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<東京怪談ノベル(シングル)>


First Impression


 天災という事象は予期せぬところから起こり、人々から全てを奪っていく。
 天の怒りか、はたまた高笑いか。何にせよ、それが過ぎ去った後には文字通り何も残ってはいなかった。
 残した物があるとすれば、あらゆる意味での爪痕だけであろう。そして、人々はそれに恐怖し、絶望した。
 とは言えそのままであっていいわけもなく、どれほど絶望しても人々は立ち上がるしかないのだ。それ以外に道は残されていないのだから。

 そしてこういう事態が起こった場合、陣頭に立って動くのは自衛隊や軍隊である。自国を守ると言う任務を負う以上、それは当然のことだ。
 そのために彼らは鍛え上げられているし、彼らもそれを認識している。
 しかし彼らとて人間である。なら、彼らの疲労や絶望といったものは誰が癒してくれるのだろうか?



 とある港、ここはまだ天災の被害も少なく、見た目だけならば普段とそうは変わらない。そこに戦艦玲奈号が接岸していた。
 彼らも当然この事態に復興作業を行うべく行動を開始し、そして実際その活動に従事している。
 彼らはどれだけ絶望的な状況であろうと気丈に、そして決して諦めず作業を続けた。しかし彼らの中にも家族が被災したものは当然いたし、暗く濁りきった被災後の現場というものは精神的に大きなダメージを与えた。その結果、本来勇気付けなければいけない彼らが逆にノイローゼ手前になるという状況にまで発展していた。
 彼らの呟きはまるで怨嗟の如く風に流れる。どうしたらいいんだ、勇気付けろと言われてもその俺達には誰が勇気をくれるんだ、と。それをせめて被災した人々の前で呟かなかっただけ彼らはまだ懸命だったと言えるだろう。そんな事をしてしまえば、今度こそ全てが瓦解するだろうから。
 しかしその分鬱屈とした気分は艦内に淀みを作るほどであり、そうした気分は次々に伝播していく。それは次に憔悴へと変わり、そして最終的には肉体的な疲労へも転換されていく。

 それは場所が変わる音楽隊舎も同じことであった。
 普通であれば音楽を奏でながら色々なメッセージを伝えるはずの音楽隊も、今回の被災で精神的に参ってしまっていた。そんな状態であればまともな演奏など期待できるはずもなく、せめて明るい音楽で少しでも勇気を分けてやって欲しいと慰問を依頼にきた民間人たちの願いも聞き入れられるはずもなかった。
 こんなときのための音楽隊だろうと怒声が飛ぶ。せめて少しでもと上官からも檄が飛ぶ。それでも彼らはまともに動けない。
 勇気をくれと民間人たちが言った。なら俺達には誰が勇気をくれるんだと返したかった。しかしそれだけは言ってはいけないから、彼らはただ口を噤むしかなかった。
 やがて怒声が諦めに変わり静かになった頃、ドラムスティックを器用に指先で回しながらドラマーが呟いた。あの娘に頼めよ、と。
 玲奈号には名物とも言える少女がいる。その見た目の可愛らしさも相まって相当な人気があるのも事実だった。









 三島玲奈は軽く怒っていた。
 慰問を頼まれた事は、多少驚いたが別に問題ない。そもそもこの船は平時は観光船でガイドだってやっているのだ、その手のことはお手の物だ。
 あなたのような可愛い方に、と言われて気分も上々だった。長くピンと伸びたエルフの耳もぴくぴくするほどに。しかし、それ以外のことも全て自分に投げられてしまったとなれば話は別だ。
「なんであたしがマネージメントまで……」
 ぶちぶちと響く愚痴に、しかし返事は全くない。既にその場には彼女しかいなかった。
「はー……」
 長い溜息の後、仕方ないと玲奈は椅子から立ち上がる。頼まれた以上やらなければいけないのだ。

 とは言え一人でどうにかなる仕事ではない。歌だけならば彼女一人でなんとかなるだろう、しかし今回は慰問のための演奏会だ。
 つまり最低でもバックバンドくらいは確実にいる。今は全く動けない音楽隊に負けないくらいのものは用意したいところである。しかし彼女にそんな伝があるはずもなく、このままでは演奏会も暗礁に乗り上げてしまいそうだ。
「船だけに、って誰もうまいこと言えなんて言ってないよね……」
 さて、どうしたものか。また長い溜息が船室の中に響くのだった。

 考えていても仕方がないと玲奈は船を下りた。
 どうにかして伝を手に入れなければならない。しかしその方法が分からない。あれこれと聞いてはみたが、そもそもこの付近に住んでいるクルーがいるはずもなく徒労に終わってしまった。
「あーもうどっかに有名なミュージシャンでも避難してないかなぁ」
 聊か不謹慎な発言ではある気もするが、今はそんなことも言っていられない。彼女にとっては今こそが死活問題なのだ。
「……ん?」
 そんな時、彼女の目に一つのポスターが目に入った。どうやら近くにあるライブハウスのポスターのようだ。
「ライブハウス……あぁ、そっか!」
 規模はどれほどのものか分からないが、ライブハウスであれば少なくとも付近の若者にはそれなりに名の通るミュージシャンもいるのではないか?
 そうとなれば話は早い。玲奈はポスターに書かれた住所と電話番号を控え、その情報を集めはじめた。
 方々に聞き回ってみたところ、どうやらこのライブハウスは結構な有名どころらしい。どうやら出演しているバンドの腕も確かなようで、これならばバックバンドとしては申し分ないだろう。
 事実を確認だけして玲奈はすぐさまそのライブハウス『ク・メル』へと向かうのだった。

「うん、オーケーオーケー」
「はやっ!?」
 話は随分すんなりと収まった。交渉のために気合を入れて乗り込んだ玲奈が肩透かしを喰らって呆然とするほどに。実は予め上層部からの平身低頭な交渉があったのだが、そんなことを彼女は知らない。
 さっさと話が決まったところで、この時間帯は丁度バンドが練習をしている時間だから見ていけばいいと言われ、玲奈はその言葉に従った。そもそも時間が多少かかるだろうと思っていたため、手持ち無沙汰で丁度渡りに船だったのだ。
 地下に造られたホールから、扉越しに軽快なサウンドが漏れ出している。そしてその扉を開いた瞬間、玲奈は目を奪われた。
 あくまで練習であり、ホール特有の煌びやかさこそないが、そこに広がっているのは濃密なまでの音の世界。その中心で演奏し歌う四人の腕は確かに素晴らしかった。
 しかし玲奈がもっと心を奪われたのはもっと別のものだった。
「……」
 言葉を忘れていた。ギターに合わせて揺れる銀糸と飛び散る汗、そして幸せそうな笑顔。心から楽しいとばかりにピックを弾く女性の姿に心を奪われたのだった。顔立ちは綺麗なのに雰囲気は可愛い、どこか不思議なアンバランスさを持った女性だ。
「おっ」
 演奏が終わり、玲奈に気付いたその女性がタオルを手に歩み寄る。ただそれだけで玲奈の心臓が破裂しそうなまでに高鳴った。
「話は聞いてるよ。あんただろ、バックバンドの依頼人さんって?」
「ぇっ、あっ、そ、そう、です」
 不意に話しかけられ思わず挙動不審になる。それでいて玲奈の視線は彼女から離せなかった。
「あたしはアスカ・クロイス。このバンドの一応リーダーってことになるかな? まぁよろしく頼むよ、物好きな依頼人さん」
「みっ、三島玲奈ですっ!?」
 差し出された手に思わず声が裏返る。そしてそれに気付き、玲奈は俯きながら手を握ってしまった。
「面白いやつだなー。まぁいいや、バンドのメンバーも紹介するから。こっちが……」
 次々に紹介が進む。しかし玲奈はほとんどそれを聞いていなかった。アスカの人懐っこい笑顔に心を奪われていて、それどころではなかったから。

「そんじゃま日程はこんな感じでよしっと…うちのオーナーはどうもこの辺ズボラだから、あたしがしっかりしとかねぇとなぁ…」
「そ、そうなんですか……あはは……」
 全く困ったもんだよと肩を竦めるアスカに、玲奈はどこか浮ついた笑いを返すだけ。そんな彼女の様子を知ってか知らずか、アスカはその場を切り上げた。
「リハはホールでやるからよっしくー。こんな状況であんたも疲れてるだろうし、リハまではゆっくり休みなよ」
 そう言って、放り投げたコーヒーが玲奈の手に渡る。
「こんなのであんまり疲れが取れるとは思わないけどさ」
 それだけ言い残しアスカは部屋から出ていった。そして玲奈はただそれを見送るだけだった。

「……アスカさん、かぁ……」
 艦に戻った後も、玲奈はただただ呆然と何もない時間を過ごしていた。
 ベッドの上に転んでみても、艦内を歩き回ってみても浮かんでくるのはアスカの姿ばかり。そしてそんな自分に気付き、赤くなりながら被りを振る。しかしすぐ直後にまた思い出し、頭の中が彼女の姿で一杯になっていた。
「……もしかして、これって所謂一目惚れの片思い? いやいやいやいや女同士だし! ……だけどなぁ……」
 自分で言いながらそれは違うと思いつつ、しかしこの気持ちと自分のおかしさはそうでないと説明が付かない。その事実がさらに玲奈を混乱させた。
 口調は乱暴な癖に優しさがあり、そして何より綺麗で可愛い。明らかに自分とは違うタイプの女性だからだろうか、余計に意識してしまう。そして思い出すだけで自分の顔が熱くなるのが分かる。
「あ〜〜〜……もーーーーーっ!!」
 悶々とした気分は結局晴れず、玲奈はその日眠れない夜を過ごすことになったのだった。









 それから数日、玲奈は慰問ライブのための打ち合わせとリハーサルを彼女たちと繰り返した。
 最初は意識するあまりぎこちなさが前面に出てしまい何時もの調子が出せなかったが、何度も繰り返すうちに少しずつ慣れて玲奈も本来の実力を発揮できるようになってきた。勿論玲奈は内心意識していたが、それでも自分のやるべき事を思い出した彼女はまずそれに邁進していた。
 それに何より、ただ傍にいれるだけで嬉しい自分に気付き、今はそれだけで十分だと思っていたからだろう。
 最初はただ憧れに近かった強すぎる想いは、時を重ねる毎に確かな、そして穏やかなものへと変わっていった。

 楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。誰がそう言ったのかは知らないが、玲奈にとってその時間はまさしくすぐに過ぎ去っていった。
「よっ、お疲れさん」
 アスカは相変わらず口調は乱暴なものの、細かな気遣いが行き渡っていた。その当たり前の行為に玲奈は笑みを返しつつ、しかし内心では落ち込む自分を感じずにはいられなかった。
 気付けば慰問ライブの開催日。それはこの楽しい時間が終わることも意味している。はっきりと自分の気持ちを理解しているからこそ、その事実がただ辛かった。
「そういや、あんたと知り合ってもう数日かぁ…なんか早かったな」
 アスカはただ楽しげに笑っている。この気持ちは自分だけなのだろうと思うと、それが余計に辛い。
 少し俯く玲奈の頭を、ふと暖かい感触が触れる。顔を上げると、そこには手を乗せ笑うアスカがいた。
「頑張ろうな」
 言葉は短かった。しかし、今の玲奈にはその方が良かったのだろう。小さく頷く玲奈に、アスカはまた一度頭を撫でて立ち上がる。
「さぁ本番だ、思いっきり元気にいこう!」
 ステージは艦をそのまま使うという豪華なものだ。これ以上のステージはないだろう。
「よっし!」
 気合を入れるかのように頬を二度叩く。今はただ、最高のステージを彼女と作り上げるために――。

 そして何度も何度も繰り返してきたパフォーマンスは、最高の結果を持ってフィナーレを迎えるのだった。

「終わったー……」
 充実感と虚脱感。複雑なその感覚に体を任せ、玲奈は空を見上げた。
 彼女たちのバンド名と同じ青空がそこには広がっている。そしてそれがこれで最後なのだと教えているように思えて、こみ上げてくるものを抑えきれなくなりそうで。そんな顔をアスカに見せるわけにもいかず、玲奈は逃げるように艦内へと戻っていくのだった。



 そして出航日。結局ライブの後からアスカと顔を合わせていない玲奈は、やはり落ち込んだ顔で艦内にいた。
 別れはどうしようもない事実だ。そしてそれに押し潰されそうな自分がいる。自覚しているからこそ、今はただ時間が過ぎ去ってくれるように祈っていた。何時かはその寂しさも忘れられる、そう思って。
 しかし、それは許してもらえなかった。
「……へっ?」
「おっ、いたいた」
 なぜなら、アスカが目の前にいたからだ。
「えっ、へっ。えぇぇぇぇ!?」
「ったく、ライブ終わった後打ち上げにも参加しないから心配してたんだぞー? 熱でも出したかと思ったじゃん…まぁそうじゃなかったみたいだけど」
 挙動不審な玲奈を余所目に、アスカは無遠慮に顔を覗き込む。そこに病気などがないと分かると、何時もの笑顔に戻っていた。
「今日出航なんだろ? 折角知り合えたのに水臭いってーの」
 言うが早いかデコピンを一発、しかしあまり痛くないそれに玲奈はまた顔を俯かせる。
「あの……ごめんなさい」
「んー…謝られてもなぁ。まぁいいや、ほいこれ」
 そこにあったのは何かが書かれたメモ。どうやら電話番号のようだ。
「あたしのケータイの番号。幾ら戦艦でもずっと日本にいないわけじゃないだろうし、日本にいる間なら何時でも電話かけてこれるっしょ?」
「……いいの?」
 おずおずと聞き返す玲奈に、アスカはやはり笑う。
「当然っしょ、あたしは一度築いた人間関係は大切にするほうなの」
 それは、あの日玲奈が見惚れた綺麗な笑顔だった。

 それから暫く話し込み、気付けば出航の時間になっていた。
 今度こそ正真正銘のお別れだ。しかし今の玲奈に暗い表情は浮かんでいなかった。
「あの、また絶対会いに行くから!」
「何時でもどーぞー。ク・メルが潰れてなかったら、だけどな」
 そして、あの日と同じように手が差し出された。その手を今度こそ玲奈は戸惑いなく握り返す。
「また一緒に歌おうぜ、楽しかったからさ」
「……うん」
 それが、別れの会話になった。



 玲奈は艦橋から海を見つめていた。既にク・メルに近い港は見えなくなっている。
 結局彼女が想いを告げることは出来なかった。しかし、今はそれでいいかと思える。時間はこれからもあるのだから。まだ焦る必要もないだろうから。
 駄目だった時のことは考えると怖くなるのは当然だろう。しかし、この気持ちは本物で。そして、そう思える事がただ嬉しいから。
 ふと視線を外し、彼女は歩み出した。そういえばライブのときの写真があることを思い出し、それを写真立ての中に飾るために。
 写真の中の二人は並び、ただ楽しげに歌っていた。





<END>