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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


あなたと一緒に眠るまで。

 切らしたお茶菓子の買い出しから帰還の後。
 本日の魔法薬屋店仕舞いに当たっての片付けを――いつも通りの掃除をしている間。
 魔法薬屋の主であるシリューナ・リュクテイアは――色々と思案し悩んではみたけれど。

 結論として、やっぱり『この魔法菓子』をティレに――ファルス・ティレイラに出してあげるタイミングは食後のデザートとして、が無難かな、と落ち着く。
 …と言うか、つらつらと魅惑的な案のどれを取るかで悩んでいる間に、肝心のティレはお掃除でかいた汗と汚れを落とす為のお風呂に入っているどころかもうお風呂からも上がってしまっていた、と言う事情もあったりするのだが。
 …まぁ、元々食後のデザートが一番自然で良かったか、とも思う。



 …『この魔法菓子』。
 普段なら、シリューナ当人が純粋にティレイラで遊ぶ為に密かに周到に用意しておいた物、と行きそうなのだが――今回の場合は少し違う。
 まず、その店に行ったのは『その魔法菓子』の購入が目的ではなく――シリューナ自身が好んでいるお茶によく合う菓子、それを切らしたから買い出しに、とそんな目的だった筈なのだ。シリューナにとって可愛い妹であり魔法の弟子でもあるティレイラを店に一緒に連れて行ったのもただの気まぐれに過ぎない。…とは言えその店は元々シリューナの『知り合い』が営む店でもある訳で、当然のように魔法が――それもシリューナの趣味とも合致する魔法がかけられた菓子も置いてあったりする訳で。
 そんなこんなでシリューナが目的のお茶菓子を選んでいた時に、店員がちょっとした――気の利いた計らいをして見せた。…新作ケーキの試食。それをさりげなくティレイラに出した結果、ティレイラ本人が気に入って――シリューナに欲しいと強請り、シリューナの元々の目的であるお茶菓子のみならず『この魔法菓子』が今シリューナの手許にある事になる。

 …そう。『この魔法菓子』を選んだのは『ティレイラ本人』、なのだ。

 そしてこれも重要。…ティレイラ本人は、『この魔法菓子』が『魔法』菓子である事に気付いていない。…それは素直に、菓子自体の色が菓子としては変なだけ、くらいにしか思っていないだろう。何も気付いていないまま、ただ、試食をしてみて美味しかったからと、それだけの理由で。…何の疑いも持たず『この魔法菓子』をシリューナに強請って。
 まさかその菓子にシリューナの趣味にも合致する『魔法』がかけられているものだなんて思いもせず。
 ただ、後でそれらをじっくり味わう時を楽しみにして、今に至る。…今もまた楽しそうに舌鼓を打って夕食を摂っている最中。その様もまた可愛らしい。ティレイラはいつも本当に美味しそうに物を食べる。まぁ、夕食に用意してある物も確かに元々美味ではあるのだが。
 きっと、『あの魔法菓子』もとても美味しそうに食べるんでしょうね、とシリューナは思う。

 …そしてそのまま、どうなるか。

 入手した経緯が経緯だけに、かけられている『魔法』に気付いた時、ティレイラはどんな反応をするだろう。
 想像するだけで楽しみで堪らない。

 思いながらも、目の前のティレイラの姿を視覚的に愛でつつ、シリューナも食事を口に運ぶ。
 …ティレイラの方は勿論、目の前のシリューナが今何を考えているかなど気付いていない。



 夕食の後。
 シリューナは席を立ち、ちょっと待ってなさいねとティレイラに優しく言い置いて『魔法菓子』を取りに行く。ぱあっと顔を輝かせてその様子を見送るティレイラ。どきどきそわそわと楽しみにしている様子は最高潮。そんな期待に満ちた姿もまた格別。…ふふ、早く戻って来て食べさせてあげなくちゃ、とシリューナは台所に向かう足を心持ち速める。
 それで当の『魔法菓子』を持ってくると、その手でティレイラの前に置く。その辺の事は魔法で行うのも容易い事だが、シリューナは自分の手で渡す。…だってティレはとても可愛いから。…だから直接反応が見れるよう。その方がティレも喜ぶし。

 ティレイラは、有難う御座いますお姉さまっ、と礼。やっとだ、とばかりにいただきまーすと礼儀正しく言ってから嬉しそうにフォークを取る。それから、フォークの先端を皿の上に出された『魔法菓子』にさくりと突き入れ、早速口に運ぶ為に取り分ける。



 暫しの後。
 …テーブルを囲む中、シリューナは微かに小首を傾げている。ティレイラの方は気付かないくらいの仕草――シリューナはそう簡単に他から悟られるような態度は取らない。…『悟られるような』――そう。『その心配がある』今の状況。
 即ち。

 …ティレイラに『この魔法菓子』の効能が現れない。

 店での試食の時や店員に伝えられている注意事項からして、皿の上の半分は減っている今、そろそろ効能は出て来て良い筈なのに。…その兆候が一切無い。ティレイラは幸せそうに『魔法菓子』を食べていて御満悦。勿論、その姿も可愛らしいけれど…それとは別の話としてシリューナにしてみればちょっと予想外。今出した『魔法菓子』に何か欠陥でもあったのか、と考え込む。
 と、シリューナが考え込んでいるそんな間に、ティレイラは今出された『魔法菓子』を全部食べ終えてしまった。…まだ効能は現れない。…店での試食の時は明らかにもっと早く効果が出ていた。おかしいわね?と思いつつもティレイラの本当に満足そうな顔を見ていると――それもそれでまぁ良いかと言う気にもなって来る。…あの店の魔法菓子なら効果が一切出ないで終わる完全な欠陥品と言う事は無いだろう、と思ってはいるから。恐らくは効果が出るのが遅れている、のだろう。
 理由。…試食の時点でティレイラにこの菓子にかかっている『魔法』に対して予想外の耐性が付いてしまった…とかの可能性はあるだろうか? あれだけ美しい彫像になりそうな効果。そのくらい微弱で繊細な魔法と言う事もあるのかも? 何か『魔法』が発動する条件がズレた可能性。…いや、それなら注意事項を守っている限りは問題は無い筈だし、違う。
 やっぱりちょっとした欠陥があったと考えるべきか。
 これだ、と言うような原因は特に思い付かないし。
 …でもまぁ、取り敢えずは気長に様子を見ておく事にする。

 と、食後のデザートも済んだところで、ひとまず今度は食休み。
 二人きりでまったりと過ごす。

 勿論、ティレイラには魔法菓子の効能の件、悟られないように気を付けながら。



 お腹がいっぱいになったところで――それから夜間でもあるので、幾分光量を落とした部屋で二人まったりと過ごしていたところで。
 疲れていたのか、ティレイラがそろそろうつらうつらと舟を漕ぎ始めた。その様子を見、シリューナはちらと時計を見る。まだそれ程遅くは無い。…まだ『魔法菓子』の効果は出ていない。内心で肩を竦める。…ここまで来ればまぁこれも仕方無いかと――名残惜しいながらも諦めて、シリューナはほらほらちゃんとベッドで寝なきゃとティレイラを促し寝室まで連れて行く。ふにゃあと眠そうな声を上げつつ、ティレイラはそれでもシリューナに促されるまま大人しく寝室へ。
 ぺたぺたとふらつきながらも自分のベッドに辿り着くと、ぼふ、と布団の中に倒れ込む。
「ふきゅ〜。おかしおいしかったれすおねえさみゃ〜」
「そう。じゃあ、いい子にしてたらまた今度買ってあげるから。今はちゃんと布団を掛けて――…」

 …――寝なさい、と言い聞かせる筈だったのだが。

 シリューナは言おうとしたその言葉を、思わず飲み込んでしまった。
 それは――ベッドの上のティレイラの姿が原因で。
 まだ布団も確り掛けていない、無防備に寝転がるそのままで、今。

 これまでずっと待ち侘びていた――今はもう仕方無いかと殆ど諦めていた『魔法菓子』の効能が。
 今、やっと現れ始めていた。

「うに…?」
 不思議そうな声を出すティレイラ。…が、それ以上の――現れ始めた『魔法菓子の効能』に対しての反応は薄い。シリューナが自分の顔を覗き込んでいるのに気付いても、ただ、おねえさまぁ〜、と夢見心地で甘えるように舌足らずな声でシリューナを呼ぶだけ。…眠い方が先で、思考が回っていないのかもしれない。…元々眠いから、それで身体がだんだん動かなくなっているだけなのだろう、と特に気には留めていないのかも。

 今、ティレイラの身体は『魔法菓子』の効果で――ガラス質な深い青色をした彫像に変わり始めているのに。

「はれぇ…? おねえさまぁ…わたし…?」
 やっと、少し不思議に思い始めたのだろうか。
 そんな態度で、ティレイラは相変わらずうとうとしながらもシリューナに向かってぐーと手を伸ばして来る。…その手がもう、深い青色に染まり、質感まで変わりかかっている。ティレイラ本人もそれは視界に入れているのだが――何か変である気はしているようだが、眠気で頭に靄がかかって、何がどう変なのかまでは理解出来ていないようで。
 シリューナは伸ばされたその手を取り、安心させるように自分の手でやんわりと包む。
「大丈夫よ。ティレ。ゆっくりお休みなさいな」
「う〜…。あい」
 こくんと頷きつつ、無防備に笑みを見せるティレイラ。

 途端。

 ティレイラにかかった魔法は完成していた。…『魔法菓子』の効能がやっと完全に現れる。今シリューナの目の前、ティレイラのベッドの上に――何とも言えない深い青色のガラス質なティレイラの彫像が寝そべる形に完成している。
 それもティレイラはただ寝そべっているだけではなくて、たった今。シリューナに寝かし付けられるように優しい言葉を聞いて、それで安堵したように無防備な笑顔を見せたその瞬間。
 まるで、狙ったようにそこを切り取った形の彫像と化している。
 完全に予想外のタイミングでの事に、シリューナは今度こそ言葉を失う。驚きと高揚と。夕食のデザートを終えてからここまで引っ張られたから余計だったのかとも思うが――こんなにも心憎いタイミングで効果が出るのならこれまでの我慢も心地好いスパイス。もう何も気にならない。
 それより目の前にある事実。彫像と化す寸前、シリューナ自身が自分の手で包んだ――今は彫像と化したティレイラの手。冷たく硬質に変わったその感触をやんわりと愉しみつつ、手から腕をなぞり、微笑むその顔をとっくりと眺めつつ、そちらにも指を滑らせる。

 ああ、素敵。
 …可愛い可愛い私のティレ。

 何度も何度も愛でるように触れ、何度も何度も彫像の感触を確かめる。…この素晴らしさ、どう形容したらいいだろう。ううん。そんな事を考える必要は何も無くて。言葉は要らない。ただこのままで居られれば。
 思いながらシリューナはティレイラの彫像にぺたりと頬を寄せる。心地好い感触。目を閉じ、じっくりとその感触を味わう。

 …そんな風にして、シリューナはティレイラの可愛らしい姿を思う様堪能する。
 ティレイラの彫像に触れた高揚が、シリューナ自身の心地好い眠りへの誘いに変わるまで。

【了】