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<東京怪談ノベル(シングル)>


ピュア ホワイト

0.
 沈んでゆく夕日を背に落ちていくあたしが見たのは、せせら笑う翼竜キメラの顔と煌めく東京の街並み。
 どうしたこんなことになったのか。
 真っ黒焦げのあたしは、ただなす術もなく落ちていく。
 あたし、負けちゃった。
 翼は何の意味もなさずに、ただただ落ちていくだけ…。


1.
「あら…まあ!」
 森の中で閉ざされた扉の奥から出てきたおねーさんは、ただ目を丸くして驚いた様だった。
「えっと…お風呂とか、貸してもらえますか?」
 真っ黒焦げのあたし。
 こんな姿じゃ驚かれても仕方ないよね。
 服も焦げてるし、肌も髪もぼろぼろ。
「お風呂…えぇ、ちょっと待ってくださいね!」
 バタバタと奥に通されて、お風呂を用意してくれた。
「ゆっくりしてくださいね。着替えは用意しておきますから」
「あ、大丈夫です。お気遣いなく」
 と自分で言ってはみたものの、こんな状況で気遣わないほうがおかしいか…。
 洋風のバスルームは、少し森の香りがしてちょっと落ち着いた。
 破けた洋服は丸めて玲奈号に送った。
 こうなってしまったらゴミだけど、ここに置いていくわけにもいかないから。
 そうして使ったバスタブの中で翼と尻尾をゆっくりと伸ばした。
 降り注ぐ水しぶきで汚れを落とすと、みるみる翼は白さを取り戻していく。
 純白の翼があたしの背中にはある。

 なんでだろう? なんでだろう?
 
 あたしってもしかして天使なんだろうか?
 でも尻尾もあるよね。
 変かな? 変かも。
 静かなバスルームは考えるのに最適というか、最悪というか。
 ちょっとだけネガティブになっちゃうね。
 ザバーッと強めにシャワーを浴びて、あたしはバスルームを出た。
「おねーさん! ドライヤーありますかぁ?」
「えぇ、その棚の左上の扉を…」
 おねーさんがバスタオルを持ってきて、あたしを見て固まった。
 …あぁ、見られちゃった。
 どうしようかな…? やっぱり、追い出されちゃうかな。
「…どうぞこれを。お手伝いは必要ですか?」
 おねーさんは上の棚からドライヤーを取り出し、そういって微笑んだ。


2.
 結局おねーさんの手は借りず、翼を乾かした。
 メンドクサイけれど、おねーさんの手を煩わせるのもなんとなく気が引けたから。
 つややかさを取り戻した黒髪、ぴかぴかになった肌、そして純白の翼。
 それから呪文で召還したいつもの女子高生用標準アイテムを一枚ずつ丁寧に着ていく。
 セーラー服はやっぱり落ち着く。
 あたしはそろっと脱衣所を出た。
 簡素な廊下が続いていた。
 小さなキッチンと閉じられたドアが一枚あっただけで、何もない廊下。
 それを抜けると、巨大なホールに出た。
「なにこれ…」
 見たことのないような本が高々と積み上げられた大きな本棚。
 見上げると首が疲れるので周りだけ見渡した。
「落ち着かれましたか?」
 書物に埋もれるように座っていたおねーさんが、あたしを見つけてそういった。
「これ、おねーさんの本棚?」
「いいえ、ここは図書館ですよ。私はここの司書、コダマといいます」
「あ、三島玲奈(みしまれいな)です。お世話になりました」
 そっか。図書館…だからこんなに本があるんだね。
 あたしは手近にあった本を手に取った。
「…? 何も書いてないよ?」
「この図書館は普通の図書館ではないのです」
 申し訳なさそうに、コダマおねーさんは言った。
「どんな本ならあるの?」
 あたしは少し興味がわいた。
 真っ白の本が並ぶ図書館が東京にあったなんて。
「玲奈さんの本ならありますよ」
「あたしの…本?」
 俄然興味がわいてきた。
「あたしの知りたいことが載ってるの?」
「ふふ。どうでしょう? 探してみましょうか」
 悪戯っぽくコダマおねーさんは笑って図書館を見回した。
 と、一箇所を指差して「あそこに」と呟いた。
 見ると、その先にある本が一冊だけ光っていた。
 まるで、あたしがそこにいるみたいに。


3.
「おねーさん、読んで!」
 ひらりとスカートを翻し、本を抜き取りコダマおねーさんへと手渡す。
「では、お読みしますね」
 コダマおねーさんはコホンとひとつ咳払いをした。

「本来、天使は卵として人間の中に宿り、降りてきます。
 そこで人間として生きながら、大切なことをいろいろと学び覚醒の時を待つのです」
 天使って本当にいるんだ…ってあれ?
 これ、あたしの本って言ってたよね??
 ってことは…。

「卵には二種類あり、分離型と一体型があります。
 覚醒の後、前者はその人間の守護天使となり、後者は天へと戻り天界を支える存在となります
 しかし、…」

 ページをめくる手を思わず止めたコダマおねーさんはこちらをちらりと覗き見た。
 どうやら語るべきかどうかためらっている様だ。
 あたしは「続けて」と少し強めにおねーさんに言った。
 困った顔をしたおねーさんだったけど、小さく頷いた。
「玲奈さんの物語ですものね。わかりました」
 おねーさんは本のページをめくった。

「玲奈は何者かの手によって無理に天使へと覚醒させられたのです。
 自分が誰であるかも自覚せぬままに、翼は玲奈の背に。

 元来守護天使となるべき玲奈の中の天使は、玲奈に吸収される形となってしまったのです」

 あたしは思わず真っ白な翼を無意識に触っていた。
 そうか、だからあたしには翼があるのか…。
 だからあたしはこんな体になったのか…。

「玲奈…さん? 大丈夫ですか?」
 コダマおねーさんの声が、図書館に静かに響き渡った。
 あたしは、そして、言ったのだ。


4.
「そっかぁ、あたしってやっぱり天使だったんだね! すっきりしたぁ!!」
 胸のつかえがようやく下りた。
 ほら、やっぱりあたしの翼はあたしが持っててよかったんだ。
「…よかった。玲奈さんのお力になれたみたいですね」
「うん。いっぱい悩んだけど、ここ来れてよかった」
 あたしの翼は、純白な天使の羽。
 だって玲奈は天使なんだから。

「…そういえば、その先のお話ってあるの?」
 ふと、喜びに浸っていたあたしは、そんな疑問を口にした。
「そうですね、もう少しお読みしましょうか」
 コダマおねーさんはまた本へと目を戻した。

「天使の翼以外にも色々と手に入れた玲奈は、時には赤く染まることもあるでしょう。
 しかしながら、その翼は純白のまま天使としての役目を未だに守っています。
 ………」

 コダマおねーさんの声が止まった。
「…それから? ねぇ、それからどうなるの?」
 催促するとおえーさんはパタンと本を閉じた。
「本はまだ途中です。ここから先は玲奈さんが紡いでいくのですから」
「…そっか。ちょっと残念。もっと知りたかったのに…」
「すぐにわかります。急がなくても」
 ふふっと笑うこだまおねーさん、少し意地悪そうに見えた。
「ほら、玲奈さんがきたときは明るかった空がもう赤く染まっていますよ」
 窓の外はもう夕暮れだった。
「いけない! あたし一度本部に戻らないと…」
 そそくさとあたし、身支度を始めた。
「あら、そうですか…では、また今度ゆっくりといらしてください」

 ドアを開けると森の中だった。
 そうだ、ここに落ちたんだ。
 振り返るとコダマおねーさんが手を振っている。
 コダマおねーさんはずっと笑顔だった。

 あたしは純白の羽で赤く染まった空へと飛び立った。