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<東京怪談ノベル(シングル)>


幻想の向こうに見えるもの

 ホームルームを告げる鐘もまだ鳴らないこの時間は、まだ日差しも弱く気のせいかやや肌寒い。
 皇茉夕良はそんな弱々しい日差しの下、急いで歩いていた。
 図書館の扉を潜り抜けると、角を曲がって図書館内にある一室を探す。
 自習室は図書館の1階に存在し、試験前にならない限りはこんな時間に人がたむろしている事もない。
 だから、秘密の話をするにはうってつけの場所であった。

「自習室……あった」

 普段は滅多に使わないような部屋だが、目でプレートを探せば、「自習室」と書かれたプレートのある部屋はすぐに見つかった。
 茉夕良は音を立てないように、そっとドアノブを回す。
 中に入ると坊主頭が目に入る。小山連太は、いつも被っているキャスケットを椅子に引っ掛け、現れた坊主頭をガリガリ掻き毟りながら手を動かしていた。また記事を書いていたのだろうか。

「おはよう。こんな時間に呼び出したりしてごめんなさい」
「あっ、先輩。おはようございます!」
「これ、こんな時間に来てくれたお礼と、いつも頑張っている新聞部の皆さんに差し入れ」
「わあ、ありがとうございます!」

 茉夕良がキャンディーの包みを渡すと、連太は嬉しそうに受け取る。
 茉夕良はちらりと連太が机に散らかしたものを覗く。
 走り書きはどこかの取材メモだろうし、今書いていたのは時間から考えると昼に出す分の記事の草稿ではないだろうか。
 そして、変に分厚い、やけに丁寧な字でびっしりと埋められた紙が気になった。

「ねえ、これは取材メモ?」
「ああ、これは投書ですね。怪盗の事に関する事ですから自分に回されてきたんですけど……正直ファンタジーめいててそのまま記事にも使えず。無視してたらどんどん来るようになって正直参ってるんす……」
「あら……」

 嫌がらせにしては、全部丁寧な字で書かれているし、いつもいつも投書なんて面倒くさい事するかしら……。

「これ、読んでいい?」
「ええ構いませんが……でも先輩は怪盗の事を自分に訊きに来たんでは?」
「うーん役に立つかどうかはともかく、気になったから」

 茉夕良はそう笑いながら手紙に目を通した。

『怪盗は呪われている』

 1行目を読んだ瞬間、目が少し泳ぎ、連太が何故この送り主の投書を無視し続けていたのかがよく分かった。
 延々と書かれるのは、怪盗が現れてから変な出来事が増えたと言う事、魔法が弱くなったと言う事、死者がうろうろするようになったと言う事であり、全て「怪盗が原因であり、怪盗を追い出さない限りはいずれ学園に害が及ぼされるであろう」と言う文で締め括られていた。
 目が泳ぎながら何とか読み終え、茉夕良は少し引きつった顔で投書を連太に返した。

「変わった人もいるのね……」
「全くですよ。魔術同好会の方なんですが、何でもかんでも呪いだの一点張りで……最近来た分だと、「このままだといずれ死者と生者が反転する」とか言い出しててもう……」
「え……?」

 茉夕良は少しだけピクリと反応する。

「えっ? 先輩、まさか信じたりはしないですよね?」
「え、ええ、ただちょっと気になっただけで……でもどうして死者と生者が反転するとか思いついたのかしらねえ」
「それが、盗まれているものの共通点を指摘してるんですよねえ」
「あら……」

 それはちょうど茉夕良が訊こうと思ったものだった。

「どう思ったのかしら?」
「まあ、正直話半分で聞いた方がいいとは思いますが。
 第1の品オディール像、第2の品食堂の鍋、第3の品写真部の写真、第4の品イースターエッグ……全て学園の卒業生の寄贈品ですので。まあ卒業生が制作したものを学校に寄贈とか、買ったものを寄贈とか違いはあるらしいんですが。共通点は、寄贈していると言う事。
 物を贈るって言うのは一種の想いだそうです。それが古くなれば古くなるほど、強くなるとか。想いは集まれば思念となり、思念は力になる。その強い力は集めれば死者も蘇る……とか、長ったらしく語っていましたね」
「…………」

 茉夕良は、4年前の事件で死んでいる人を1人知っているし、暗躍している人に心当たりもある。
 そして、その人は理事長の怒りに触れて学園を追放された、と言う事も……。

「? 先輩? 先輩? どうかされましたか?」

 連太に心配そうに顔を覗き込まれて、茉夕良は慌てて首を振った。

「なっ、何でもないわ。そう言えば、最近現れたもう1人の怪盗の集めたものの共通点って何かしらねえって」
「ああ、ロットバルトですか。どれも著名人が作った芸術品らしいので、オディールの盗んだものに比べると価値が高いと思いますよ。
 ただ魔術同好会曰く、不特定多数のために作ったり贈ったりするものよりも、特定の場所に贈るものの方が魔術的価値は高いらしいんですが……」
「……そう言えば、前に新聞にロットバルトの写真を出していたじゃない。それは一体どうしたの?」
「ああ、あれですか。あれは知人のつてで入手したんですが……正直学園限定の怪盗のオディールは物を盗む以外は何もしないんで、生徒会がうるさい以外はあんまり害がないんですが、その……」
「どうかした?」
「……ロットバルトは嫌な予感しかしないんすよ。これは記者としての勘で、上手く説明できないんですけど。変なデマも流れていますけど、皆嫌な予感がしたんすかねえ」
「デマ?」
「魂を集めてるとか、変なデマですよ。それじゃ怪盗と言うより死神じゃないですか」
「…………」

 茉夕良の心臓が、痛くなり始めた。
 まさかって思っていたけど、でも……。
 頭の中に、初めて彼と会った時、時計塔を通り越して理事長を憎々しげに見ていた光景が頭を掠めた。
 まさか、死んだ人を生き返らせようとしているの?
 理事長も、それを止めようとして……?

 また、それは想像にしか過ぎないはずなのに。
 それでも心臓は早鐘のように鳴り響いていた。

<了>