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<東京怪談ノベル(シングル)>


拠り所

 悠久の郷、ミズホ。地上とはかけ離れた旧東京と呼ばれる地下都市がある。
 ミズホは勝気な女性を排斥する社会として知らぬものはなく、男達は悪環境にて弱体化し、電脳達に支配されていた。
 20年ほど前、心理歴史学者の藤田は、Y染色体の劣化と電脳ウイルスの進化が男達を滅亡へと招く理論を発表したが、それに強く気色を示した者達によって郊外に存在するドームへと軟禁された。
 ドームに軟禁されていた藤田はこの日、ミズホの亡命者である男女を匿っていた。
「さ、こっちよ。今日はここで眠るといいわ」
 この日、亡命してきた男女の内、女に対して藤田はとりあえず自分の寝室に泊まらせることにした。次の部屋を用意するまでの間の、ほんの一時の時間だった。
 部屋に残された女は、その場から立ち去って行った藤田を怪しむかのような目で見送り、そしてくるりと部屋の中を振り返った。
「私は少し用事があるから、ゆっくり休んでね」
 そう言うと藤田は女を一人部屋に残してその場を後にした。部屋に残された女は暗い部屋の中をぐるりと見回す。部屋には余計な物は何もない。腰の高さまでの箪笥と、窓には厚いカーテンが引かれ、そして簡素な造りのベッドが一つ。
 女は特別悪気もなく箪笥に近づくと、スッと引き出しを引いてみた。すると、中にはビキニやブルマーやセーラー服といった類の服ばかりが押し込められているのを見た瞬間、ギョッとしたように目を見開いた。
 それを見た女の顔に不快な色が漂ったのは言うまでも無い。あの女は一体何者なのだろうか。人づてに聞いた話では学者だと言うが、学者とは皆このような趣味を持ち合わせているのかそれとも、あの女だけの趣味なのか…。
 女は何も言わずそっと引き出しを元に戻し、女が一体何者であるのか謎な思いを胸に一人黙り込んだ。

 その頃藤田は一人、巨大な倉庫の中で一人佇んでいた。
 目の前には無数に並ぶ美男達。いや、正確には美男子の姿をしたロボットだった。そのロボット達を見ている藤田の目には涙が光っている。
「今日ミズホの亡命者である二人の男女を匿ったの。こんなことして、私自分の首を締めているようなものだわね」
 視線を下げ、ぽつりと呟いたその言葉が酷く悲しみに暮れて誰の耳に届くでもなく地面に吸い込まれていく。
 心の拠り所を求めて、伴侶を造った。普通の恋愛は出来ないと分かっていて、それでも心の安息を求める。何だどうであれ、自分は紛れもない女である事に変わりはないのだ。
「なぜかしらね。あの二人を見ていたら何だか急に虚しくなってしまったわ…。こんなことしている自分が寂しい人間だと自分の手で改めて気付かせたみたい」
「………」
 機械の伴侶を造ったが、虚しさばかりが募り耐え切れずに封印した。
 本当のぬくもりと、心からの言葉が欲しい。自分が造った望むままの言葉じゃなく、本心からの愛の言葉。
 でも、それは到底叶うはずも無いことを藤田は知っていた。何度も何度も自分を見てもらおうと頑張って来た。でも、駄目だった。だから彼らを造った…。それらが心の隙間を埋めることが出来ない事は分かっていたのに、分かって造ってしまった自分が虚しい。
「…でも、想い出はちゃんと残ってるのよ。私の中に…。それは本物」
 深い溜息を零し、瞳を閉じて独り言のように呟いている藤田。その藤田を、いつの間にか倉庫の入り口で不審そうに見ている亡命してきた男の姿があった。
 倉庫の中にいるのは、藤田の前に立ち並ぶロボット以外に稼動しているロボットもいる。その内の一人が、その男に気付き近づいてきた。
「あなたは、博士の姿をどう思いますか?」
「え…」
 突然そんな風に声をかけられ、男は戸惑ったようにロボットを見た。
 ロボットはまるで表情を変える事も無く、男から背後に立っている藤田へと視線を向ける。
「正装してはいますが、スキンヘッドに鰓と翼がある女…。ここだけの話、ロボットの私が見ても彼女はお世辞にも美人と言えない…」
「………」
 そう呟くロボットは、酷く寂しそうにも見えた。
 その時、倉庫の入り口付近が突然騒がしさを増した。それが、一人二人の騒ぎではない。数え切れないほどの雑踏と声が飛び込んできたのだ。
 緊迫したその雰囲気に、その場にいた全員が一斉にそちらに視線を向けた。藤田はそれが追手である事をすぐに察知し、目の前にあるロボット達に目を向けた。
 このままではマズイ。自分の命が危ぶまれる。そう察知した藤田は、封印したはずの夫達の電源を入れて起動させると一度唇を噛み締め、そして叫んだ。
「夫達よ! 行きなさい。自爆特攻よ!」
 声高らかにそう叫ぶが早いか、ロボット達は一斉に藤田の命令通り追手に向かって走り出した。
 多くの愛した夫達。その背中を見詰めながら、藤田は悲しくて身を震わせて下唇を噛み締めて嗚咽を堪え涙した。
 激しい爆音を巻き上げながら眩しいほどの閃光を撒き散らし、追手と共に散っていく夫達。彼らと共に歩んだ想い出が、一人一人散るたびに思い起こされた。
 ある時はフランスのセーヌ川で夫たちは自分のためだけに愛の言葉を囁き、甘い一時を過ごした。またある時は自由の女神よりも自分を讃える夫達。そしてまたある時は共に楽しい食事を囲んだ彼ら…。
 造り物でも、思い出は本物。紛れも無いその真実に胸が張り裂けそうだった。
 辺りにはもくもくと煙がたちこめ、視界が悪くなり始める。凄まじい爆音と、悲痛に叫ぶ人々の声。だがやがてそれらは落ち着き始め、辺りにたちこめた煙も落ち着き始めた。
 先ほどまでがまるで嘘のような静寂。その中に一人佇んでいた藤田は、顔を伏せて瞳を閉じていた。伝い落ちる涙は止め処なく床を濡らし、時折しゃくりあげるのか肩が大きく振れた。
 もう、本当に誰もいない。そう思っていた矢先、落ち着き始めていた煙の向こうに一人の男が立っているのが見えた。
 彼は、あの亡命してきた男だった。運良く残った彼は、静まり返ったこの状況下で一人勝ち誇ったかのように笑っていた。
「ふ…ふっふっふ…。はーっはっはっはっは! これで、俺達の勝ちだ! 勝ちだ!」
 そう叫び狂ったように笑い出した男を、騒ぎを聞きつけた女が目を見張っていた。
 何たる事を…。亡命から匿ってもらいながらこの態度。この男の態度に辟易した女は躊躇う事無く隠し持っていたナイフを手に男の胸を貫いた。
 目の前で崩れ落ちる男を力なく見下ろす女に、悲しみに心を引き裂かれてしまった藤田は近づいてきた。
「ねぇ…。私寂しいのよ…。あなた、私を慰めてくれない…?」
 涙を拭う事もせず、憔悴しきった表情のまま男を殺した女の体に自分の体を摺り寄せてそう囁く藤田は、飢餓で死ぬ事を恐れ、また一人になる事を恐れていた。
 誰でもいい。誰でもいいから、自分を慰めて傍にいて欲しい。
 誰もいなくなった事が、どうしようもなく藤田を狂わせていた…。