コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


LOST・EDEN 舞え、ワルツの奏での中で



 悲鳴があがった。
 行き交う人の流れの中で、小学生くらいの少年が倒れて、そして血を流している。
 みるみる血の範囲が広がっていき、赤黒い染みが人の恐怖を駆り立てた。
 両手にナイフを持っていた娘は、不可思議な髪と瞳の色をしていて、誰もがその美貌に目を奪われていた。
 ――ただ、彼女のナイフが血を帯びてさえいなければ。
 彼女は息子の身体を揺する母親を冷徹に見下ろし、そして目を細めた。
 そして、あっという間に人込みに混じって消えてしまう。その素早さに、誰も彼女を引き止めることはできなかった。

 どういう理由か、その事件はテレビや新聞には取り上げられず、目撃した人々も不思議がっていた。
 だが…………このインターネットが当たり前のようになっている時代で……その「事件」がひそかに広がっていた。
 ネットの中ではその話題で持ちきりになっているところもあるほどだ。
 謎の美少女、小学生の少年を殺す……と。
 少女の名前が「扇都古」だと……一体どこから出たのかわからない情報まであった。



 その奇妙なネットの噂を、シャルロット・パトリエールは信じていなかった。
(そう。たまたま居合わせたか、犯人を追っているのかもしれない)
 けれど……万が一、都古が犯人だった場合は。
(許せそうにないわね)
 正義感の強いシャルロットとしては、当たり前の結論だった。
 未来ある子供を殺すなんて、絶対に許してはいけないことだ。
 ともあれ、都古に対する方針を、マリア・ローゼンベルクに再確認する。
 紅茶のカップを置いて、マリアのほうを見た。
「いいわね、マリア」
「はい。都古様には、こちらの都合や好意を押し付けない。踏み込みすぎない、ですね?」
「ええ」
 だが自分の性格や、マリアの性格が今さらなおるとは思えない。とりあえず気をつけるということを、心に決めておくしかない。
「ねえマリア、あのネットでの噂……どう思う?」
「都古様が犯人とは思えませんが……。都古様に化けた何者かが犯行をおこなっているとも考えられます」
「そうよね。都古がやるとは思えないわ」
 頷くシャルロットに、マリアも同意する。
 シャルロットはこの件に関して、都古のことがなくても関わっていたはずだ。マリアはそう思う。
「……しかし、都古様はどのような目的で動いているのでしょう……」
「目的、か」
「目的が一緒なら、できれば協力し合う、ことができればよいのですけど……押し付けたりしたらまた憤慨されますよね、彼女は」
「マリアはいいわ。都古に接触するのは私に任せて」
「シャルロット様にお任せしてしまうのは忍びないですが……よろしくお願いいたします」
 マリアだと、どうもシャルロットを庇うあまり都古の警戒が解けない気がする。ここはシャルロットに任せるほうがいいだろう。
(シャルロット様が「踏み込みすぎた」と私が判断した時に止めればなんとか……)
 うまく、ことを運べればいい。

 都古に出会うことになったのは、ちょうど二人が出かけた先から戻ってきた街中だった。
 街角で色々な人に話しかけていた都古は、こちらに気づいてきょとんとする。
 ちょうどいいとばかりにシャルロットが率先して近づいた。
「都古! 今すこしだけいいかしら?」
「なーに?」
 一ヶ月前のことが嘘のように、都古はニカッと笑って応じる。
 拍子抜けしたのはシャルロットだけではなく、マリアもだ。
「ネットでの噂、知っている?」
「噂? ねっと?」
「あなたが小学生を、いえ、扇都古という人物が小学生の少年を殺したという噂が流れているの」
 声のトーンを落としてそう切り出したシャルロットに、都古は「へぇ〜」と呟く。
「あなた、犯人について心当たりはないかしら?」
「犯人?」
「その子供を殺した犯人よ。到底許せることではないわ。
 もし……その、都古もその犯人を追っているなら……協力できないかしら?」
「…………」
 都古はぼんやりとシャルロットを見つめ、それから歪んだ笑みを浮かべる。
「あー、えっと、つまりシャルロットさんはその犯人を探したいわけだ」
「ええ」
「犯人は私」
 さらりと都古が言う。腰に片手を当てて。
 何を言われたのかわからず、シャルロットは少し後ろで控えているマリアに目配せをしてしまう。
 いま……なんて?
 前を向く。都古と視線が合う。
 彼女は平然とした顔で、もう一度言った。
「男の子を殺したのは私だよ、パトリエールさん」
「……冗談でしょう?」
「残念だけど、本当だよ」
 罪悪感などまったくない気配で言う都古は、軽く肩をすくめてみせた。
「……あなたが、殺したの? 子供だったのよ?」
「だから?」
「だから、って……」
「大人も子供もないでしょ。人間を殺すことに違いはないよ」
 都古はなんでもないような口調でそう言い、「で?」と続けた。
「許せないとか言ってたけど、警察にでも連れていく? もっとも、私は捕まらないけど」
 都古はこう見えて素早い。間違いなく逃げられるだろう。
 だが、シャルロットは信じていただけにショックが大きかった。
 都古本人が犯人だとは、思ってもみなかったのだ。
 マリアはシャルロットと都古を交互に見つめる。
(都古様自身が犯人。では、なんらかの事情があったのでは?)
「なにか、事情があったのよね?」
 美しい顔を苦痛に歪めて問うシャルロットに、美貌の少女はけろりと応える。
「許さないんじゃないの?」
「……許せないわ。だって、」
「そうだね。子供を殺すのは、いい気分じゃないかもね」
 ひどいと言われるようなことをしたのだと、都古は言外に言っている。
 彼女はハァ、と小さく嘆息すると後頭部を掻いた。
「ウツミ」
「え?」
「ウツミがその子供に憑依してた。だから殺した」
「……憑依?」
「いいよ。べつにシャルロットさんに許されようとか思ってないし」
 面倒そうな態度になる都古だったが、シャルロットは首を傾げそうになる。
「ウツミって、都古が探していた……? 憑依? 見つけたってことなの?」
「見つけたけど、逃げられたんだよ」
「…………憑依していたから、子供を殺したの? ほかに方法があったのではないの?」
「………………」
 押し黙る都古の態度から、シャルロットは絶望的な気分になる。
 そもそも「他の方法」とはなんだ? 都古はシャルロットが思い描くような人間とは違っているのだろうか?
「私は」
 都古は口を開く。
「退魔士なんだよ、パトリエールさん」
「…………」
「人間だって、殺すこともあるんだよ」
 よろりと後退するシャルロットをマリアが支えた。
 マリアは、シャルロットが怒りを露にするのだと思っていたが、予想と違っていたので驚いている。
 都古は子供だろうが大人だろうが、おそらく障害になれば殺せる存在なのだ。退魔士は確かに妖魔を相手に戦うのが仕事だ。だが人間に取り憑かれたら?
(都古様は、その必然性があって、殺した……?)
「詰りたいならどうぞ。でも時間ないから、そろそろ失礼するかな」
「ま、待ってちょうだい都古!」
「ばいばい」
 手を軽く振り、都古はきびすを返して人込みにさっさと紛れ込んでしまった。
 物騒な会話も、周囲には誰も気にする者はいない。
 残されたシャルロットは、困惑の表情のまま、支えてくれているマリアを仰ぎ見ることしかできなかった。
 少年を殺したのは都古だった。これだけは、揺るぎない事実のようだ。
 都古が去った方向を、シャルロットとマリアは見ていることだけしかできなかった。



 高層ビルの屋上で、眼下を眺める。
 本来なら、もう戻っていなくてはならない時間だ。
 あの時のことを思い出すと、都古ははらわたが煮えくり返るような気分になる。
 普段あまり怒ることのない彼女がこういう感情を発露するほうが珍しい。
 そう、あの時――――。

 都古はいつものように街中を歩き回っていたのだ。
 ウツミの気配がないか、どこかに知っている人がいないか。
 途方もない作業だとはわかってはいるし……そろそろ相手が都古に気づく頃合なのもわかっていた。
 わかっていたのに……油断した。
 通り過ぎざま、子供がこちらを見上げたのだ。
 人に注目されるのは慣れているので別段、不思議に思わなかった。
 それがいけない。
 頭の中で、彼女の式神が怒鳴った。
【避けろ、愚図!】
 反射的に周囲の人間を巻き込んで倒れるような仕草になる。
 都古はすぐに起き上がり、叫んだ。
「降式、招来!」
 彼女の瞳と髪の色が瞬時に変わった時には、ナイフを振り上げた時にはすべてが遅かったのだ。
 怪我人は出なかった。
 死人が出ただけだ。
 そう、都古の判断ミスと油断によって生まれた結果だ。
 人間を殺すことを、都古は悪いとは思っていない。ただ、ウツミに選ばれたのが子供だったことは苦い気持ちになる。
 都古を攻撃してきたのは幼い子供だった。だが、だからどうした?
【まぁだ考えてんのかよ?】
「……ツクヨ」
【ああ?】
「……なんでもないよ」
【おまえは間違ってねぇ。あの場面で、あの子供を殺さねぇと、憑依者が増えておまえが殺されてただろ】
「そうだね」
【それに、他の連中も巻き込まれてた】
「うん」
【なにをそんなに悩むんだ?】
「人の法では、人を殺すことは悪いことになってるよ」
【そうだな】
 都古は苦笑いを浮かべる。
「理由があっても、やったことはそういうことだからね。まぁ、いいんじゃない?」
 なにが、とはツクヨは言わなかった。
【……おまえって阿呆だけど、損な性格してるよな。でもま、忘れっぽいからいいけど】
「ははっ。戦うのに支障をきたすわけないじゃん」
 自分は扇という一族の者なのだ。退魔士なのだ。正義感で戦うわけではない。
【……まあいいさ。泣くなら今だけだろ】
「…………そっか」
 泣いていたのか、自分は。
 都古はぼんやりとそう思う。思考のどこかが自分はおかしいのだろう。人間として、自分は偏っている。
 だが……コレが『扇都古』という人間なのだ。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【7947/シャルロット・パトリエール(しゃるろっと・ぱとりえーる)/女/23/魔術師・グラビアモデル】
【7977/マリア・ローゼンベルク(まりあ・ろーぜんべるく)/女/20/メイド】

NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、ローゼンベルク様。ライターのともやいずみです。
 犯人は都古本人でしたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。