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<東京怪談ノベル(シングル)>


     The Recall Of Minamo

RainMan:ある日、中学校に通う女の子が道で携帯電話を拾った
 しかしそれには付喪神(つくもがみ)が憑(つ)いていて
 彼女はそれに襲われ、呑み込まれてしまった
 その後友人に助け出され、件の携帯電話もその時壊れたため
 それですべてが終わったかと思われたが
 どんな手を使ったやら、付喪神は彼女そっくりの
 仮の器を手に入れて再び現れ、実体を、肉体をよこせと言う
 彼女はそれを拒み、存在を否定された偽者・付喪神は消えた
 そこで質問なんだが、この付喪神は二度と現れないと思うか?
Guest:雨さん、いつになくぶっ飛んだ問題提起スね
NoName:面白そうだからいいじゃないですか
 その付喪神、ヤドカリみたいにいろんなものに憑けるなら
 他のものに憑いて逃れた可能性があると思います
 それならまた別の器に憑いて現れるのでは?
RainMan:なるほど。ではもう一つ質問
 そもそも付喪神が人間に憑くことは可能だと思うか?
Guest:物に憑けるんなら人にも憑けるんじゃないスか?
RainMan:そうかな? 物と人は違うだろ
 物には自発的な意思ってものがないけど
 人にはあるじゃないか、心ってやつがさ
Guest:いやー同じじゃないスかね
 今や機械の人工知能だって進化してますし
 機械と人間の差なんて、有機物でできているか
 無機物でできているかの違いしかないですって
NoName:その考えはどうかと思うけど……
 でも確かに、携帯電話には人工知能こそないけど
 機械と人間の差ってのは埋まりつつある気もしますね
Guest:でしょ?
 もし電気ショックで廃人になったら心なんてドコにあるんだ?
 ってカンジだし、脳死とか植物人間とか人間なのか?ってー
NoName:それはさすがに不謹慎ですよ
RainMan:待てよ、それなら
 精神的に追い詰められて不安定になったり
 自我を失ったりしたら危ないってことか?
Guest:あー憑かれやすいかもしれませんねー
NoName:なら子供や感受性の強い人も危なくないですか?
 人間と機械が同じかどうかという話は別にしても
 心の壁が低かったり、もろかったら同化しちゃいそうですね
Guest:そうそう、優しい人ってのは他人の痛みが判る人だから
 そういう人に憑くのも不可能ってことはない気がするな

 パソコンのチャット画面をにらみながら雨達(うだつ)は眉を寄せ、苦々しく呟いた。
 「冗談じゃないぞ。」


 「海原(うなばら)みなも」と名前を呼ばれた気がしてふり返ったみなもは、今いる場所が夢の中か、少なくとも現実ではないということにすぐに気が付いた。というのも、ふり返った視界の先に自分と同じ青い髪、青い瞳、まるで鏡に映したように寸分違わぬ姿をした少女を見つけたからである。違うところと言えばみなも自身にはない目の奥の鋭さくらいのものだ。
 『あたしがまだ”いる”ことに驚いた?』
 「彼女」はそう言って一歩足を踏み出し、対するみなもはあとずさるようにしながら「あなたは消えたはず……。」と呟いた。
 『それであたしは死んだと思ったの? なら残念ね。器にしていた「イメージ」を消される直前にあなたの携帯電話に憑いて、接触する機会をうかがっていたのよ。やっぱり夢の中が一番都合がいいわね。夢ならどんな姿でいても問題ないもの。』
 その言葉にみなもは、枕元に携帯電話を置いて床に就いたことを思い出し青ざめた。
 しかしすぐにきゅっと眉を寄せ、断固とした口調で言葉をつむぐ。
 「何度来られてもこの体はあげられません。」
 『そんなに嫌? 海原みなもという役をあたしがやると言っているだけなのに。あなたは十三年やったから、もういいじゃない?』
 「勝手なことを言わないで下さい。あなたこそ嫌じゃないんですか? せっかく生まれたのに『誰か』になるなんて。あなた以外の誰かのために用意されたものを横から奪って、本当にそれで満足なんですか?」
 『判ってないわね。あたしは「誰か」になりたいわけじゃない。「海原みなも」になりたいのよ。』
 「そんな……どうして?」
 『きっとあなたを取り込んだあとに夢を見たからだわ。見るはずのない夢で、あたしはあなたになった。それは目が覚めてからも内蔵メモリに焼きついて離れないの。眠っている間にデータを盗まれたりもしたけど、その夢と残されたデータの破片で「イメージ」を作り上げてあたしは人間の姿を手に入れた――どうやるのか教えてあげましょうか?』
 言うが早いか「彼女」はみなもの腕をつかみ、同じ色の前髪が溶けて混ざり合うのではないかと思えるほどの距離でその目をのぞきこんだ。同じ色の瞳を見返すみなもの視界いっぱいに、意味の判らない英単語、数字、記号、数式がずらりと並ぶ。それは機械の思考の設計図とでも言える、特有の言語で書かれたプログラムであったが、専門知識のないみなもには記述された内容どころかその正体すら判らなかった――にもかかわらず頭の中に、まるで過去の記憶を思い出すように、プログラムに記されている内容が鮮明な情景となって恐ろしい速さで展開されていく。
 学校で同級生たちと調理実習をする少女の姿、お菓子の生地を練る感触、完成を待つそわそわとした気持ちとそのお菓子を手渡す時の不思議な感情、帰宅後の家族との団欒(だんらん)――そんな他愛ない一日を描いた夢がデータ化され、分析されて「海原みなも」という少女の性格や癖などありとあらゆる構成単位が明らかになると、それを気が狂いそうなほどの速さでトレースし気が遠くなるほどの回数だけくり返し再生した。そうして目の前に形を持って現れた少女の「イメージ」が眼前の「彼女」と重なる。
 そこでみなもの意識はプログラムから解放された。
 『あたしがどうやってこの姿を手に入れたか判った? きっとあの夢を見ていなかったら「イメージ」は作れなかったと思うわ。それだけ影響があったの。そしてあの夢をあたしに見せたのはあなただと思う。だってあたしとあなたは強くつながっているから。』
 「彼女」はくるりとその場で体を回し、ここに来てそのわけが判った気がすると、目に映る光景を満足そうに眺めながら言う。
 空よりも濃い群青と太陽の日差しよりもずっと柔らかな光、そして元は機械である「彼女」には感じられるはずのない温かさが確かにそこにはあった。携帯電話の付喪神である「彼女」は海というものに触れたことがなかったが、知識では知っているあの深い青色の水面の下はきっとこんな世界なのだろうと考える。それはみなもが見ている夢なのだ。
 『あなたは優しい人間なのね。誰かが傷ついたら自分が傷つけられたように心を痛めるんでしょう。自分のことではないのに、助けたいと思うんでしょう。見返りなんか求めずに。だからここはこんなに穏やかで、温かくて、開放的なんだわ。』
 その言葉にみなもは戸惑いながら答えた。
 「誰だって困っている人や傷ついている人を見つけたら、助けたいと思うんじゃないでしょうか。それは当たり前のことで、そんな風に感じるのはあたしだけじゃないと思います。もちろん人によってその度合いは違うでしょうけど。あたしだってすべての人のどんなことにも共感できるわけじゃありませんし……。」
 みなもが素直にそう言うと、「彼女」はどこか愉快そうに唇の端を持ち上げてみなもを見返した。その目の奥の鋭さがわずかにゆるむ。
 『そうね。そういうものなのよ、きっと。人間というのはね。だからあたしは人間に惹かれるのかもしれない。特にあなたにね。共感することは同化すること。付喪神が物に宿ることに似ているかもしれないわ。あたしは携帯電話という機械から生まれた付喪神だけど、機械だって試行錯誤を重ねて、あとから機能を付け足したり必要ない物をなくしたりして完成されていくのよ。人間で言う成長と同じ。人の子が親を真似るように、付喪神が人を真似て何がいけないの? あたしがあなたになりたいと思うのはそんなに悪いことかしら?』
 「真似るのが悪いとは言ってません。でも……よく判らないけど……あたしからあたしを盗られたら困ります。」
 『あたしがあなたになったら、あなたには器がなくなるから? それなら心配いらないわ。そう言うだろうと思って、あなたに新しい器を与える方法を考えてきたの。』
 「え?」
 驚いて目を丸くするみなもの心をのぞきこみ揺さぶるように、そしてたたみかけるような口調で「彼女」は『人間の人格もデータの塊みたいなものよ。』と言った。
 『結局は情報の集合体にすぎないの。だからコピーだってできるし、携帯電話にインストールすることもできるわ。そうすればあなたは携帯電話の付喪神みたいにして生きていける。あたしとあなたが入れ替わる感じね。本当はそんな面倒なことをせずに心を壊してしまってもいいんだけど、そうしないのはきっとあなたの「優しさ」がうつったからだと思うわ。』
 そう言う「彼女」の顔は、しかしみなもには自分とは違うまったくの別人に見えた。

 夜の静寂を破り、携帯電話の着信音が鳴り響いている。
 みなもは飛び起きて、けたたましく呼び出し音をがなりたてている携帯電話の液晶画面に目を向けた。雨達からの着信、時刻は深夜の二時である。
 通話ボタンを押すと、申し訳なさそうな中年男の声が流れ出てきた。
 「こんばんは、嬢ちゃん。悪いな、こんな時間に非常識だとは思ったんだが、どうにも嫌な予感がして。」
 「いえ、大丈夫です。でもちょっと妙な結果になってしまったかも。」
 「うん? それはどういう意味だ?」
 『また邪魔されたと怒っているのよ。』
 ノイズ混じりの剣呑な声に驚いて携帯電話を耳から離した雨達の視界に、煌々と光を放つ液晶画面が飛び込んでくる。本来ならみなもの番号が表示されているだけのはずだが、そこにはまるでカメラの映像を受信しているかのようにみなもの姿が映し出されていた。その見慣れた少女の顔がかすかにぶれる。
 「あと少しだったのに、作業が途切れてあたしを携帯電話にインストールすることはできませんでした。その上混線したのか、あたしとあたしが溶け合って一つの体の中におさまってしまったみたいです。」
 「何……?」
 背中を冷たいものが下りるのを感じながら雨達はうめくようにそう呟くのが精一杯だった。液晶画面に映るみなもの顔がよく見えない。
 「でも、何だか不思議と違和感もありませんね。これはこれで悪くないのかも。だって共感し合えるなら、そして肉体という境界をとりのぞけば、どこまでがあたしでどこまでが他人だと言えるんでしょうか? それにあたしはあたしを元にしているわけでもあるから、これもあたしと言えるのかもしれません。」
 「お前、まさかあの付喪神……?」
 「さあ……あなたにはあたしがどちらのみなもに見えますか、雨達さん?」
 そう微笑む少女の顔はひどくぼんやりとして、彼にはよく知った友人にも見えたしまったく覚えのない別人にも見えたのだった。



     了