コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


銀弾の射手
 少女は静謐な空間の中で机へと向かっていた。屋敷のとある一室、少女はさる国で大統領の地位に立つ者の娘だ。
 ペンを投げ出し、娘はぐっと伸びをした。のめり込む様に勉強してはいたものの、既に日付が変わっていることを告げていた。ほどほどにして休もう、そう思い椅子を立ったその時だった。
 静謐なその空間を壊すことなく、ただ静かにそれはやってきた。振り返った少女の視界に映った壁の一角がざらりと一瞬で砂になったというのに、さらりと砂が崩れる音以外何も物音などしなかった。
「ひっ……」
 少女が叫び声を上げる寸前、どんと腹に衝撃を受けて彼女は気を失った。
 かくして大統領の令嬢は音もなく誘拐され、程なくして駆けつけた警備らも断末魔を上げるより早く、千切りでもされたかのように崩れ落ちたのだった。


 何時間が経過しただろうか。
 大統領令嬢の誘拐は思いのほか早い対応で対処のための人員が充てられた。国境付近の渓谷を緩慢な動きで飛び抜けんとする漆黒の未確認機に、令嬢が捕らわれていることが判明していた。
 スクランブル発進していた最新鋭の複座式戦闘機が数機。その隊長機が無線を送った。
<<敵機に告ぐ! 今すぐ近隣の基地へと投降しろ!>>
 戦闘機は未確認機の後ろについたまましばし様子を見ていたが、やはりというべきか投降の意思を示す様子はない。複座の後部座席に座っているレーダー手がため息をついた。
「仕方がない。威嚇射撃をする」
 全部座席のパイロットが敵機にぐっと機体を寄せた。見せつけるように機関砲を撃ち鳴らす。
 レーダー手が声を荒げた。敵機がゆっくりとロールして、その腹を見せたのだ。
 翼にしっかりと括られた人物の姿。それは数時間前に誘拐された大統領の令嬢の姿だった。意識はすっかり失くしてぐったりと暴風に晒されている。
「どういうことだ……」
 腹を見せていた敵機がそれまでの緩やかな動きを一転させ、ぐりんと円を描くようにスクランブル機の背後に回ったのだ。
<<隊長ッ!>>
 途端、ミサイルアラームが鳴り響く。展開していたスクランブル隊が一斉に撃墜されたのはその数秒後のことだった。


 スクランブル隊撃墜の報からさらに数時間後、件の事件解決の要請を受けたIO2兵器研究所ではため息ばかりが漏れていた。
「鎌鼬と一反木綿のコラボだと。笑えん」
 苛立たしげにため息を吐く将軍は、何度も腕組みをし、また解く。
『将軍』
 モニターに現れて将軍へ呼びかけたのは、とある女性の将校だ。
『吉報です。例の十字架が空輸にて届きました』
「吸血鬼を葬ったという銀の十字架か。だがそんなものをどうする。ハエ叩き代わりにするには相手は大きすぎる」
『銀弾に加工して撃つのです、将軍。提供元からの情報を信じるならば、吸血鬼を撃ち滅ぼした際に得た霊性が、所謂怪物の類いへの効力を認めると出ています』
 将軍が唸った。
「その話しを信じるとして、十字架を銃弾として加工したとしよう。弾は一発のみ。誰が撃つというんだ」
 戦闘機へ撃ち込む銃弾だ。狙うならば戦闘機と同等のスピードで追いすがる乗り物が必要だし、操縦席からは撃てないため、翼にでも乗って射撃するしかない。
 戦闘機の翼に載り弓を撃てる者。馬鹿馬鹿しい。いるわけがない。
 そう一蹴して、はっと閃く。同時に舌打ちを隠しきれなかった。
「……また、あの娘か」


 指令室の天井近く、誰にも気づかれていない二つの影があった。一人は屈強とした肉体を持つスーツとサングラスの男。一人は柔らかそうな黒く長い髪をした少女で、薄い絹で出来た白いドレスを着ていた。いくつものパーツに及ぶスカートの下では、少々面白くなさそうに足が組まれている。
「人使い……ううん、船使いが荒いこと」
「そう皮肉を言うな。加工した銀弾をギヨーム弾、この作戦はギヨーム作戦として正式に発令された」
 二人の声は指令室の誰にも聞こえてはいない。次の瞬間、浮かんでいる二人の真下に広がる景色は移り変わっていった。街中の様子がどんどんと場所を変えて映し出される。
「ギヨーム作戦のために、全国民が静まり返っている。学校も臨時休校にしたくらいだ。お前の双肩に期待がかかっているんだ」
「……やるけどね。ちょっと面白くない」
「兵器と言われて良い様に使われることがか?」
 む、と玲奈が押し黙る。男……鬼鮫は意外にも喉で笑った。
「知ってるか? ギヨームはな、ウィリアム・テルのことだ」
「頭の上の林檎を射った人でしょ?」
「そうだ。失敗したら殺されるところを成功させ、英雄になった。つまりこれは英雄の作戦ということだ」
「英雄、ね」
 少し口の端を上げて、玲奈はそれまで幽体離脱していたのを身体に戻した。既に自機・ツアウンケーニヒの背に乗り、例の鎌鼬が通過するポイントに先回り済である。
 ケーニヒが鎌鼬の存在を認め、エンジンが点火する。十分に温まるのと同時に上空へ飛びあがった。ちょうどやってきた鎌鼬の尻尾を掴む形となり、玲奈は心の中で自機の正確さに黄色い声を挙げた。
 夕刻の薄明をバックに、漆黒のアンノウン機は突然の敵機を引き離そうと速度を速める。特別に誂えた手綱を握り、風と強烈なGを念動力の応用で中和しつつ、絡み合うように上空で追いかけ合う。
 直線走向に入ったのを見計らい、バタバタとドレスが靡くのを構わず玲奈は弾頭矢を番えた。
 鎌鼬が翻り、何度もそうして見せたように腹の令嬢を見せた。意識を取り戻していた令嬢は、真っ白の顔をして怯えている。だがそれを見ても怯まない玲奈を見て、彼女が矢を放つより先に鎌鼬の姿が消えうせた。
 息を飲む間にずどんと自機が揺れた。ひどい衝撃に素早く自機を見回す。鎌鼬がケーニヒの両主翼を切り裂いていたのだった。
「鎌、鼬……!」
 こうなるとバランスを崩して墜落する他ない。自前の翼を展開し、もろとも落ちることはなかったが、依然として鎌鼬の姿を捉えられない。消えたのではない。早すぎて見えないだけだ。
 絹のドレスが鎌鼬に裂かれた。次いで前髪ぱらりと落ちる。
 気配はあるのに。焦る心から辺りを見回し、足元の市街地が目に入る。下からは何の音もしない。全国民が文字通り息を顰めてくれているというのに、その心に添えれないのが悲しくて辛い。
(だめ、あたし以外に誰がやるの!)
 自分を叱咤し、玲奈は翼を仕舞った。少しばかり切り裂かれていた皮膚が再生し、代償として髪が抜けおちる。構わない、と瞳を閉じて気配を探った。切り刻まれてぼろぼろになるドレス、だが目蓋の裏にその太刀筋が見える。
 閃いた。撃つべき箇所が閃光になって見えた瞬間、彼女は素早く弓を射っていた。撃つと同時に翼を再展開させて、鎌鼬の主翼に括られている令嬢を解き放った。主翼を蹴って令嬢と共に空に投げ出されたところで鎌鼬が爆音を起こして煙をあげ、地上へと落ちていく。
「ふう……大丈夫?」
 抱える腕の中で震える令嬢に声をかけると、彼女は口を開けたまま言葉を発しかねていたが、やがて腕を回して玲奈を抱きしめた。震える声は彼女の受けた恐怖を示していたが、腕の強さはそれを超える安堵を感じた。
「あ、りがとう! ヒーロー……私の英雄だわ!」
「……スキンヘッドの英雄、ね」
 髪の抜け落ちた頭に触れ、複雑そうな玲奈はそれでも笑い、「もう大丈夫よ」と翼をはためかせた。