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<東京怪談ノベル(シングル)>


―― バジリスク ――

「ふぅ、今回も無事にクリア出来た‥‥」
 海原・みなもはパソコンの画面を見ながら安堵のため息を小さく吐いた。
(‥‥いったい、あたしはいつまで『あたし』でいられるんだろう)
 自分以外には見えない、だけど確かに変わりつつある自分の手などを見ながら、海原は不安と恐怖に負けそうになりながらも自分を叱咤して、気持ちを奮い立たせていた。
「‥‥あれ? このクエストは何だろう――大人数、参加型?」
 見慣れないクエストを見て、海原は首を傾げながら小さく呟いた。
「あれ? みなもちゃん? どうしたのー?」
 パソコンの画面を食い入るように見ている海原の姿を不思議に思ったのか、瀬名・雫が彼女に言葉を投げかけた。
「あ、雫さん‥‥この大人数参加型クエストっていうのは‥‥? 今までにもこんなクエストってありました?」
「えっ、大人数参加型クエストが出てんの!?」
「えぇ、さっき見たら出てきてて‥‥」
「そっか、みなもちゃんが見るのは初めてなのかー。これはね、たま〜に出てくるクエストで名前の通り、大人数でボスモンスターを倒しちゃおうってクエストなの」
 瀬名は椅子に腰掛けながら、海原の前に移動して大人数参加型クエストについての説明を始めた。
「普通は1人でも倒せちゃうようなクエストしかないでしょ? ま、極まれに強いモンスターがいるクエストが出てくるけど。でもこの大人数参加型クエストに出てくるボスモンスターは滅茶苦茶強いんだよ」
「強い、ボスモンスター‥‥」
「そ。ただ単に強いプレイヤーがいればいいってクエストじゃないんだよね。プレイヤー同士の連携をちゃんとしないと勝てるクエストも勝てなくなっちゃうくらいだし‥‥」
 瀬名は呟きながらクエスト『バジリスク』の説明を見ている。
「上限30人のクエストで、あと2人まで参加できるんだ‥‥みなもちゃん、せっかくだから参加してみる?」
「えっ!?」
 突然の誘いに海原は驚きで「あ、あたしが‥‥?」と目を何度も瞬かせながら呟く。
「うん。物理型通常攻撃に魔法特殊攻撃の『石化』を使うモンスターみたいだけど」
「あたしが参加しても大丈夫でしょうか‥‥」
「大丈夫だって、ほら、こっちのプレイヤーはみなもちゃんよりレベル低いけど入ってんじゃん。メンバーが弱い人ばかりでも連携で何とかなる場合もあるから大丈夫だって。それにこういうのも面白いし、報酬が魅力的なんだよね」
 瀬名が報酬欄を指差しながら呟き、海原もつられるように画面を見る。
「‥‥理想郷の道しるべ? これ、レアなアイテムだったりするんですか?」
 きょとんとしながら海原が瀬名に問いかけると「えっ、教えてなかったっけ!?」と瀬名が驚いた表情で言葉を返してきた。
「これは理想郷にいける唯一のアイテムなんだよ。このアイテムがなかったらいけないレアフィールド! アクセサリーや武器防具、お金や経験値、どれか一つなんだけど山ほど出てくる場所に繋がってるの! ‥‥でも理想郷の道しるべは一回使ったら無くなっちゃうんだけどね」
 へぇ、と海原は心の中で呟きながら、色々なモンスターとの経験を積む為に瀬名に誘われるまま大人数参加型クエストに参加する事になった。


 クエストを受け、フィールドを移動すると‥‥出たのは草原フィールドだった。
「他には何もない、ですね‥‥」
 ぞろぞろと合計30名のプレイヤーがいるだけで、街やダンジョンなど一切存在しないフィールドだった。
「みなもちゃん! 油断しないで、来るよ!」
 瀬名の言葉に海原は気を引き締めて、みなもを操作して現れたバジリスクとの戦いに挑む事になった。
 現れたバジリスクは巨大なモンスターであり、バジリスクが攻撃した場所は、まるで爆発でもしたかのように地面が沈んでいた。
(こんな攻撃を受けたら‥‥ひとたまりもない)
 ぞっとしながら心の中で呟き、みなもが攻撃を受けないようにバジリスクの攻撃を避けていく。
「そこの人! 回復薬を使って!」
「えっ!」
「早く! あっ、もう! 遅いよ!」
「私がするから、みなもさんはあっちの人を回復してあげて!」
 次から次へとやってくるチャットウインドウに海原はやや混乱気味になっていた。
(いつも雫さんとしかクエストに行ってなかったから分からなかったけど、誰かと一緒にクエストをするってこんなに大変なものなんだ‥‥)
「ちょっと! みなもさん! 何してんの!」
「えっ」
 バジリスクが石化攻撃態勢に入り、他のプレイヤー達は避難しているにも関わらず、混乱気味のみなもは避難することが出来ず、そのまま石化攻撃を受けてしまった。
「みなもちゃん!」
 他のプレイヤー達がみなもを足手まといと思う中、LOSTと海原の関係を知っている瀬名ただ一人が海原の心配をしていた。
「みなもちゃん!」
 現実世界の海原は石化を受けると同時に、がくりと膝をつき、苦しげに息を吐いている。
「ねぇ! みなもちゃん!? ちょっと、ねぇってば‥‥」
(雫さんが何か言ってるけど、何を言ってるか苦しくて、痛くて分からない‥‥ログイン・キーを使ってないのに、身体中が侵食されていくような‥‥感じが)
「みなもちゃん!」
(身体が、動かない‥‥)
「待ってて! すぐに回復するから‥‥!」
 瀬名が他のプレイヤーに呼びかけ、みなもの石化を解除してもらう。
「みなも‥‥ちゃん?」
 だが、回復したはずなのに現実世界の海原は倒れこんだまま。
「みな――‥‥え?」
 しかし操作している海原が動けないのに、LOST内のみなもは動いている。
「な、何で‥‥」
(今のあたしは、海原、みなもじゃない‥‥LOSTの武闘術師・みなもなんだ‥‥)
 そう、海原の意識は本体である身体にはなく、パソコンの画面に映し出されている『みなも』になっていた。
(大丈夫、勝てる‥‥きっと、勝てる)
 みなもはスキルを駆使して、バジリスクに戦いを挑み、他のプレイヤー達の援護や連携などでスムーズに戦いが進んでいく。
(不思議な感覚かもしれない。いつもみたいに操作しているんじゃないせい? 身体が軽く感じる‥‥まるで、こっちが自分の身体のような感覚――)
「みなもちゃん!」
「えっ」
 瀬名の大きな声でハッと我に返り、海原は起き上がる。
「よかった〜、いきなり倒れちゃうし、でもキャラクターは動いてるし‥‥何が何だか分からなかったよ」
「今、あたし‥‥」
「みなもちゃん?」
「な、何でもありません‥‥」
 がたがたと震える手を瀬名に見つからないように隠しながら海原は言葉を返す。
(なんだったの、今のは‥‥あたし、さっき――LOST内にいる事が心地良いって思ってた‥‥身体と精神が切り離された感覚だったのに、あたしは――)
 さきほどの自分の考えが、そして精神すらも引きずり込まれた事が恐ろしくなって、海原は今までにないくらいの恐怖を感じていた。

(あたしは、いつまで『あたし』でいられるの‥‥?)



―― 登場人物 ――

1252/海原・みなも/13歳/女性/女学生

TK01/瀬名・雫/14歳/女性/女子中学生兼ホームページ管理人

――――――――――

海原・みなも様>

こんにちは、いつもご発注いただきありがとうございます。
今回はノミネート受理、そして納品がいつもより遅れてしまい、
本当に申し訳ありませんでした。
今回の話はいかがだったでしょうか?
気に入っていただける内容に仕上がっていれば良いのですが‥‥。

それでは、今回は書かせて頂きありがとうございましたっ!

2011/5/16