|
+ 何でも屋じゃありません +
カラン……と鐘の音が鳴る。
喫茶店「Arche」の出入り口に取り付けられたベルの音だ。店主である少女――雨宮 漣巳(あまみや れんみ)はその音に誘われ今まで拭いていた皿から視線を持ち上げ、扉へと視線を向ける。
アンティーク調に纏められた喫茶店には今丁度人は少なめで退屈していたところだ。仕事が出来て嬉しいと漣巳は思いながら頭を静かに下げながらカウンターから外へと出て接客を行おうとする……が。
「いらっしゃいま――」
「あの、ここって『神屋』ですよね! 私急遽お願いしたい事があって来ましたっ!」
「……確かにここは『神屋』ですけど」
二十代後半ほどだろうか。
ウェーブの掛かった茶色の髪の毛を項付近で一つくくりにした女性が喫茶店ではなくひっそりと営むもう一つの店の名を口にした。その途端漣巳は神屋の人間として表情を真摯なものへと変える。
『神屋』とは「神秘や奇跡を願えば叶えられ呪詛や恨みを願えば呪い返される」と言われている店。実際その様に依頼をこなしてきたのだが、外の人間には多少大げさに噂されている事も否めない。
一体この女性は何の依頼を持ってきたのかと内心思いつつ、ひとまずカウンターへと席を案内し水を出すことにした。
グラスの中で冷たい氷が水に浮かぶ。机の上に丁寧にそれを置けばカラン、と響きのよい音が耳に届いた。
「で、神屋への依頼はどんなものなのでしょうか?」
「実は明日私の父が運営している喫茶店でイベントをやるんです。でも、今インフルエンザが流行っているでしょう? そのせいで店員が三人も休むことになってしまって……! それで人手が足りなくなってしまったので急遽三人……いえ、せめて二人程誰かに手伝って欲しいんです!!」
「――は、い?」
漣巳は話の内容を聞いて唖然とする。
それは場所にあまりにもそぐわない話だったからだ。誰が喫茶店を営む相手に対して「自分の店を手伝って」と言ってくるなどと予想しただろうか。漣巳も聞き違いかと思い、思わず相手の女性に再度用件を尋ね返すも結果は全く同じであった。
どうやら状況を整理すると、この女性は神屋の事を勘違いしているよう。
神屋は本来は「奇跡などの願い事を叶える店」である。しかしどうやら噂が変な風に依頼人の耳に届いたらしく、この女性は神屋の事を「願い事なら何でも叶えてくれる所」と勘違いしているらしい。
それは流石に筋違いと言うもの。
漣巳は呆れながらもどうやってこの件に関して断りを入れようかと思案する。
だがその瞬間、再び喫茶店の鐘を鳴らすものが現れた。
「漣巳ー。頼まれてた買い物終わったぞ」
「ああ、丁度二人揃ったじゃないですか! じゃあ、明日二人で私達の店での手伝いをお願いします!! もちろん相応の謝礼は渡しますので」
「え、あの、ちょっと待って下さい。そうではなく、そもそも神屋っていうのはそういう何でも屋ではな――」
「本当に切羽詰っていたので助かりますっ!! では宜しくお願いしますね!!」
「あ……」
引きとめようと伸ばした腕は意味無く宙を浮いて。
買い物から戻ってきたばかりの少年――篠澤 謙(ふじさわ ゆずる)には状況がさっぱり分からず首を傾げるばかり。
その間に女性は店への地図と詳細がプリントアウトされた紙を漣巳に強制的に握らせ、それから忙しなく店を去っていく。その速さといったら常人かと疑うばかり。
「なんだよ、あの女。っていうかお前また面倒ごとを引き受けたのかよ」
呆然と女性の後姿を見つめるしかなくなってしまった漣巳の傍に譲がスーパーの袋と共に寄る。握り込まされた紙を何気なく覗き込む。
一体どんな厄介ごとを引っ張り込んだのか。
漣巳もはっと意識を戻し、其処に記載されているイベント詳細と地図へと目を通す。場所はそう遠くない。電車で二駅ほどだ。
しかし問題はその内容。
「『母の日』?」
「つーかメイド服と執事服着用必須っつーところに突っ込みてーんだけど」
二人は同時に顔を見合わせ、それから眉間に皺を寄せた。
■■■■■
翌日。
本来ならば幽霊として実体持つことの出来ない譲は執事服に袖を通しながら呆れた息を吐きだす。
交通事故に遭ってしまい十四という若さで死んでしまった彼。
しかし紆余曲折があって実体化かつ十八程度まで成長することが出来た珍しい幽霊となった譲は少々現状を恨んでいた。
せめて十四のままならば。
せめて実体化出来ないただの幽霊だったならば。
そうあればこんな面倒事には巻き込まれなかっただろうに。
準備が出来れば男子更衣室から外へと出る。
丁度女子更衣室から出てくる漣巳の姿を見つければ、ちらっと視線を寄せる。
結局あの後、断ることが出来ずに「Arche」の方は兄姉に任せ、こうして依頼人の元でウェイトレス、ウェイターとして働く事になってしまった。
漣巳が纏うメイド服はロング丈のもので、いわゆる今流行のオタク向けのメイドではない。元々纏うものもさながら、一層神秘的かつ清楚な雰囲気になった少女へと思わず唾を飲んだ。
「……何?」
「え、いや」
まさか可愛いとも言えず、どうしようかと迷っていたところ依頼人の女性が同じように漣巳の後ろから現れる。
彼女もまたメイド服を着用しており、漣巳とは違う愛らしい雰囲気を漂わせている。譲を見るや否や彼女はそっと頭を垂れた。
「お二人ともそろそろ開店時間ですよ。ふふ、今日は宜しくお願いしますね!」
「おう。引き受けたからには頑張ってやるよ」
「ところで雨宮さんのメイド姿はとてもかわいらしいと思いませんか! やっぱりこの銀の髪に黒生地は映えますよね〜」
「え」
突然先程まで考えていた話題を振られ、譲は僅かに硬直する。
しかしこほんっと無駄に咳払いをするとにぃっと口端を持ち上げて笑った。
「いやー、馬子にも衣装ってこういう事を言うんだよな!」
「はい?」
「…………譲の馬鹿」
照れ隠し、というのは少々酷いような言葉を吐き出してしまう。
しかしどうしても人前では素直になれない。だが一応漣巳と譲は両想い。――と、言いつつ実際は互いに奥手過ぎて相手が漣巳であることを意識してしまうと手を繋ぐことすら困難という状況だったりする。
拗ねたように表情を変えた漣巳に対して内心「何で俺こんなにひねくれてんだよぉぉぉお!!」と焦るが時は既に遅し。口に出してしまったものを今更撤回する事は出来ない。
しかし依頼人の女性は其処はどうやら女の勘とやら察したようで、くすくすと小さな声で笑うのみで突っ込んでは来ない。
三人並んで店内へと行けば他の店員との顔合わせが始まる。
喫茶店を営んではいるが、漣巳自身の接客スキルはほぼ皆無。兄姉に任せていることが多いといった方がいい。
同時に譲も「Arche」内では雑用メインであり、あまり接客に関わったことがないため最初から非常に不安を覚えていた。
依頼人の父、つまり店長はそれでも構わないと二人の肩をぽんっと叩く。
「母の日という一年に一回の行事だ。まさか娘が他の喫茶店からヘルプを呼んでくるとは思っていなかったがこうして来てくれて嬉しいよ。本日分の給料は弾む予定だからよろしく頼む」
中年男性特有の落ち着いた声が響けばなんとなく二人の身体から緊張が抜ける。互いに視線を合わせれば僅かにくすぐったい感情が沸き起こり、小さく微笑みあう。
「Arche」でもイベント事は多数行われる。その度に苦労はするけれど、それでもお客さんの笑顔を見れる事は金銭よりも重要な事。
同じ喫茶店という環境に身を落ち着けている二人はそれを重々理解していた。
やがて二人は同時に――漣巳に至ってはスカートの裾をそっと持ち上げながら――頭を下げる。
「「本日は宜しくお願いします」」
揃った声に店長、店員皆笑ってくれる。
柔らかな雰囲気に二人もまた表情が和らいだ。
「さあ、そろそろ開店の時間だ。今日は沢山の親子や夫婦が来ると思われる。予約だけでもそれなりの人数が埋まっているんだ、皆頑張ってくれ」
「「「はいっ!!」」」
全員で返事をすれば気合も入る。
そしてスタッフの一人が扉の札を「close」から「open」へと変更した。
カラン……。
「Arche」とは違うものの、同じように訪問者を知らすベルが鳴る。新鮮な気持ちでその音を聞きながら二人は道を作るように左右に分かれ、そして漣巳はメイドとして、譲はウェイターとして客人を迎えた。
「いらっしゃいませ。どうか当店での時間をゆっくりお楽しみ下さい」
■■■■■
その後、漣巳は注文を拙いながらも受けたり、品物を運ぶ際に多少戸惑ったりし、譲は外見年齢の割には少々小さめな為重い荷物が一人で運びにくかったりと色々困難はあったものの『母の日』という一日はあっという間に過ぎていた。
「Arche」に戻ってきた頃にはへとへとではあったものの充足感が二人を包んでおり、気分は良い。
「お疲れ様」
そう言って漣巳の兄が出してくれたジュースを二人で飲みながら今日一日の出来事を報告する。
あれ、これ、それ。
話す事は沢山あり、兄はそれを興味津々で、時に笑ったり突っ込んだりして聞いてくれる。
「でも、馬子にも衣装……って言われた」
「そ、それはあれだ。俺は本当はかわ――」
「ほうほう。ちょっと譲は後で後ろの方で話をしようかー」
「げっ!!」
いい笑顔のまま兄が譲の肩を叩く。
その瞬間、譲が幽霊の癖に身の危険を感じたのは……言うまでもない。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【8053 / 雨宮・漣巳 (あまみや・れんみ) / 女性 / 16歳 / 神屋】
【8443 / 篠澤・謙 (ふじさわ・ゆずる) / 男 / 18歳 / 雑用担当/霊】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは!
初めまして、発注有難うございました!
素直になれない譲様にちょっと集中してしまったような気がしつつ、ほんわかと甘い雰囲気がかけていればいいなと祈りつつ!!
また機会がございましたら宜しくお願いいたしますv
|
|
|