コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ネコ耳・零ちゃん♪

1.
 初夏の匂いを漂わせる東京は、今日も爽やかな晴れ間を見せている。
 …晴れ間を見せていないのはこちら、草間興信所の一角に住む草間零であった。

「…なんですか? 兄さん」
「いや、できれば灰皿の掃除を…」
「今はその気分じゃないです。兄さんがやってください」

 冷たい倦怠期にも似た空気が草間興信所を駆け抜ける。
 いつもは従順な零が、なぜこのようになってしまったのか?

 理由は今、彼女の頭にあるネコ耳が問題であった。

『ストレス性獣化症候群(ストレスセイジュウカショウコウグン)』

 大人ニキビのような物で、一過性のものに過ぎないが治す薬がないのが事実だ。
 もちろん、治す方法はある。

 唯一の治療法 それは…『ストレスを発散させること』
 

2.
 神木九郎(かみき・くろう)はその日、依頼がないかと草間興信所に顔を出そうと思っていた。
 もちろん、草間興信所が大変なことになっているなどとは露にも思っていなかった。
 だから、草間興信所の扉の向こう側からこのような声が聞こえた時、ただの痴話喧嘩だと思ったのだ。
「男が簡単に降参するな!」
「そう言ってもだな、俺にどうしろって言うんだ!?」

「あー…その辺でいったん痴話喧嘩やめてもらえるか?」
 コホンと小さく咳払いをし、九郎は興信所に足を踏み入れた。
 痴話喧嘩の相手は慌てて草間から離れた。
「おう、神木九郎じゃないか。久しぶりだな」
「…何でネコ耳付けてんの? 零さん」
 九郎がそう言って零の目の前に腰掛けた。
「実は…ごにょごにょ…というわけだ」
「…なんだそりゃ? ストレスで獣化?」
 それよりも…と九郎は小声で訊ねた。
「何でここで痴話げんかしてんだよ?」
「痴話喧嘩じゃない! ただの…喧嘩だ。あいつは黒冥月(ヘイ・ミンユェ)。うちのアルバイトだ」
 草間はちょっと赤くなったような気もしたが、そこは突っ込まない方がよさそうだった。
 大人の事情というヤツか。
 あまりにコソコソ話もおかしいので、九郎は改めて零を見つめた。
「…この耳どうなってんの?」
 おもむろに九郎は零のネコ耳に手を伸ばした。
 手触りは本物のネコと変わりない柔らかな耳だった。
 微かに本来の耳も見てとれる。
 どうやら耳としての役割を担っているわけではなさそうだった。
「あ、こら!」
 冥月が零の体に触った九郎を止めようとすると…
「触らないでください!」
 パシッと小気味のいい音がして、零が九郎の手を叩き落としていた。
 …これもいつもの零では考えられない行動である。
「こりゃ重症だな。草間さん、零さんによっぽどのストレス与えたな」
「…そうみたいだな」
 九郎はごめんなさいと零に謝った。
 零はツーンとすましたまま無言だった。

 ホントに、どんだけストレス溜め込んでんだか…。


3.
 さて、と九郎が草間に向き直った。
「最近タバコ値上げしたよな。吸う量減ったのかよ? 草間さん」
「と、唐突になんだよ? 俺の嗜好にケチつける気か?」
 だがそんな言葉でひるむような九郎ではなかった。
 確固たる原因は必ずそこにあると思った。
「単刀直入に訊く。それで事務所赤字にして零のストレスになってんじゃないのか?」
 ウッと草間が答えに詰まった。
「それだけじゃないな」
 ずいっと冥月も口を挟んだ。
「最近仕事、あるのか? 見た限りそれらしい形跡はないのだが?」
 閑散とした事務所を見回すと、ぽつんと草間の机に置かれたシケモクの山。
 心当たりをあげれば数限りなく出てくるような気さえする。
「…やっぱ俺か? 原因」
 がっくりと肩を落とした草間は弱々しくそう言った。
『間違いないな』
 止めとばかりに冥月と九郎の言葉が重なり合い、草間へと大ダメージを与えた。
 草間は完全にノックダウンした。
「…とにかく、今は零さんのストレスを発散させるしかないわけだが…」
 草間を無視しつつ、九郎がそう呟いた。
「家事全般の代わりは私がやろう」
 冥月はそう言って腕まくりをした。
 家事全般に男が口を出すわけにはいかない。
 となれば…。
「じゃあ俺は…零さん、バッティングセンター行かない?」
「行きません」
 九郎の優しい言葉に零は即答した。
「…参ったな」
 そう切り返されると思っていなかった九郎。
 と、トントンと後ろから草間が肩を叩いた。
「今のあいつには素直な言葉は通らん。あえて逆にしてみろ」
「そんなんで来るのかよ?」
「あいつの兄の言葉を信じろ!」
 こんな風にされた零はかわいそうだと思いながら、九郎は再度零に言葉をかけた。
「俺、今からバッティングセンター行くんだけど、やっぱ行かねーよね? 零さんは」
「…行きます! 絶対行きます!」
「ほらな」
 草間がどや顔で九郎にそう言った。
 腐っても鯛というところか…。
「でも、ネコ耳の娘さんをどうやって連れて行こうか? ちょっと…なんていうか…なぁ?」
 あまりにも厳しい。
 …と口に出して言いたいところだが、あえて明言は避ける。
「九郎…お前もお年頃だな…」
「草間さんに言われたくねーな」
 そんな会話をしていたとき、冥月が「着替えさせればいいじゃないか」と言った。
「私が零の服を見立ててやるから、それで連れて行けばいい」


4.
「草間さんのあほーーーーー!」
 行きつけのバッティングセンターで九郎が叫びながら打った打球は、ホームランの看板を見事揺らした。
「ほら、零さんも」
 もじもじとする零。
 その姿は冥月にコーディネイトされたゴスロリ姿だ。
 冥月曰く「ヘッドドレスでネコ耳が隠せる」という選択なのだが…。
「これはこれで連れ歩くのキツイぜ…」
 なるべくシンプルなものをとチョイスされてはいたが、バッティングセンターでは浮きまくりの存在である。
「ほら。やってみ」
「嫌です」
 またそう即答されて、草間のアドバイスを思い出す。

『あえて逆に言ってみろ』

「まぁ、零さんにはできないかなぁ。あぁ、無理だよな」
「そ、そんなことないです! できます!!」
 意地っ張りの零はバッターボックスに立った。
「思いっきり叫んでもいいんだけど、できないよね?」
「できます!」
 電光掲示板のピッチャー振りかぶって…投げました!

「兄さんのばかああぁぁぁぁぁ!!!」

 遠く遠く飛んでいく打球。
 ホームランの看板のさらに上に当たり、さらにネットを突き破ってきらりと星になった。
「…すげー…」
 さすがの九郎もこれ程までとは思わなかった。
 その後も零は立て続けに10本を場外に放り出し、絶叫を繰り返した。
 しかし、10本打ったところでだいぶスッキリしたのか、ベンチに座り込んでしまった。
 九郎が2人分のスポーツドリンクを買って、零の隣に座った。
「疲れた?」
「いえ。でも…ちょっと眠く…」
 そう言って零はドリンクを受け取る前に寝息を立てていた。
 ズルズルッと体が落ちて、九郎のひざを枕にしてしまった零。
「こりゃ、参ったな…」
 人の目が気になるが、零は起きそうにない。
 覚悟を決めて九郎は零に付き合うことにした。
 
 零が目覚めたのは30分後。
 そして、起きた零のヘッドドレスがはらりと落ち…。


5.
「零さんの耳、治ったぜ」
 開口一番、帰宅した九郎はそう言って零のヘッドドレスを取って見せた。
「本当だ! ない! やった! よかった!」
 草間が小躍りに喜んでいる。
「あの、兄さん。九郎さん。冥月さん。ご迷惑をおかけしました…」
 シュンとなった零に冥月が頭をそっと優しく撫でた。
「お前がいないと草間は駄目らしい。時々手伝うから面倒みてやってくれ」
 九郎も頷いて言った。
「言いたい事が有るなら、あまり溜め込まないようにな。所長さんだって、そう言うことはちゃんと言って貰った方が嬉しい筈だ」
「はい。わかりました」
 にこりと笑った笑顔の零は、いつもの零であった。
「少し家事が楽になるように高機能掃除機と高性能洗剤を買っておいた。これで家事も楽になるわ」
 冥月が隅に置いておいたそれらを零に渡した。
「またバッティングセンターつれてってやるから、いつでも言えよな」
「はい!」 
 零の笑顔に九郎は、自分のしたことが間違っていなかったことを確信した。

 事件はこれにて解決…かに思われた。

 しかし、後日。
「どうしたらいいんでしょうか〜…」
 再び、冥月と九郎は呼び出されることとなった。
 理由は…

「兄さんがキツネになってしまいました!」
 零がそう泣き叫ぶ姿の先に、ふわふわの金色の尻尾を携え鼻が高く伸びた草間興信所所長の姿があったのであった…。

 今度は草間さんバッティングセンターに連れてくかぁ?

  教訓:ストレスの溜めすぎに注意しましょう


−−−−−−

■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳  / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

 2895 / 神木・九郎 / 男性 / 17歳  / 高校生兼何でも屋


■□     ライター通信      □■
 神木・九郎 様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度は「ネコ耳・零ちゃん♪」へのご参加ありがとうございました。
 高校生なのにとても大人びていて書き手としては大変楽しゅうございました。
 4章のみ個別となっております。
 零に付き合っていただけるとのことで、とことん付き合っていただきました。
 それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。