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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 戦乙女・終章 +



「ぅ、ぁ……ぁ」


 自分の中の何かが壊れていく。
 それは肉体的にも、精神的にも。
 男に踏みつけられた腹部には青黒い痣が残っていることだろう。しかし今の彼女にそれを確認する術はない。
 戦闘シスターとして訓練してきた彼女にとってこれはプライドが傷付くほどの大問題。口内には破損した器官から上がってきたであろう血の味がする。それはもはや唾液と共に吐き出すではなく、口の端から伝う形で排出されていく。


 敵の回復能力の高さがあまりにも優秀過ぎて、瑞科程の能力を持つ戦士でも一人では太刀打ち出来ない。
 その事実を嫌というほど現在教え込まれている。
 自分の腹部を踏み終えた男を睨む瞳には、この廃墟へと訪れた時には存在していた任務への忠実な光はもう無かった。


 よろり、とロッドを杖代わりにしながら立ち上がる。
 しかし骨折した左足、そして内臓破損を起こした身体では満足に立ち上がる事も出来ない。いや、むしろ生存し、帰還することすら今の彼女には怪しかった。


 精神状態が不安定になっていく。
 立ち上がっては殴られ、蹴り飛ばされ、そしてまるで屑でも見るような視線を浴びせられるのだ。いっそ一撃でとどめをさしてくれればいいのに、と瑞科は心のどこかでそう考えてしまう。
 しかし僅かに残った任務への責任感がそれを許さない。
 戦える限りは立ち上がり、敵の殲滅を図る――それが戦闘シスターとしての彼女の役目。


 だがまた男から攻撃が飛んでくると、瑞科はそのグラマーな肢体をまるでボールのような地面へと跳ねさせる。
 最後には顔を、全身を擦り、再び壁へとぶつかって止まった。
 回避能力を失ってしまった瑞科は自身の中から戦闘意欲が急激に消えうせていくのを感じた。


―― もっと攻撃をしなければ勝てない。


 そう食いしばって立ち上がっても、悪逆非道な敵は瑞科を簡単に捻じ伏せる。
 攻撃の気配を見せればそれよりも先に相手から打撃攻撃が来るのだから、構えることにすら恐怖を感じ始めていた。
 何度も。
 何度も……。
 彼女は一人必死に頑張っていた。この男を倒し、任務を遂行すればより高みへと行けるのだと信じて――。


「も、やめ……くださ……、っ――うっ!!」
「ふ、ぁ、はははははは!! あは、ひゃははははは!!」


 終始敵の攻撃を受け続け、もう人形のようにされるがままとなってしまった瑞科。
 しかし悪魔憑きの男が命乞いを始めた女の声を聞き届ける事はない。
 知性や言葉を取り返しても、相手の言葉など解せない男は女を蹴り、踏みつけ、地面へと顔を押し付けさせる。
 粉塵が鼻や口の中へと入り込んでくれば瑞科は胸を上下に揺らしながら咽る。だが、肋骨も折れ肺が傷付いたのか咽る度に口の中からは血が溢れ出てきた。
 泡立ちったその薄く赤い唾液は口端を伝い、そしてぷつりと切れると地面を濡らす。


 やがて瑞科は己の意識が沈んでいくのを感じ始める。
 特殊素材で出来た戦闘用スーツもボロボロになり、肩についていた甲冑も壊れ欠片が四散しているのが見える。
 そして男の足元がまた近付いてきて――。


「――っ、ぁああああ!!」


 蹴ったのか、踏んだのか。
 もはやそれすら分からない。
 ただあるのは意識を手放さざるを得ない程の痛み。急激に瑞科の意識は暗くなり、やがてその麗しい瞳は瞼によって覆い隠されてしまった。


 そして、終結。
 かろうじて虫の息で生きてはいるものの、ボロ雑巾状態になった瑞科を男は見下した。
 転がった獲物。
 勝利したならば戦利品を得るべき。
 まるでそれは本能が示した行動のよう。男はくぃっと唇を持ち上げると瑞科の足を持ち上げる。男は女の力に興味を抱き、これからその肉体を暴き、思うが侭に晒してしまおうとそう考え始める。
 利用出来る物は利用する。
 それは戦闘において有益なこと。


 ずり、ずり……。


 女を華麗にエスコートするのではなく、ゴミを引きずる要領で男は瑞科を運んでいく。
 怪我を負った身体からは血の筋が描かれるが、次第にそれは掠れ消えた。


―― 白鳥 瑞科行方不明。


 その情報が伝わるのは後ほどの話。
 その頃の彼女がどうなっているかは――悪魔だけが知っている。