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<東京怪談・PCゲームノベル>


LOST・EDEN バルカロール、いとまの時間に



 扇都古はうんざりしていた。
 彼女に取り憑いている精霊はとにかくよく喋る。口が悪いうえに、だ。
 この暑さに、「間違って夏がもうきてるのでは?」とさえ思っているところにツクヨのうるささはかなりきつい。
「……ん?」
 わいわいと歩いている同年代くらいの少年・少女がこちらに向かってくる。制服を着ていることから、学生だとはわかった。
 奇抜とも言えるファッションの都古は素早く隠れようとしたが、暑さでその気力が削がれており、珍しく逡巡した。
「お」
 声に敏感な彼女はそちらに視線を遣る。
 学生鞄を片手にした、制服姿の神木九郎が、そこにいた。



 近くの公園のベンチに腰掛け、九郎は横の都古の様子をちらりと見る。
 いつもの通りだ。しかしまさか下校中に会えるとは思ってもみなかった。相変わらず神出鬼没な女である。
「扇さん」
「んー?」
 木が日陰を作ってくれて多少は涼しいが、都古は相当暑いらしい。さっきから落ち着きがない。
「ウツミを見つけたんだよな」
「そうだよ」
「…………俺、まるで役に立ってないな」
 情けなさで弱気な声を出してしまうが、都古はあっけらかんとして言った。
「べつに役に立ってくれなんて言ってないよ?」
「自分に腹が立つんだよ」
「そういうもんかなぁ……。結果的に見つかったんだし、良かったじゃない」
 にこにこと笑顔を浮かべる都古を、九郎は怪訝そうに見つめる。
 彼女は先月、子供を殺した。
 その死んだ子供のことをなんとか調べて、九郎はその少年の墓まで行ってきたのだ。花と線香を供えるために。
 理由は決まっていた。
(……扇さんは、行きたくても行けそうにねぇしな)
 むしろ、彼女は「できない」だろうと九郎は感じていた。
 そして不思議なことがわかった。都古の殺人の噂の出所がまったくわからなかったのだ。
 誰かが現場を見た、ということからが発端であっという間にネットに広がったようだが、その原因がわからなかった。
 誰がなんの目的で都古の噂を流したのかわからない。意図的にだろうか? それとも……単に、面白がって?
「ウツミってのが、一般人を巻き込むことを躊躇わないのはわかった。そんなヤツを野放しにはできない」
「まぁ、そうだね」
 やる気が感じられない都古を、九郎は妙に思う。
 見つけるまではあちこちをうろうろしていたのに……どうしたことだ?
「扇さんの噂はほとんどネットで流れたものだけど、どこの誰が流したのかはわからなかった」
「ふーん。まぁ興味で流したんじゃないの」
「…………なんか、今日はやけに面倒そうだな」
「そうでもねぇさ」
 ガラりと彼女の口調が変わった。にやにや笑いに表情が変わっている。
 背もたれに背中を預け、だらしない様子で彼女は「よぉ」と片手を挙げた。
「オレはコイツに憑いてる精霊。おまえのこと、よく知ってるぜ」
「は?」
「と言っても、都古を通しての情報しか知らねえけど!」
 ハハッと笑う精霊は、ずいっと九郎に顔を近づけた。恐ろしく整った美貌が近づき、九郎の心拍数があがる。急にこういうことをするのはやめてほしい。心臓に悪い。
「ふんふん。へぇー」
「な、なんだ?」
「べっつにー」
 彼女は体を離し、それからまたじろじろと九郎を見てくる。
「なあ、おまえは都古のためにかなり頑張ってくれてるんだろ?」
「は?」
「ウツミについて調べたり、助けようとしてくれてる」
「それが……条件だっただろ」
 むっとして応じる。なんだろう。なんだか嫌な感じのする精霊だ。
「都古もまんざらじゃねえと思ってるぜ、おまえのこと」
「? なにが」
「……なんだ。にぶいもん同士かよ。手に負えねえなおい。
 都古もかなりのニブさがあるけどなぁ……。若いからか?」
「ぶつぶつと独り言を言うのはやめろ」
「へえへえ。とにかくだ。あんたは成果があげられなくて悔しい。なら、オレから提案がある」
「提案?」
「そ。都古をおおいに助け、ウツミを倒せる方法だ」
 そんな方法があるのか? あまりに胡散臭くて九郎は露骨に嫌な顔をした。この精霊に油断してはならないだろう。
「嫌そうな顔するなよ。
 なあおい、おまえ、都古のこと少しでも好きか? 助けてやりたくねぇかよ?」
「助けたいが……。彼女は十分に強いだろう?」
「助けたいならいいんだ。
 なあ、都古のために死んでくれないか?」
 一瞬、言われたことがわからなくて九郎は硬直してしまう。
 なんていった?
(今、この精霊……俺に死んでくれとか言ったか?)
「ウツミは都古を狙うから。こいつの傍に居てくれ。で、盾にでもなってくれれば助かるな」
「……扇さんに『邪魔だ』と退けられそうだが」
「ははは! うまいこと言う!」
 げらげらと大笑いをする都古は、唐突に笑いを止めて真剣に見てきた。妖艶な笑みが口元に浮かんでいる。
「なあ、ほんと……都古のために死ねよ、あんた」
「…………」
「やめろ!」
 激昂した声を響かせたのは都古だ。荒い息を吐き出し、深呼吸をする。
 そして、疲弊した表情で九郎を見た。
「ごめん……なんか、うちのが変なこと言って。さっきのこと、忘れて。ね?」
「扇さ……」
「忘れて」
 きっぱりと、都古は言い切り、それきり無言になった。



「じゃあ、そろそろ帰るか」
 立ち上がった都古に、言うべきか散々迷ったことを……九郎は口にした。
「あの」
「ん?」
「…………」
 視線が、さがる。さがりそうになる。だが、九郎は彼女を見つめた。
「扇さんが戦うことで、救われてる人もたくさん居るはずだ。もしかしたら、俺もその中に入ってるかもしれない。
 今はまだでも、今後そういうこともあるかも」
 だから。
「だから、俺の分だけ今言っとくわ。ありがとうな」
「…………………………」
 べつに彼女は礼を言われたいなんて思ってないだろう。だけど、伝えたかったのだ。こちらの自己満足に、彼女をつき合わせてしまった。
 九郎も立ち上がり、帰ろうとする。
「九郎クンは」
 小さな声を聞き逃しそうになる。
 今、俺の名前を呼んだのは彼女だろうか?
「お礼、言うんだ」
「俺だって礼くらい言うさ」
 夕陽の逆光で都古の表情は見えない。暗くて、まったく。
 呆然とした都古の声だけが、二人しかいない公園に恐ろしく響く。大きな声ではないというのに。
「……私は、しなければならないことをしただけだよ」
「……そうだろうな」
 頷く九郎の前で、都古が明らかに動揺したのがわかった。
「殺したんだよ……ひと……人間を」
「でも、そのおかげで、誰かが助かったんじゃねえのか?」
 ぎくっとしたように都古は身体を強張らせる……。
「…………あそこであの子供を殺さないと、周りが危なかったんじゃねえのか」
「そこまで私、考えてない」
 考えてないんだよ。
「私」
 都古は片手で顔を覆う。
「ほんと……頭悪いからさ。……言われたこと、忠実にやることしかできないんだよ。物忘れもひどいし」
「…………」
「今回は、ばっちゃに頼んで……。自分から言い出したことだし、絶対にやり遂げなきゃって思ってて」
「ああ」
「…………ハァ、どうしよう」
 涙声になっているのに九郎は気づく。
 彼女は必死に泣くのを我慢しているのだ。
 呼吸を整えるまで都古は口を開かなかったが、九郎はじっとその場に立って待ち続けた。
「困るなぁ……不意打ちはよくないよ、九郎クン」
「べつに不意打ちじゃねえけど……」
「いやぁ……困ったなぁ。ほんと……優しい言葉に、今の私は弱いんだ」
「…………」
「九郎クンが頑張ってるのはわかってたんだけど、なんだろう、えっと…………あは、言葉が浮かばないや」
 困ったように後頭部を掻く彼女に、九郎は眉をひそめる。
「こちらこそ、ありがとう」
 ぽつんと呟いた都古は、片手を差し出してくる。
「色々と、頑張ってくれてありがとう」
 なんだろう。なんで、そんな別れみたいな……。
「さっきの精霊が言ったことは、忘れてね。お願いだから」
「あれは……どういう意味だったんだ」
「意味なんてないよ。あいつはひとをからかうのが好きなだけだから」
 九郎が握手をしようとしないので、都古は手を下ろす。
(だけど、あの精霊は『扇さんのために死んでくれ』と言った……)
 そこから導かれる言葉は、都古が近いうちに死ぬかもしれないということだ。ウツミと戦って、だろうか?
「ウツミは」
「……ん」
「扇さんが敵わないほど強いのか?」
「強いけど、勝てると思うよ」
 都古は淡々と言ってくる。
「勝算はある。だから勝てる。安心して」
 都古が笑う気配がした。おそらくいつもの、満面の笑みを浮かべているのだろう。
 都古が勝てるなら、なぜ精霊はあんなことを言った? そしてなぜ都古は止めた?
(……扇さんはウツミについてなにかまだ隠してる)
 確かに彼女は退魔士という特殊な職業だ。言えないことも多いだろう。
 言えないということは、無理に訊き出すことは不可能だろう。彼女のような退魔士は、言わないと決めたことは絶対に言わないのだから。
「じゃあ今度こそ」
 ばいばいと片手を振って、都古はきびすを返して歩き出した。
 去っていく背中を、九郎は不安そうに見つめるだけだ。



 歩きながら、都古は精霊・ツクヨに悪態をつく。
「なにを考えてあんなこと言うの! 九郎クンはなんでも屋さんだけど、死んでくれなんて言われて『わかりました』なんて言うわけないだろ!」
【おまえに少しでも気があるなら、頷くと思ったんだよ】
 楽しそうなツクヨの声に、都古は苛立つ。
「気? 気ってなにが」
【……おまえって、ほんとアホだし、ニブいし……救いようがねぇな。退魔士じゃなかったらいじめられてるかもしれねーぞ】
「はあ? いじめられたらやり返すよ?」
【おまえの力じゃ、殴っただけでやばいから、やめとけ】
 冷静に言ってくるツクヨを都古は苦々しく思う。
「ウツミを頑張って探してくれてるし、守るって約束したんだよ! その約束を反故にさせる気なの、ツクヨ!」
【そういや、そんな約束してたな】
「ツクヨ!」
【怒鳴るなよ。まぁでも……オレは提案しただけで、どうするかはあいつの勝手だろ】
「…………そんなの許さない」
 低い声音で都古は言う。
「九郎クンを守るって決めたんだ」
【…………そのためにおまえが死んだとしてもか?】
「九郎クンが死ぬより、マシだよ」
 立ち止まった都古は、夕陽を見上げる。とてもではないが、綺麗とは言いがたい。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2895/神木・九郎(かみき・くろう)/男/17/高校生兼何でも屋】

NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神木様。ライターのともやいずみです。
 名前の呼び方が変わりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。