎の時空艇−江戸。
 彼らの行く先はわからない。
 彼らの目的もわからない。
 彼らの存在理由どころか存在価値さえわからない。
 けれど、彼らは時間を越え、空間をも越え放浪する。
 たまたま偶然そこを歩いていた一部の東京人を、何の脈絡もなく時空艇−江戸に引きずりこみながら……。
 戸惑う東京人の困惑などおかまいなし。
 しかし案ずることなかれ。
 江戸に召喚された東京人は、住人達の『お願い』を完遂すれば、己が呼び出された時間と空間を違う事無く、必ずや元の世界に返してもらえるのだから。







 ■大団円■





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1837/和田・京太郎/男/15/高校生】


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■         ライター通信          ■
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 大変遅くなって申し訳ありません。
 地震などは大丈夫だったでしょうか。
 少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。