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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


【彫像に焦がれて】
 東京には様々なタイプの「街」が存在する。木造家屋の立ち並ぶ場所、未だ畑の残るエリア。一般的な軽鉄骨を大黒柱にしたユニット的な住宅街。しかし、今回シリューナが訪れたのは、いかにも『東京』らしいコンクリートジャングルの街だった。
「ふむ。中々いい品が揃っているわね‥‥」
 その裏路地にある店に、シリューナ・リュクテイアは足を踏み入れていた。人気のない店だが、彼女は全く気にせず店内の品を物色する。
「なかなかの品ね。こちらなぞ面白そうだし」
 彼女が目をつけたのは、魔族のデザインが施された赤い宝玉の首飾りだった。本体である龍の姿には、よく似合うであろうそれには、値札がない。
「頂くわ。予算ならあるし」
 購入の意思を示せば、店は綺麗に包んでくれる。だがそれは同時に、その装飾が持つヤヴァイ力を、常世の目に触れさせないようにする手段。
 面白い事になりそうだった。

 それから数日後、『妹』でもあり『弟子』でもある同族のティレは、修行と称してシリュの経営する魔法薬品店で店番をしていた。
「お姉様、遅いなぁ‥‥」
 商品は主に液体に魔法の力を封じ込めたようなものだ。中には、どう見ても呪いの品だろうってな液体や、よくわからない材料。それに装飾品なども並んでいる。配達屋が本業のティレにとって、詳しい内容はわからないが、それでも訪れる客に希望の品を出すくらいは出来る。
「はい。ではこの処方で。闇トカゲのこんがりテイストを3g、チューレの実を5g。鳩の生き血を1瓶でよろしいですね。あ、これナマモノなので、出来るだけ冷蔵庫で保管くださいね」
 姉に言われた通りの諸注意を言って応対して。そんな時間を過ごしているうち、閉店時間もだいぶ過ぎてから、かの麗人は姿を見せていた。
「おそくなったわねティレ。ただいま」
「お姉さま、どこいってたんですかぁ!」
 居ないなら居ないって言ってくださいよー! と、頬の膨らむティレ。ぷーっと顔を赤くしてぱたぱたと両手を振りたくりながら元気に怒る彼女に、シリュは目を細めながらなでなでと抱きしめつつ、持っていた包みを渡す。
「ちょっと仕入れをね。ティレ、ここは良いから、配達をお願い」
「はぁい」
 見た目の割には軽いので、労せずして飛べるだろう。それを確かめるように、表に出たティレが、「いったいなんだろう。これ‥‥」とは思いながらも、翼を広げる。ばさばさと周囲の木々にぶつかるようにして飛んでいった彼女の姿を、じっと目で追っていたシリュは、周囲の気配に語りかける。
「ふふ、これなら気に入るでしょう? そのうちあの子を好みに仕立ててあげる。でもね」
 シリュはその瞬間だけ、剣呑な表情を見せた。誰もいないはずの空間ににらみを利かせ、背中に本体である龍のオーラを昇らせる。
「渡しは、しないわ」
 大事な、存在なのだと。

 配達を終えると、シリュがにこやかな表情で、何かの衣装を人型のスツールに設置していた。
「お姉様、ただいま戻りましたー。って、なんですか? これ」
 首をかしげるティレ。彼女の見る限り、それは古い時代の刺繍が施されたドレスに見える。今は人の子にも、そう言う服を着ている者も多いが、それとは雰囲気からして違うものだ。
「ああ、ちょうどいい所に来たわね。試着して欲しいの」
 その衣装を手に取り、おいでおいでと手招きするシリュ。だが、ティレはその笑顔の裏に隠された、主の趣味をいやと言うほど知っていた。
「ってか、嫌です」
 だいたい、ドレスが見た目からして、禍々しい。首元には、アンティークな首飾りがつき、バレエの悪役みたいな印象だ。
「私のお願いを聞けないと言うの?」
「だってそれ、どう見たって呪いのアイテムじゃないですかぁぁぁ!」
 悲しそうな顔をしてみせるシリュに、思わず反論するティレ。店にあるどの品よりも魔力で溢れかえったそのドレスが、ただのドレスの筈がない。
「そうか? この刺繍とか、模様とか頑張ったんだけれど‥‥」
 ドレスを外し、もったままシリュがにじり寄ってくる。見せた刺繍は確かに手縫いに見えるが、糸の色が普通の赤ではなく、中央には彼女が込めたと思しき魔力溢れる宝石が嵌められており、気がつくと吸い込まれそうになる。
「何を頑張ったんですか。何を」
「入手には苦労したのよ? 鳩の血なら、在庫があるけど、特定種族の髪の毛を煮詰めて作った黒インクとか、手間のかかるモノばかりだし‥‥」
 うふふふ、と距離を詰めてくるシリュ。とうとう、その腕がティレの腰に伸ばされた。
「ひょっとして、ここ数日居なかった理由って‥‥」
「ええ。これを作っていたの。何しろ、下手な衣装では王が納得しないそうだから」
 見れば、とある博物館で行われる特別展のパンフレット。そえには、彼女が手にした衣装と同じ刺繍が施されたトーガらしき服が、でかでかと印刷されており、その横にやはり同じ装飾を持つ宝冠が添えられていた。文字を見る限り、出土がどーたらの品と書いてあるので、どうみてもどこかの墓にあった呪術的な副葬品だ。
「ここに出入りする為には、必要なものなのよ‥‥」
 着れば、過去何度も経験のある師匠の悪い癖な餌食になるに違いない。それから逃れようと、じたばたと羽根を動かすティレだが、師匠の力は強く、逃そうとしてくれない。それどころか、つつつーと首筋を撫でられて、力が抜けて行く。器用に逆鱗だけ避けていた。
「それに、その契約を履行するためには、この博物館に行かなければなないの。わかる?」
「わかりませんっ」
 それでも、首をぷるぷると力なく振り、拒否の姿勢を示すティレ。声を張り上げては見るものの、それが触られたところから抜けて行く感覚を味わっていた。
「えー。折角面白そうなのに‥‥ねぇ?」
 ほらー、チラシに写っている女性像なんか、そっくりよ? と言わんばかりのシリュ。どう見ても、魔力で合成したと思しきイメージ図は、確かにティレの顔だ。「むうっ」と返す言葉のない彼女に、シリュはさらに腰を抱き寄せて、こう囁いてくる。
「これなんか、良いと思うのよ。こんなのの横に並べたら、さぞかし映えるでしょうね。最高だわ」
 ぼんやりと浮かび上がったイメージ映像には、今回の特別展で『目玉』として展示された、数十体の彫像が見えた。なんでも、墓から出てきた美女の像らしい。そのいくつかが、生きた人間をモデルにしたものだと書いてあるが、実際はもっとえぐい話なのを、ティレは気付いた。
「お姉様‥‥。ひょっとしてそれが目的?」
「ええ、その通りよ」
 大きく頷くシリュ。本来はアワレな生贄だった美女達と同じように、シリュはティレを生ける彫像にして、堪能したいらしい。
「じゃあやっぱやです」
 自分がその中に混ざるなんて‥‥と、ぷいっとそっぽを向いてみせる。至近距離の視界の中で、露骨に不満を覗かせるシリィ。
「悲しいわ」
「だ、だって。そんな衆人環視なんて、恥ずかしいじゃないですか。お姉様だけならともかく」
 どうせ、お好みの妖しいポーズを取らせるに決まっている。師匠だけならともかく、それを何も知らない観客に見られるなんて、ちょっとご遠慮したかった。
 ところが。
「私だけなら良いのかしら?」
 言葉尻を捕らえられる。「あ」と思ったが、時既に遅し。
「ならばこうしましょう。効果がある間は、この博物館に一般人は入れないようにしてあげる」
 結界を作る事を言い出すシリュ。確かに、封印術に長けたシリュの事、誰もいない空間を作れはする。
「そ、それなら‥‥」
「そうと決まれば、話は早いわ」
 頷き欠けたティレに、にこにこと機嫌よくそう言って、シリュがそのドレスをふわりと広げた。
「って、お姉様待って‥‥魔力で着せるの勘弁してくださいっ」
 一瞬、ドレスが光の粒子になり、ティレの周囲にまとわりつく。再構成されたドレスは、まるでサイズを計ったかのようにちょうど良いサイズだ。
「よし、これで30秒後には我が可愛らしき彫像が出来上がる‥‥」
「こんな格好じゃいやー!」
 満足そうに指を頬に当てるシリュ。対して、ティレのドレスは、先ほどからは想像出来ないが、健康的なお肌を存分に太陽へさらすデザインになっていた。古代の踊り娘や巫女と言ったテイストだ。
「せめて恥ずかしくない用にしないと‥‥」
 むうむうと頬を膨らませながら、硬くなる手足を強引に動かすティレ。石化の魔法がかけられているらしく、外側のお肌が固まって行く感触が広がる。それでも息苦しくはないし、むしろ心地良いくらいだが、誘惑に負けては、あられもない格好をさせられてしまうため、もう涙目になりながらも、手足を動かして行く。
「無駄な努力よ。でも、ティレのいい表情に免じて、その格好で堪能してあげるわ」
 その姿を、あくまで冷静に堪能するシリュ。首の下まで石になりながらも、ティレは「せめて、に変な事されるのは勘弁してください〜‥‥」と訴えていた。
「出来上がり、と。やはりこのふっくらとした表情、いいわ。すばらしき私の彫像‥‥ティレ」
 出来上がったのは、他の美女像とは一線を画した等身大の彫像。言うなれば、1/1ドールと言っても良い。髪の毛一本にいたるまで、繊細に出来上がったフルアクションはしないドールに、シリュが満足げにその頭から髪の先までを撫で、ずれた所はないか、固まっていないところはないかなど、それこそ服の裏にいたるまで念入りに触れて行く。中身のティレに意識はあるらしく、彫像と化した頬が次第に真っ赤に染まって行った。そんな、ティレの彫像をぎゅっと抱き締め、こう囁く。
「私の可愛いティレ。干からびた人の名残じみた王になど、渡しはしない。安心して彫像になるといい」
 その硬いがふっくらした感触の頬に軽くキスをして、満足な笑みをほんのわずか浮かべるのだった。