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<東京怪談・PCゲームノベル>


LOST・EDEN バルカロール、いとまの時間に



 街中を歩き回る都古は、暑さに気だるげな声を洩らす。
「うえ〜……」
【人間てのは不便だなぁ?】
「ツクヨ……代わる?」
【やだね。どっか入ろうぜ。涼しいところに】
「涼しいとこ〜?」
 面倒そうな声をあげる都古は、そのまま目に入ったコンビニエンスストアに入ろうとする。
【おいおい! おまえあんまり人の多いところうろつくのやめろって】
「あ、そうだった」
【忘れるなよアホ!】
「……うー、ツクヨは口が悪いなぁ」
【それに、あのおっさんはどうするんだ?】
「おっさん?」
 独り言を繰り返す都古を不審そうに見る人もいるので、都古は細い裏路地に入って自分に憑いている精霊に問う。
「誰のこと?」
【おまえが最近お気に入りにしてる中華料理の店の店員】
「ああ、リョウさんか」
 なるほどと都古はぽんと掌を打つ。
【ああ、リョウさんか、じゃねーだろ!】
「うひっ! うるさいなぁ……大声出さないでよ」
 小声で応じる都古は面倒そうな表情をしてから、嘆息する。
「こんな昼間っから行っても混んでるよきっと」
【いいじゃねえか。仲良くしとけよ。へへへ】
「……ツクヨ」
 冷えた声を出す都古が背筋を伸ばす。
「企むのはやめて。リョウさんを巻き込むな」
【おまえがそう思ってても相手はどうかな? しかし願ったり叶ったりじゃねえかよ。あいつに手伝ってもらえばいい】
「…………」
 都古が苦い顔をする。
「嫌だ」
 即答した彼女にツクヨが脳内で声を響かせる。
【おまえがどう思ってようと、オレは決めた】
「ツクヨ!」
 非難したような声をあげ、都古は押し黙る。ツクヨも、声を出さなかった。



 都古はいつも笑顔だ。だがその笑顔に隠されている、「本当の部分」がきっとあるはずだ。
 弱音を吐けば脆くなる。それはとても怖いこと。都古はそれがわかっているのだろう。
(なんでも話してくれとは言えないけど……都古さんのすべてを受け入れる……)
 いつも通りに働きながら、五木リョウは決意する。
(俺にできることなんてたかが知れてるからな。とりあえず、都古さんが元気を出せるような料理を……)
 作りたい、と思う前に店のドアが開いて都古が入って来た。彼女が不機嫌そうな顔をしているのは珍しい。
 リョウに気づき、都古は何か思案するような表情を浮かべ、空いている席に腰掛けた。
 突然入って来た美少女に店内がざわめく。なんだかリョウは、それが面白くない。
 都古はバイトの少年に「チャーシューメンとギョーザ」と注文し、頬杖をついて壁のほうを眺めていた。
 注文したものができあがり、リョウは自らの手で運ぶ。
 テーブルの上に料理を置くと、都古がこちらを見た。
 どこか……痛みを堪えている顔だ。
「……都古さん、元気がないみたいだけど」
「…………なんでも、」
 な、と言いかけて彼女は唐突にニヤッと笑った。
「よぉ」
 怠惰な動作で片手を挙げ、都古がリョウを見てくる。困惑するリョウに構わず、都古は笑みを浮かべていた。
「オレはこいつに使役されてる精霊だ。こいつがいつも世話になってるな」
「精霊?」
「ユーレーみたいなもんだよ。こいつが戦うときに、力を貸してる」
「…………」
「なんだ? 変な顔してるな。まあ、あんた一般人だって言うし、よくわからなくても仕方ねぇさ」
 順応できないリョウに都古は楽しそうだ。
「都古さんは?」
「ちょっと交替した。あいつじゃ、ラチがあかないんでな」
「? どういうことだ?」
「おまえ、こいつを手伝う気はあるか?」
 その問いかけに、リョウはちょっと目を見開き、すぐさま真剣な表情になって頷く。
「違う世界、違う職業の俺達だけど……。できることなら」
「そっかぁ」
 都古は薄く笑う。なんだかいびつで、リョウは不安になった。
 彼女に憑いている精霊だというけれど、力を貸しているというけれど……本当だろうか?
「ならさ、こいつと仲良くしてやってくれ。ウツミはこいつを狙うから、傍にいて、慰めてやってくれればいい」
「傍に?」
「ダメだ!」
 急に都古が叫び、顔色を変える。店内の注目を浴びたが、彼女は笑顔を浮かべて「なんでもないですよ」とアピールしてみせた。
 落ち着いた都古をリョウがうかがっていると、彼女は怖い顔で見上げてきた。
「さっきの話、忘れて」
「だが……都古さんは困ってるんじゃないのか?」
「今のやつは確かに私に憑いてる精霊だけど、」
 言いかけて、また表情が変化した。
「ひでぇ言い草。おまえに代わって言ってやってるのによ。
 リョウ、だったか? オレはさ、おまえには期待してるんだ」
「…………」
「都古は癖のある退魔士だからな。ま、退魔士なんてどいつもこいつもクセのある連中なんだが。
 ウツミはな、この間子供に取り憑いて、それを都古が見つけて殺した」
「ああ……」
「だが逃げられた。逃げ足だけは速いんだ。だけど、騒ぎになってないからおかしいだろ?」
 それは、リョウも感じていたことだ。
「ウツミが憑いたニンゲンはな、ろくな抵抗がないと脳がとけちまうんだよ。都古が殺した時にはもうほとんど死にかけだったわけだ」
「そんな危ないやつが、都古さんを狙うっていうのか?」
「そうだぜ。なにせ、都古は扇の退魔士だからな」
 素人のリョウには、精霊の言っている意味がよくわからない。おそらく、都古の一族はなにか特別なのだろう。それだけはわかった。
「なあ」
 底冷えするような声を、精霊は出す。
「おまえ、都古のために死ねるか?」
「……は?」
「むしろ死んでくれないか。頼むから」
 まったくもって、頼むような態度ではない。愉快そうな笑みを浮かべたまま、探るようにこちらを見ている。
(……都古さんのために死ねるか、だって?)
 どういう意味だ?
 困惑するリョウの前で、都古が苦痛に表情を歪める。
「……ごめん。来るんじゃなかった……。ほら、お仕事しないと。私もラーメンいただくね」
 搾り出すように言ったのは、確かに「都古」だった。



 無言で料理を食べている都古を心配そうに厨房から見ていたリョウは、先程精霊に言われたことを思い出す。
 都古のために死んでほしい。精霊は確かにそう言った。
(都古さんのために……?)
 都古は険しい表情のまま、ギョーザを一つ口に入れている。
 もぐもぐと食べている彼女は、味を堪能する余裕がないのか、自分のペースではあるものの、食べることに集中しているようだ。



 気分が悪い。
 ツクヨが頭の中で怒鳴り散らしている。
 抑え込むのにもかなりの力を使うので、都古は溜息をつくしかない。
 来るべきではなかったのだ。それなのに、つい、来てしまった。
 ここに来ればいつものようにリョウがいて、出迎えてくれると勝手に期待していた。
 馬鹿な自分。
 愚かな自分。
 いつからこんな自分に成り果ててしまったのか。
(やらなきゃならないのに)
 想定はしていたはずだ。犠牲は絶対に出るのだから。
 実際、子供を殺してしまった。妖魔も何体か殺した。
(トクベツ、なのかなぁ)
 家族以外のトクベツなど知らない。わからない。
 都古は頭が痛くなってくるのを感じた。
 どうするかは決まっているのだ。だから。
「ツクヨ、黙れ」
 短く告げて、彼女はイスから腰をあげ、レジへと向かった。



 帰ろうと店を出て行く都古を、リョウは追った。すぐに戻ってくると店内の者に告げて。
 都古はのろのろとした足取りで歩き、店からそう離れてはいなかった。
「都古さん!」
 リョウの声に反応し、彼女は振り向く。
 どこか疲れたような表情の都古は、力なく笑う。
「なんだ……。なにか用?」
「……あの、元気がないから」
「…………」
 彼女はどこか少し驚いたようにリョウを見上げ、困ったように笑む。
「もー、だからさ、甘えそうになるからあんまりそういうこと言わないでよ」
「……都古さんなら、甘えてくれてもかまわない」
 勇気をもって、自分の心を彼女に言う。都古は不思議そうな表情をしていた。
「へー。優しいんだね」
(…………この反応は、その他大勢と同じと思われたか)
 都古は案外にぶいと思っていたが、そのようだ。もうちょっと深読みをして欲しい。
「さっきの精霊の話だけど」
「忘れて」
 すぐさま、冷たく都古が言い切った。
「この件にリョウさんは巻き込まない。これが私が決めたことだから」
「だが」
「ウツミは私を狙う。だから、もうここには来ない」
 都古の言葉にリョウは彼女の腕を掴んでしまう。
「ここは……都古さんにとって、少しでも安らげる場所だった……?」
「…………」
「あ、あぁ、ごめ……」
「なんていうか……」
 都古はぽつりと洩らし、視線をさげた。
「リョウさんて、あんまり何も訊かないじゃない? だからさ、なんていうか……ほんと、甘えちゃいそうになるんだよね」
「都古さん」
「私はここには来ない。もし来たとすれば、それは私じゃなくて……私に憑いてる精霊だから、まともに相手をしたらいけないよ?」
「だけど、都古さんに力を貸してくれているんじゃないのか?」
「利害が一致してるだけだと思うけど。まぁ、あいつも私を心配してるのはわかってるんだよね。
 でも…………リョウさんが命をかけちゃダメなの」
 視線をあげて、まっすぐに見てくる。
「命をかけるべきは、退魔士である私でなくてはならないから」
「……それが、都古さんのしている仕事だってことなのか?」
 危険なものだということはリョウもわかっていた。だが……突きつけられたものは、想像よりもひどいものだったのだ。
 命の危機がある職業。それが都古のいう、「退魔士」。
「間違っても……リョウさんは関わってはいけない」
「どうしても?」
「…………死にたくないならね。
 それに私、リョウさんを死なせたくない」
 はっきりと都古が言い放つ。なんだろう……。彼女は自分の使命感から言っているのだろうが、リョウは素直に嬉しかった。
「ありがとう。……さびしいけど、お別れだよ」
 手を差し出してくる都古だったが、彼女は途中でやめて拳を作り、手をおろす。
 そしてにっこりと笑ってみせるとあっという間に跳躍して、その場から消え去った。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8438/五木・リョウ(いつき・りょう)/男/28/飲食店従業員】

NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、五木様。ライターのともやいずみです。
 順調に距離は縮まっております。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。