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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪夢を誘う百合の花

Prologue.
「ひっく…うぅ…悪い夢を見たのよ」
「お母さん、泣かないで」
 真夜中の台所。
 ぽちゃんぽちゃんとカランから垂れる水の音が響く中、娘を抱きしめて泣きじゃくるのは当時20歳の藤田あやこである。
 モスカジの社長にして、一児の母。
 しかし、彼女にだって悩みはあるのだ。
 そう。
 一人の女としての悩みが…。


1.
 きっかけは何だったのかな…。
 そうね。あの某理系女子大の合コンだったのかもしれない。
 忘れもしないわ、あの合コン。
 名前からして不吉な『居酒屋・百合の里』。
 それにね、男達が遅刻したのよ。
 信じられない!
 …そんなわけでどうしてか、今で言う女子会になっちゃったのよ。
 話題?
 話題は…

 何が最恐か。

「やっぱりお金よ。人生を破滅に陥れもし、幸福へも導く表裏一体のワイルドカード」
 そんな持論を唱えるものに対し、ある女子は言うの。
「私はお茶〜。だってぇ、足痺れてるのに何で美味しく飲めるわけぇ?」
 そんなお馬鹿な意見もいたけど、私はもっと違う意見だった。
「私、老後が怖い」
 私はポツリと漏らした。
 今にして思えば完全に本音よね。
 バイトは高収入、自分で言うのもアレだけど、かなり可愛い無敵の女子大生だったのよ…身長1.8mだったけど。
 でもそれが災いした。
 合コンはいつも男より身長が高い、ただそれだけで対象外。
 惨敗の歴史、黒歴史よ。
 男日照りが続いた末に老健施設で老婆と語り合うの、私? と焦りが恐怖に変る日々…。
 それだけは絶対に嫌だと思ってた。
 だからその日私は…。

 私の呟きなんかどこ吹く風で、理系女子はついに勝利の結論に至る。
「心霊が物質界に働きかけるなら、逆もまた可能であり、即ち怪奇は我々物理屋と同じ土俵おり、恐れるに足りず」

 今にして思えば真理なのかも…。


2.
 結論が出たころ、ようやく男たちは現れた。
「すいませーん。道が混んでたもんで…」
 ありきたりな言い訳ね。
 それでもにっこり笑って許しちゃう私も私。
「いやぁ、今日は可愛い子ばっかりで嬉しいなぁ」
 お世辞とはいえつい顔が緩んでしまう。
 いけない、いけない。

 今日のお目当て君は右から二番目。
 ハーフな顔立ちで彫りが深くて、どこかあの人を思い出させる。
 そっとかばんから取り出したのは、蛇の道は蛇なルートで手に入れた素敵な媚薬。
 男を生涯操り、自分の虜にしてしまうという媚薬…。
 これを彼に飲ませれば、さよなら私の老婆との縁側お茶会。
 ウェルカム幸せハッピーな結婚人生!

「ビール注ぎましょうか?」
 そう言って私は媚薬を仕込んだビールを意中の彼に近づく。

 あと少しだったのよ!

 その時一陣の風が吹いた。
 店の中でそんなことがあっていいわけないんだけど、とにかく吹いたのよ。
 おかげで私の手元は狂って意中の彼の鞄にビールをぶちまけることになった。
「ご、ごめんんさい! すぐに拭きま…!?」
「うわぁ!! 見るな!!」
 一瞬にして奪い去られた鞄。
 だけど私、見ちゃったの。

『だってユリの花園(R18)』

 あ、アレは何?
 もしや女性同性愛漫画というものなのか?
 そんな!
 こんなに顔がいい男がそんなものを持っているなんて…。
「あ、あやこ大丈夫!?」
 そんな声も段々遠くなる。
 私は目の前が暗くなって、ブラックアウトしていくのを感じた…。


3.
 遠くで鳥が鳴いている。
 いえ、近く?
『起きよ、藤田あやこ』
 ひどく低い声の主に呼ばれ、私は飛び起きた。
 そこはあの合コンをした店ではなく、どこか見知らぬ断崖絶壁だった。
 そして、目の前には煌びやかな大きな赤い鳥。
「あなたが…私を呼んだの?」
『いかにも。我は不死鳥なり。貴女に真実を与える為に現れました』
 そこは宇宙誕生から生命の盛衰を見守る神鳥である不死鳥が、訪問者の迷いに答えるという場所だった。
「じゃ、じゃあなぜ私は非モテなの? こんなに頑張ってるのに」
 そう訊ねた私に、不死鳥ははっきりきっぱり答えた。
「貴女は男の人生を弄ぼうとしましたね。先ほど合コンで媚薬を使うのを阻止したのは我です」
 なんてこと!?
 たかが鳥に私の計画を台無しにされていたなんて!!
「…反省の色がないようですね。そもそも生涯独身なら世の為人の為、情熱を学問に費やせば良かったのです」
 あぁ、そんなことないです。
 ちゃんと反省してます!
 でも、不死鳥はそんな私の言葉を聞かなかった。
「報いを受けなさい」
 大きく広げられた翼によって起こされた風で、私は大きく飛んだ。
 百合の花の香りがどこからともなく風に紛れて飛んでいく。
 どこに飛ばされるのかもわからないまま、また意識は消えたわ…。


4.
 気がつくと私は街中にいた。
 綺麗でトレンディな最先端な街並み。
 でもそこは奇妙な光景だった。
 最初はわからなかった。
 だけど次第に何がおかしいのか、わかってきた。
「男がいない…」
 男はもとより、街中に男のものを売る店が一軒もない。
 オヤジするらいない。
「なにこれ…」
 呆然と立ちすくむ私の隣を、女性同士のカップルが横を通り過ぎる
 桃源郷ならぬ、ここは百合源郷。
 いたるところに咲き乱れる百合の花は匂いがきつくてクラクラする。
「どうしましたか? 大丈夫ですか?」
 そう声をかけてくれた女性が私の顔を見るなり目つきが変わる。
「お姉さまと…呼んでいいですか?」
 女性のはぐにゃりと顔を変え、まるっきり生き写しの私の顔になる。

 ひぃいいいぃぃぃぃぃいい!!!
 
 やおいは何となく理解出来る。
 あの男装が特徴の歌劇団も観客側なら何とか。
 だけど、自分の分身にちやほやされるなんてキモい。
 嫌だ、嫌すぎる〜。
「お姉さま」
「お姉さま!」
「お姉さまお待ちになってぇ〜!」

 町中が全部私の顔になって追いかけてくる。
 いや、こんなのは嫌!!
 
 こんな世界で暮らすなら、独身で通す!!!
 通すから、もう許してぇ〜!!

 
Epilogue.
 …なんて、そんな夢の話を娘にできるわけもなく、あやこはただ泣いた。
「お母さん。大丈夫? 私、お母さんのこと好きだよ」
 自分を思ってそんな優しい言葉をかけてくれる娘。
 あやこはふぅっとため息をついた。
「もう大丈夫。さ、一緒に寝ましょう」
 涙を拭くとあやこは母親の顔に戻った。
 そして、先に眠ってしまった娘の顔を見てあやこは思ったのだった。


  私はこの子と二人で生きよう…。