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<東京怪談ノベル(シングル)>


狐のメッカと玲奈さん

 山を覆う木々。
 その中を注意深く進むのは、エルフの耳を小さく揺らす少女だ。
 彼女はセーラー服の裾を木の枝に引っ掛けないように気をつけながら奥に進んでゆく。
「たぶん、この辺りよね……」
 呟き周囲を見回す。
 神聖都学園と最寄りの駅。その間に存在する山林にはとある噂が流れていた。
「狐のメッカ……猟師を負かした狐の伝説、か」
 思い出すのは彼女がここを訪れる前に聞いた話。
 とある猟師が狐を撃とうとした際、狐がその猟師に言ったそうだ。
『撃てば毛皮に傷がつく。どうだ撃てまい?』と……。
 これを聞いた猟師は大層悩み、狐を撃つのを断念したという。
「ここまで聞けばただのとんち話。でもその先があるから話が厄介なのよね」
 玲奈はそう口にすると、目に映る情報と、耳から響く情報に注意を払った。
 ここはその噂の元である山林。そして猟師――否、密猟者がいる筈の場所。注意と警戒を怠らないに越したことはない。
「狐だけを狩ってれば問題なかったのにね」
 脳裏を過る数時間前の出来事に思わず呟いたその時。
――パキッ。
 鼓膜を揺らした微かな音に玲奈の目が向かう。
 その瞬間、彼女の視界が凄まじい速さで揺れた。

  ***

 始まりは数時間前。
 家で寛いでいた玲奈の元に思いも掛けない来客があったことから始まる。
「――要するに密猟者の手口を封じれば良いんでしょ♪」
 得意気に言ってのける玲奈に、彼女の元を訪れた初老の男性は困惑気味に頷いた。
 彼らがここを訪れたのは彼女に頼みたいことがあったからだ。そしてその頼みごとを玲奈に話したところ、彼女は快諾してくれた。
 しかし……。
「そんな簡単に引き受けて良いのかね?」
「え? だって、困ってるんでしょ?」
 玲奈の問いに初老の男性は頷く。
 彼は神聖都学園の校長で、その後ろに控える男性だったり女性だったりする面々は教師だ。
「私も神聖都学園の生徒だもの。噂は知ってるし、友達も何人か被害にあってるのよね。良い機会だと思うわ」
「しかし、相手は密猟者……君にもしものことがあれば」
「平気でしょ。相手は狐の毛皮の代わりに制服を狩って行くような変態だもの。物理的な怪我はしないと思うのよね」
 密漁者が本来狩るのは山林の狐だ。
 しかしここの所、密猟者は狐ではなく女性を襲い始めている。
 その原因はどうも、狐のメッカの伝説が関わっているらしいのだが、これが厄介な話だった。
「狐を言い負かした猟師が、狐の毛皮を無傷で捕ったこと。それプラス、神聖都学園の女生徒全てが狐耳になっちゃったこと……これ、全部が無関係とは思えないのよね」
 狐のメッカは猟師を言い負かすことが出来た。
 しかしそれを論破した猟師が現れたと言うのだ。
 その噂が流れだしたのが数日前。
 そしてその噂が流れ始めた矢先、学園の女生徒全てが狐耳に変化した。
 どう考えてもタイミング的に、狐のメッカが関わっているに違いない。
 しかも狐耳への変化を切っ掛けに制服狩りが始まっている。
 そうなってくると、どれもこれも無関係とは言い切れない。
「とにかく、これ以上制服を奪われて下着姿で鳴く女の子を見たくはないもの。私が何とかするわ」
 任せて。
 玲奈はそう言って校長以下、この場に集まった全員に笑って見せた。

   ***

 舞い上がる黒の切れ端。
 それを視界に納め玲奈は態勢を整えるために、片手を地に着け前を見据えた。
「ほう、今のを避けたか。だが、これは如何だ!」
 思い切り振りきられるのは、銃身だ。
 獣を狩る為に用意されたそれは、通常の銃よりも間合いが遠い。
 玲奈は瞳を眇めてそれを交わそうと地を蹴った。
 しかし――
「ふむ、良い毛皮が取れたな」
 猟師の手に掴まれた制服。それは僅かな温もりを残している。
 猟師は満足げにそれを眺めると踵を返そうと足を動かした。
 だがその動きが止まる。
「何やってんの?」
 振り返った先に笑顔で立つのは玲奈だ。
 その身に纏うのはテニスウェア。いったいいつの間に着替えたのか定かではないが、彼女は無傷でそこに立っている。
「なるほどね。狐のメッカを言い負かせたその方法が見えたわ」
「何?」
「どうせ、力任せで頭か何か殴って中身だけ吹っ飛ばしたんでしょ」
「!」
 猟師の目が思い切り見開かれた。
 それもその筈、玲奈が言ったことはほぼ正解で、猟師が狐の毛皮を捕った時、彼は狐の頭を十字に刻んで、その上でお尻を思い切り叩いたのだ。
 その結果、狐は「キューン」と鳴き声を上げ、すっぽーん! と、毛皮だけを残して吹っ飛んだ。
 後に残ったのは、無傷の狐の毛皮だけ。
「要するに、毛皮だけを剥かれて生き残った狐が、復讐の儀式でもしたのかしらね。それでこんな被害が出てる――と」
 ざっとこんな感じかしら?
 玲奈は自らの推理を口にすると、可愛らしく小首を傾げて見せた。
 これに猟師の米神がヒクつく。
「だから何だと言うのだ。おのれ、もう一度!」
 再び振り上げられた銃身。渾身の力を籠めて振り上げられるそれを、玲奈は冷静に見据えていた。
 そして――
「ふふん、小生意気な娘め」
 猟師の手に握られたテニスウェア。彼はそれを満足げに見つめるのだが、再び思いも掛けない声が彼の優越を打ち砕く。
「何やってんの?」
 クスリと笑みを含めての囁きに、猟師の瞳が驚愕に見開かれる。
「っ、お、おのれッ!」
 いま一度振り切られた銃身。
 玲奈はそれを先程と同じく冷静な瞳で見つめている。そして結果は勿論――
「こ、今度こそ捕ったぞ!」
 ブルマを手に声高々に叫ぶ変態――基、猟師。
 だがまたしても、彼の勝利宣言を鈴の音のような声が遮った。
「何やってんの?」
 ここまで来ると異常以外の何者でもないのだが、猟師は頭に血が上っているのだろう。
 聞こえた声に血走った目を向けると、銃把をギリリと握りしめた。
「おのれ、おのれ、おのれっ!!!」
 猟師はレオタード姿の玲奈に間合いを詰めると、力任せに銃身を振り上げた。
 そうして繰り返される攻防。
 いつしか玲奈は静かにその姿を見詰めているだけだった。
 その背に生えるのは純白の翼。彼女はビキニに身を包み、文字通り高みの見物をしている。
 一方、猟師はいつまで経っても勝てない勝負に、疲労が蓄積している。
 そして彼の視界を白い羽根が遮った時、漸く自分が何を切り刻んでいたのかに気付いた。
「――……らっきょ?」
 剥いても剥いても終わらない服。
 それがいつしか巨大ならっきょに変化しているではないか。
「何してんの?」
 空から聞こえた声に、猟師の目が上がる。
 そしてその目が玲奈のそれとぶつかり、大きく瞳が見開かれた。
「ば、化け物――ッ」
 バタンッ。
 突如倒れた猟師に玲奈は小さく息を吐く。
 そうして地上に降り立つと、彼女は倒れているその身に歩み寄った。
「やっぱり、人ではなかったのね」
 先程まで大柄の男性だったモノ。
 それがいつしか人ではない、猿のような生き物に変わっている。
 玲奈はそっと膝を折ると、その身を抱き上げた。
「……人でも猿でもない、妖怪……こうなるには何かきっかけがあるはず」
 そう口にすると、玲奈は空を見上げこの場を去って行った。

   ***

「狐に騙された怨念だけで生きてた……なんて言うか、寂しい話ね」
 玲奈は頬杖をついて窓の外を眺めていた。
 空は青く、どこまでも綺麗だ。
 昨日の出来事がまるで嘘のようにさえ感じられる。
 玲奈は猟師――猿の妖怪を倒したその足で校長たちに事の説明を行った。
 その上で彼女は狐の元も訪ねた。
『もっと地味な姿で生きなさい』
 何処まで通じるかはわからないが、彼女にはそう言うしかなかった。
 それがどのような効果を生むのか。どのような結果が起きるのか。そんなことはわからない。
 それでも今後同じことが繰り返されること、それを避けることは出来るかもしれない。
「……わかってくれてると良いんだけど」
 呟き、彼女の耳にチャイムの音が鳴り響いた。
 そろそろ担任が朝のホームルームに訪れる筈だ。
「はい、みなさん席についてください」
 ほら、言ったとおり担任がやってきた。
 玲奈は頬杖を解くと前を見た――と、その目が見開かれる。
「今日は転校生を紹介します」
「転校、生……?」
 確かに教卓には見慣れない女生徒がいる。
 だがその数は1人ではない。
「では右から自己紹介して」
 担任はそう言うと、次々に自己紹介をさせてゆく。そして最後の一人に辿り着くと、彼女は人間にはあり得ない狐耳を揺らして玲奈を見た。
「メッカだコン。玲奈さんの仰せの通りだコン!」
 そう言って笑った女生徒に、玲奈は盛大にその場にひっくり返ったのだった。


―― おしまい ――