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<東京怪談ノベル(シングル)>


レビュト・メソッド


 いつもの日常の始まりと終わり……。
 瀬名・雫は、放課後のインターネットカフェで掲示板の確認をするため、キーボードでパスワードを打つ。リターンキーを数回押したが、画面は黒いまま。
「ん? サーバー落ち、かな?」
 ウィルスの可能性もあったので、他のPCを使用して、掲示板が置かれているドメインのアクセスログを調べた。
「なに、コレ!?」
 切り離していたサブドメインだけ、異常な数のアクセスログが残っている。複数のサーバーを経由して、不正アクセスされていたのだ。それは、現在進行形で……。
 雫はすぐ三島・玲奈を呼び出した。
「玲奈ちゃん、どう?」
 見たこともない端末を使って追跡している玲奈の肩越し、雫は興味津々で観察している。
「分かった。不正アクセスはここだけじゃないわ。広範囲で行われてる」
「それって、掲示板どころじゃないってこと?」
 玲奈が大きく頷くと、カフェのPC画面すべてへクリアな画像が映し出された。
 富士火山帯に棲む龍族を喰らおうと、東京上空に金翅鳥の大群が飛来している。龍も負けじと雷を司る種族を火口に配して、巨大な電磁砲と化していた。
「これってさ、ヴァーチャル?」
「ん、〈箱舟〉がプロバイダのサーバー群を乗っ取ってるんだね。あたしが見えた範囲だけど……」
 蜘蛛の巣状に張られた編み目を、玲奈は読み解いていく。
「富士山基部。巨大なクールマの亀が山全体を猛回転せんと待機中。金翅鳥が仕掛けたものみたい。龍が喰らえぬのなら山ごと地上の生物全てを、攪拌=いわゆる乳海攪拌を用いて甘露と化し、啜ろうとしてるのかしら。あと、富士氷穴の古代文明、家基都。徐福の末裔達が目覚めてるわ。古に聞く洪水伝承の再来……? 乳海攪拌に介入、原初に帰した生命を思惑通りに創造し直すつもりなのね。そのための装置として、アララト山の箱舟を模造してある。愚かな龍と鳥の漁夫の利を得ようと企んでるわ」
「すごい、玲奈ちゃん! じゃあ、すぐ掲示板直せそう??」
 拍手してから、人差し指で自分の顎を支える雫。玲奈はため息を苦笑で隠した。
「アハハっ。それ以上のことが起こってるんだけどね。まずは、乗っ取られたプロバイダのサーバー群へ向かわないと。雫さんも一緒に」
「あ、あたしも一緒!?」

◇◇◇◇◇

 障壁を越え、出来るだけ小さく空けられた穴から二人が転がり込む。
「うわぁ、限りなく体が重いんだけど……」
「ちょっと待って、負荷を減らしてみるから」
 不安を隠せない雫に調整をかけていると……。家基都の侍が鎧姿で現れた。
〈我らの本懐を邪魔する気か?〉
 ここで交戦するのは不利な状況。手狭の上、制御装置が壁面を覆っているからだ。襲いかかる侍たちを、防具も武器もない素手で押さえるのは至難の業であり、背中で雫を庇いながら、玲奈は相当なダメージを全身へ受けた。じりじり押しやられ、防御が続かなくなった時、ふいに攻撃が止む。
『そこな娘、汝は天つ舟の電脳端末であろう我らに組せ』
 と、鎧どもは玲奈の拉致へ転じる。
 しまった! 乳海攪拌への介入は人智を超える困難であり電脳が不可欠だ。
「雫さん!!」
 玲奈は消え去る瞬間、超生産力を振り絞って大量の剣や短銃を召還させた。
 降ってくる武器……。残された雫は茫然としていたが、はっと我にかえった。
「ぼんやりしてる場合じゃない!」
 送信した何十通ものメールが仲間たちへ届くと、その中でも猛者たちが雫のバックアップをする。
「ココって、コントローラーなしだよね。入力は任せたよ!」
 感じていた重力は軽減され、落ちている銃を拾い上げた。雫が構える先、敵が造った剣歯虎の群れが蠢いている。
「……あ、た、れぇぇっっ!!」
 揺れる焦点が合い、連続で放たれた無数の弾が的中すると、障害物は一掃された。仲間のコマンドによって修正されているので、両足裏を擦って後退したものの、衝撃は感じない。古代象の脚を大剣でなぎ倒し、阻む触手を叩き斬って樹海を進む雫の前に出現したのは、武者を従えた玲奈だった。
 玲奈は操られた状態のまま、虚ろな表情で日本刀を握り、雫と対峙した。
「正気に戻ってよ! あたし玲奈ちゃんと戦いたくない!」
 だが、玲奈は一息で間合いを詰め、野蛮な力を振り下ろす。抜刀した雫の刃が受けると鋭い剣花が散った。
「お願い! 引いて! 聞こえないの!?」
〈……し、ずく。さん。く、び……〉
「…………?」
〈このままでは、二人とも……。あたしの首を、おとして……は、やく〉
「そんなっっ!」
 仮想世界とは言え、五感が同調している。ここで起こったことはリアルでも影響するかもしれない。しかし……。
 雫が苦悶の表情で、鍔迫り合いから一旦遠退くと、玲奈は静止する。
 冷たい閃光から飛来と暗転。何処かで神鳴と似た、爆音が聞こえた気がした。

◇◇◇◇◇

 ……願わくば、願わくば……。

 清々しい光りが降り注ぐ校門前。何事もなく、世界は相変わらず平和だった。
 鞄を持ち直した雫の隣へ、見た横顔が。
「玲奈ちゃん!」
「おはよう。雫さん」
「な……全然、まったく無事?って、コト?」
「んー。まあ、気にしないで」
 見透かそうとする雫が、玲奈を睨んでいる。
「あのさ、あーゆーの今後はなしだよ? 玲奈ちゃんの勇敢さはスキだけど……」
「……えぇ??」

 違う日常が始まる。かも、しれない。


=Fin=