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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 戦乙女・対峙 +



「本当、救いようの無いお馬鹿さんですこと。まさかこんな結果になっているだなんて思ってもいませんでしたわ」


 そう彼女は言葉で一蹴する。
 廃墟にて対峙した相手――連続殺人を犯した凶悪犯である人間――否、元人間だった男へと哀れみの視線を向けた。


 彼女、白鳥 瑞科(しらとり みずか)は「教会」という世界的組織に属する武装審問官である。
 「教会」は太古から存在する秘密組織で、人類に仇なす魑魅魍魎の類や組織をせん滅する事を主な目的としており、世界的な影響力を持つ。
 今回は連続殺人の凶悪犯の暗殺を依頼され、瑞科の実力からして簡単だと司令官自ら口にしていた。
 瑞科に手渡された資料には記載されていたのは簡単なプロフィールに加えて容姿などの記述、それから「殺人の手口より悪魔憑きである可能性」であり、そして犯人が潜伏している場所であった。


「ぐるる、ぅぐ――ゥゥううう!」
「完全に言葉も知性を失ってますわね。本当、醜いこと。貴方には今すぐ降伏をお勧め致しますわ」


 瑞科を敵と認識した男は本能のままに襲い掛かってくる。
 しかしただ手や足で攻撃してくるだけの単調なもの。筋さえ見極めてしまえば瑞科の実力を考えれば赤子の手を捻るより簡単と言えよう。


「あら、そんな攻撃でわたくしに傷を与えようと思っていらっしゃるの? 本当に下らないお方ですこと。もっと頭を使えばよろしいのに――ふふ、もうそれも無理なのですわね」


 瑞科は完全に悪魔に取り付かれた男に対して呆れしか浮かばない。
 しかもどう考えてみても男に取り付いた悪魔は下級。瑞科が手を下すまでもないと心底見下す勢いだ。
 簡単にかつ素早く避ける瑞科に対して悪魔は攻撃の手を休めない。
 獣のような知能へと成り下がった男は数打てば当たるとばかりに拳を振るう。しかしロッドを使い、その拳を叩き落すと続いて攻撃魔法を飛ばした。


「ッ――ぅ、ぐっ、ぅうううぁああ!」
「さあ、そろそろとどめですわね」


 瑞科は懐に隠していた投げナイフを数本使い、男を壁へと縫い付ける。
 そして最後、男が反撃する前に一気にロッドの先端を胸元に突き刺した。男はそれを抜こうとあがくも、次第に手からは力が抜けやがて張り付け状態のまま息の根を止めた。
 死亡を確認すると瑞科は口角を持ち上げる。
 それから念のためにと一本ナイフを心臓部を抉る様に突き立ててからロッドを抜き取った。


 男は崩れ、地面へと血を垂れ流す。
 その血が溜まり、時折短い筋を描いて様々な方向へと伸びていくのを瑞科は嘲笑しながら見下した。


「この哀れな子羊にどうか神のご慈悲を――……とは言いませんわよ」


 僅かにシスターとしての面を見せるが、それもほんの僅かな時間のみ。
 瑞科はやがて身を翻しその場を後にする。目的を果たした以上、この場にいる必要はない。後は司令官に任務達成の旨を報告し、処理班に任せるだけ。
 そう、後はそれだけのはずだった……のだが。


「グ、グゥゥァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「――!? きゃぁああああ!!」


 急に場に響く叫び声。
 それは途切れる前に瑞科の方へと大きく聞こえるように移動し、やがて彼女が振り返る前に衝撃はやってきた。
 一体何が起こったというのか。
 しかし瑞科は冷静に判断を下す前に自身の頭が何者かによって攻撃を食らったことを知る。
 あまりの痛みにその場に崩れ落ち、片手で顔を押さえる。――その瞬間、ぬるっとした嫌な感触がした。どうやら倒れた際、地面に頭を打ちつけ怪我をしてしまったらしい。
 視界の端にベレー帽が見え、それからその傍らには胸にナイフを刺したままのあの男が存在していた。男は胸からナイフを抜き取り、地面へと捨てる。


「っぅ……まさか……」
「ふぅ……ふぐ、ぅ……ぉぉおおお!!」
「まさか再生能力があったと、……ひぁっ!!」


 瑞科が現状を把握する頃には再び男からの攻撃が襲い掛かってくる。
 打撃攻撃には変わりないが、先程よりも重い拳や蹴りが瑞科を襲う。腹部を襲われれば口の中からは血混じりの唾液が吐き出され、地面を濡らした。
 今の瑞科は普段の戦闘シスターとは違い、今はただのサンドバックかなにかのよう。
 無様にのたうち回る女を見て、男は少し満足したのか攻撃の手が止んだ。その一瞬を狙い、彼女は立ち上がる。


「ぅ……っく、負け、ませんわよ」


 組織の情報を疑ってはいない。
 しかし組織の方も男が回復能力を持っている事は調べきれていなかったようだ。情報不足による劣勢に不利を感じ、瑞科は切った唇を手の甲で拭う。其処に乗った血の赤が悔しくて、男を睨んだ。


「――きゃぁあああっ!!」


 だが、男も二度も『殺され』たくはない。
 女の身体が弾み、壁へと激突するのを見ていたのは――正気を失った男の汚い眼球だった。