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<東京怪談・PCゲームノベル>


LOST・EDEN バルカロール、いとまの時間に



 ……重病じゃないのか、とシャルロット=パトリエールは思った。
 グラビアモデルの仕事をしていても、魔術師の仕事をしていても、遊んでいても……扇都古のことが頭からはなれない。
 一ヶ月前に会った時のことを思い出す。
(……ああは言っていたけど、都古は子供を殺したくはないと思っていたんじゃないかしら。
 これも……私の勝手な考えかもしれないけどね)
 もしも都古に会えたなら、今度は、この間作っておいたルーンを刻んだ石をいくつか渡すことにしよう。



「……はー」
 都古は公園のベンチで休憩をとっていた。
「あちぃ……。なんでいきなり暑くなってんのかなぁ」
 理解不能だというように顔をしかめている都古は、脳内で聞こえる声に応じる。
「ああはいはい。日本ってこういう国だからしょうがないよね。わかってるわかってる」
 ひらひらと右手を振ってみせ、都古は「ん?」と呟く。
【おい。先月も会ったあのねーちゃんの気配がするぜ】
「……ねえちゃん? あぁ、どっち?」
 自分も気配を探ってみる。
「距離はかなりはなれてるか。シャルロットさんだね。なんか殺気が出てるというか……」
【びんびんに存在感出まくってるな……】
「……わざとかな」
【わざとだろう】
「…………」
【どうするんだよ?】
「どうするって……。どうしようか……」
 ぼんやりとしたままの都古は、はぁ、と溜息をつく。
「ばっちゃに怒られたよ。同じ人間に何度も会うのは馬鹿だって」
【だっておまえ、バカだろ】
「否定はしないけど、縁が強すぎるとよくないんだってさ」
【まあな。ウツミに狙われるからな、おまえに関わると】
 そう言われて、都古は重々しい溜息をつく。
【あいつが取り憑いたら最期、どうやっても憑依を解かせられないって知ってるだろ】
「…………」
【断ち切るんだな、縁を】
「それは私がやることじゃない。向こうが決めることだよ」
 都古は立ち上がり、気配のするほうへと歩き出した。



 ぼろぼろのスニーカー、いつもの格好で現れた都古を、シャルロットは凝視する。
 彼女はいつもと変わらない様子でこちらを見ると、「こんちは」と片手を軽く挙げた。
「都古」
「また会ったね。すごい縁だ」
「…………」
 つかつかと歩み寄ってきたシャルロットは都古をまじまじと見ながら言った。
「ごめんなさい」
「は?」
 なにが? と言わんばかりの都古に、シャルロットは真剣な眼差しで続ける。
「今までのこと。私の勝手なイメージをおしつけたこと……。それに先月」
「あぁ」
「仕方ない……という言葉は使いたくはないけど、あの時はそうする以外にはなかったのよね」
「…………」
「でも、あなたは大丈夫かしら? 辛くはないの?」
「人間を殺すことが?」
 端的な言葉にシャルロットは頷く。目を逸らしてはだめだ。
 都古は少し考え、首を緩く横に振った。
「あんまり……そういうこと考えて行動しないから。私、バカだからさ」
「ウツミという存在を放っておけば、まずいことになる。そのことは理解したわ。だから協力して探さない?
 ……拒絶されても、私は個人的に探すわ」
 はっきりと言ってやると、都古は困ったように顔を少し歪めた。
「とっても正義感が強くて、まぶしいね。シャルロットさんは」
「そうでもないわよ」
「ううん。私には真似できないな」
「ああそうだ、これ」
 作っておいた、ルーンの刻まれた石を数個取り出して都古のほうへと差し出す。
「かなり強力なものだってことは、都古にはわかると思うわ。これならウツミが取り憑いても、なんとかなると思うのだけど」
 渡しておくわ、と差し出すと、都古は戸惑ったように一歩後退した。
 と、一瞬で都古の雰囲気が変わった。
「よぉ、ねーちゃん」
「? 都古」
「いや、オレは都古じゃねえ。こいつの中に棲まわせてもらってる精霊だ」
「精霊?」
 とてもそんな風には見えないが。
 怪訝そうにするシャルロットの手の中のものを見て、彼女は軽く首を傾げる。
「ありがたい申し出すぎて、都古のやつが逃げ腰になったから交代して表に出てきたんだが」
 ふぅんとシャルロットの作った石を眺め、ひょいと摘みあげる。
「なるほど。確かに強力だ。これだけ作るにはかなり労力が必要だったろ」
「べつに」
「素直じゃねえの。ははっ」
 笑うと少年っぽい印象を受けた。
 彼女は石を手の中で転がしながら、うーんと唸る。
「ありがたいし、できれば都古に協力してもらえるなら助かるんだが」
「ええ。手伝うわ。遊びなんて、思ってないもの」
「自分が死んでもいいなら」
 さらっと、都古の姿をした精霊が言い放った。
「悪いが、こいつに協力するなら死んでくれ」
「なに言っているのよ」
「ウツミがなにか知ってるか? 人間くずれのバケモノさ」
「人間に憑依するんでしょ?」
「憑依した途端、抵抗の少ない人間だと脳みそが一瞬でとけちまうのさ」
 シャルロットは聞かされた事実に衝撃を受ける。
「都古が殺した子供は、もう死ぬ寸前だった。とどめをさしたのは都古だけどな」
「そんな……」
「この石じゃ、あいつには効かない。効き目はあるんだろうけどな、『系統が違う』と、無理なんだ」
「どれほど強力な存在でも、追い出せるわ。その石にはそのように加工したもの」
「でもダメなんだ。ほら、オレでさえ都古から追い出せねぇ」
 驚愕してしまうシャルロットに、彼女は目の前で小さく笑ってみせる。
「まあ落ち込むことねえって。ねーちゃんがすげぇ魔術師だってのはわかってるんだ。ただな、『ルール』は無視しちゃいけねえ」
「ルール、ってなんの?」
「魔術師にも魔術師なりのルールがあるだろ。それと同じだよ。扇には扇の家のルールがある。そして、人間くずれのバケモノには、バケモノのルールがある」
「ルーン魔術では効かないってこと?」
「んー。まあそうなるなぁ」
 そんな馬鹿な。だが……心当たりがないわけではない。
「……他の魔術では?」
 どう?
 尋ねたシャルロットに、都古の姿の何者かは苦笑した。
「はっきり言うけど、扇の人間には効かねーな」
 つーか。
「日本の、どっちかっていうと隠密にやってる連中は独自に血族を残すから、特殊すぎる。一般的なもんじゃ、倒せないだろうなぁ」
「…………」
「試しに都古を攻撃しろよ」
「なんですって……! ふざけないで!」
 嫌悪を丸出しにして言うと、一瞬で都古の姿が消えた。
 背後に立たれているのに気づいて振り向く。おかしい。なにかがおかしい。視覚や感覚が麻痺しているかのようだった。
(私が追えないなんてこと……)
「都古は自分がすごく強いだなんて、一度も思ったことねーよ」
 ぽつんとそう言って、彼女は腰に片手を置く。
「ねーちゃんは自分が強いって自負してるだろうし、プライドも高いだろう。
 都古はな、そんなもんねーんだ。アホだからな」
 見も蓋もない言い方をする都古は、軽く嘆息した。
「確かに都古は強ぇ。だけど、強い自覚はあっても、自分を『強すぎる』とは思わない」
 空を指差す。
「上には上がいると、理解している。
 オレはさ、あんたのこと結構気に入ってるんだぜ?」
「あなたに気に入られても嬉しくないわね」
「いやいや、骨があると思ってよ。都古はアホのくせに、妙なところに地雷があるから扱いにくいんだよなぁ」
 シャルロットは都古の持っている石を見遣り、そっと呟く。それは石の魔術を発動させるためのものだったが……。
「んー。だから効かねえって」
 笑う都古は、石をホルスターにおさめた。
「ウツミが狙ってるのは都古だ。いや、都古が狙ってるからこいつの前にしか姿を現さない。
 あんたがどれだけ独自で探しても、都古の傍にいなきゃ、意味がないってことだ」
 妖艶な笑みを作る都古はおどけたようにケタケタと笑った。
「どうしてウツミが都古を狙うの? 目的はなに?」
「あんたが」
 指を差される。
「都古のために死んでもいいと思うなら、方法を教えてやってもいい。ウツミに憑依されれば、理由はわかるさ」
 無茶苦茶なことを言うものだ。死ねと言われて頷けるはずがない。
「バカなこと言うな!」
 唐突に、人格が入れ替わって都古が叫んだ!
 シャルロットのほうをじろりと見て、それから唇を噛んだ。
「悪い……それから、今のやつが言ったことは忘れて欲しい」
「都古?」
「せっかく手間を……作ってくれたのに……」
 顔を歪ませる都古は、ホルスターから石を取り出して眺める。
「本当にごめん……。でもたぶん、私が持ってても無駄になるだけだから、返すね」
 そっとシャルロットに近づき、彼女は頭をさげた。
「真剣に手伝ってくれるなら、それでもいい。でも私は、たぶんシャルロットさんを不幸にする」
 ありがとう、と小さく彼女は言った。
「本当にありがとう……!」
「都古……顔をあげて」
「…………通用しないんだ」
 ぼそりと都古は呟く。
「ひとつしか、通用しないんだ」
「都古?」
 顔をあげた都古は、なんだか泣きそうな顔だ。だが涙は流していない。
「優しい人間は困るなぁ」
 そう、苦笑しながら洩らして、シャルロットの手の中に石を戻す。
「……困る、なぁ」
 ぼんやりと呟き、都古はきびすを返して歩き出した。シャルロットは逡巡して、その後ろ姿を追いかけて先回りし、行く手を塞いだ。
「ウツミを倒す方法を、都古は知っているのね!?」
 確信に近い思いをぶつけると、都古が足を止めてシャルロットを見つめ返した。
「…………ある」
「教えて。私個人でもやれること?」
「無理だね」
「どうしてそう決め付けるの!? 協力すればどうにかなるかもしれないじゃない」
「なら、どちらかが死ぬ」
 真剣な面差しの都古は、再度繰り返した。
「おそらく死ぬのは……」
「…………」
「……私、だろうことを祈るしかない」
 重く呟いた都古は、シャルロットの横を通り抜け、そのまま歩き去っていった――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7947/シャルロット・パトリエール(しゃるろっと・ぱとりえーる)/女/23/魔術師・グラビアモデル】

NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、シャルロット様。ライターのともやいずみです。
 シャルロット様の努力の結果で距離は少し縮みました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。