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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 邪神教団殲滅・上 +



 カツン、カツン。
 彼女は膝まである白い編み上げブーツを鳴らしながら先を進む。時折ミニのプリーツスカートの隙間からガーターベルトとニーハイソックスが覗き、彼女のボディラインの美しさを強調していた。


 優美なる表情で進むこの場所は邪神教団の潜伏場所――廃墟ビルだ。


『瑞科、本日の任務はある邪神教団の殲滅だ。一人で大丈夫か?』
『ふふ、もちろんですわ。司令官』
『彼らは意思のある魑魅魍魎を操り、お前を攻撃してくるだろう。不安ならばもう一人誰かを付けさせるが』
『いいえ、この白鳥 瑞科(しらとり みずか)一人で結構。むしろ他の方とのお仕事なんて――足手まといになってもらっては困りますのよ』


 彼女は肩に付いた甲冑へと何気なく指先を這わせる。
 戦闘シスターとしてのプライド、そして数時間前との司令官との会話を思い出しながら彼女は道を行く。
 自分ひとりで充分――その言葉に嘘偽りはない。


「さあ、出てらっしゃい。今回の哀れな子羊はどなた?」


 カツン……。
 ブーツの一鳴りがまるで合図のように途絶え、そして彼女を襲い掛かってきたのは悪魔達。
 キキキキキキキッ!! とまるで猿の鳴き声のような声を飛ばしながら数体の悪魔が彼女へと攻撃の手を伸ばす。
 だが瑞科はそれらに対してロッドを素早く翳す。
 そして詠唱をするとロッドからは聖なる光が溢れ、空間を満たす。やがてその光が消滅する頃には悪魔達は灰へと変わり、ざらざらとそれらを地へと散らした。


「ふふ、お馬鹿さん達。そんなことではわたくしを倒すなんて夢のまた夢ですわよ。もっと頭を使って攻撃してくることをお勧め致しますわ」


 どうせ使い魔であろうと彼女は内心思う。
 見張りに使う敵なんて下級中の下級。命令を遂行するだけの下らない種族であることなど一目瞭然。瑞科は僅かにずれたベレー帽を細い指先で直しながら先へと進んだ。


 やがて中心部と思われる部屋を見つけ、辿り着けば禍々しい雰囲気を感じ取る。
 ふぅと唇に指先を押し当てながら彼女はため息を零す。何故ため息かというとその奥から明らかに何らかの儀式を行っている声が聞こえてきているからだ。だが使い魔を一瞬で消し去った彼女の存在を相手を知っているだろうに、何故か彼女に次の手が襲い掛かってこない。この点より今彼らの間で行われているものは相当重要、かつ集中力が必要なものであることが推測される。


 しかしその様なことは瑞科には関係ない。
 ギギギギギ、と重々しい扉を両手で開くと彼女はその場に『君臨』する。


「ごめんあそばせ――そして、貴方達はさようなら」


 生贄をささげる祭壇を囲むのは悪魔に身も心を捧げたであろう教団員達。
 流石に無視が出来なくなったのか、一部の守護者的立場であろう屈強な男達、そして複数の悪魔達が彼女を素早く取り囲む。
 その間も儀式は進められ、部屋を満たした香が鼻へと臭く纏わり付く。


「女だ」
「次の生贄に」
「生け捕って」
「いや、犯すのも」
「甚振るのもイイ」


―― くだらない。


 豊満な胸を押し上げるように彼女は腕を組む。
 自分の存在を『勝った後どうするか』呟き始める彼らに対して呆れの意思しか出なかった。勝利か敗北か。まずはそれが先であろうと考えるも、そんな愚かな思考を持つ者達へと彼女は愉悦の表情を浮かべた。
 組んでいた腕を解くとふわりと長い髪の毛を後ろへ流し、それから一瞬深くその場へと膝を折り屈むと彼女は誰よりも高く飛び上がる。


「それでは皆様、ごきげんよう」


 身体を反転させ、頭を下にした状態で彼女は唇に指先を押し当て、ちゅっとわざとリップ音を鳴らしてから短い詠唱を行いそして――終わらせた。


 見張りをしていた使い魔達同様ものの見事に取り囲んでいた悪魔達を灰に変え、人間だと思われる人間からは生を奪い取る。
 宙返りが終わり、瑞科が儀式を行っている教団員へと身を向ける頃にはこの緊急事態に儀式を行っていた者達も手を止めざるを得ない。
 彼らの間からは生きたまま胸を開かれた年若い女性の姿が見える。未だ息はあるが、死へと導かれるのも時間の問題であろう。


 瑞科は同じ女性として生贄となった女性へ哀れみの視線を向ける。
 その間に教団員達は再び彼女を取り囲むが、瑞科は決して劣勢ではない。多数に対して一人――しかしその力の差は歴然である。


「こちらの皆様も……どうぞ、神の御許へ。ですが貴方方の罪が赦されるかどうかは主次第ですわよ」


 彼女はロッドを構え、地面へと突き立てる。
 その瞬間、魔法の波が先端から円状へと広がり教団員達の命を吸い取っていく。


「ぅぉぉおお!!」
「この、くそ、女ぁああ!」
「われら、の力を、奪おうと言うのか――っ!!」
「止めろ、止めろぉぉぉ!!!」


 僅かな風が舞い上がり、彼女の戦闘服に取り付けられた短いマントが揺れ動く。醜い教団員達の悲鳴が室内を満たす。だがそんな音は無視するに限る。
 そしてまた『終わった』。
 唇から泡をあふれ出し、首を引っかいて呼吸を開こうとする者達が崩れ落ちた様子を目を細めながら眺め見、それからブーツをまた鳴らしながら瑞科は祭壇へと身を寄せる。


 胸を切り開かれた女性は自分より幼く、少女といっても差異が無い年頃。
 おそらく清らかな乙女だったのであろうと予想された。処女である少女は時として悪の手にその身を奪われてしまう――それを思うと瑞科は首を一度左右に振った。


「神よ、この哀れな子羊に救いの手を」


 太腿へと隠し持っていたナイフを手にし、祈りの言葉と共に彼女は生贄の女性へとそれを突き刺す。
 身体を跳ねさせ、ごぼっと血を吐くと同時に少女は息絶える。しかし苦痛から逃れられた安堵からか、表情は非常に穏やかなものであった。瑞科は指先でそっと瞼を下ろさせると両手を組み、暫し祈りを捧げる。


 だが、これが『終結』ではない。


 瑞科がやってきた場所――開かれた扉の向こうから一人の妙齢の男性と彼が召し仕えている悪魔達が姿を現す。
 瑞科はその存在を一目見て、相手の能力が今までの敵の比ではない事を知った。下級ではなく、高位悪魔を従えている事からも推測出来る。
 ぴりっとした空気が二人の間に漂う。
 そして男は緩慢な動きで右手を持ち上げ、まるで踊りにでも誘うように軽やかな口調で彼女へと声を掛けた。


「やあ、麗しき侵入者よ。――覚悟は出来ているかな」
「こんばんは、悪に身を染めたおじ様。そちらこそ、わたくしの手にかかる覚悟はなさって?」


 瑞科も誘いを受ける。
 彼女はロッドを構え、男は今にも飛び出しそうな悪魔達を簡単に制した。愉悦の表情が止まないのは何故だろう。自分に見合った相手が見つかったからだろうか。それとも――……。


 ――さあ、二人のダンスはこれから始まる。