コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


Route2・秘伝の舞いをご覧あれ / 葛城・深墨

 桜の花も殆ど散り終えた午後。
 葛城・深墨は午後の講義の合間を縫って公園に足を運んでいた。
 吹く風は穏やかで、新緑の香りが鼻を突く。そうして小説の1ページを捲ると、彼の手が止まった。
 ふと見上げた先の新緑。それを見ていると思い出すものがある。
「そう言えば、こんな色の緑だったかな」
 クスリと笑って思い出すのは、先日公園で会った少女――蝶野葎子のことだ。
 ある昼下がり。
 木陰で猫と一緒に昼寝をしていた葎子を見つけた深墨は、気持ち良さそうに寝ている彼女を見ている内に、自分もいつしか寝てしまった。
 そして目を覚ました時、彼は予想外の状況に身を置かれていたのだ。
「膝枕、だもんな。あれには驚いた」
 呟き、小説の続きを読もうとした彼の耳に、思いも掛けない声が響いてきた。
「深墨ちゃーん!」
 自分を呼ぶ元気で張りのある声。
 この声には聞き覚えがある。
 そして目を向けた先に居る人物を見て、「やっぱり」と顔が綻んだ。
「葎子ちゃん、奇遇だね――……っと、あれ?」
 不意に首が傾げられた。
 それは葎子を目にした後に覚えた違和感が原因だ。
 カラコロと響く下駄の音。それに深墨の目が下から上へと動く。
「今日は着物なんだね」
 元気の良い葎子からは想像もつかない、赤地に蝶の模様が描かれた鮮やかな着物姿。
 雰囲気は彼女の明るいものに合っているのだが、葎子が動き辛い服を着ていることに違和感を覚えたのだろう。
「今日は、舞いのお稽古だったの♪ えへへ、似合うかな?」
 笑顔で駆け寄ってきた彼女に、再び顔が綻んぶ。
 どんな姿をしていても、葎子は葎子。そう感じさせる姿に、思わず目の前で立ち止まった彼女の頭を撫でた。
 それに葎子の笑顔がより深くなる。
「うん。良く似合ってる、いつもよりずっと綺麗だよ」
「本当? 本当に、綺麗?」
 僅かに頬を染めてくるりと回って見せる姿に何度も頷きを返す。
 きっと、妹がいればこんな感じなのだろう。
 そう思うと知らず笑みが零れてしまうのも仕方がない。
「でも、葎子ちゃんが舞いのお稽古かぁ……あれ? それじゃあ、もうお家に帰るところだったのかな?」
 葎子は「舞いのお稽古だった」と言った。
 その言い方は明らかに過去形で、彼女がこれから帰宅する事を示している。
 しかしそんな考えとは裏腹に、葎子は首を横に振った。
「ううん。これからお買い物に行くの」
「お買い物……その格好で?」
 着物と言えば動き辛い。そんなイメージがある。
 だからこそそのままの姿で買い物に行くと言う言葉にまたまた違和感を覚えた。
 だが葎子は一切気にした様子もなく頷くと、「あ!」と声を上げた。
「そうだ! 深墨ちゃんもお買い物に行こう♪」
「え?」
 突然の申し出に思わず目を瞬いた。
 だが葎子はそんなことなどお構いなし。深墨の手を取ると強引に立たせた。
「葎子、美味しいお団子のお店知ってるの。深墨ちゃんにもご馳走したいから……ダメ?」
「いや、ダメというか……」
 可愛らしく小首を傾げる姿に、チラリと時計を見る。
 午後の残った講義を受けるならそろそろ戻らないといけない。
 けど……と、葎子を見た。
 その瞬間あった瞳に、彼女が笑顔を返す。
「深墨ちゃんにご馳走するくらい、葎子だって大丈夫なんだから、安心して♪」
「いや、そうじゃなくて、講義が――」
「こうぎ?」
 言いかけた声に葎子の首が傾げられた。
 ゆるりと風と彼女の動きに添って、ツインに結い上げた髪が揺れる。それが彼の視界に入ると、深墨は諦めたように息を吐いた。
「……仕方ないな」
 今日は天気も良い。
 こんな日は講義を受けるより、外にいた方が何倍も良いのかもしれない。
 深墨は不思議そうにこちらを見ている葎子を見ると、クシャリとその髪を撫でた。
 そしてにこりと笑って見せる。
「俺は結構食べるよ?」
「大丈夫! 葎子、頑張るから!」
 何をがんばるんだろう。
 そう呟いて笑うと、ふととられている手に目が落ちた。
「――案外、居心地良いんだよな」
 口中で呟き足が動いた。
 そうして公園を後にすると、2人は近くの商店街に向かったのだった。

   ***

 商店街まではあと少し。
 そうしたところで、2人は意外なものに足止めを食っていた。
「――なんだ、これ」
 目の前でグルグルと喉を鳴らして立ち塞がるのは、大型の獣だ。
 金色の鬣に、同じく金色に輝く瞳。
 明らかに普通の獣ではない存在が2人の行く手を阻んでいる。
「悪鬼ちゃん……あの形は、獣鬼ちゃんだよ」
「獣鬼?」
 葎子を後方に庇って改めて獣を見る。
 大きな手と鋭い爪と牙。あれにやられたら一溜りもないことは自分でも想像できる。
 深墨は深くアスファルトを踏み締めると、自らの腰に手を添えた。
 その瞬間、彼の目が見開かれる。
「しまった……丸腰だ」
 冷や汗が額を伝う。
 こうした訳の分からないものを相手にするのは慣れている。その度に倒すことにも抵抗はない。
 それに今は、背に葎子を庇っているのだ。
 倒せるなら早々に決着を着けるべき――しかし。
「葎子ちゃん、ここは逃げて」
 武器を携帯していない事実に気付いてしまった。
 持っているのは自分の鞄だけ。これでは葎子を護るすべなどない。
 ならば自分は彼女が逃げる時間を稼ぐだけだ。
 しかし、後ろに目を向けた彼が見たのは、予想外のものだった。
「葎子ちゃん、いったい何をして……」
「葎子がやっつけてあげる。葎子の家に伝わる秘伝の舞い。それを見せてあげるね♪」
 何時かと同じように無邪気な笑みで前に出る彼女に、慌ててその腕を掴んで引き留める。
「葎子ちゃん、待って」
「どうしたの?」
 きょとんと見返す顔に、深墨の目が赤の着物に落ちた。
「今日は戦えないよ」
「でも――」
 そう言葉を切った時だ。
「危ない!」
 2人の視界に金色の光が射した。
 それを、葎子を抱え込むことで避けると、深墨は透かさず前に出た。
 射した光の正体も、すぐさま態勢を整えて前に出ようとしている。
 状態は一刻を争う。それに、どうも目的は自分と言うよりも葎子な気がする。
「仕方ないな」
 渋々と言った声が漏れた。
 背に腹は代えられない。自分に出来ることは彼女を護ること。そして護る為にすべきことは――
「せめて、俺が囮になるよ」
「……深墨ちゃん?」
「俺が囮になるから、その間に葎子ちゃんがなんとかしてくれる?」
 囮になって敵を引き付ける術なら持っている。それならば、自分が囮になりその間に敵を倒してもらった方が彼女を護ることになるのではないだろうか。
「葎子ちゃんは俺が守る。でも――」
 深墨は言葉を切ると、静かに印を刻んだ。
 その姿に葎子の目が瞬かれる。
「危なくなったら無理矢理にでも連れて逃げるから。それと舞いだけど……それは、また今度、ゆっくり見せて貰えると嬉しいな」
 今は得体のしれないものに頼るより、以前悪鬼を倒した時に見たうさぎの幻術に倒してもらったほうが良い。
 そう思い言葉を紡いだのだが、葎子から返事が返ってくることはなかった。
 その代りに向かってきたのは獣鬼だ。
 凄まじい勢いで地を蹴って距離を縮める存在に、深墨の姿がぶれた。
 だがそれも一瞬のこと。
 直ぐに獣鬼の前にその身を晒すと、彼は身軽に金色の爪を避けた。
 これに敵の目の色が変わる。
 先程よりも素早い動きで反転した身体。これに僅かに反応が遅れた。
「ッ、葎子ちゃん!!」
 傍に彼女を捉えていた。
 だが手が届かない。
 そうしている間にも獣鬼が彼女に襲い掛かる。
 しかし――
「葎子、ちゃん……?」
 突如彼女の周辺に蝶が舞った。
 ヒラヒラと舞い上がる無数の蝶。それに合わせて翻された赤い袖に、獣鬼が怯んだ。
 柔らかで凛とした舞い。それを披露する彼女は、普段の元気あふれる姿とはかけ離れている。
「蝶が、壁を……」
 舞いが進むにつれて増える蝶。
 それが幾重もの壁になって獣鬼の前に立ち塞がる。
 だが敵もそれをただ見ているだけではなかった。
 鋭い牙を覗かせ、壁に爪を立てたのだ。
 しかし――
「これはッ……!」
 息を呑む音が響いた。
 獣鬼の爪を蝶の壁が受け止めた瞬間。
 今まで壁でしかなかったそれが五芒星の形をとったのだ。
 そして葎子の両の手が舞いの終わりを告げるように、軽やかな音を響かせると、辺りがまばゆいばかりの光に包まれた。
「――蝶野家秘伝の舞い、幻影蝶舞!」
 声と共に放たれたのは、蝶の姿をした光だ。
 それが幾筋もの線を引いて獣鬼に突き刺さってゆく。
 これに獣鬼は堪らず雄叫びを上げた。
「……凄い」
 深墨はそう呟き、ただただその光景を見ているしかなかった。
 そして獣鬼が完全に地に沈むと、葎子の身が揺らいだ。
「葎子ちゃん!!!」
 急ぎ駆け寄って受け止めた身体。
 その異様な軽さにも驚いたが、何より驚いたのは彼女の額に浮かぶ汗の量だ。
 舞いを舞っていた時間はそう長くなかった。
 だが葎子の汗は、その時間を遥かに超える量が出ている。その量は、明らかに尋常では無い。
「深墨ちゃん……大丈夫……?」
「あ……うん、大丈夫だよ」
 力なく笑って見せる葎子に、頷きを返す。
 すると彼女はホッと安堵の笑みを零して瞼を落とした。
 どうやら力の使い過ぎで意識を失ったのだろう。穏やかに繰り返される呼吸が、体力を回復するために眠りに落ちたのだと伝えている。
 深墨は抱き寄せた彼女の身を抱き上げると、ふと改めて異様なことに気付いた。
 葎子は確かに小柄だ。
 だがそれにしても軽すぎる。まるで重量などない。そう感じないほど軽いその身体に、思わず眉間に皺を寄せた。
 そうして彼女の顔を見ると、額に付いた髪を撫でた。
「……君は、何者なんだ?」
 静かに口にした問いに答えはない。
 深墨は葎子をしっかり抱きしめると、彼女が働いていると言う喫茶店にその身を運んだのだった。

 END


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【 8241 / 葛城・深墨 / 男 / 21歳 / 大学生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート2への参加ありがとうございました。
戦闘シーンを色々悩んだのですが、葎子が好き勝手に暴れる感じに納まりました。
気に入って頂けると幸いです♪
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。
この度は本当にありがとうございました!!